シゲンとマテリアが玉座の間で抱き合っている頃。
ユニは突如現れた建築物が主達の御技である事に気付き、深い敬服の意を抱いていた。
早速、中を拝見しながら家具類の使い方を確かめていくユニ。
学習能力や判断能力の高さから、直ぐに異世界建築物の扱い方を把握したユニは、なんと画期的なものばかりなのだろうといたく感動した。
「衛生的、そして合理的で機能的。人が暮らし易さを求めた住処の完成系なのでしょうか? これならばあの三人も満足の行く暮らしが出来るでしょう」
あわよくば、シゲンとマテリアとこのような住まいで共に過ごしたいと言う想いはあるが、今は与えられた務めを果たすのみ。
ユニは子ども達の元へと戻り、少し距離を置いて腰を下ろして目覚めるのを待った。
彼らをベッドに運ばなかったのは、死体を大切そうにしていたから。死体を折角賜った家には運べず、死体から引き離すのも偲び無い。
ユニはなんとなく、そのまま待機することにしたのだ。
少しして、三人揃って目を覚ました。
シゲンの力による強制的な睡眠ではあったが、それは少なからず良い影響を齎していたのか幾分スッキリした顔で瞼を擦る。
「あれ、ここ……どこだ。もしかして……はは。俺も先生とおんなじとこに来れたのかなぁ」
「んぅ……ウィーク? ルル? 何ここ、綺麗……」
「ふあぁぁ……。うぃーくぅ、ぴーくぅ……」
ゴミ捨て場で眠り、ゴミ穴で魔物に囲まれ、気が付けば穏やかな自然の中に居た三人はどこか夢見心地。
けれど側にある異臭を放ちはじめた院長の死体を見て、その瞳に翳りを見せる。
そんな三人に話しかける者がいた。
「ようこそ、ウィーク、ピーク、ルル。気分は如何ですか?」
「「「!?」」」
後ろから声を掛けられて急いでルルを背中に庇い振り返ったウィークは、しばしその声の主に目を奪われた。
暖かな日差しを受けて艶めく金色の髪。同様に光り輝く黄金色の瞳。
酷く整った顔は作り物めいていたが、目の前の彼女が歩いて喋った事で生きているのだと改めて理解する。
「あ、あんた……じゃなくて、あなたは誰、ですか」
「初めまして、私はユニ。貴方達のお世話をするように言われた者です」
「俺達の、世話……?」
困惑する二人と、清い川に手を浸してはしゃぐルルを相手に、ユニは子どもでも聞き取り易い速度と柔らかい声音でこの場所の事を包み隠さず話した。
ユニは知能と知性の進化の為に、付属された膨大な知識を得ている。
子の扱い方も、ダンジョンがどう言ったものなのかも。
加えて、シゲンからこのダンジョンの成り立ちと経緯、そこから上の街の情報とこの子達の処遇についても聞かされていたのだ。
「ここがダンジョン……人類の敵って言われてる、あの?」
「ロスの街の真下にあって……ゴミを処理してくれてるの? 私達は、ここで暮らして良いの?」
困惑し切った様子の二人の横で、ルルだけが諸手を上げて素直に喜ぶ。
一瞬影を落として「みんなでここにきたかったね……」なんて呟きもしたが、ウィークとピークはルルに引っ張られる形で、繋がってしまった命を紡いでいく事を決める。
「其方の方は地中に埋めて埋葬しましょうか。このままでは悲惨な姿になってしまいます。丁寧に扱い、彼の死を共に悼みましょう」
シゲンが予め予定していた段取りへとスムーズに誘導するユニ。
家に立て掛けるように置かれていた二つのスコップと一つのシャベルを三人へと渡す。
三人に院長を弔うための穴を掘らせる事で、疲労させ、死を悼むための労力を与える。確かな疲労が慰めとなり、達成感が悲壮感を薄れさせる。
自らの手で院長を埋める穴を掘る事を、死を悼む為の儀式とするのだ。
人には思い悩む時間が必要である。
人には無心で何かをしていたい時がある。
別れを惜しむ時間が、別れを理解させ、現実を受け止める余裕を与えてくれる。
シゲンはそれを良く分かっていた。
ユニはその意図をきちんと汲み取っていた。
三人は言われるがままに家の横にせっせと穴を掘る。
川の横でゆっくりと腐敗していく院長の姿を時折眺める。
過ごした日々を思い出し、土を幾度も湿らせる。
大人一人を埋める穴を掘るのは大変な事だ。三人は陽が傾き出した頃にようやく十分な穴を掘り終えた。
「では、埋葬致しましょう」
ユニが腰を支え、少年であるウィークに頭を、少女であるピークとルルに足を持たせて、丁寧に院長の亡骸を穴の底に置く。
そして三人に掘り出した土を院長の上に掛けさせる。
人の身体を土に埋めると言う行為。
人の身体を隠す行為。
もう二度と会う事は無いのだろうと嫌でも理解する行為。
三人は逞しかった。
どうしようもない悲しみをきちんと涙として流した。
ごめんと謝り続けるウィーク。
ありがとうと感謝し続けるピーク。
“ばいばい”と、確かな別れを告げるルル。
三人は泥だらけになって、土を全て被せ終えた。
院長の姿はもう何も見えない。触れる事も出来ない。
過去の思い出は、未来がある内は形を保つ。
しかし未来が失われると、立ち所に薄ぼんやりと実体を無くす。
質量を失った思い出は、心の中に空虚な余白を生んでしまう。その虚無感からくる虚脱感を、今回は疲労という形で埋めた。
墓の前で泣き崩れ、そのまま寄り掛かりながら眠ってしまった三人をユニはゆっくりと一つのベッドへ運んだ。
無垢で、純真で、真っ直ぐで、無力で。
力が無いからこそ受け入れ易い存在を見て、ユニは目を細める。
「全ての人間が敵な訳ではない。……シゲン様のお考えは、どこまで及んでいるのでしょう。この子達は、ダンジョンの住人となるのでしょうか? それとも或いは…………」
シゲンの思惑を全て推察する事は出来ない。
しかしユニは、だからこそ自分に与えられた使命を熟す事を信条と決めた。
「一先ず、再度魔力の注入をお願いしに行きましょうっ……!」
知らず足取りの軽くなったユニは、草原のただ中にポツンと立つ玉座の間へと続く大きな扉へと小走りで駆け出したのだった。
◆
昨晩、魔力注入の効率化と銘打って抱き締めてもらいながら魔力を注入してもらったユニ。
そんなユニの燃費の悪さを改善すべく、シゲンはユニの魔力の容量の進化をこれまた三千の魔力を使って敢行した。
「そのような膨大な魔力は畏れ多い」と必死に食い下がったユニだったが、外敵が現れた場合に魔力不足で動けませんでは話にならないと言われては頷くしかなかった。
本当は魔力注入の機会が減る事が嫌だっただけだが、シゲンからの想いの強さでもあると思うとこの進化もまたユニの胸を満たした。
しかし、進化したのは容量だけ。五百程にまで拡張された容量には空きが四百五十もあるでは無いか。
これに気付いたユニの顔は実に悪いものだった。
マテリアからも魔力補給を受ける事は可能だが、マテリアの魔力はダンジョンの保有する大事な魔力。危急の時でも無い限りシゲンが魔力注入を担当するのが道理。
ユニはシゲンに追加の魔力注入をねだり、頭を撫でてもらったり額を合わせてもらいながらとぷとぷと注いで貰った。
一時、見せられない顔を披露してしまったものの、事なきを得た。
ともかく、以上の事から今朝からルンルンで子ども達の家へと赴いたユニは、ダンジョンの生成能力で作り出して貰った野菜や肉を使った料理を始める。
起きて来た子ども達は目元をパンパンに腫れさせていたが、ずっと漂っていた未来への絶望感が無くなっていた。
ユニが得た知識を元に作られた料理は子ども達の舌にはあったらしく、お腹を空かせていたのか物凄い勢いでがっついた。口元を汚す三人を嗜めながらユニは口元を布で拭ってやる。
ウィークが顔を真っ赤にしてはいたが、熱は無いようだ。これにはユニも一安心。
食後には、まだまだ広くないダンジョンの案内。家の横の小さなお墓に四人で挨拶を済ませて歩き出す。
草原に植えられた桃や蜜柑をその場でもぎって子ども達に食べさせる。
揃って美味い美味いと大絶賛。
川の水は飲用可能で手で掬って飲ませる。これもまた美味しいようだ。他にも、足を浸し水を掛け合って遊ばせた。子どもらしく遊ぶ事の無かった三人は水場から離れるのを渋るくらい気に入ったようだった。
そして次は、ゴミ穴へと繋がる扉を説明し、少しばかり歩く。
今朝は二番ゴミ穴が無進化魔物しか居ないとの事で、そこへと三人を案内したユニ。
三人にとっては見慣れたゴミ山と、嗅ぎ慣れた異臭。そこに蠢く複数の魔物を見て取り、助けだされた際の事を思い出す。
「るる、おにーちゃんのおみずでぶわーって! ぶわーってなって、からだがふわーって! そしたらねむねむで……あれれ?」
生気を失っていた二人は碌に憶えていない様子だったが、ルルだけは憶えていた。シゲンのダンジョンに落ち、魔物飼育場から助け出された事を。
だからだろうか、ルルはおにーちゃんの事を知りたがった。
ユニはこのゴミ穴の目的と用途を伝え、ここがダンジョンである事を強く認識させた後、最後の場所へと案内する。
やって来たのは、草原エリアを通り、家を通り過ぎ、唐突に草原にポツンと立つ大きな両開きの扉の前。
ユニが先んじて入って許可を取った後、三人はゆっくりと開かれた扉の先へと歩みを進める。
恐る恐る、恐々と、石造りの広い空間の最奥にある玉座へと近付く。
玉座には黒髪のラフな格好の男が腰掛けており、真っ白なワンピースを着た白髪青眼の純白の美少女がその男の膝に座っていた。
「運が良いのか悪いのか、よく来ましたね人の子達。ここはダンジョンの最奥、玉座の間。私達がダンジョンの支配者です」
ふんぞり返ったマテリアと、その後ろで苦笑する男に呆気に取られたウィークとピークだったが、やはりルルは純朴が過ぎた。
「おにーちゃん! おにーちゃんだぁ!」
命の恩人への絶大な信頼で無防備に駆け寄ってくる幼な子。
マテリアが怒るのを先んじて諫めたシゲンは、同時に止めようとしていたユニにも手を翳す。
まるでマテリアのように足にしがみついて来たルルをマテリア同様に膝に乗せたシゲン。
二人の女で信頼と実績を得た必殺の頭撫で撫でをルルへと繰り出す。
無邪気に懐いてくるルル。
その隣で怒り心頭なマテリア。
三人の女で信頼と実績を重ねたシゲンの頭撫で撫ではマテリアの怒りさえ鎮めてみせた。
「なんか……全然思ったのと違う、な?」
「だね……その、すごく。優しそう……かも?」
シゲンは二人を抱き上げ、玉座から立つと階段を下りてボロ布を着たウィークとピークの前にやってくる。
そして丁寧に抱き上げていた二人を下ろすと、その手でウィークとピークの頭をゆっくりと撫でた。
前髪から後頭部へ。一方向に何度も。大きな手で優しく。
柔らかな声音で「今日までよく頑張ったね」と、心底から労う声を掛ける。
生きていて良い、死ななくて良い。……二人の頭上から降り掛かる言葉は、恐ろしい程に二人の心の穴に染み渡る。
昨日散々流した涙が、またも溢れ出す。
鼻を啜る音。嗚咽の音。床に雫が落ちる音。
二人の頭をそっと抱き寄せ、背中をポンポンと叩くシゲンの顔は、深い慈しみに満ちていた。
釣られて泣き出したルルもまた胸の内に迎え入れ、今度は三人のこれまでの人生を労う。
マテリアは複雑そうに、ユニは少し恐ろしさを抱きながら、シゲンを見守っていた。
主人公は人類の味方では無いです。