C.E. 71年 2月28日。
――アフリカ北砂漠
圧倒的な数の暴力を前に、エニルは単機で戦線を支え続けていた。
四機のバクゥが砂煙を上げて包囲陣を敷く中、さらに厄介な新たな敵が戦場へ姿を現したのだ。
四足獣型の指揮官用モビルスーツ【ラゴゥ】である。
『よく動くパイロットだ。それに、まさかのザウートとはね』
オープン通信の回線から、陽気で余裕のある男の声が響く。
「お褒めにあずかり恐縮だけど、指揮官自ら出てきたの?」
エニルが皮肉げに返すと、砂漠の虎――アンドリュー・バルトフェルドは愉快そうに笑った。
『まあね。こういうのは、出てみないとわからないこともあるからさ』
通信が切れると同時、ラゴゥが猛然と砂を蹴って突進してくる。
バクゥとは比較にならない俊敏な動きに対し、エニルはザウート改のホバーを大きく旋回させて回避行動を取る。
近距離格闘と砲撃をシームレスに切り替えてくるラゴゥと、鈍重なはずの機体をホバーで踊らせて近距離砲撃戦を挑むザウート改。
エニルはザウート改のショートバレル重突撃機銃と二連副砲を切り替えつつ、ラゴゥから逃げ回るように動けば、ラゴゥからも【二連装ビームキャノン】の閃光が雨のように飛び交い砂煙が舞い上がる。
二機の野獣は、激しい砂煙を巻き上げながら互いの装甲を削り合っていく。
『本当に、ザウートでよくこんな動きをする』
「おほめに預かり光栄ね。ならもうどっかに行ってくれないかしら」
『ははは、そんなことができるとでも?』
「言ってみただけよ」
激しい戦闘の合間に、エニルとバルトフェルドは会話を続けていた。
そして、周囲から落ちてきた攻撃でザウート改の足が一瞬止まった。
『貰った!』
「やられてなんてやらないわ!」
飛び掛かってきたラゴゥの【ビームサーベル】がザウート改の右腕を切り裂く。
だがエニルは右腕の脱落を代償に強引に機体の向きを変えて射線を作り出し、両肩の主砲を放つ。
至近距離からの砲撃が、ラゴゥの後ろ脚を無惨に吹き飛ばした。
それでも動きを止めないラゴゥに対し、エニルは回避の合間を縫って左腕の副砲で牽制しつつ、周囲のバクゥには主砲を浴びせるという神業のような立ち回りを強いられていた。
<このままじゃ、ジリ貧ね……!>
そう焦りを感じた時だった。
『エニスさん! お待たせしました!』
アークエンジェルから補給を終えたキラの【ランチャーストライク】が、超高インパルス砲アグニを抱えて戦場へ舞い戻ってきた。
さらに、アグネスとルナマリアのジンも続き、瞬く間に周囲のバクゥたちへと襲いかかる。
「遅いわよ、キラ!」
『これで終わりにしよう!』
戦局がひっくり返る前に決着をつけるべく、バルトフェルドのラゴゥが残る三本足で地を蹴り、エニルへと最後の特攻を仕掛けてきた。
「ええ、終わらせてあげるわ!」
エニルは逃げない。突っ込んでくるラゴゥの鼻先へ向けて、残された左腕を真っ直ぐに突き出す。
ゼロ距離で放たれた副砲の斉射が、ラゴゥの両前足を根元から吹き飛ばした。
ラゴゥのビームサーベルは倒れ込みながら、ザウート改の脚部を引き裂き、激突の衝撃でザウート改の左腕も砕け散るが、バランスを崩したラゴゥは凄まじい勢いで砂漠を転げ回り、仰向けに倒れ込んで完全に沈黙する。
「アンディー、負けちゃったわね」
「ふっ、そうだな。だが、まあ、悪くない気分だ」
コックピットのバルトフェルドと、同乗していたアイシャは生き残っていたが、もはや戦闘継続は不可能だった。
「……はあ、はあ……っ」
砂煙が晴れた戦場で、エニルは大きく息を吐き出した。
見下ろせば、彼女のザウート改も完全に限界を迎えていた。ラゴゥとの死闘の果てに右腕は肘から先が失われ、最後に残った左腕も完全に砕け散っている。
酷使し続けたバックパックからは黒い煙が上がっていた。
満身創痍の機体の中で、エニルはただ遠くに見えるアイビーの巨影を警戒しながら、荒い呼吸を整えていた。
* * *
エニルとバルトフェルドの死闘が繰り広げられていた裏で、アークエンジェルを巡る戦場は信じがたい混乱の渦中にあった。
戦場の前方奥に姿を現したアイビーは、直掩として三機の【グゥル】に搭乗したジン(ポゥ、ニャアン、マチュ機)を上空に待機させたまま、不可解な動きを見せていた。
アイビーから陸路で出撃したイザーク・ジュール率いるモビルスーツ隊が、無謀にも戦場を横断するように強引な突撃を開始したのだ。
「隊長! 味方の進路と射線を塞いでいます!」
「構わん! 俺たちは大天使(アークエンジェル)を討つ! 道を開けろ!」
イザークのデュエルを先頭に、レコア、ディアッカ、ミゲル、シホの機体が砂煙を上げて駆け抜ける。
大義名分を掲げたこの強引な進軍は、結果的にバルドフェルド本隊の連携を完全に破壊した。
イザーク隊がレセップスとピートリー級の射線を遮ったことで、両艦の足が止まる。その千載一遇の隙を、アークエンジェルが見逃すはずがなかった。
「今だ! ゴットフリート、レセップスに集中砲火!」
ナタル・バジルールが間髪入れずに指示を飛ばす。
放たれた主砲の直撃を受け、レセップスは大きく傾き、その巨体の進行を完全に停止させた。
さらに、前線へ飛び出したイザーク隊に押し出される形となり、バクゥとジンオーカーの陣形が乱れ崩壊。
アークエンジェルを幾重にも囲んでいたモビルスーツの包囲網に、決定的な穴が開いたのである。
* * *
一方、アークエンジェルの後方。
背後から迫るピートリー級二隻に対し、カガリ・ユラ・アスハの乗るスカイグラスパー3号機が急降下を仕掛けていた。
「沈めえぇっ!」
カガリの叫びと共に、機体上部に懸架されたソードストライカーの【対艦刀(シュベルトゲベール)】が展開される。
急降下の勢いと機体の推力をすべて乗せた巨大なレーザー刃が、すれ違いざまにピートリー級の艦橋と推進部を深く切り裂き、爆発の炎へと沈めた。
アークエンジェルの背後を脅かしていた刃は、カガリの執念の一撃によって完全に粉砕されたのだ。
* * *
大破し、沈黙したレセップスの艦橋では、副官のダコスタが頭を抱えていた。
「なんという無茶苦茶な……! あいつらは、味方の陣形を乱しに来たのか!」
そこへ、オープン回線からノイズ混じりの通信が入る。
『……ダコスタ、聞こえるか』
「隊長!? ご無事ですか!」
『ああ、なんとかね。……だが、ここまでだ。撤退信号を上げろ。全軍退くんだ』
バルトフェルドの力ない、しかしはっきりとした命令だった。
直後、砂漠の空に赤い撤退信号弾が打ち上がる。
ザフトの部隊は即座に交戦を停止し、行動不能となったラゴゥからバルトフェルドとアイシャを回収すると、砂煙の向こうへと潮を引くように撤退していった。
遠巻きに戦場を眺めていたアイビーもまた、介入することなく静かに反転していく。
「……敵軍、後退していきます……!」
CICのトノムラが、震える声で報告を上げた。
「勝った……の? わたしたち……」
ミリアリアがモニターを見つめながら、信じられないというように呟く。
数秒の静寂の後、アークエンジェルの艦橋は割れんばかりの歓声に包まれた。
罠だと分かって飛び込んだ死地を、彼らはついに乗り越えたのである。