――アークエンジェル(格納庫)
バナディーヤでの物資調達と積み込みを終えたアークエンジェルは、夜陰に紛れて密かに街を離れていた。
一晩の移動を経た翌日の昼。
艦の格納庫には、見慣れぬ新たなモビルスーツが並んでいた。
完成状態で納入された三機の【ジンワスプ】と、持ち込まれた二機分の大量のパーツ群からマードックたちが徹夜で一機だけ組み上げた、ひときわ異彩を放つ【紫色】の機体――魔改造を施された【ザウート】である。
そのザウートは変形したタンク形態のまま鎮座しており、コックピットの周囲には整備班の人だかりができていた。
コックピットの中にエニルとマリューが入り、マードックが外から機体の情報を確認している。
「なるほどね。ザウートの構造を強化するために装甲を部分的に入れ替えたうえで、ジンハイマニューバで使われているバックパックを取りつけて【MMI-M729】エンジンを脚部に追加したのね。
データ上は問題なさそうだけど……マードック曹長、動きそうなの?」
「まあ、そこのところは問題なさそうです。
ただ、このザウートは弄られすぎて中身がめちゃくちゃですからね。
ジンとの互換部品が多いのがせめてもの救いですが。
一緒に届いたジンワスプが普通の機体だったことにも助けられましたよ。
とはいえ、タンク形態と人型での稼働試験はしなきゃならんでしょうね」
マリューが構造データを見ながら、弄り倒された機体の情報を追っていく。
マードックも自分の端末で情報を確認していく。
「それにしても、あなたの知り合いも相当な人よね」
マリューはそう言いながら、コックピットのメインモニターに表示されたエニル宛てのメッセージを見る。
『中遠距離のモビルスーツを開発する予算がないので、ザウートの改良型を送ります。
島嶼間での移動にホバー移動ができるようにした結果、宇宙でも使える高機動重モビルスーツになったはずだから、実戦データを取ってくるように。エリカ』
<はぁ、これでエリカは確定なんでしょうけど、なんて無茶な方法で支援してくるのエリカ>
マリューは頭痛をこらえるように頭に手をやる。
「ザウートの改良型なのであれば、ひとまず【ザウート改】で名称は通しましょう。
これをただのザウートと呼んでいたら混乱するでしょうし」
気を取り直すようにマリューがそう言った。
「となると試験ですかね」
「そうなるわね。
まずは一機組みあがったことを良しとして、すぐにでも動くことを確認しましょう。
機体調整や設定の変更も必要になるかもしれないし」
マードックとマリューの会話が落ち着いた所で、エニルが問いかける。
「パイロットは?」
「何言っているの? エニスがするのよ」
マリューは良い笑顔で振り向いた。
組みあがったばかりの機体を試験するとなって、ルナマリア、アグネス、キラは何かあったときのためにモビルスーツで待機するように言われてパイロットスーツを着て、格納庫に来ていた。
「このずんぐりとした機体にエニスさん乗るんですか?」
キラはポカンと口をあけながら呟く。
「なんでザウートなのよ」
「うわー、この機体一時期有名だったやつよね」
格納庫で紫のザウート改を見上げながら、アグネスとルナマリアが呟いた。
「ザウートかぁ、あんまり強いイメージがないなぁ」
「でも大きいよね」
「変形できるのは良いんじゃないか?」
物珍しさからか、カガリやミリアリア、サイ、トール達もザウート改を見上げて好き勝手いっている。
「おい坊主達、シミュレーター使うんだろ、こっちだ!」
そういって声をかけてきたのはムウだった。
周囲には普段艦橋につめているトノムラ達もいた。
「スカイグラスパーのシミュレーターだ。
まあ、乗るだけならやって問題ないだろうからやってみろ」
そういわれてトールが最初に乗り込んでいく。
「よし、これなら私でも……!」
カガリは戦闘機スカイグラスパーのシミュレーターをみて、次は自分だと順番待ちに入る。
その様子を、キサカが何も言わずに静かに見守っていた。
マリューが艦橋に向かい、エニルはザウート改のコックピットで機体の操縦マニュアルに目を通していた。
カガリがまた余計なことを始めたと気にはなっていたが、キサカがついているなら問題ないだろうと割り切り、時折マードックと通信を交わしながら機体調整を進めていく。
<まったく、ザウートって砲戦用でしょ?
あたしの一撃離脱とはあわないと思うんだけど、でもキラやルナマリア、アグネスには任せられないしなぁ。
絶対、軍の偉い人からの依頼で作っているんだろうし、めんどくさいなぁ>
エニルは内心でザウートに乗るのが嫌で渋面を作っていた。
機体調整が終わると、エニルは艦橋に伝える。
「CIC、こちらエニス。ザウート改の調整が終わったわ」
『了解しました。……許可が出ました、これから機体の稼働試験を行うそうです』
モニター越しに映るメイリンが、背後の艦長席を振り向いて確認を取った後、稼働試験が始まる旨を伝えてくる。
「了解、カタパルト使うからよろしくね」
『了解しました。発進シークエンスに入ります』
やがて艦橋からのアナウンスが格納庫に響く。
『これより、ザウート改の稼働試験を開始します。ザウート改、発進位置へ』
格納庫内に響くアナウンスとともに、ザウート改がタンク形態から人型へと変形し、ゆっくり前進し始める。
<頼むわよ、カタパルト使えないで、毎回キュルキュルとのんびり出ていくなんてあり得ないんだから>
『……カタパルト接続』
出撃用リニアカタパルトにモビルスーツの足元が固定され、格納庫側の与圧扉が閉まる。
『……システムオールグリーン』
『エニス機、出撃どうぞ』
格納庫内のアナウンスが終わると、メイリンから出撃の声がかかる。
カタパルト上に赤と緑のランプが点灯する。
アークエンジェルの右舷ハッチが開き、砂漠と空が姿を現す。
カタパルトに備え付けられたパネルに「LAUNCH CONTROL SYSTEM」が表示された。
機体名の下には、縦に並んだ三つの赤い「ABORT」の表示。
その横にはそれぞれ「BRAKES」「THROTTLE」「CATAPULT」と表示されていた。
やがて右側の項目がすべて「CLEAR」に変わり、左側の「ABORT」の表示が「LAUNCH」に切り替わる。
「エニス・エル、ザウート改、出る!」
その声と共に、リニアカタパルトから紫色のザウート改が砂漠へと射出された。
ザウート改の脚部とウイングバインダー、機体各所に追加されたスラスターが、重モビルスーツのバランスを支えて砂漠に着地させる。
「カタパルトは問題なさそうね」
着地と同時にエニルから安堵の声が漏れ出る。
『エニス、問題なさそう?』
「ええ、人型の時にカタパルトでの射出はなんとか行けそうよ」
通信機越しに聞こえるマリューの声にエニルが返す。
『わかったわ。では人型での機動試験をしましょう。そのあとタンク形態で』
「了解。とりあえず、追加装備を使わないで動かしてみる」
人型での通常の挙動はジンよりも重く、砂地で脚を取られないだけマシという程度だった。
「追加装備を使う」
脚部のMMI-M729エンジンと背部のウイングバインダーが無理やり機体を浮かせた状態となり、姿勢を制御するスラスターに癖があるもののホバー移動ができた。
砂煙を巻き上げながら、ザウート改が滑らかに移動する。
そうして、エニルはアークエンジェルの近くまでやってきた。
その様子は、アークエンジェルの艦橋からも観測されていた。
『その状態で砲撃できるの?』
「やってみる」
マリューの問いかけに、エニルは実際に試す。
「まずは反動が少ない副砲から」
エニルはホバー移動しながら左腕部の副砲【二連副砲】を撃つ。
ただ、数回撃った時に違和感に気が付いた。
「撃てるけど、命中精度が落ちている」
着地した後に砲撃を加えると集弾性に差があった。
<これなら、まあまあ使えそうね>
それでも射撃精度の誤差くらいならとエニルは納得する。
『弾をばらまくなら、ホバーでもいいけどってところね』
「結構ばらつくわね、着地しているとちゃんと目標の位置にあたるんだけど。
……音が出るけど、主砲でも試していい?」
『いいでしょう、許可します』
「了解、ホバー移動での主砲攻撃を行う」
エニルが機体を滑らせるが、両肩の二連キャノン砲を撃った途端に機体はバランスを崩す。
「うわぁ」
砲撃の反動で、コクピットが大きく揺さぶられる。
『大丈夫、何か問題が!?』
「砲撃でバランスを崩した、あと二回だけ試す」
『無茶はしないで』
マリューの言葉の後に結局、三度試したがエニルはどれも危険だと感じた。
「少なくとも、人型のホバー時に主砲は無理ね。……転倒するわこれ」
エニルはそう断じて、マリューに報告する。
『わかったわ。データも取れているし、タンク形態の動作も見てみましょう』
「了解。タンク形態への変形を確認。これよりタンク形態での機動試験を行う」
マリューの指示に従い、エニルはザウート改をタンク形態に変形させ、そのまま周囲を動く。
『タンクの通常の動きは問題ないみたいね』
「そうね、足は遅いし。いい的ね」
マリューの言葉に、エニルは辛辣な評価を付け加える。
『じゃあ、ホバー移動を試して』
「了解。ホバー状態の確認に移行する」
砂煙を巻き上げながら、ザウート改は砂地を疾走する。
大きく浮かぶわけではないが、履帯で進む時と比べれば雲泥の差だった。
「これはまた、なんて加速」
エニルは左右に機体を滑らせるが、タンク時のホバー移動は人型よりも安定していた。
『こっちでも確認しているけど、かなりの加速ね』
「武装を試す。まずは副砲から」
ザウート改の副砲が連射される。
エニルが狙った位置から多少ずれていたが、先程よりはマシだった。
「まあ、これなら十分ね。次は主砲を試す」
ザウート改の主砲を撃った時に機体は揺さぶられるが、大きく体勢を崩すことも無い。
だが連射だと著しく命中精度が落ちた。
『さっきよりも集弾性が高いみたいね。あなたから見たら?』
「機体は安定している。
主砲で攻撃をするなら、タンク形態での攻撃が妥当ね。
機動戦で主砲を使うなら、連射は諦めるしかない」
『何か問題点は?』
「うーん、近接装備が欲しいところだけど、重突撃機銃に重斬刀を装着したものを用意できない? 使えるか試したい」
『マードックに伝えるから少し待って』
マリューの問いかけにエニルが思い付きを伝えると、すぐにそんな答えが返ってくる。
<これまでの機動戦とは勝手が違う。
後方からの火力支援を重視する戦い方に切り替えないと、腹をくくらないとね……>
ザウート改の右腕に装備されていた武装は【ショートバレル重突撃機銃】だったが、エニルは近接装備がないことを危惧して、ジンが装備している重突撃機銃に重斬刀を装着したものを試そうとしていた。
やがて、ストライクが運んできたそれを装備しての射撃実験が行われる。
『エニスさん、持ってきました』
「ありがとう、キラ。代わりに装備持っててくれる?」
『はい』
エニルはザウート改のショートバレルを渡し、キラが持ってきた重突撃機銃と交換する。
「わかってはいたけど、重突撃機銃が重いわね。
ザウート改だと両手で持たないとすこし重心が下がる」
『そう、なら今日はここまでにしましょう。
そろそろ移動しないとザフトに見つかるわ』
今一つエニルの感覚に合わなかったが、マリューの指示で一度帰投することになる。
* * *
試験が終わった後、マリューとナタル、ムウ、キラ、ルナマリア、アグネス、そしてマードック、カガリを交え、ザウート改を実戦運用するかどうかの話し合いが行われた。
「ジンのパーツが思ったより確保できなかったのは痛いわね。
今後の整備を考えると、稼働できる機体数には限界がある」
マードックの報告を受け、マリューがそう言うとエニルが腕を組んで渋い顔をする。
「だからって、あたしがこんな趣味の悪い重モビルスーツに乗るっていうの?
確かに動くことは確認したけど、できれば遠慮したいわ」
エニルが渋っていると、横からカガリが口を挟んできた。
「四の五の言っている場合か。ジンのパーツが足りないなら、お前がそれに乗れ。命令だ」
「……はぁ。わかったわよ」
カガリに押し切られる形で、これまでエニルが搭乗していたジンを予備機に回し、紫のザウート改をエニルの専用機として運用することが決定した。
「でも、それなら今の編成も見直さないとだめよ。ザウート改は、砲戦機だもの」
エニルはそう言って切り出す。
「アグネスの腕はとてもいいわ。だから、前衛にはキラのストライクとアグネスのジンを配置したい」
さらに、エニルが編成案を提示する。
アグネスはこの場での称賛に頬を紅潮させる。
「そして、後衛には火力支援としてあたしのザウート改と、ルナマリアのジンを置く。
これでどうかしら?」
その提案に対し、マリューとナタルは視線を交わした。
「モビルスーツ隊の運用に関しては、エニスとムウ少佐の判断に従います」
「俺はモビルスーツの専門家じゃないからな。その辺りの編成はエニスに任せるさ」
ムウがあっさりと承諾したことで、エニルの提案したフォーメーションが採用された。
待機シフトについても見直しの議論が出たが、しばらくは降下以降続けてきた体制で現状維持となった。
昼間はエニスが直ぐに出撃できる臨戦待機とし、アグネスとルナマリアが通常の待機。
夜間はムウが臨戦待機、キラが待機というシフトで回すこととなった。