――アイビー(艦橋)
「……ふざけるなッ! なんだこのふざけた命令書は!」
アイビーの艦橋に、イザークの怒声が響き渡った。
白服の戦隊長であるレムに突きつけられたデータ端末には、プラント本国からの正式な辞令が記されている。イザーク、レコア、ディアッカ、ミゲル、そして補充兵として送られてきた【シホ・ハーネンフース】の五名をもって【イザーク隊】を編成すること。
隊長をイザーク、副隊長をレコアとし、アイビーを母艦として地上研修を行うこと――。
「なんで俺たちがこんな……それに、【研修名目で各地に赴き、写真と報告書を提出せよ】だと!? 俺たちに遠足でもしろと言うのか!」
「え、ええと……そういう命令ですので……」
激昂するイザークを前に、レムは引きつった愛想笑いを浮かべて視線を逸らした。
アイビーには「不要な戦闘は一切避けるように」と交戦禁止が言い渡されているため、事実上の【戦闘禁止】及び【観光命令】である。
アイビー側としては安全圏で時間を潰せるため願ったり叶ったりなのだが、イザークが納得するはずもなかった。
「くそっ、母上……職権濫用にも程があるぞッ!」
ギリッと歯を食いしばり、イザークは踵を返して艦橋を出ていく。
艦橋に残されたレコア、ミゲル、ディアッカ、そして新顔のシホは、気まずい沈黙の中で顔を見合わせた。
<なんでまだ話終わってないのに出て行くのよ。あんなに気性が荒い人が一緒についてくるの?>
レムは胃を押さえながら、イザークの出て行った先を見ていた。
「さて、本艦のパイロット、私とポゥ・エイジ、ユズリハ・アマテ、ニャアン・コストはこれまで通り、私の指揮下となります」
「は、はいっ」
「はーい」
「はい、わかりました」
イザークの剣幕に涙目になっていたポゥが驚いたように答え、ユズリハとニャアンはどこかのんきに返事をすると、すでに外が気になって仕方ない様子だった。
「本艦はサマラとのドッキングなどもあるので、ここに停泊します。
作業にあたっている人員以外は外出を許可するので、半舷上陸とします。
休暇とはいえ、未知の土地です。単独行動は避け、集団で行動するように」
レムがそう告げると、艦橋から伝播して艦全体から歓声があがった。
<ほんとうに、お願いだから過激派に巻き込まれるとか勘弁してよね。
……私もお絵描きするのに出かけようかな>
* * *
――アイビー(居住区画・通路)
自室へと籠もってしまったイザークを追って、レコアが通路を歩いていた。
その後ろ姿を、少し離れた曲がり角からミゲルとディアッカがニヤニヤと眺めている。
「おーおー。相変わらず、レコアちゃんはイザークの宥め役だな」
「全くだ。わざわざあの状態のイザークを追っかけていくなんて、本当に熱いねぇ」
二人の目には、レコアがイザークに甲斐甲斐しく尽くす健気な少女として映っていた。
「まだ恋人ってとこまではいってなさそうだが、微笑ましいこった。俺たちで少し背中を押して応援してやるか」
「違いない」
ミゲルとディアッカは顔を見合わせ、楽しげに笑い合った。
まさかそのレコアの中身が、彼らのよく知る親友・アスランであるなどと、夢にも思わずに。
* * *
――イザークの私室
電子ロックを解除して中に入ると、イザークがベッドに腰掛け、頭を抱えて唸っていた。
「……レコアか」
「少しは落ち着いた? おばさま……エザリア議員も、少し強引すぎたわね」
レコアは呆れたように息を吐き、ロックを掛け直して防音設定をオンにする。
誰にも聞かれない密室になったことを確認すると、二人の纏う空気が、士官学校の同期のものから変わった。
「母上は一体何を考えているんだ! イザーク隊の編成までは百歩譲っていい。
だが、なぜシホ・ハーネンフースを強制的に俺の部隊へねじ込んでくる!」
「この間あなたの家で話を出したでしょ。だからお見合いのつもりなんじゃないの?」
レコアが肩をすくめると、イザークは顔を真っ赤にして「ふざけるな!」と声を荒げた。
「俺たちは、そんなお遊びのために地上に降りたわけじゃない!
こうして俺とお前が降下してしまったことで、本国でニコルを引き留める役がいなくなってしまった。それに、ラクス・クラインと接触して今後の対応を擦り合わせる機会も失ったんだぞ!」
イザークの焦燥はもっともだった。
本来なら、アークエンジェルを追う中で情報を集めつつ、最悪の悲劇を回避する算段だった。
だが、地球に降下してしまった上、ザラ議長やエザリアの過保護な采配によって、彼らは完全に身動きが取れない、蚊帳の外に置かれようとしている。
「……ええ、痛い誤算だわ。本来なら、ニコルが再びあの悲劇に見舞われないよう、私たちが本国でうまく立ち回り、彼を地上での実戦から遠ざけてプラントに残す手筈だったのに……」
レコアは腕を組み、深刻な表情で壁にもたれかかった。
「それに、ラクスよ。間違いなく私たちと同じだわ。
最悪の破滅を回避するために、どうしても直接会って互いの手札と方針を擦り合わせておかなければならなかったのに……」
「ああ。降りてしまったものは仕方がないが……痛手すぎる」
レコアが眉間にしわを寄せて沈痛な表情を深くしながら言うと、イザークが同意する。
「問題は、この状況でどう動くかよ。
今、アークエンジェルはこのアフリカの砂漠地帯に降下しているはず。
上手くいけば、接触できるかもしれない」
レコアの言葉に、イザークは眉をひそめた。
「接触って……どうやってだ?
俺はかつてのアフリカ戦線には参加したが、ジブラルタルから移動して、バルトフェルドの陸上戦艦の上で待機させられていただけだぞ。
細かい地形や合流地点なんて覚えていない」
「私に至っては、この時期は地上にすら降りていないわよ。
だから、アークエンジェルがどう動くかは推測するしかないの。
……でも、紅海からインド洋へ向かうなら、かつてのようにオーブを目指している可能性が高いわ」
二人はこれまでの記憶と現状の情報をすり合わせる。
「よし。まずは情報収集も兼ねて、近くの街に出てみましょう」
レコアが提案すると、イザークは怪訝な顔をした。
「街へ? 俺たちだけでか?」
「ええ。それに……せっかくだから、シホも誘って三人で行きましょうよ」
「なっ……! なぜあいつを連れて行く!」
「前にイザークの家で話しただろう、私だって本当にあなたのお相手候補にされたくないもの。
イザークだって私と婚約とかになったら困るでしょう。
それに、せっかくの部下なんだから、親睦を深めておいて損はないでしょ?」
レコアは、かつての記憶からシホがイザークに好意を寄せていたことを知っていた。その知識からくる、どこか世話焼きのような提案だったが、イザークは苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向いた。
* * *
数十分後。
アイビーのラウンジでは、新たに補充兵として配属されたシホが一人、静かに待機していた。
ダークブラウンの美しいロングヘアに、意志の強さを感じさせる紫色の瞳。彼女の身を包むのは、ザフト軍のエリートの証である赤服だ。
女性らしい端正な顔立ちの裏に、内向的でありながらも人一倍強い負けず嫌いな気性を秘めた優秀なパイロットである。
そんな彼女のもとに、レコアが歩み寄った。
「シホ。この後、少し街へ出ない? 色々と地元の雰囲気も見ておきたいし」
「街へ、ですか? はい、副隊長がそう仰るなら」
真面目な顔で頷くシホに対し、レコアの中にいるレコアが少し悪戯っぽい笑みを浮かべて顔を寄せる。
「イザークも一緒よ。彼、ああ見えてエスコートはしっかりしてるから、二人で並んで歩いてみるといいわ。色々と話も弾むんじゃないかしら?」
「えっ……?」
シホは目を瞬かせ、レコアの顔をマジマジと見つめた。
上官であるイザークに対して敬意は抱いているが、なぜこの副隊長は、出会ったばかりの自分と隊長を【そういう風に】くっつけようとしてくるのか。
<……この人、もしかして私のこと、体のいい当て馬か何かだと思っているの……?>
レコアの不器用な気遣いは完全に裏目に出ていた。シホは、妙に自分とイザークを一緒にいさせようとするレコアに対し、得体の知れない苦手意識と警戒心を抱き始めていた。