※この作品はR-18です。

「エロマンガ先生」和泉紗霧の感覚過敏に関する生体解剖学的較正録 〜ノイズ遮断プロトコルと共振的安定相への到達〜   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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二人で届いた場所と、小さな予兆

「ねえ……わたし、もっと兄さんと、本当の意味で結ばれたいよ」

 

あの夏、結婚式代わりの“二人だけの式”を執り行い、俺たちの部屋へと戻ってきたあの日。引きこもりの少女だった紗霧が、顔を真っ赤にしながら俺の手をしっかりと握り返してそう打ち明けてくれた瞬間から、俺たちの関係は新たな局面を迎えていた。

 

和泉正宗と和泉紗霧。俺たちは今や、世間に認められたプロの小説家と挿絵画家であり、同じ屋根の下で互いを支え合う家族であり、そして何より——生涯を共にすることを誓い合った恋人同士であった。

 

夢だった「一緒に作った本でアニメ化する」という約束を果たし、多くの人々に自分たちの作品を届け、ついには互いの愛を認め合って誓いを交わした俺たち。

 

だが、恋人として次のステップへ進もうとした夜、俺たちの前には思いもよらない「現実の壁」が立ちはだかった。

 

式を終えた数日後、ついに恋人として互いの素肌を重ねようとしたときのことだ。俺が彼女の身体を抱きしめた瞬間、紗霧は小さく悲鳴を上げて体を強張らせ、全身を激しい震えと過呼吸に襲われてしまったのだ。

 

「ごめんなさい、兄さん……っ! 嫌じゃないの……すごく嬉しいのに……体が痛くて、怖くなっちゃうの……っ」

 

泣きじゃくる紗霧を落ち着かせながら、俺は悟った。

プロのイラストレーターとして覚醒した彼女のあまりに高精細な感覚回路——「感性の過剰な鋭さ」は、強い感情の高まりや急激な体温変化、素肌への直接的な刺激さえも過剰な情報(ノイズ)として拾ってしまい、脳と身体が拒絶反応を起こしてしまうのだと。

 

二人で愛を誓い合ったからこそ、この壁をうやむやにして逃げるわけにはいかない。

「どうすれば紗霧の身体に負担をかけず、俺の体温や刺激を『安心できるもの』として受け入れられるようになるのか」。

 

俺は独学で解剖学や生理学の知識をかき集め、彼女の過敏な神経系を落ち着かせながら、少しずつ刺激に慣らしていく「段階的なケア(調整プロトコル)」を試みていくことを紗霧と約束したのだ。

 

そして今夜、締め切り直前の過酷な作業負荷によって、彼女の過敏さが再びピークに達しようとしていた。

 

「……あ、う……っ……兄さん……」

 

薄暗い室内。作業デスクの傍らに置かれたベッドの上で、紗霧は小さく膝を抱えて丸まっていた。

 

液晶タブレットから放出される光、ペン先が滑る微細な音、長時間同じ姿勢を保ち続けたことによる激しい疲労。それらがノイズとして混ざり合い、彼女の体に摩擦痛のような過剰な負荷となって襲いかかっていたのだ。

 

あの日交わした「二人で少しずつ乗り越えていこう」という約束。俺はその約束を果たすため、迷いのない足取りでベッドへと近づいた。俺の目には、最愛のパートナーへ注ぐ優しさと同時に、彼女の身体が出すSOSを決して見逃さない冷静な観察眼が宿っている。

 

「作業のやりすぎだ、紗霧。体も神経も、限界まで熱を持ち始めている」

 

「……うぅ……だって、兄さんの新しい原稿……すごく綺麗で、カッコよくて……私、最高の絵を描いて兄さんを一番にしたかったんだもん……」

 

潤んだ瞳で俺を見上げる紗霧。両頬は淡い微熱を帯びて赤く染まり、胸元を上下させる呼吸は浅く荒くなっていた。

 

俺はいきなり肌を重ねようとはせず、まず部屋の調光リモコンを操作して室内の照明を最小光量まで静かに引き下げた。タブレットの電源を落とし、空調の風向を微風に固定する。視覚と聴覚へ侵入する外部ノイズを一つずつ遮断していった。

 

「いきなり直接触れるのは危険だ。高ぶった身体に急激な熱を流し込めば、逆につらくなってしまう」

 

「あ……うん……。兄さん……部屋が、すこし静かになった……」

 

俺はベッドの脇に膝をつき、一定の距離を保ったまま視線を彼女の目線と合わせた。

 

「まずは息を整えるんだ。紗霧、ゆっくり深呼吸をしろ。吸って、吐いて……気持ちを落ち着かせるんだ」

 

俺が自らゆっくりと深呼吸の模範を見せると、紗霧もそれに倣って胸を上下させ始めた。不規則だった彼女の呼吸が、俺の提示するテンポと重なっていく。荒かった息遣いが徐々に静まり、俺は彼女の肌の火照りが落ち着いていくのをじっと待った。

 

「呼吸が整ってきたな。……よし、少し触れるぞ」

 

俺はゆっくりと手を伸ばすと、いきなり素肌へ触れることはせず、紗霧の身に着けている柔らかい綿素材の服の上から、そっと彼女の肩へと掌を乗せた。

 

「あ……っ、兄さん……っ」

 

衣類を挟んだあたたかな圧迫。直接的な体温の急激な伝達を抑えつつ、「俺がここにいる」という確かな存在感と重みを与えるためのやり方だ。あの日約束した、身体を慣らしていくための第一段階のアプローチ。

 

「急ぐ必要はない。服越しに俺の手の圧力を感じろ。お前の身体は今、安全な空間で俺に守られている」

 

「うん……っ。服の隙間から……兄さんの手の重さ、すごく伝わってくる……。胸の奥のちくちくした感じが……少しずつ、平らになっていくの……」

 

俺の手のひらから伝わる一定の圧力。それは過剰な負荷によって跳ね上がっていた紗霧の感覚を、緩やかに解きほぐしていく。

 

呼吸はさらに深く静かなものへと変化し、彼女の瞳に宿っていた不安は消え、穏やかな信頼の色彩が戻っていた。

 

互いを愛しているからこそ直面した「身体の壁」。それを二人でひとつずつ解きほぐし、いつか真に結ばれるその時へ向けて踏み出すこの丁寧な時間こそが、俺たちにとって不可欠な愛の証明だった。




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