楽しんで貰えたら幸いです。
1話 親の顔より見た展開
新社会人として新生活を始める予定の二十三歳の男が居た。
一年浪人したあと大学に入学、そこそこの企業に採用され、春から一人暮らしを始める為に部屋の内見に向かっている男だ。
交通手段はバス。自分が子どもの頃よりも跳ね上がったバスの運賃に愕然としながらもガラガラの車内に乗り込み、座席に座っていた。
その男はとても運が悪かったのだろう。
交通量が特別多い訳でも無い道で、左折しようと速度を緩めたバス。その横腹に、一台の乗用車が突っ込んで来た。
更には突っ込んできた位置がドンピシャで男の座っていた位置。
男は思った。ああ死んだな、と。面接とか頑張ったのにな、と。
一人暮らしにときめいていたのに、今は命の危機に胸がドキドキ。
浪人した時も相当ときめいたものだが、今ほどでは無い。
人生最大最後の衝撃がやってくる————そのコンマ一秒前。
男の身体はその場から消えていた。
男が居た場所に漂う謎の光の残滓は、コンマ一秒後の車の衝突によって掻き消えてしまった。
◆
男は、気が付けば物悲しい石造りの空間にある、大した装飾の無い玉座に腰掛けていた。
そしてそんな男の膝の上には、白い滑らかな長い髪と青い瞳が可愛らしい小さな女の子がちょこんと乗っかっている。それも男の方を向いて。
少女は無表情かつ無感情に男をじっと見つめていた。そのくりくりとした瞳には、困惑し切った平凡な男の顔が映り込んでいた。
男は二次元を嗜んでいたので、この状況が親の顔より見た召喚か転移か転生かと察するが、膝の上に美少女が乗っかって見つめられていると言う状況は知らない。親の顔より見た事が無い。
一先ず、誰何する前に自分が名乗るべきだろうと思ったその時。男は自分の名前が出てこない事に驚いた。
自分がどこで生まれ、どのように育ち、どのように生きてきたかは憶えている。家族の名前も憶えている。ただ自分の名前だけは思い出せない事に気付いた。
「以前の名前は、邪魔な情報です。死に瀕した貴方は召喚され、当ダンジョンのマスターとなりました。人間の様ですが、人間の精神状態では困ります。新たに名前を決め、ダンジョンマスターとしての生を受け入れて下さい」
少女が見た目に合わない流暢な言葉で話す。
いや、口の開き方からして言語が違う。でも分かる。男も試しに何か単語を喋ると、日本語とは違う言語でその言葉を喋っていた。第一言語がすり換えられていたのだ。
ダンジョンマスター、と言うものは分かる。親の顔より以下略だ。
人間の精神状態ではいけないと言うのも分かる。大抵の場合、ダンジョンは人間の敵だからだ。
名前を決め直すと言うのは……精神的に別の存在へと変わったことを納得させやすいのかもしれない。
男は困った事に、自分が人間では無い存在に変わっている事をすんなりと受け入れられていた。
結局、自分は死んでおらず、死ぬ直前に呼び出され、代償として強制的に契約の様なものを結ばされ存在を作り変えられたのだろうと勝手に判断を終える。
「その認識で結構です」
目の前の少女が話していない事にも肯定を示す。
男は君は何なのかと問う。
「当ダンジョンの
どうやら少女はダンジョンそのものの様だ。
男はよろしく、と少女の頭に手を乗せて撫でる。
「んっ。不思議な感覚です。ほっとします」
少女は共生と言った。
男はそれを正しく認識する。否、知覚していた。
男の命は少女と結び付き、少女の命もまた男と結び付いている。
命を共有化した二人だが、少女は庇護を煽るための姿となったせいか庇護されることに喜びを感じている様だ。
男は目の前の少女の脇に手を差し込んで身体を反対向けさせ、後ろからぎゅっと抱き締める。
少女は「はふぅ」と恍惚とした息を漏らし、そんな息が出た事実に少女は戸惑いを見せた。
感情と言うものを初めて味わっている事による困惑。
困った様に見上げてくる少女の無垢な様に、男はバッチリ庇護欲をそそられ、少女のお腹に手を回しながら頭を撫で続ける。
「あの、マスター。……名前を決めて、運営を開始してください。……撫で撫では継続を希望します」
男は ロリコンではないが、今ロリコンになったかもしれない。
そんなことを自覚しながら、少女からダンジョンに関する情報を仕入れていく。
少女は男に身体をべったりと預けてリラックスした様子で説明してくれた。
まずダンジョンの存在理由。
ダンジョンとは、世界の循環機構であり、生物のバランサーでもあるそうだ。
循環機構と言っても何を循環させるのか。それは、この世界に充満する万能物質『魔力』だ。
これは星の中枢から放出される物のようで星中に充満している。生物はそれに順応し、進化し、取り込み放出する能力を持ったのだが、これを回収して星に還す役割をダンジョンが担っているようだ。
普通なら食物連鎖が勝手にやるのでダンジョンなんて要らないのだが、どうも人類が発展して繁殖し続けた結果、魔力を保有する生物が増え過ぎて星の力が弱まっているのだとか。
だからダンジョンは人類を殺したり、他の生物を殺したりして、魔力を回収。魔力収入の一部を星に返還する、それが本能として与えられているようだ。
残り魔力をダンジョン運営に当て、成長と拡大を続ける。いつかダンジョンが死ぬと、溜め込んだ莫大な魔力を放出して消える。それは星にも大気にも地中にも人類にも大きな影響を与えるそうだ。
時に大災害が起きる事もあれば、人類に英雄が生まれる事もあれば、周辺の土地が希少な物で埋め尽くされる事もあるのだとか。ちなみに星にもしっかり返還されるので、ダンジョンは生きようと死のうと構わないらしい。世知辛いね。
「それがダンジョンですので……うにゅぅ〜……」
少女のほっぺを揉むと、くすぐったそうにしながらも口角が弛んでいた。
次に、ダンジョンの能力。
ダンジョンは異空間を魔力で押し広げ、そこに生物を取り込んで魔力を搾り取る。
他には、異空間の地形の調整。任意の物の生成、召喚。
要は異空間内に好きに世界を創造出来るって訳だ。もちろん費用は魔力。
更にはダンジョン——と言うか正確には
男は少女を凄い凄いと褒め称え撫で回した。
「うひゅ……にへ……むふふ」
少女は少し膨らんだ胸を張って、鼻の穴を広げていた。
次はマスターの能力。
マスターはダンジョンのマスターとして作り替えられた存在なので、デフォルトは何者でも無い状態。故に、何にでもなりやすい存在でもあるようだ。
望めば魔物にも、人間にも、竜にもなれるかもしれない。だが一度なってしまえば後戻りは出来ない。
男はこの自由進化能力を適応力として認識。これを安易に使うべきでは無いと判断した。
「何故でしょう。マスターが強くなれば、ダンジョンは直ぐに強力になります」
それではいけない。周辺環境や状況に合わせた進化が出来なければ、早い段階で死んでしまう。
人類が勢力を広げ続けているのならば、当然人類側とてダンジョンを討伐する術や攻略法を心得ている筈だ。
強いダンジョンが強いのでは無い。生き続けたダンジョンが強いのだ。
男は少女に力説した。
「おぉっ。理解しました。マスター凄いですっ」
純粋に瞳をキラキラと輝かせる少女の言葉に、今度は男が胸を張って鼻の穴を広げた。
案外相性の良い二人だった。
マテリアちゃんは応用力的な意味で無知っ子
ダンジョンコアとしての基本知識があるだけなので育て方次第で無限の可能性が!?