【オーブ連合首長国】オノゴロ島――行政府・代表執務室。
美しい海を見下ろす窓辺に立ち、オーブの代表首長であるウズミ・ナラ・アスハは、重い息を吐き出した。
彼の脳裏にあるのは、いまだ行方の知れない愛娘、カガリのことだ。
ヘリオポリスの崩壊に巻き込まれたという不確かな情報の後、彼女が【特務艦タキリ】に立ち寄ったというキサカからの報告を最後に、連絡は完全に途絶えている。
大西洋連邦とも水面下で話をつけ、地球連合軍・第八艦隊との合流後に、彼らが乗る戦艦ごとオーブへ降りられるようお膳立てまでしていたというのにだ。
中立国としての建前上、他国の勢力圏である北アフリカなどに堂々と捜索隊を出すわけにもいかず、ウズミは父親としての焦燥をひた隠しにして政務にあたっていた。
コンコン、と控えめなノックの音が執務室に響く。
「入れ」
ウズミが窓から振り返ると、モルゲンレーテ社の主任設計技師である【エリカ・シモンズ】が、数枚のデータパッドを抱えて入室してきた。
「代表。モビルスーツ開発の進捗と、次期防衛計画の企画提案書をお持ちしました」
「ご苦労。……【アストレイ】の状況はどうなっている?」
「はい。機体本体と追加の【シュラウド装備】については完了しており、あとは専用OSの調整を残すのみです」
エリカは手元のパッドを操作し、ウズミのデスクのモニターに次々とデータを表示させた。
「加えて、こちらが今後の島嶼防衛を目的とした砲撃用重モビルスーツ、および水中用モビルスーツ開発の提案書になります」
表示された設計図面を見て、ウズミは少し目を細めた。
「……ずいぶんと無骨だな。これはザフトの機体か?」
「はい。低予算かつ短期間で数を揃えるため、砲撃戦機はザフトの【ザウート】をベースに開発と改良を行う案です。
今回の実験機には既存のザフト製パーツを流用しましたが、以後の開発機には、アストレイと互換性のあるバックパックを装備させる予定です」
「水中用はどうなのだ?」
「ゆくゆくは独自開発が望ましいですが、今はデータ収集の途中ですので、鹵獲したザフトの機体をそのまま運用して繋ぎとします」
よどみなく答えるエリカの表情には、一介の技術者という枠に収まらない、国家の行く末を見据えたような確かな自信があった。
「うむ。それでだ、娘の機体はどうだ? あの娘が乗るにふさわしい、豪奢なものになっているか?」
「はい。【アカツキ】の開発は最優先で進めております」
神妙な面持ちで請け負うエリカだったが、その内心では深いため息をついていた。
<……アカツキで国が守られるのだもの、それはもう急いで開発するわよ。
問題はヤタノカガミではジェネシスに対抗できないことと、OSの完成がキラ君待ちなのよね……。
誰が私と同じ(帰還者)か分からない中で、ここまで準備するのは本当に骨が折れたんだから。
あのおかしな行動をしているアークエンジェルの艦長なら、きっと私と同じはず。
合流したらマリューにはたっぷりと愚痴らせてもらわないと>
「そうか、そうか。あの娘の役に立てばいいがな」
内心でぼやくエリカの心労など露知らず、ウズミは嬉しそうに頷きながら呟きを漏らした。
そして、ウズミは改めてエリカへと向き直る。
<……ここ一年の彼女の働きは、尋常ではないな>
ウズミは内心で舌を巻いていた。
元々エリカは、オーブの五大氏族の中でも軍事産業に強いサハク家寄りの立ち位置にいた技術者だった。
それが約一年前を境に、彼女は突然アスハ家――特にカガリの護衛であるキサカらと密に連携を取り始め、今やウズミの懐刀のように動いている。
その提案の数々は、まるで「これから起こる戦争のすべてを知っている」かのような、おかしなほどに的確で先を見据えた知識(もの)ばかりだった。
「……エリカよ。お前は、連合なりザフトが、本気でこのオーブに攻めてくると思うか?」
ウズミは探るような鋭い視線で問いかけた。
「はい。どちらにせよ、このオーブという豊かな中立国を、世界は見逃してはくれません」
エリカの断言には、かつての記憶を持つ者の重い実感がこもっていた。
だからこそ彼女は、かつて灰燼に帰したオーブの悲劇を繰り返さないよう、一年前から早急な防衛力の底上げに奔走しているのだ。
「……それに、カガリ様のことでしたらご心配には及びませんよ」
「なに?」
ふいに娘の名前を出され、ウズミの目がわずかに見開かれる。
「ジャンク屋などの闇ルートを通じて、アフリカへ送った装備や物資の受け取りが確認されています。彼女は無事です」
「そうか……」
娘の無事を知り、ウズミの厳格な顔が、ほんの一瞬だけ父親の安堵に緩む。
だが、エリカの言葉はそれだけでは終わらなかった。
「ですから代表。ご心配であれば、彼女が国に戻れるよう秘密裏に迎えの準備と……彼女が『追われてきた』ときの対策をしておくべきです」
「対策、だと?」
「ええ。彼女はきっと、厄介なものを引き連れて帰ってきます。
サハクがどう出るか分からない以上、アスハ主導で、地上でも宇宙(そら)でも運用できる『艦』を増やすのが先決かもしれません」
エリカの力強い進言に、ウズミは深く息を吸い込み、決断を下すように強く頷いた。
「……分かった。直ちに手配を進めよう」
「ああ。今回のようにまたどこかへいってしまっても、すぐに迎えに行けるよう、姫様専用の艦か部隊があってもいいかもしれませんね」
「そ、そうだな。すぐに手配しよう」
エリカが意図的に漏らした言葉に、ウズミは天啓を得たように頷き、慌てて書類を用意し始めた。
* * *
――ザフト軍・陸上戦艦【レセップス】(艦長室)
砂漠の夜明け前。薄暗い艦長室には、特注のミルで挽かれたコーヒー豆の深い香りが漂っていた。
アンドリュー・バルトフェルドは、ゆったりとしたソファに深く腰を沈め、出来上がったばかりのコーヒーを口へ運ぶ。
「……アンディ? 今日のブレンドは、いかが?」
彼の傍らに寄り添うように座る、長い美しい黒髪の美女――【アイシャ】が、面白そうに小首を傾げた。
「ん……少し、苦味が立ちすぎているな。悪くはないが」
「そう? 私は好きだけれど」
バルトフェルドの言葉に、アイシャはふわりと微笑みながら自分のカップに口をつけた。
激戦の最前線である北アフリカ方面軍の旗艦の中にあって、ここだけが別世界のような優雅な時間が流れている。
コン、と無粋なノックの音がその空気を破った。
「入っていいぞ」
バルトフェルドの許可を得て、副官のマーチン・ダコスタが足早に入室してくる。その手には、戦況報告をまとめたデータパッドが握られていた。
「隊長。先行させていた捜索部隊が、ついに大天使(アークエンジェル)と接触しました」
「ほう。で、結果は?」
「……ヘリ部隊とバクゥ三機を喪失。
敵はストライクに加え、こちらのジンやザウートを運用しているようです。
ですが……おかげで連中の現在位置と進行方向は、完全に捕捉しました」
ダコスタの報告に、バルトフェルドの瞳の奥に肉食獣のような鋭い光が宿る。
犠牲は出たが、彼にとっては想定の範囲内だ。むしろ、広大な砂漠で確実に獲物の尻尾を踏んだことの価値の方が大きい。
「上出来だ。これより、大天使の狩りを始めるぞ。ダコスタ、マップを出せ」
「はっ!」
ダコスタがコンソールを操作すると、テーブルの中央にアフリカ北部の広域ホログラムマップが展開された。
バルトフェルドはコーヒーカップを片手に立ち上がり、マップ上のポイントを指し示す。
「いいか。まずは【ピートリー級】三隻を、獲物の進行方向に対して扇状に広く展開しろ。網を張るんだ。そして、本艦レセップスで背後から奴らを追い立てる」
「挟み撃ちにするのですね?」
「いや、ただの挟み撃ちじゃない。大天使の足は速いし、モビルスーツ部隊がいるなら強行突破される恐れがある。
だから……【ジンオーカー】の捜索部隊を遊撃として展開し、奴らの進路を限定させていくんだ」
バルトフェルドの指が、マップ上のある一点をトントンと叩いた。
「追い込むのはここだ。この廃工場跡に、大天使を誘導しろ」
そのポイントを見たダコスタが、ハッとして顔を上げる。
「ここは……地形が入り組んでいて、大型艦の機動が著しく制限される場所ですね」
「ああ。身を隠すには最適だが、一度入り込めば袋の鼠だ。
そしてそこに……ジブラルタルから届いたばかりの【ザウート】もあわせて二十四機を伏せておく」
「なるほど……!」
ダコスタは感嘆の声を漏らした。
足回りの悪いザウートも、固定砲台として待ち伏せに使うのであれば圧倒的な火力を誇る。
ジンオーカーで逃げ道を塞ぎ、ピートリー級とレセップスで包囲した上で、廃工場跡で一斉砲火を浴びせる。
それは、獲物の心理と地形の利を完全に計算し尽くした「砂漠の虎」の必殺の罠だった。
「ふふっ……相変わらず、アンディの狩りは念入りね」
アイシャが感心したように呟くと、バルトフェルドは不敵な笑みを浮かべて肩をすくめた。
「アイビーから【グゥル】も補給できたしな。手駒は揃っている。
さて、あの足つきがどこまで俺を楽しませてくれるか……見せてもらおうじゃないか」
バルトフェルドは残りのコーヒーを煽ると、鋭い声で副官に命じた。
「各部隊に配置につかせろ! 夜明けと共に、包囲網を完成させるぞ!」