大気圏突入という死線を越え、アークエンジェルが不時着したのは灼熱の海――アフリカの砂漠地帯だった。
――アークエンジェル(格納庫および艦外)
非常用電源の明かりが灯る格納庫内は、絶え間ない怒号と整備音に包まれていた。
「急いでくれ! スカイグラスパーを飛べるようにしてくれればいいんだよ!
俺が出る機体がないだろうが!」
ムウが整備兵たちを急かす横で、整備班長のマードックが頭を抱えていた。
「無茶言わねえでくだせえ! こっちは艦の修理だけでも手一杯だってのに!
そっちまで手がまわらないんでさあ。
それにあっちだって、防塵処理もまだ済んでない機体をこんな砂まみれの場所で動かしたら、一発で関節がいかれちまう!
ルナマリアのジンだって、宇宙での損傷修理と防塵処理でカツカツで、まだ動かせる状態じゃねえんですよ!」
マードックの視線の先には、エニルやアグネスが艦の外へ出る許可を求めて艦橋に掛け合っている姿があった。
ルナマリアは、赤いジンのコクピットで、ジンの整備を手伝っていた。
やがて、マリューから艦外に出る許可を得たエニルとアグネスは、それぞれのジンを牽引して砂漠へと足を踏み出していた。
『うわっ、重っ! 地上設定されていないとこんなにひどいものなの!?』
通信機越しにアグネスの悲鳴が響く。
彼女の乗るジンは、一歩足を踏み出すごとにズブズブと柔らかい砂に足を取られ、機体の姿勢制御すらままならない状態だった。
『アグネス、無理に動かさないで。関節部に砂を噛むわ。
……まったく、宇宙(そら)用の設定のままじゃ、ただの鉄の塊ね』
エニル自身もモニター越しに広がる広大な砂の海に圧倒されながら、必死にキーボードを叩いてバランサーの数値を手動で書き換えていく。
だが、慣れない重力と砂地という二重苦の環境データを最適化するのは、容易な作業ではなかった。
『あの、エニスさん。ストライクの接地設定、送ります。
ジンのOSにも応用できるはずです』
ふいに、同じく艦外に出たストライクから通信が入った。
見れば、ストライクはすでに砂漠の地盤を正確に捉え、大地にしっかりと二本足で立っているではないか。
『キラ!? あんた、もうOSの書き換えを終わらせたの……!?』
『はい。これくらいなら、なんとか』
少し疲労の色は見えるものの、その声ははっきりとしていた。
大気圏突入の直前まで激しい戦闘を繰り広げていたものの、間一髪でアークエンジェルの格納庫へ収容されて降下できたこともあり、キラは熱を出すこともなく無事だった。
『……大したものね。あんたが元気でいてくれて助かったわ』
『エニスさんが、降下するギリギリまで僕たちをカバーしてくれたおかげです。
……さあ、急いで調整を済ませましょう』
天才的なキラのサポートを受け、エニルとアグネスのジンも次第に大地を掴む感覚を取り戻し始めていた。
* * *
――アークエンジェル(艦内・隔離区画)
格納庫の喧騒から少し離れた人目のない通路で、マリュー、ナタル、そしてカガリの三人が密かに顔を突き合わせていた。
未来を知る者たちだけの、極秘の作戦会議である。
「――艦の被害は想定内。だが、ここはアフリカよ。問題は……【明けの砂漠】をどうするかね」
マリューが重々しい口調で切り出すと、カガリは顔を伏せ、両手を強く握りしめた。
「……接触したくない。あいつらとは、手を組みたくないんだ」
その声には、普段の勝気な彼女からは想像もつかないほどの悲痛な響きが混じっていた。
バルトフェルドの報復によってタッシルの街が焼き払われ、多くのレジスタンスが命を落とした惨劇の記憶が、今も彼女の心を固く縛り付けているのだ。
「彼らと接触すれば、彼らは必ずザフトに牙を剥く。アークエンジェルという巨大な標的を前にすればなおさらだ。私は……無用な犠牲を出したくない。できれば、バルトフェルドとも戦いたくないんだ」
カガリの痛切な願いに、ナタルが腕を組んで頷く。
「私も正規軍が素人のゲリラ集団と安易に手を組むべきではないと考えます。
ですから、カガリ様のお考えに賛同します」
「でも……補給はどうするの? 紅海に抜ける前に補給が必要よ」
艦長として現実的なリソース不足を懸念するマリュー。
しかし、彼女たち三人の間には【目先の問題】が共有されていた。
「……どちらにせよ、バルトフェルドとの戦闘は避けられないわ。
間違いなく今夜、奴らの夜襲が来る。日が暮れる前に戦闘配備を敷きましょう。
明けの砂漠への対応は、エニル一尉たちを交えて後で正式に決めるわ」
* * *
――アークエンジェル(作戦会議室)
数十分後。マリュー、ナタル、カガリの三人に加え、ムウ、エニル、キサカがテーブルを囲んでいた。
「状況から見て、今晩にでもザフトのアフリカ方面軍――バルトフェルド隊が夜襲を仕掛けてくる可能性が高いわ」
マリューの言葉に、エニルが小さく息を吐く。
「スカイグラスパーの組み上げは間に合っていない。
エニス達のモビルスーツに頼ることになるな。
一応、モビルスーツの指揮はエニスに頼むことになる」
ムウがエニスを見てそう言った。
「防衛の要は、あたしたちモビルスーツ隊ってことね。
了解したわ。ルナマリアの機体も日が暮れる前に整備を終わらせて、あたしとアグネスの設定を入れるようにして、全機体の砂漠調整は終わらせる予定だから安心してちょうだい。
……ただ、防塵処理だけはすぐには無理そうね」
「ああ、艦とモビルスーツとスカイグラスパーの三つを並行ですものね。
マードックにはあとで私も話を聞いておきます。
モビルスーツ隊として頼むわね、エニス。
……それで、もう一つの懸案事項なんだけれど」
マリューはムウがいる手前、あえて彼女を偽名で呼びつつ、視線をカガリへと向けた。
それを受け、カガリが立ち上がる。
「この北アフリカには、ザフト相手に抵抗運動をしている明けの砂漠というレジスタンス組織がある。我々がここに降下した以上、必ず彼らが接触してくると考えられる。だが……彼らとは手を組まない方向で考えてほしい」
キサカがピクリと眉を動かした。土地勘があり、彼らの事情を知っているからこそ、カガリのその提案は意外だったのだろう。
「私は補給の観点からも、土地勘のある彼らと協力するのは有益だと考えているのだけれど」
「素人の集団を戦術に組み込むのは危険です。私はカガリ様の意見に賛同します。接触は最小限に留めるべきかと」
マリューとナタルが、先ほどの打ち合わせ通りに意見を戦わせる。
沈黙を保っていたムウは、両手を上げて肩をすくめた。
「俺はただのパイロットなんでね。政治的な判断はパスだ。多数決なら棄権させてもらうぜ」
賛成一、反対二、棄権一。
全員の視線が、残る一人――エニルに向けられた。
「エニスは、どう考える?」
マリューに問われたエニルは、迷う素振りすら見せずにカガリの隣に立ち、その肩にポンと手を置いた。
「あたしも反対ね」
「理由は?」
「カガリが嫌がっているからよ。それ以上の理由がいるかしら?」
あまりにも私情に満ちた、しかしエニルらしい清々しいまでの贔屓発言に、会議室の空気が一瞬だけ呆れに包まれる。
だが、その一点の曇りもない【カガリの意思を最優先する】という態度は、横で控えていたキサカの心を深く納得させた。
<……カガリ様が彼らを巻き込むまいと決断し、それを無条件で支える者がいるのなら>
何かを言いかけていたキサカは静かに口を噤み、深く頷いた。
「私も、カガリ様の判断に従いましょう」
「……決まりね。こちらから明けの砂漠への積極的な軍事介入・共闘の持ちかけは行わない。
本艦はこれより第一種戦闘配備。今夜の夜襲は、我々の戦力のみで迎え撃ちます」
マリューの決定が下る。