――プラント(遺伝子治療研究施設)
この半年間で三度目となる大掛かりな治療。巨大な別々の水槽の中で、数日間にわたり特殊な薬液に浸かっていた二人の男――ラウ・ル・クルーゼとレイ・ザ・バレルの水槽から、ゆっくりと薬液が抜かれていく。
ハッチが開き、外の空気に触れた二人に、白衣姿のギルバート・デュランダルが穏やかな声をかけた。
「気分はどうだい、二人とも」
「……ああ。特に問題はない」
「ぼくも、平気です」
数日間の投薬と薬液浸けの治療を終えた二人からの返答に、デュランダルは満足げに頷く。
「それでは、検査をしようか」
デュランダルに促され、二人は別室の検査室へと移動する。
今回彼らに投与されたのは、高度な遺伝子治療薬を含む特殊な薬品だった。
元々はアウラ・マハ・ハイバルが研究資金と自身の若返りのために製造・研究していたものだが、デュランダルはそれをラウとレイのテロメア修復治療薬として見事に応用してみせたのである。
検査機器のモニターに流れるデータを眺めながら、デュランダルは静かに口を開いた。
「レム・エルには本当に感謝しかない。私にできることであれば、大抵のことは叶えたいくらいだ」
彼女がメンデルから持ち帰ってくれた研究データとサンプル。それがなければ、この治療薬を完成させることは到底不可能だった。
深い感慨を込めたデュランダルの呟きに、検査を受けていたラウがふと視線を向ける。
「……結果が出たよ」
デュランダルはふっと微笑み、二人へと振り返った。
「問題だったテロメアは回復している。それに、細胞が僅かに若返っているようだね」
その言葉の意味を理解した瞬間、ラウの顔から表情が抜け落ち、やがてその双眸からとめどなく涙が溢れ出した。隣に座るレイもまた、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしている。
「私も……まだ生きていていいのだな……」
顔を覆い、絞り出すように嗚咽を漏らすラウ。
「ぼくも、人並みに生きていられる……」
レイもまた、震える声で希望を噛み締めていた。
クローンとして生み出され、短い寿命という呪いに縛られ続けてきた彼らにとって、それは初めて与えられた【当たり前の未来】だった。
二人の涙を静かに見守りながら、デュランダルは慈しむような声をかける。
「念のため、あと数日は入院してもらうが、おそらくもう大丈夫だ。よくがんばったね、ふたりとも」
* * *
――プラント(クライン邸)
ユニウスセブンの残骸への追悼慰霊団派遣からプラントへと戻った数日後。
ラクス・クラインは、父シーゲルの計らいにより、クライン邸の客室で一人の男と面会していた。
ギルバート・デュランダル。
シーゲルからの紹介で始まった二人の会話は、当初は極めて穏やかな歓談であったが、アイリーン・カナーバからの急な呼び出しを受けたシーゲルが席を外したことで、その空気は一変した。
静かな客室に二人きりになった途端、人当たりの良さそうな笑みを崩さないまま、デュランダルがあえてその呼び名を口にした。
「そう警戒なさらないでください。……姫」
「姫と呼ばれましても」
ラクスが表情を隠して静かに返すと、デュランダルは小さく息を吐いて笑った。
「ははは。警戒せずとも、わたしはあなた方の行く末を見届けたいだけなのですよ」
「何をいっているのでしょう」
「この時期にあなたが私を警戒している。それだけで充分なのですよ」
その言葉に、ラクスはわずかに息を呑む。
彼もまた、自分と同じく「その先」を知る者なのだと、明確に突きつけられた瞬間だった。
「……」
「わたしはあの計画に賭けたが、あなた方はそれを己の意志と信念で撃ち下した。
しかし、わたしにはその先を見ることはできなかった。
だからこそ、わたしにはあの続きをみる権利があると思うのです」
「どういう事でしょう」
「私以外にもあの計画を推進するものは既にいるのです。
ならば、あなた方が撃ち下した後を見てみようと考えたのですよ」
理路整然と、まるで議会で演説でも打つかのように滑らかな語り口でデュランダルは告げる。
「見てどうするのです。それにそれを信じろと?」
「今の状況はおわかりでしょう。湖に投げ入れられた小石のように波紋が生まれ、すでに 別の流れが生まれている。
現にザラはおかしな方向に暴走し、クライン派を盛り立てても弱体化の一途を辿っている。……永遠、自由、正義も手に入れられるか」
「……っ」
デュランダルの口から出た【自由】と【正義】という単語。
彼がどこまで盤面を見通し、何を求めているのかを悟り、ラクスは沈黙するしかなかった。
「わたしは今の生活にそれなりに満足しているのですよ。
友人達の治療も終わり、タリアともウィル君にも、それなりに付き合ってもらえている。
だからこそ、傍観者。その先を見るものになりたい」
自らは表舞台に立たず、安全圏から盤面を眺めるゲームマスターのように、デュランダルは優雅に微笑んだ。決して直接の手は貸さず、ただ暗闇の中でラクスがどう足掻くのかを楽しみにしているかのように。
「……だれが計画を始めているのですか」
重苦しい沈黙を破り、ラクスが絞り出すように問う。
デュランダルは満足げに目を細め、静かに答えを落とした。
「あなたの指輪が示す婚約者、ああ彼のことはもう……。その母親ですよ」