C.E. 71年 2月24日。
雲一つない夜空に無数の星々が瞬く下、アークエンジェルは白い巨体を夜陰に紛れさせながら、紅海へと抜けるルートを東へと進んでいた。
バルトフェルドの放った捜索部隊を退けたものの、依然としてザフトの追跡を受けているという認識のもと、艦内は高い緊張感を保ったまま夜間警戒航行を続けていた。
しかし、その静寂は突如として破られた。
「本艦前方の砂丘稜線上に熱源反応多数! ザフトの陸戦型モビルスーツ、ジンオーカー六、さらに上空に戦闘ヘリ六です!」
CIC(戦闘指揮所)の索敵コンソールを睨んでいたトノムラの緊迫した声が響く。
その報告とほぼ同時に、闇夜の空へ赤い光弾が幾筋も撃ち上げられた。
アークエンジェルの姿を捉えたザフトの戦闘ヘリが、周囲の友軍へ位置を知らせる信号弾を放ったのである。
「嗅ぎつけられたか! 総員、第一戦闘配置! 待機中のモビルスーツ隊は直ちに発進、敵部隊を排除し信号弾を上げたヘリを撃墜せよ!」
副長のナタルが鋭く号令を飛ばし、メインブリッジの艦長席に座るマリューも険しい表情で頷いた。
「キラ、アグネス、ルナマリア、それとエニスを出して! フラガ少佐のスカイグラスパーには上空からの援護と、周辺空域の広域索敵をお願い!」
「わかりました!」
マリューからの指示を受けたミリアリアは答えると、パイロットや格納庫に指示を伝える。
すぐに夜の砂漠へと飛び出したのは、待機していたムウのスカイグラスパーとキラのストライク、それに続くようにアグネスとルナマリアが駆る二機のジン、そして紫色に塗装されたエニル専用のザウート改だった。
『逃がさないわよ! ルナマリア、右翼の三機を押し込むわ!』
『了解! 援護するわ、アグネス!』
アグネスとルナマリアのジンが砂煙を蹴立ててジンオーカーの部隊へと切り込み、キラのストライクが正確なビームライフルの射撃で敵の前衛を突き崩していく。
その背後では、エニルのザウート改が増設されたスラスターとホバー機構を唸らせ、重モビルスーツとは思えない滑らかな機動で砂丘の上を滑走していた。
「さてと、あの上空で鬱陶しいヘリから片付ける!」
エニルはタンク形態へと素早く変形して姿勢を安定させると、左腕の2連副砲とショートバレル重突撃機銃を夜空へと向け、濃密な対空弾幕を張り巡らせた。
逃げようとした戦闘ヘリが次々と火達磨になって墜落し、さらに両肩の2連キャノン砲が火を噴いて、ジンオーカーの足元を豪快に吹き飛ばしていく。
アークエンジェルのモビルスーツ隊の圧倒的な練度と火力の前に、ザフトの捜索部隊はみるみるうちに追い詰められていった。
――だが、戦闘が佳境に入ったその時だった。
「艦長、副長! 本艦の北東および南東方向から、大型の振動波形が接近してきます!」
トノムラが、顔を上げて警告を発した。
「砂中を潜航するスケイルモーターの固有振動……ザフトの中型陸上戦艦【ピートリー級】です! 距離、急速に詰まっています!」
「なんですって!? 捜索部隊の救援にもう陸上戦艦が回ってきたというの!」
マリューが驚きの声を上げる。
同じ頃、高高度から周囲を偵察していたムウのスカイグラスパーからも、切迫した通信が飛び込んできた。
『こちらフラガ! おいおい、マズいぞ! 今向かってきてる一隻だけじゃない、俺たちの周囲をぐるりと囲むように、複数のピートリー級が砂の海に展開してる!』
「周囲を囲むようにですって……!?」
マリューが息を呑む。
「このままここで交戦を続ければ、新手のピートリー級の艦砲射撃に捉えられます! 被害を避けるためにも、直ちに進路を変えて離脱すべきです!」
ナタルの提案に、マリューは即座に決断を下した。
「進路変更、面舵三十! 本艦は、敵艦の射程圏外へ離脱するわ! ミリアリア、モビルスーツ隊に即時帰投命令を出して!」
「わかりました!」
ノイマンと副操舵士のトールが操縦桿を倒し、アークエンジェルは砂塵を巻き上げながら大きく進路を変えた。
『全機へ! 敵の陸上戦艦が接近中です! 本艦は進路を変更します、直ちに戦闘を切り上げて帰投してください!』
ミリアリアからの通信を受け、前線で戦っていたキラたちが反応する。
『了解! アグネスさん、ルナマリアさん、下がってください!』
『いいところだったのに……! 行くわよ、ルナマリア!』
『ええ!』
キラのストライク、ルナマリアとアグネスのジンが順次アークエンジェルへと後退していく中、残存するジンオーカーがその後ろ姿へ追いすがろうと銃口を向けた。
だが、その射線を遮るように、紫色の巨体――エニルのザウート改が立ち塞がった。
「やらせない!」
殿(しんがり)を買って出たエニルは、頭部側面のスモーク・ディスチャージャーから一斉に発煙弾を撃ち出して視界を塞ぐと、ホバー移動で後退しながら両肩のキャノン砲と副砲を乱射し、追撃しようとするジンオーカーの群れを強引に足止めしてみせた。
『エニスさん、早く!』
「わかってる!」
味方機がすべて着艦したのを見届けたエニルは、ジンハイマニューバ譲りの高出力スラスターを全開にして砂丘を飛び越え、進路を変えつつあるアークエンジェルの格納庫へと鮮やかに滑り込んだ。
* * *
捜索部隊を振り切った後、艦橋には、マリュー、ナタル、そして帰投したムウやエニルが集まり、電子マップを囲んでいた。
マップ上には、先ほどムウが上空から確認したピートリー級の推定位置と、これまでの捜索部隊との接敵ポイントが赤いマーカーで表示されている。
「……見ての通りよ。さっきの捜索部隊との遭遇も、偶然なんかじゃないわ」
マリューはマップ上の赤い点を見つめ、悔しげに唇を噛んだ。
「わたしたち、完全にバルトフェルドの罠にかかったのよ。捜索部隊を小出しにぶつけて私たちの進路を少しずつ誘導し、ピートリー級で周囲を包囲していたんだわ」
かつての記憶を持つマリューとナタルにとって、相手がどれほど老獪な指揮官であるかは痛いほど分かっていた。
ナタルはマップの先――紅海へと抜ける進路上に広がる一帯を指し示した。
「同感です。おそらく敵の目的は、ただ包囲することではありません。
現在の進路上にある、『廃工場跡地』のある渓谷に我々を追い込み、大型艦である本艦が行動しにくい廃工場で、待ち伏せする算段でしょう」
「渓谷にある廃工場跡地で待ち伏せか……。それなら遮蔽物も多いだろうし、モビルスーツなら待ち伏せも容易だ。この艦(ふね)の動きも制限される」
ムウが腕を組んで唸る。
ナタルはさらに推測を重ねるように、マップ上の予想包囲網をなぞった。
「ええ。敵の配置から推測すると、正面をバルトフェルドの旗艦であるレセップスとピートリー級で完全に塞ぎ、さらに私たちの退路を断つように後方からもピートリー級で襲撃をかけてくるはずです」
「そして逃げ場をなくしたところに、バクゥをはじめとするモビルスーツ隊を一気に投入して叩き潰す……文字通り、袋の鼠にする気ね」
エニルが肩をすくめながら引き継ぐと、艦橋に重苦しい沈黙が落ちた。
「……黙って相手の思惑通りに廃工場まで誘導されてやれば、待っているのは全滅よ」
マリューは顔を上げ、強い決意を宿した瞳で一同を見渡した。
「だから、向こうの包囲網が完全に閉じきる前に、こちらから仕掛けるわ。次に接触してくる捜索部隊と、それに連動して出てくるはずのピートリー級を全力で叩き、一隻でも多く敵艦を沈めて敵の戦力を削りましょう」
「そして可能ならば、そのまま包囲の網を食い破り、この包囲網そのものから一気に抜け出します!」
マリューとナタルが示した起死回生の突破方針に、ムウやエニルは力強く頷きを返すのだった。