制服資産の減価償却録 〜終わらない絶望のタイムライン〜 作:naomasa
【新規獲得予定資産:ターゲット・プロファイル】
資産管理番号: #045-U-CHIHIRO
氏名: 長谷川 千尋(年齢:27歳)
所属: ✕✕県警 サイバー犯罪対策課(巡査長)
初期ステータス: 稼働前(未接触)。健康状態良好。
特記事項: 先行資産(水野奈々未)の同僚。高い情報解析能力とITリテラシーを保有。
【添付ファイル:対象者の公務顔写真(目線処理済)】
[プロファイリング・データ]
■ 心理的アキレス腱: 強い正義感、および同僚(水野菜々美)への固執。
■ 攻略プロトコル: 本人の高い知性と責任感を逆利用した、セルフ解析による論理崩壊。
■ 身体的ステータス: 165cm / 88-60-85(Eカップ)
■ 身元引受・隠蔽ルート: 暫定処置(失踪扱いで処理進行)。
■ 想定資産価値(初期配置): VIP向け限定稼働、および下層奴隷(慰安用)への転用を予定。
午前十時十五分。所轄署の四階にあるサイバー犯罪対策室には、いつも通りの、官僚的な平熱感に満ちた空気が流れていた。
効率的に配置されたデスク、窓から差し込む淡い光、そして何台ものデスクトップPCが吐き出す微かな排熱の匂い。周囲では数人の署員が、淡々とキーボードを叩く物質的な音だけを響かせている。
長谷川千尋、二十七歳。彼女はこの部署のシステム管理係として、日々、膨大な情報インフラの保守とアクセスログの監視を担う巡査長である。薄手のカーディガンを羽織り、タイトスカートを端正に着こなす彼女の姿は、一見すると等身大のしなやかな内勤の女性警察官そのものだった。だが、その穏やかな佇まいの奥には、サイバー担当として本庁からも一目置かれる高い知性と、冷徹な情報分析能力が秘められている。
千尋は、支給されたローカル端末の青白い液晶画面に向かい、通常のデータ修正の実務をこなしていた。画面に流れる無機質な文字列を、優れた知性で精査していくルーティン。
しかし、その指先は時折、キーボードの上で不自然に静止した。
(……やっぱり、納得がいかない)
千尋の優秀な頭脳は、ここ数日の間に起きた組織内の不可解な人事に、激しい違和感と拭いきれない不信感を抱き続けていた。 同期であり、同じサイバー課のインテリジェンスであった水野菜々美が、わずか四十八時間前、突如として警察籍を失ったのだ。公文書に記載された菜々美の離職理由は、「男性関係の不祥事による自主退職」。 だが、それは千尋の知る菜々美の行動ロジックからは、あまりにもかけ離れた歪みだった。
『千尋、データの整合性を疑うときはね、感情じゃなくて、その前後に残された足跡を見るのよ』
ほんの数日前、この同じ部屋で、菜々美は少しずり落ちた眼鏡の奥の瞳を細め、缶コーヒーを片手にそう笑っていた。刑事課の大沢美波が体調不良で長期休職に入ったことを、誰よりも心配し、独自の視点で調べようとしていた菜々美。規律を重んじ、知性と理性を何よりの誇りとしていたあの彼女が、まともな引き継ぎも挨拶もなく、自ら泥を被るような破廉恥な理由で突如として去るはずがない。
「何か、別の理由がある……」
小さな呟きは、オフィスを満たす冷却ファンのノイズに混ざって消えた。菜々美は何か重大なトラブルに巻き込まれ、真相を言えないまま組織を追われたのではないか。千尋の胸に、親友の身を案じる生々しい不安がじわりと広がっていく。
千尋が自らの割り当てられたサーバーの深部、通常業務のバックアップログを検収していた、その時だった。画面の片隅に、見慣れない一行の暗号化されたデータ断片がポップアップした。
発信元のアカウントコードを確認した瞬間、千尋の切れ者の瞳が鋭く見開かれる。
(菜々美……?)
それは、菜々美の個人領域から、この端末の最深部へと隠密裏に自動転送されてきた、出所不明のデータだった。送信者が一定時間システムにアクセスしなかった場合にのみ駆動するよう設計された、時限式の自動情報退避プログラム。それが、菜々美の連絡が途絶えてちょうど二十四時間が経過した瞬間に、目覚まし時計のように静かに発火したのだ。
「何だろう、これ……」
マウスを握る千尋の手のひらに、微かな汗が滲む。
画面に表示されたのは、幾重もの高度なプロテクトで守られた、不完全なログの塊。サイバー課の人間でなければ存在すら気づけないほど、巧妙に伏せられたデジタルな足跡。菜々美は、自分が万が一、職務や調査の途中で身動きが取れなくなった時のために、このデータを千尋の元へと遺していったのだろうか。
親友が起こした、あまりにも不可解で、けれど明確な意志を感じさせる最後の行動。千尋の高IQな脳細胞が、蓄積された不審点から因果律を導き出していく。菜々美は本当に不祥事を起こしたのではない。彼女が最後に調べていた何かが、このデータの中に眠っているのだと。
(菜々美、あなた何に気づいたの……? 私が代わりに、この中身を突き止めてみせるから)
親友の汚名を晴らしたい、彼女が抱えたであろうトラブルを解決したいという美徳の燃料が、千尋の理性を静かに突き動かしていく。千尋は周囲の署員たちに悟られぬよう、平熱の表情を崩さないまま、キーボードを叩いて暗号の解析処理へと静かに着手した。
オフィスを包むいつも通りの平穏な空気の裏側で、長谷川千尋を底なしの蜘蛛の巣へと引き摺り込む、最初の因果の歯車がひっそりと回り始めた。