※この作品はR-18です。

ガンダムSEED Return:A   作:触手スライム

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71話

 C.E. 71年 2月26日。

 

 太陽が天頂で焼けつくような陽射しを放つ真昼。

 アフリカ戦線におけるザフトの主力旗艦、レセップス級大型陸上戦艦の艦長私室には、芳醇というよりは少しクセの強い独特の香りが漂っていた。

 

「……うん、今日のブレンドはなかなか悪くない。アイシャ、君もどうだい?」

「ふふっ、今日は遠慮しておくわ、アンディ。

 そのコーヒーは、きっと私には少しだけ刺激が強すぎるもの」

 

 奇抜なトラ柄のシャツを羽織ったアフリカ方面軍の指揮官、アンドリュー・バルトフェルドが、自ら淹れたコーヒーを満足げに啜る。

 その傍らでは、豪奢なドレスを纏った彼の恋人であるアイシャが、艶やかな微笑を浮かべて寄り添っていた。

 

 そんな大人の余裕が漂う空間へ、自動扉の開く音と共に、生真面目な顔つきをした副官のダコスタが入室してきた。手には報告用のデータパッドが握られている。

 

「隊長。優雅なティータイムのところを申し訳ありませんが、昨夜の戦闘の被害報告が上がってきました」

「ああ、聞こうか。あの足つき……大天使の悪あがきはどうだった?」

 

 バルトフェルドが面白そうに片目をすがめると、ダコスタは一つため息をついてからパッドの画面を読み上げた。

 

「こちらの敷いた包囲網に気づいたのか、奴らは夜陰に紛れて強行突破を仕掛けてきました。

 ストライクの他にジン二機、さらにホバー機動をする見慣れない紫色の重モビルスーツが殿(しんがり)を務め、こちらのモビルスーツ隊を相手に激しい抵抗を見せました。

 ……こちらが映像になります」

「ほう。あの機動力の低いザウートを、砂漠で器用に乗りこなすパイロットがいるとはね」

「ええ。加えて、敵の航空機による対艦攻撃を許し……結果として、包囲の要となるはずだったピートリー級カーターが中破しました。敵ながら見事な連携と判断です」

 

 苦々しく報告するダコスタに対し、バルトフェルドは怒るどころか「ハハハ!」と豪快な笑い声を上げた。

 

「いいねぇ! 大人しく袋の鼠になるつもりはないってことか。

 さすがは単艦で地球に降りて、ここまで生き延びてきただけのことはある」

「笑い事じゃないですよ。……ですが、ベルツォーニとバクゥの増援部隊を直ちに向かわせ、何とか奴らを押し戻すことには成功しました。

 現在、足つきは再びこちらの包囲網の中、廃工場跡地のある渓谷へと後退しています」

 

 ダコスタの言葉に、バルトフェルドの目が獲物を狙う虎のように鋭く細められた。

 

「なるほど。網を食い破られそうになったが、なんとか引き戻したってわけだ。

 ……で、やられたカーターの具合はどうなんだい?」

「一両日中には航行可能な状態まで修復が終わる見込みです。

 ただ、艦首側の主砲と対空砲塔を完膚なきまでに潰されたため、代わりの砲台として甲板にザウートを固定して運用する必要があります」

「構わんさ。使えるものは何でも使えばいい。

 ……さて、これで獲物は完全に網の中だ。

 あとは包囲をじっくりと絞り、一気に狩るだけだな」

「はい。各部隊の再配置はすでに進めています」

 

 ダコスタが頷き、これで報告は終わりだとばかりに踵を返そうとしたその時、バルトフェルドがコーヒーカップをテーブルに置き、にやりと笑った。

 

「そう急ぐな、ダコスタ。確実に息の根を止めるためには、念には念を入れたい。

 もう一つ手駒を動かそうじゃないか」

「手駒、と言いますと……まさか、アイビーですか?」

 ダコスタが呆れたように振り返る。

「彼らはプラント本国からの命令で、直接の戦闘参加は禁じられているはずですが……」

「ハハハ! ダコスタ、よく命令書を読んでみるんだな。

 【惑星間軽巡洋艦アイビーは交戦を禁止する】とはあるが、そこに搭載されている【モビルスーツ隊の運用まで禁止する】とは一言も書かれていないだろう?」

「……相変わらず無茶な理屈をこねる人ですねえ、あんたも」

 ダコスタがやれやれと露骨に頭を抱え、アイシャがくすくすと上品に笑いをこぼす。

 

「それに、あの最新鋭艦がすぐ近くに陣取っているだけでも、大天使にとっては相当なプレッシャーになるはずさ。

 ジュール隊の若い連中も、ただ砂漠の熱風に吹かれているだけじゃ退屈だろうしな。ちょうどいい運動になる」

 バルトフェルドは立ち上がると、窓の外に広がる広大な砂の海を見下ろした。

 

「さて……そろそろ、砂漠の本当の恐ろしさを教えてやろうじゃないか」

 

* * *

 

 ――アフリカ北砂漠・惑星間軽巡洋艦アイビー周辺

 

 地平線の彼方から朝日が昇り、広大な砂の海を赤く染め上げる頃、アイビーの周辺空域では激しいスラスターの軌跡が交錯していた。

 本国から直接の戦闘参加を禁じられているアイビーの乗員とイザーク隊にとって、機体の慣熟訓練こそが唯一、砂漠で鈍った身体を動かす手段だった。

 

『甘いぜ、ミゲル! そんな旋回じゃ、的になるだけだ!』

『うるせぇっ! ディアッカこそ、後ろがお留守だぞ!』

 上空では、大気圏内用MS支援空中機動飛翔体「グゥル」に搭乗した四機が、二対二に分かれて激しい空中戦の模擬訓練を行っていた。

 地表でも、砂漠の環境に合わせて調整を終えたジンハイマニューバやデュエル、バスターといった機体群が、砂塵を巻き上げながらホバー機動や走破のテストを繰り返している。

 

 だが、そんなつかの間の平穏な訓練風景は、全機がアイビーの格納庫へと帰投した直後、脆くも崩れ去ることになる。

 

「戦隊長さぁ〜。砂漠の虎のおじさんから、通信入ってるよ」

 アイビーの艦橋。電子戦・通信コンソールに座るトニヤ・マームが、規律の厳しいザフト軍人とは思えないほどフランクな口調で、艦長席の隣に立つ戦隊長のレム・エルへと声をかけた。

「……バルトフェルド隊長から?」

 レムがいぶかしげに眉をひそめ、艦長のナトーラ・エイナスと顔を見合わせる。

「メインスクリーンに回して」

 

 モニターに映し出されたのは、奇抜なトラ柄のシャツを着たアンドリュー・バルトフェルドの、どこか楽しげな顔だった。

『やあ、エル戦隊長。休暇は満喫しているかな?』

「……おかげさまで。それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

『なに、大したことじゃない。これから我々は、あの足つき――大天使を狩るための本格的な包囲戦に入る。どうだい、君たちも地上戦の見学に来ないかと思ってね』

 

 その言葉に、レムの胃のあたりがキリキリと痛み始めた。

「お断りします。我々は本国から戦闘を禁じられていますし、そちらの作戦の邪魔になるだけです」

 レムは臆病なほどに面倒事を避ける性格である。なんとしても戦場へ向かうことだけは回避したかった。

 

『構わんさ。君たちは戦闘に参加しなくていい』

 だが、画面の向こうの虎は、にやりと人の悪い笑みを浮かべた。

『あの最新鋭艦がすぐ近くに陣取ってくれているだけでも、あの大天使にとっては相当な牽制とプレッシャーになるんでね。……ただそこにいてくれるだけでいいのさ』

 

 通信が終わるや否や、艦橋の入り口で話を聞いていたディアッカとミゲルが、待ってましたとばかりにイザークの背中を突いた。

「おいイザーク、面白そうじゃねえか。

 ただ砂漠の熱風に吹かれてるだけじゃ退屈してたところだ。行こうぜ」

「ああ。訓練ばっかりで身体が鈍っちまうからな」

 

 二人にけしかけられたイザークは、内心で急速に思考を巡らせていた。

<このままバルトフェルド隊とアークエンジェルが本格的にぶつかれば、どちらもただでは済まん。

 双方が潰し合う前に介入し、アークエンジェルを逃がしてバルトフェルドも救うには……ここで行くしかない!>

 

 意を決したイザークは、足早にレムの元へと詰め寄った。

「エル戦隊長! 命令書にはアイビーの交戦は禁じられているとありますが、我々モビルスーツ隊の運用まで禁止するとは一言も書かれていないはずです! 牽制の任、受けるべきです!」

「そ、そんな馬鹿な……っ!?」

 屁理屈とも言えるイザークの強弁に、レムは完全に板挟みになり、限界を迎えた胃をぎゅっと押さえた。

 現地司令官からの要請と、血気盛んな部下からの突き上げ。

「……わ、わかりました……。

 ですが、アイビーは絶対に戦闘には参加しません。

 あくまで後方で、そこにいるだけです。いいですね!?」

 

 ついに折れたレムが涙目で念を押すと、ナトーラが気弱な声で「そ、それでは出港準備に入ります……」と復唱した。

「トニヤ! バナディーヤの街に出ている乗員に、至急招集命令を出してちょうだい!」

「はいはーい、了解〜」

 

 慌ただしく出港準備が始まる艦橋の隅で、レコアがそっとイザークの隣に並び、周囲に聞こえない声で囁いた。

「……うまく乗せられたわね。いざ戦闘に介入できる状況になったら、私たちがバルトフェルド隊の足並みを崩すわよ」

「ああ。なんとしても、アークエンジェルに包囲網を抜けさせる道を開くぞ」

 

 それぞれの思惑を乗せたまま、惑星間軽巡洋艦アイビーは、激戦が予想される砂漠の戦場へと向かう準備を始めた。

 

 

 




バルトフェルド隊のピートリー級は本作内でピートリー、カーター、ベルツォーニ、シャンポリオンとしています。
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