C.E.71年02月14日 深夜。
――アフリカ北部・砂漠地帯(夜)
凍てつくような寒風が吹きすさぶ夜の砂漠。
月の光に照らされた砂丘の影で、巨大な陸上戦艦【レセップス】が静かに息を潜めていた。
艦橋から暗闇の広がる地平線を見つめるのは、ザフトの地上軍を束ねる指揮官、【アンドリュー・バルトフェルド】である。
本来なら軍用車で近くまで行き、ダコスタと連携しながら様子を見たかったが、友軍の救援に彼を送ったことで、戦場から送られてくるレーザー回線越しの映像で我慢していた。
「さて……宇宙から降ってきた足つきのお手並み拝見といくか」
「本当にこの戦力で強襲を?」
緑服の男――シャー・チクがバルトフェルドにそう尋ねる。
「相手はあの第八艦隊を振り切って地球へ降りてきたんだ。どれほどの牙を隠し持っているか、早めに確かめておかないと火傷するからな」
彼の合図とともに、四機の四足獣型モビルスーツ【バクゥ】と、六機の戦闘ヘリが夜の砂漠へと放たれた。
――【アークエンジェル】(艦橋)
ニュートロンジャマーの干渉下において、レーダーはほとんど役に立たない。
しかし、アークエンジェルのブリッジは奇襲を受ける前から完全な戦闘態勢を敷いていた。
今夜、間違いなく敵が動く――そう確信しているマリュー・ラミアスとナタル・バジルールの事前の判断によるものである。
「熱源反応、多数! 接近してきます! モビルスーツと、おそらくヘリです!」
オペレーターの緊迫した報告に、マリューは即座に命を下した。
「本艦はこれより浮上! 機関最大!」
「レセップスは必ず砂丘の陰から指揮を執っているはずだ! 【ゴットフリート】、ならびに【バリアント】起動! 敵母艦の潜伏想定ポイントへ対艦ミサイル【スレッジハマー】【ウォンバット】斉射準備! 対空防御ミサイル【コリントス】装填!」
ナタルが淀みなく攻撃指示を飛ばす。
待ち伏せの夜襲を仕掛けたはずのザフト軍にとって、それは予想外の反応だった。
砂の海から急浮上したアークエンジェルは、戦闘開始と同時に、レセップスが潜んでいるであろう砂丘の向こう側へ向けて猛烈な砲撃を仕掛けたのだ。
――砂漠(アークエンジェル周辺)
艦の反撃と同時に、四機の機体がハッチから砂漠へと飛び出した。
キラ・ヤマトの駆るランチャーストライク、そしてエニル・エル、アグネス・ギーベンラート、ルナマリア・ホークが搭乗する三機のジンである。
『来るわよ! アグネス、前衛はあたしたちで支えるわ!』
『分かってるわよ! でも、こいつ速っ……!?』
通信機越しにアグネスが舌打ちをする。
砂漠での高い機動力を誇るバクゥの加速度は、彼女たちの想像以上だった。
接地設定こそ済ませてあるものの、二足歩行のジンと、砂地に特化した四足歩行の獣とでは、地の利があまりにも違いすぎる。
エニルとアグネスは必死にスラスターを吹かし、砂煙を上げながらバクゥの突進を牽制する。
バクゥは高速移動をしながら、標的へと向けて【400mm13連装ミサイルポッド】を放つ。
それをエニルとアグネスは盾で受け止めながらスラスターを吹かせて前進し、距離を詰めて動きを止めているのだ。
敵が近接格闘戦を仕掛けてこないのが救いで、【450mm2連装レールガン】による砲撃を受けても、シールドで防ぐことで対応できていた。
襲来している戦闘ヘリは、アークエンジェルのイーゲルシュテルンで撃墜されるか、地上へ攻撃を仕掛けようとしてエニルとアグネスに撃ち落とされていた。
『ルナマリア! 援護頂戴!』
『ご、ごめん! まだ機体とのすり合わせが終わってなくて……!』
後方から重機関銃を構えるルナマリアの機体は、どこか動きがもたついている。
彼女のジンは、機体OSの砂漠対応設定こそインストールされていたが、ルナマリア自身の感覚に合わせた細かいチューニングがまだ完了していなかったのだ。
ただでさえ実戦に不慣れなうえに、手足の感覚がずれた状態の未調整機では思うように狙いが定まらない。
『焦らなくていい! 弾幕を張って、少しでも奴らの足を止めてくれればいいから!』
エニルが叫び、アグネスと共に前線を死守する。
ルナマリアが引き金を絞り、重機関銃の弾幕が砂漠を切り裂いた。正確な命中弾とはいかないまでも、ばら撒かれた銃弾は、バクゥの機動をわずかに鈍らせるには十分だった。
『キラ! 今よ!』
『はい……!』
バクゥの足が止まったその一瞬の隙を、後方で待機していたキラが見逃すはずもなかった。
ランチャーストライカーの超高インパルス砲【アグニ】が火を噴き、夜の砂漠を真っ昼間のように照らし出す。
極太のビームが、足を止めたバクゥの一機を的確に貫き、爆散させた。
立て続けにもう一機のバクゥが火線に呑み込まれ、敵の包囲網が崩れ始める。
――レセップス(艦橋)
アークエンジェルからの容赦ない艦砲射撃が、レセップスの周囲の砂丘を次々と吹き飛ばしていく。
「……おいおい、どこの誰だ、あれが素人の寄せ集めだなんて報告を上げたやつは」
激しい揺れの中で、バルトフェルドは額に滲んだ汗を拭った。
夜襲への完璧な備え、こちらの位置を正確に予測したかのような先制砲撃、そしてバクゥの機動力を封じる見事な連携。
「小手調べのつもりだったが……これ以上はこっちが食い破られるな」
バルトフェルドは短く息を吐き、シャー・チクへと視線を向けた。
「モビルスーツ隊とヘリを下がらせろ。本艦も後退する」
「り、了解!」
砂漠の虎の異名を持つ男の顔には、未知の強敵に対する警戒と、戦士としての好奇心が入り混じった笑みが浮かんでいた。
* * *
C.E.71年02月14日 夜明け。
――アフリカ北部・砂漠地帯(アークエンジェル周辺)
バルトフェルド隊との激しい夜戦を退けたアークエンジェルは、砂漠の只中で再び息を潜めていた。
戦闘の余韻が冷めやらぬ中、艦の周囲を警戒していたセンサーが、小規模な車両の接近を捉えた。ザフトの追撃部隊ではない。武装したバギーやトラックで構成された、現地のレジスタンス組織――明けの砂漠である。
巨大なアークエンジェルを背に、マリュー・ラミアスとムウ・ラ・フラガが砂漠の冷たい風に吹かれながら立っていた。
彼らの背後には万が一の事態に備え、キラ・ヤマトの乗るストライクと、エニル・エルの赤いジンが、武器を下ろした状態で静かに立ち尽くしている。圧倒的な質量を持つ二機のモビルスーツによる無言の圧力は、交渉の場においてこれ以上ないほどの牽制となっていた。
砂煙を上げて停まったバギーから、恰幅の良い壮年の男が降り立つ。
「夜分に失礼する。私は、この地域でザフトへの抵抗運動を行っている組織、明けの砂漠のリーダー、【サイーブ・アシュマン】だ」
「地球連合軍所属、アークエンジェル艦長のマリュー・ラミアスです。こちらは……」
「同じく連合軍の、ムウ・ラ・フラガ大尉だ」
マリューの紹介を受け、ムウが軽く手を挙げる。
サイーブは、見上げるほど巨大な艦とモビルスーツをちらりと一瞥した後、真摯な表情で本題を切り出した。
「先ほどの戦い、見事だった。だが、ザフトの【砂漠の虎】はあんなものでは終わらん。
あんたたちも、補給やこの土地の情報が必要だろう。どうだ、我々と手を組まないか?」
それは、孤立無援の艦にとって本来なら喉から手が出るほど欲しい申し出だった。
しかし、マリューの表情に迷いはなかった。
「お申し出は大変ありがたいのですが……お断りいたします」
「……なんだと?」
予想外の即答に、サイーブが目を丸くする。
「我々は正規軍の艦であり、極秘の軍事機密も抱えています。
民間人の方々、それもゲリラ組織と安易に手を組むことは、軍規に照らしても承認できるものではありません」
マリューは、事前の会議でナタルが述べた【建前】を淀みなく口にした。
「それに、我々のような目立つ標的と行動を共にすれば、あなた方の集落や大切なものまでザフトの的になりかねない。我々は、これ以上の無用な犠牲を出したくはないのです」
それは建前ではない。カガリの痛切な願いを汲み取った、マリュー自身の本心でもあった。
サイーブは少しの間、マリューの真意を探るようにその顔を見つめていたが、やがて短く息を吐いた。
「……そうか。あんたたちがそれを望まないというなら、無理強いはできないな」
「ご理解いただき、感謝します」
「だが、我々もこの土地を守るために戦っている。
何かあれば、お互いに助け合うことくらいはできるはずだ。
気が向いたら、声をかけてくれ」
サイーブはそう言い残し、バギーへと戻っていく。
彼らが遠ざかっていくのを見届けた後、マリューは小さく安堵の息を漏らした。
『……上手くいったみたいね』
通信機越しに、コクピットから様子を窺っていたエニルの声が届く。
「ええ。エニス、キラ君。護衛ご苦労様。二人も艦に戻って休んでちょうだい。
夜明けまではまだ時間があるわ」
『了解。機体を戻すわ』
『分かりました』
エニルのジンとキラのストライクは静かに踵を返し、アークエンジェルの格納庫へと歩みを進めた。
カガリが最も恐れていた事態――明けの砂漠との本格的な接触と共闘は、こうして静かに回避されたのだった。