C.E. 71年 2月24日。
――アフリカ北砂漠・バナディーヤ近郊(演習区域)
灼熱の太陽が照りつける砂漠の上空と砂丘で、激しい模擬弾の炸裂音とスラスターの咆哮が響き渡っていた。
停泊する惑星間軽巡洋艦アイビーから少し離れた砂漠地帯にて、地上環境への慣熟と連携確認を目的とした実戦形式の地上戦演習が行われていたのである。
今回の演習は、イザーク、シホ、レコアの三機と、ディアッカ、ミゲルの二機に分かれての模擬戦だった。
「くっ……! 砂に足を取られて、宇宙と同じようには動けないわね!」
ジンハイマニューバを駆るシホが、砂煙を巻き上げながら悔しげに唇を噛む。
対するディアッカのバスターとミゲルのジンも、砂漠の重力と足場の悪さに苦戦しながらも果敢に砲火を浴びせていた。
だが、その戦場で一機だけ、まるで重力の枷など存在しないかのような凄まじい動きを見せている機体があった。
レコアの駆るジンハイマニューバである。
「遅いわよ、ミゲル! 動きの切り替えが単調になってるわ!」
『うおっ!? な、なんだよこの動きは!? レコアのやつ、いつも以上に容赦ねぇぞ!』
ミゲルの悲鳴が通信機に響く。
レコアの機体は砂丘の起伏を計算に入れた最小限のスラスター噴射で滑るように死角へ回り込み、ミゲル機の関節部へ容赦なくペイント弾を叩き込むと、そのまま返す刀でディアッカのバスターの射線を完全に封じ込めてみせた。
<……おい、レコア。模擬戦なんだから少しは手加減してやれ。ミゲルたちが本気で怯えているぞ>
コックピットの中で、レコアの脳内に同居するアスランの意識が呆れたように声をかける。
<手加減してるわよ! お兄様が「砂漠での重心制御はこうやるんだ」って感覚を共有してくるから、その通りに動かしただけじゃない!>
<いや、俺にとってはこれが普通の基礎機動なんだが……>
数多の死線を潜り抜けてきた記憶のあるアスランにとっての「普通」と、真面目で負けず嫌いなレコアの「本気」が合わさった結果、周囲からは異様なほどの鬼気迫る猛攻に見えていたのである。
演習終了の合図が鳴り響き、各機がアイビーの格納庫へと帰投していく中、コックピットから降りてきたディアッカとミゲルは、顔を見合わせてひそひそと耳打ちを始めた。
「……おいミゲル、見たかさっきのレコアの戦いっぷり。ありゃあ絶対に機嫌が悪いぜ」
「ああ、間違いないな。……原因はあれだろ。本国からいきなりシホがイザーク隊に送り込まれてきて、イザークの隣にずっといるから、嫉妬して苛ついてるんだよ」
「そうだよな、まったく。イザークのやつが中途半端な態度を取ってるから、レコアが八つ当たりで俺たちをボコボコにしてんじゃねぇか」
格納庫の隅でヘルメットを抱え、難しい顔でイザークとシホの方を見つめているレコアの姿が、二人の完全な勘違いに拍車をかけていた。
実際のレコア(と脳内のアスラン)は、イザークに恋愛感情などこれっぽっちも抱いておらず、ただ純粋に「どうやってイザークとシホをくっつけるか」「どうやってアークエンジェルを助けるか」を考えて眉間に皺を寄せていただけなのだが、事情を知らない二人には恋する乙女の嫉妬にしか見えなかったのである。
「よう、レコア。お疲れさん!」
ディアッカが気安く歩み寄り、ミゲルと共にレコアへ声をかけた。
「まあなんだ、あんまりカリカリすんなよ。イザークのやつもさ、上からの命令でいきなりシホを押し付けられて戸惑ってるだけなんだって」
「そうそう! あいつ、不器用だから誤解されやすいけどよ、お前のことを邪険にしてるわけじゃないんだからさ、機嫌直せよな?」
必死にイザークをフォローしようとする二人の言葉に、レコアはきょとんと目を瞬かせた。
「……なんのこと? 私、イザークのことなんて別に何とも思っていないわよ。あいつが誰と一緒にいようと勝手じゃない」
レコアとしては、混じり気のない本心を口にしただけだった。
だが、それを聞いたミゲルとディアッカは「うわっ、完全に拗ねて突っぱねてる!」とばかりに顔を見合わせ、ますます誤解を深めてしまった。
「おい、イザーク!」
たまらずミゲルが、整備兵に指示を出していたイザークのもとへ駆け寄り、その肩をバシッと叩いた。
「なんだ貴様ら、騒々しい!」
「なんだじゃねぇよ! お前、演習が終わったんだから、レコアを連れて街へ遊びにでも行ってこい!」
「はあ!? なぜ俺が今から街へ行かねばならんのだ!」
「いいから察しろっての! レコアがあんなにピリピリしてんのは、お前がシホばっかり構ってるからだろうが!」
声を潜めて強引に背中を押すディアッカとミゲルに、イザークが額に青筋を浮かべたその時、後ろから歩いてきたレコアが事もなげに言い放った。
「街へ行くなら、イザークとシホの二人で行ってくればいいじゃない。その方がお互いのためでしょ」
「「なっ……!?」」
レコアの言葉に、ミゲルとディアッカは「ここまで意地を張るなんて、相当根が深いぞ……!」と戦慄し、当のシホは「えっ、わ、私とイザーク隊長が二人きりで!?」と耳まで赤くして狼狽える。
そしてイザークは、レコア(の中身のアスラン)が余計なアシストをしようとしていることに気づき、忌々しげに舌打ちをした。
* * *
――バナディーヤ(市街地)
結局、誰が誰と行くかで揉めに揉めた末、イザーク、シホ、レコア、ミゲル、ディアッカ、そして「地上研修の活動実績として写真と報告書が必要だから」という名目で駆り出された戦隊長のレムを含めた六人で、バナディーヤの街へ出かけることになった。
雑多な活気に満ちた市場の通りを歩きながらも、レコアはしきりにシホの背中を押し、イザークの隣へと並ばせようとしていた。
「ほらシホ、せっかくの休日なんだから、もっとイザークの近くに行きなさいよ。イザークも、黙ってないで少しはシホと話をしたらどうなの?」
「ちょ、ちょっとレコア!? 私は別に、隊長のご迷惑になるようなことは……!」
「うるさい! 貴様、さっきから何を勝手なことばかり言っているんだ!」
強引に距離を縮めさせようとするレコアの振る舞いに、シホはどう反応していいか分からず困惑し、自分とイザークを無理やりくっつけようとするレコアに対してすっかり苦手意識を抱き始めていた。
そんな微妙な空気の中、スパイスの香ばしい匂いが漂う通りに差し掛かったところで、レコアがふと足を止めた。
「あ……ケバブ屋さんだわ。私、あそこに寄っていくわね」
先日、カガリやキラたちと遭遇した際、騒動のせいでゆっくり味わえなかった「カガリの好物」を今度こそ堪能したい――レコア(と脳内のアスラン)にあったのは、ただその純粋な欲求だけだった。
だが、それを聞いたミゲルとディアッカが、ここぞとばかりにアイコンタクトを交わした。
「お、おいイザーク! レコアが屋台に寄るって言ってるぜ、お前も一緒に行って買ってやれ!」
「そうだそうだ。ほら、俺たちとエル隊長、それにシホは向こうの露店を見てるからよ、二人でゆっくり話してこい!」
「えっ、あ、はい……」
「おい待て、貴様ら……!」
イザークが止める間もなく、ディアッカたちはシホとレムを引っ張ってさっさと通りを離れ、物陰へと隠れてしまった。
結果として、ケバブの屋台の前にはイザークとレコアの二人きりが残される形となる。
少し離れた建物の柱の陰からは、ミゲルとディアッカが覗き見し、その隣ではレムが本国へ提出するための携帯カメラを構えてファインダーを覗いていた。
「……ねえ、なんで私が部下のデート現場みたいな写真をパシャパシャ撮らされてるの……? 私、アイビーの戦隊長なんだけど……」
シャッターを切りながら、レムは自分が一体何をしているのか分からなくなり、言いようのない虚しさと悲しさでキリキリと痛む胃を押さえた。
一方、屋台の前で二人きりになったイザークは、周囲に他のメンバーがいないことを確認すると、これ幸いとばかりに表情を引き締め、ケバブを受け取ったレコアへ声を潜めて切り出した。
「……ちょうどいい機会だ、レコア。これからのことを話しておくぞ」
「ええ。もぐ……っ、やっぱりチリソースとヨーグルトソース、どっちも美味しいわね」
幸せそうにケバブを頬張るレコアの横で、イザークは周囲に気づかれないよう、あえて少し苛立ったような身振りを交えながら言葉を続けた。
「いいか、俺たちの知る通りなら、そろそろアークエンジェルとバルトフェルドの部隊が本格的にぶつかるはずだ。今回の戦闘にアイビーは参加しないようだが、あの『砂漠の虎』のことだ、すでに周到な罠と包囲網が仕掛けられていると見て間違いない」
「そうね。あの人がタダで逃がすはずがないもの」
「このままでは、アークエンジェルは確実に窮地に陥る。……だから、いざ戦闘が始まったら、俺たちがモビルスーツで割って入り、内側から包囲網に穴を開けるぞ」
イザークの真剣な言葉に、ケバブを飲み込んだレコアも小さく頷いた。
遠目からカメラ越しに見守っているレムやミゲルたちの目には、イザークが身振り手振りを交えて必死に言い訳を並べ立て、それに対してレコアがそっぽを向いて黙々とケバブを食べているようにしか見えていなかった。
「作戦については異存ないわ。……でも、それはそうと」
レコアは口の端についたソースを拭うと、柱の陰からこちらを凝視しているディアッカたちの方へチラリと視線を向けた。
「私たちを監視してる、あの暑苦しい視線はどうするの?」
「……知るか、ほっとけ」
イザークが心底呆れたように吐き捨てる。
「ほっとけって、変な勘違いをされたままじゃお互い困るのだけど……」
レコアがズキズキと痛むこめかみを押さえ、頭痛を堪えるように呻いた。
「仕方あるまい。あいつらの思い込みは今に始まったことではない、もうどうにもならん」
イザークは諦めきった様子で肩をすくめた。
「……あ、そういえばさ。ここを抜けて海に出たら、その後はどうする気なの?」
レコア(の中のアスラン)が、ふと思い出したように声を潜める。
「というか、どうしよう。
もうすぐお兄様がニコルと地上に降りてくるし、あの男も何をするか。
そういえば、私、前の時は紅海を抜けた後の無人島でカガリと出会って、そこで一晩泊まったのよ? 今のこの状況じゃ、そんな気配すら生まれなさそうなんだけど……。
まさか、お兄様とカガリのそれを見てないといけないの!?」
「どうにもならんと言っているだろうが! あの男とアスランやニコルはともかく、そんな個人の事情まで俺が知るか!」
イザークが思わず声を荒らげそうになり、慌てて咳払いをして誤魔化す。
「はぁ……。そもそも、私はもうとっくに向こうに行きたいのよね……」
こんな砂漠で悶々とするくらいなら、いっそ今すぐアークエンジェルに乗り込んで、カガリやキラと一緒にいたい。
そんな本音を漏らし、レコアは肩を落として深いため息を吐いた。
だが、その「深いため息」を遠くから目撃していたミゲルとディアッカは、揃って頭を抱えていた。
「おい見たかディアッカ! イザークのやつが何か怒鳴って、レコアが完全に呆れ果ててため息ついてるぞ!」
「あーあ、ありゃダメだな。イザークのやつ、言い訳に失敗して火に油を注ぎやがった。……どうにかしねぇと、また演習で俺たちが八つ当たりされるぞ!」
勝手に危機感を募らせる男二人を尻目に、カメラのレンズを下ろしたレムと、その隣に立つシホは、乾いた砂風が吹き抜ける街角で遠い目をしていた。
「……ねえ、ハーネンフースさん」
「はい、エル隊長……なんでしょうか」
「私たち、こんな地球の砂漠の真ん中で、いったい何をしているんでしょうね……」
「……ええ、本当に。私たち、何をしているんでしょうね……」
上司と部下の二人による虚しい呟きは、バナディーヤの喧騒の中へと静かに溶けて消えていくのだった。