渓谷の底に閉じ込められたアークエンジェルは、前後を敵艦隊に塞がれた絶望的な状況下で、持てる火力のほぼすべてを解放していた。
主砲の極太のビームとミサイル群が前方の敵艦隊へと叩き込まれる。
同時に、自動防空システムのイーゲルシュテルンが火を吹き、空を覆うコリントスとヘルダートミサイルが、群がる戦闘ヘリや敵ミサイルを次々と撃ち落としていく。
だが、前後からはバクゥとジンオーカーの部隊が波状攻撃を仕掛けてきており、さらに右舷の廃工場跡地からは絶え間ない砲撃が艦体を激しく揺さぶっていた。
「右舷被弾! 装甲、持ちこたえていますが限界が近いです!」
サイ・アーガイルの悲鳴のような報告が響く中、ミリアリア・ハウが、信じられないものを見るように目を見開いた。
「えっ……待って! スカイグラスパー3号機、カタパルトにセット!? パイロットは……カガリ!?」
「何ですって!?」
マリューが驚愕の声を上げた時には、すでに遅かった。
『わたしだって、戦える!』
通信機から響いたカガリ・ユラ・アスハの叫びと共に、予備機であったスカイグラスパー3号機がカタパルトから強引に射出され、砲火が飛び交う砂漠の空へと飛び出していったのである。
「ええい、あの馬鹿は……っ!」
ナタル・バジルールが忌々しげにコンソールを叩いたが、もはや呼び戻す余裕すらなかった。
* * *
一方、廃工場跡地へと単機で突入したエニルは、目標地点へ到達する前からすでに猛烈な砲撃を開始していた。
「動かない的がたくさん並んでるなんて、良い度胸してるじゃないの!」
ズドォォンッ! という轟音と共に、エニルが放った両肩の2連キャノン砲が、廃工場の遮蔽物を粉砕する。
彼女は足を止めることなく、ホバー移動で砂丘を滑りながら「移動しては砲撃する」というヒット&アウェイを繰り返し、徐々に工場との距離を詰めていった。
近づくにつれ、廃工場からの反撃が強くなる。
砲撃が絶え間なく続き、エニルの機体が揺さぶられる。
至近に砲撃を立て続けに受け、ザウート改の右腕は動かなくなっていた。
『ミリィ、聞こえる!?』
エニルは機体を巧みに操りながら、アークエンジェルのミリアリアへ通信を入れた。
『エニスさん! どうしたの!?』
『格納庫に、もう一機のザウート改が組み上がっていたわよね?
もし動かせるなら出撃準備をしておいてちょうだい。
ひどい戦場だから、次に戻った時、予備機に乗り換えた方が早いかもしれないわ』
『了解! マードック曹長に伝えます!』
通信を切り、エニルは眼前の廃工場跡地に視線を戻す。
彼女の砲撃が着弾し、遮蔽物の隙間に身を隠していたザウートたちが次々と誘爆していく。
もともと機動力の低いザウートが、砲撃で崩れた廃工場の瓦礫に足を取られて身動きが取れず、完全にエニルの的になっていたのだ。
「……おっと、護衛もついてたのね」
煙の中から、砲撃部隊の護衛として配置されていた数機のジンが姿を現し、エニルへと突撃を仕掛けてくる。
「遅いわよ」
エニルは冷静にホバーの出力を上げ、ジンの射線をすかさず回避する。
廃工場の外壁を撃ち抜いて崩落させ、砂煙と瓦礫で敵の視界を奪うと、ザウート改の機動力を生かして一気に懐へと潜り込んだ。
「手首と関節……もらったわ!」
左腕の2連副砲が火を噴き、護衛のジンたちのマニピュレーターと脚部関節をピンポイントで粉砕していく。武器を保持できなくなったジンたちは、なす術もなく砂に沈んでいった。
「これで、終わりよ!」
エニルは残る火力をすべて前方の廃工場跡地へと注ぎ込んだ。
連装キャノン砲と副砲のつるべ打ちを受けた廃工場は、ついに耐えきれずに轟音を立てて崩落を始めた。
立ち上る凄まじい砂煙と大量の瓦礫に呑み込まれ、逃げ遅れた敵ザウートたちの姿は完全にモニターから消え失せる。
「……ふう。とりあえず、こんなところかしら」
エニルは計器盤に目を落とした。バッテリーの残量も、実弾の残弾もすでに限界が見え始めている。
アークエンジェルに向けてザウート改を走らせる中、通信を行う。
「ミリィ、廃工場にいた砲撃部隊は潰したわ。弾も尽きたし、一度帰投するわよ」
『了解! アークエンジェルの高度を下げるそうです、タイミングを合わせて帰投してください!』
アークエンジェルが一時的に艦体を沈めた隙を突き、エニルは残るスラスター推力を振り絞った。
右腕を破損し、各所で装甲が破損し、無数の傷跡を刻み込んだ紫色のザウート改が、紫色のザウート改は砂塵の海を跳躍し、アークエンジェルの格納庫へどうにか滑り込んだ。
着艦と同時に整備班が群がり、消火剤の噴霧が慌ただしく始まる。
「よく生きて戻ったなぁ、エニス!
集中砲火の中へ単機で突っ込んでいくたぁ、あんたどうかしてるぜ!」
コックピットから降りてきたエニルへ、整備班長のマードックがパウチを放り投げながら怒鳴るように言った。
「ありがと。けど、あたしが行かなきゃこの艦(ふね)が沈んでたわよ。
……で、頼んでおいた方は?」
受け取ったパウチの水を一気に喉へ流し込みながら、エニルが尋ねる。
「おう、こっちだ。組み上げといて正解だったな」
マードックが顎でしゃくった先には、彼女が乗ってきたものと全く同じ紫色の重装甲――ザウート改の予備機が、すでに兵装をフルロードした状態でカタパルトの傍機にセットされていた。
「さすがはマードック曹長だわ」
エニルが休む間もなく予備機のコックピットへとよじ登り、出撃指示を待つ。
ひどく慌ただしい格納庫の中で、エニルはカガリの姿が見当たらないことや、スカイグラスパー3号機が射出された後であることには全く気が付いていなかった。
やがて、艦橋からミリアリアの切迫した通信が入った。
『エニスさん、聞こえますか!』
「ミリィ? こっちは予備機への乗り換えが終わったわ。いつでも出られるけど」
『キラたちストライクとジン二機のバッテリーが限界です!
至急、救援に向かってください!』
「了解! あたしが出て、三機を下げるわ。発進位置へ!」
カタパルトに押し出された予備機のザウート改は、再び灼熱の空域へと射出された。
* * *
アークエンジェルから再び前線へと躍り出たエニルの目に飛び込んできたのは、乱戦の極みだった。
バクゥやジンオーカーの残骸もあり善戦していたようだが、後方から迫っていた追加のバクゥ五機も合流しており、キラのエールストライクと、アグネス、ルナマリアのジンが、圧倒的な数の暴力に対して死に物狂いで奮戦していた。
だが、三機の動きは明らかに鈍っている。バッテリーの限界によるフェイズシフトダウンと出力低下が迫っているのだ。
『アグネス、ルナマリア! キラも! 艦に戻りなさい! ここからはあたしが支えるわ!』
エニルはザウート改のホバーを全開にして三機の前に割り込むと、両肩の2連キャノン砲でバクゥの突進を無理やり押し返した。
『エニスさん!? でも、あなた一人じゃ……っ!』
『ボクも残ります! まだ戦えます!』
食い下がるキラに対し、エニルは通信機越しに鋭く叱りつけた。
『馬鹿言わないで! バッテリーが切れたらただの鉄の棺桶よ!
死にたくなきゃ、さっさと行きなさい!』
その有無を言わせぬ大人の気迫に圧され、キラたちは悔しげに機体を反転させ、アークエンジェルへと後退していった。
これで前線のモビルスーツは、エニル一機となった。
「さあ、ここからが正念場ね……!」
エニルがジンオーカーの群れに向けて副砲を構え直した、その時だった。
「艦長! 前方奥……レセップスのさらに後方の砂丘に、新たな大型熱源反応!」
アークエンジェルのCICで、トノムラが再び悲鳴を上げた。
「ザフトの最新鋭艦……惑星間軽巡洋艦アイビーです! 正面の敵艦隊の背後に姿を見せました!」
メインモニターに映し出されたのは、優雅なハイヒールのような特異なシルエットを持つ巨大な緑色の艦だった。
その圧倒的な存在感に、ブリッジ全体に震撼が走る。
「なぜアイビーがこんなところに……っ!?
これ以上の増援が来れば、いくら何でも持ちこたえられないわ!」
マリューが顔面を蒼白にさせる。
しかし、モニターに映るアイビーは、主砲を向けることもモビルスーツ隊を放つこともなく、ただ遠巻きに戦場を見下ろすように静止していた。
「……艦長。敵艦に動きはありません。我々を牽制する構えだと思われます」
ナタルが冷や汗を流しながらも、冷静に状況を分析する。
「現状、こちらから手を出して敵の本格介入を招くわけにはいきません。
……警戒にとどめ、今のうちに正面の包囲を突破すべきです!」
「ええ……!」
マリューはモニターに映る不気味な最新鋭艦を睨みつけながら、ただでさえ絶望的な戦況にさらなる重圧(プレッシャー)がのしかかってくるのを感じていた。