C.E. 71年 2月28日。
――アフリカ北砂漠
荒涼とした砂の大地を削るように、周囲を低い岩山に囲まれた巨大な渓谷へと、アークエンジェルはその巨体を滑り込ませた。
ここが「砂漠の虎」の指定した決戦の地であり、退路を断たれた罠の底であることは、マリュー・ラミアスやナタル・バジルールをはじめ、ブリッジの全員が理解した上での進軍だった。
「……来ます! 前方出口側の砂丘より、大型の熱源反応二!」
CIC(戦闘指揮所)のトノムラが、悲鳴に近い声で叫ぶ。
「ザフトの大型陸上戦艦レセップス、およびピートリー級です!
本艦の進路を塞ぐように展開しています!」
メインモニターに映し出されたのは、砂を波立たせて立ち塞がる異形の陸上戦艦たちだった。
その巨体から放たれた威嚇のような第一射が、アークエンジェルの至近の砂を豪快に吹き飛ばす。
「想定通りよ! 総員、第一戦闘配置!」
マリューの号令が艦内に響き渡る。
「モビルスーツ隊およびスカイグラスパー、直ちに出撃! 迎撃開始!」
ナタルの鋭い指示を受け、ミリアリアが格納庫へ発進のサインを送る。
「モビルスーツ隊、スカイグラスパー1号機、2号機、発進位置へ」
ミリアリアにより発進シークエンスが進められる。
すぐにアークエンジェルのカタパルトから、キラのエールストライク、アグネスとルナマリアのジン、エニルのザウート改が次々と飛び出していく。
その後に出撃した、ムウ・ラ・フラガのスカイグラスパー1号機と、トール・ケーニヒが操る2号機が上空にあがる。
だが、待ち受けていたザフトの戦力は圧倒的だった。
「敵モビルスーツ部隊、来ます! バクゥ六、ジンオーカー九、さらに戦闘ヘリ多数!
加えて――」
トノムラが信じられないものを見るようにコンソールを凝視する。
「上空より、【グゥル】に乗ったジン四機が急降下してきます!」
「空戦部隊まで用意していたというの!?」
マリューが思わず歯噛みする。
グゥルとは、飛行能力を持たないモビルスーツが空中戦の際に使用する、MS支援空中機動飛翔体だ。
『空の敵は俺とトールで引き付ける! エニスたちは地上のバクゥを止めろ!』
『了解! 行くわよアグネス!』
『言われなくても!』
ムウとトールのスカイグラスパーが、グゥルに乗ったジン四機に向けて空対空ミサイルを放ち、上空で激しいドッグファイトへともつれ込む。
地表では、砂煙を上げて四方から突撃してくるバクゥとジンオーカーの群れに対し、ストライクのビームライフルと、アグネス、ルナマリアのジンの銃撃が正面から激突した。
『アグネス、深追いしないで! 数が多すぎるわ!』
『わかってるわよ! エニスさん、あの左の集団をお願い!』
『任せなさい!』
エニルのザウート改がホバー機動で前線に滑り込み、両肩の2連キャノン砲でジンオーカーの群れを牽制し、足を止めたところに副砲の雨を降らせる。
「敵艦よりミサイル多数接近!」
索敵にあたっていたトノムラが叫ぶ。
「イーゲルシュテルン起動、コリントス装填、ヘルダート自動迎撃開始!
ゴットフリート、バリアント、レセップスに照準! てーっ!」
ナタルの号令と共に、アークエンジェルも反撃の咆哮を上げた。
前方から迫るレセップスに対し、艦首のゴットフリートと両舷のバリアントが集中砲火を浴びせる。
それと同時に、自動防空システムのイーゲルシュテルンが火を吹き、接近する戦闘ヘリとミサイルの群れを次々と撃ち落としていく。
さらに、後方迎撃用のコリントスとヘルダートミサイルが宙を舞い、艦の周囲は爆炎と黒煙に包まれた。
「艦長! 後方より新たな振動波形! ピートリー級二隻が本艦の背後から接近してきます!」
「やはり来たわね……完全に挟み撃ちにする気だわ」
マリューが忌々しげにコンソールを叩く。
これでアークエンジェルは、前方二隻、後方二隻の陸上戦艦によって、逃げ場のない渓谷の底に完全に封じ込められたことになる。
「副長! 廃工場への偵察はどうしますか!?」
「駄目だ、上空はグゥルが制空権を争っている! 今スカイグラスパーを偵察に回せば、対空防御の網が破られるぞ!」
ミリアリアの問いかけに、ナタルが苦々しく首を振る。
本来であれば、最も怪しい「廃工場跡地」の内部を事前に偵察し、伏兵を暴きたかった。
しかし、グゥルに乗ったジン四機の猛攻を凌ぐために、ムウとトールのスカイグラスパーは完全に上空に釘付けにされていた。
<この上、敵の伏兵が出てこられたら対応できない……!>
マリューの額に冷たい汗が伝う。
激しい乱戦状態に陥りながらも、アークエンジェルは前進をやめなかった。
だが、次々と押し寄せる砂漠の虎の部隊は、確実に彼らの戦力を削りにかかっていた。
「後方より新たな熱源! バクゥ五、本艦を追いかけてきます!」
トノムラの悲痛な報告がブリッジに響く。
「このままでは後背を突かれます! モビルスーツ隊を一度下げますか!?」
ナタルが緊迫した声で問いかける。
マリューがその決断を下そうと口を開きかけた――その時だった。
ズドォォォンッ!
アークエンジェルの巨体が、突如として側面から叩きつけられた激しい衝撃に大きく揺さぶられた。
「きゃああっ!?」
「な、何事!?」
「右舷前方の廃工場跡地より、一斉砲撃! 想定をはるかに上回る火力です!」
コンソールにしがみつきながら、カズイが悲鳴のように叫ぶ。
『こちらトール! 見えました、廃工場の遮蔽物にザウートが隠れています!
その数、ざっと二十機はいます!』
上空から偵察に回ったトールの報告に、ブリッジに戦慄が走った。
二十機もの砲撃戦用モビルスーツが一斉に火を噴けば、いかにラミネート装甲を持つアークエンジェルといえど、横腹を撃ち抜かれてひとたまりもない。
「ナタル、砲撃を廃工場に向けられないかしら、このままでは本艦が持たないわ!」
「艦長、敵艦と砲戦の最中です。ここはエニスを向かわせましょう」
焦るマリューに対し、ナタルが即座に提案する。
「彼女のザウート改の火力なら、多数の敵に対しても砲撃で広い範囲を制圧可能です。
ここであの砲撃を止めなければ、突破は不可能です!」
手持ちの駒が足りない現状で、戦力を分散させるのは危険だ。しかし、このまま無防備
に砲撃の的にされるわけにもいかない。
「……仕方ないわね。ミリアリア、エニスに至急廃工場へ向かうよう伝えて!」
苦渋の決断を下したマリューは、すぐさま通信機へ向かって声を張った。
「フラガ少佐! トール君! あなたたちも可能な範囲でエニスの航空支援をして頂戴!」
『エニスさん! 右舷の廃工場跡に敵、ザウートが二十機伏せています!
至急向かって、ザウートの砲撃を止めてください!』
「はあ!? 二十機を一人で相手にしろっていうの!?」
ミリアリアからの無茶な指示を受けたエニルは、思わず舌打ちをして歯噛みした。
だが、自分が動かなければ、カガリの乗る母艦が沈む。
それだけは絶対に避けなければならなかった。
『キラ! アグネス、ルナマリア! ここの前線はあんたたちに任せるわ!
絶対に死ぬんじゃないわよ!』
『了解! エニスさんも気をつけて!』
キラの頼もしい返事を聞き届けると、エニルはザウート改のホバーの出力を最大に引き上げた。
紫色の重装甲が激しく砂丘を蹴り、砲撃の嵐が吹き荒れる廃工場跡地へと一直線に疾走していく。