――サマラ級往還シャトル(船内格納庫/コックピット)
サマラ級の船内は、鼓膜を破らんばかりの非常警報と、装甲が軋む凄まじい金属音に支配されていた。
大気圏突入の最中に強引にハッチを開け、モビルスーツ四機を強襲回収した代償は大きかった。
機体を固定する内部アームの一部が破損し、想定以上の「実弾と推進剤を積載した四機分」の重量が、シャトルの降下速度を致命的なまでに加速させていた。
『アテンション! プリーズ! 当機は現在、絶賛落下しております!』
そんな絶望的な状況下で、船内通信から響いてきたのは、副操舵士マリアのやけに明るいアナウンスだった。
『揚力不足により不時着しますので、皆様、舌を噛まないように耐ショック姿勢をとってくださいませーっ!』
「ふざけるな! なんだそのアナウンスは!」
イザークがコックピットの中で怒鳴り声を上げるが、機体の激しい振動でまともに声も出せない。
「おいおいおいおい! マジで落ちてるぞこれ! 死ぬ! 焼け死ぬって!」
隣のバスターでは、ディアッカが半狂乱になって悲鳴を上げている。
ミゲルも無言で操縦桿にしがみつき、レコア(アスラン)でさえ、あまりのGと振動に歯を食いしばって耐えるしかなかった。
マリアは揚力発生装置とスラスターを限界まで吹かし、強引な姿勢制御で機体を水平に保とうと格闘する。
そして不時着の直前、自動で救援信号と信号弾が打ち上げられた。
直後、凄まじい衝撃がサマラ級を襲った。
アフリカの広大な砂漠地帯に腹打ちするように叩きつけられた船体は、巨大な砂煙を巻き上げながら地表を滑り、やがて完全に沈黙した。
* * *
「……痛ぇ……」
ミゲルが呻き声を上げながら、ジンのハッチを開ける。
全員奇跡的に無事だったものの、モビルスーツで外に出ようとした彼らは、すぐに地球の「重力」と「砂漠」という環境の洗礼を受けた。
ズブズブと足が砂に沈み込み、機体をまともに歩かせることすら困難だったのだ。
格納庫の床に降り立ったエリートパイロット四人の前に、マリアがひょっこりと顔を出した。
「いやー、皆様ご無事で何よりです!」
「……貴様、よくその態度でいられるな。船はどうなっている? 飛べないのか?」
イザークが機酔いと衝撃で頭を押さえながら、鋭く睨みつける。
だが、マリアは悪びれる様子もなく、あっけらかんと答えた。
「本来サマラ級は往還機なので、モビルスーツも数機は運べるはずだったんですが……あれって【乾燥重量】ってやつで計算されてたんですかね? 完全に重量オーバーでした」
「乾燥重量……?」
「ええ。皆様の機体、戦闘である程度消費されていても、武装やら実弾やら推進剤やらありましたからね。
まあ、シャトルは頑丈に作られてますし、今は飛べませんが機能は生きてますから水もトイレも使えますよ!」
「そういう問題じゃねえだろ……」
ディアッカが深い溜息をつきながら天を仰いだ。
「それに、ここ砂漠じゃないですか。滑走路がないと、いくら重量を減らしても揚力発生装置に限界があって、エンジンを吹かしただけじゃ飛べないんですよねぇ」
唖然とする四人をよそに、マリアはニコニコと続ける。
「まあ、死ななかったんですし、ザフトの救助が来るまで待つしかないですね!」
マリアのあまりにもマイペースな発言に、イザークもディアッカも、完全に毒気を抜かれたように黙り込むしかなかった。
* * *
――地球連合軍・特装機動艦アークエンジェル(艦橋)
凄まじい摩擦熱と振動が、艦体を無慈悲に揺さぶり続けていた。
第八艦隊という巨大な盾、そして旗艦【メネラオス】とともにハルバートン提督を失ったアークエンジェルは、まるで血を流しながら逃げ延びる手負いの獣のように大気の壁を突き破っていく。
艦橋を支配しているのは、ただ重苦しい沈黙と深い喪失感だった。
最大の理解者であり恩人であった提督を目前で失いながらも、マリューとナタルは悲痛な面持ちを押し殺し、懸命に艦の指揮を執り続けている。
先の戦闘で父親を失った時のトラウマと、前回自分がしたことを思い出し、フレイもまた真っ青な顔でオペレーター席のコンソールにしがみついていた。
やがて、窓を覆っていた灼熱のプラズマが晴れ、眼下に青い空と、どこまでも続く茶褐色の地表が広がった。
「……大気圏突破、完了しました。本艦はこれより、重力下での降下態勢に入ります」
ノイマンの報告に、艦長席のマリューが重い息を吐き出す。
「本艦の現在位置は……?」
「軌道計算、出ます。現在地……アフリカ大陸北部」
電子戦担当としてCICに座るメイリンが、信じられないものを見るような声で報告した。
「広大な砂漠地帯です。完全にザフトの勢力圏内……バルトフェルド隊の縄張りかと」
その報告を聞いた瞬間、マリューとナタルの間に、声にならない絶望が走った。
<結局、ここなの……?>
マリューは強く唇を噛む。特務艦タキリで補給を受け、これまでの航路でも過去の記憶を頼りに数え切れないほどの選択を変えてきたはずだった。
それなのに、アークエンジェルは再び、あの時と同じ過酷な砂漠へと叩き落とされたのだ。
ナタルもまた、コンソールを握る手にギリッと爪を立てた。事情を知る者たちの心にだけ、重い徒労感が影を落とそうとした、その時だった。
「何を暗い顔をしている! お通夜でも始めるつもりか!」
緊張で張り詰めた艦橋に、凛とした力強い声が響いた。
自動扉が開き、カガリ・ユラ・アスハが足早に入ってくる。その後ろには、影のように寄り添う屈強な護衛、レドニル・キサカが無言で控えていた。
「カガリさん……」
「落ちた場所が敵のど真ん中の砂漠だってのは最悪だ。だが、生きて地球の土を踏めたんだ! あのまま宇宙のチリになるよりよっぽどマシだろうが!」
カガリはマリューたちの前に立つと、絶望を吹き飛ばすように力強く言い放った。
「ため息をついている暇はないぞ。すぐに艦の被害状況の確認と、周囲の警戒を急げ!
太陽が昇れば、ここはあっという間に灼熱の地獄になる。
……落ち込むのは、生き延びるための態勢を整えてからにしてくれ!」
事情を知らないクルーたちから見れば、それは「肝の据わったオーブの姫君の、的確で頼もしい叱咤」に過ぎない。
だが、マリューとナタルには分かっていた。同じ記憶を持つカガリもまた、この砂漠に落ちた事実に焦りを感じているはずなのだ。
それでも彼女は足を止めず、ただ前を向いて「今やるべきこと」を見据え、自らを奮い立たせるように声を張り上げている。
「……ええ。あなたの言う通りね、カガリさん」
マリューは先ほどまでの絶望を振り払うように表情を引き締めると、艦長としての鋭い声で指示を出した。
「ナタル、直ちに各班へ指示を。
艦の損害把握と、モビルスーツの状況確認を急がせて」
「了解しました、艦長」
ナタルの声にも、軍人としての力強い張りが戻っていた。
徒労感に押しつぶされそうになっていた彼女たちを救ったのは、決して諦めることを知らない「オーブの獅子」の娘の、熱く強靭な意志だった。