「マスター? こんな大胆な事しちゃって本当に大丈夫ですか?」
マテリアはワクワクとドキドキでソワソワが止まらない様子。
人間の街への大きな悪戯は、ダンジョンコアであるマテリアにとっての大イベント。
膝の上で落ち着かないマテリアに、シゲンが覆い被さる様にしながら問題無いと言い切る。
と言うのも、この二ヶ月の間にダンジョン保有魔力が三十万を超えたのだ。
シゲンは以前マテリアとユニの二人に言った状態作りを始める為に、先ずは自己強化を始めた。
安全マージンとして最低限確保したいのが十万魔力。つまり二十万と少しの魔力は自由にして良い。
シゲンはこの二十万の魔力を全て己の液体操作能力の進化に突っ込んだのだ。
マテリアもユニも、シゲンが強くなる事に異論などある筈が無い。
十数分の進化現象に襲われ、それが終わるや否やシゲンは川の水を数百リットルは余裕で操作すると、その全てをポーションに変えて見せ、適当に草原中にばら撒いた。
変質効率の向上。魔力消費の低減。操作性の向上。液体性能の向上。
これにより、ゴミ穴の処理が容易となり、第四進化の魔物を楽に屠れる様になった。恐らくそれ以上も。
同時に、上の街にあるゴミの全てに対処可能であると判断し、上の街の腐敗具合を信じてダンジョンと言う存在を匂わせる事を決めた。
残りの端数の魔力で支配領域を増やしゴミ集積場の敷地全域の地表をダンジョンが支配する。そしてゴミ穴の深さを地下四十メートル程まで深くする。
仮に攻め入られようとも、実質無限水源と十万の魔力をマージンとして抑えているマテリアダンジョンの攻略は容易では無い。
……いざとなればマテリアの魔力をシゲンが利用して酸の津波で皆殺す事も可能なのだから。人間の魔法を学んだからこそ、今のシゲンの力に人間が対処出来ない事も分かっている。
と言う訳で、ここからは運ゲーだ。
勝てば対人間へのカードゲット。
負ければ上の街はまたゴミの街に逆戻り。
ただそれだけの話。
シゲンは街に堆積する一千トン全てのゴミをダンジョンに落とすと、最後に一手打ち、上の街の反応を待つのだった。
◆
「おい! どうなっている!? 何故ゴミが消えた!! すぐに原因を調査しろォ!!」
シゲンが悪い笑みを浮かべてマテリアがその顔にメロついている頃、地上のロスの街の代官の邸宅には怒鳴り声が響いていた。
全くもって分からないと言うのが現状で、まさかと思いダンジョン検知器を使用させたが
何故こんな事が起きているのか。
立場的には調べねばならない。しかし代官個人としては全くもって都合が良い現象だった。
ロスの街に置いて、ゴミ問題は長年の悩みどころか、何代も前の代官から悩みの種として引き継がれ続けてきた問題。
ここ数年、ロスの街で発生する一日のゴミの量はトンを超える。その内、焼却処理や勝手に発生する魔物が食い散らかす事で減らせるのは三割程度が限界。
残り七割は着実に街を埋めて狭め、異臭の原因となっていた。
なんとか街の主要な通りには結界を張る事で臭いを遠ざける事が出来ていたが、先は長くない。
そんな折にこんな僥倖……!
代官は怒った顔の裏で満面の笑みをうかべていた。
だが同時に理性が事態の分析に頭を働かせる。
「一晩でこの規模の焼却……特級魔法使いなら可能か……? だが特級連中がそれをする理由が無い。ダンジョンかとも思ったが、それこそダンジョンがゴミを食ってどうすると言うのか。反応も無いと言うし。……暫くは常時監視体制を築くしかないか」
何はともあれ好都合。
特級だろうがダンジョンだろうが、街からゴミが無くなることに文句などあろうものか。
重要なのはこのゴミ消失が一回だけなのか、これからも起こり得る事なのか。
もしもう一度ゴミが消える事があれば…………。
ロスの代官の目がいやらしく弧を描く。
「なんとしてでもその状態を維持させる……! さすれば街の税収も上がり、代官としての功績にもなり、私にも泊がつくというもの! ぬはっ! ぬはは! ぬははははははは!」
環境の改善、病人の減少、治安の向上、さらにクレームも減って、街の人間からの評価が上がる未来が目と鼻の先に来ているのだ。代官の笑みも然もありなん。
この突然の異常事態は、代官にとっても、街に住む者にとっても、
今この時、この街に住まう全ての者たちの利害が完全に一致したのだ。……とある一人の存在を除いて。
所変わってゴミ集積場。
「うおぉぉい!?!? ゴミねえじゃんどうなってんだぁ!?」
「申し訳ないが、ゴミが無い以上仕事も無い。暫くはゴミ処理依頼も出されないとの事なので、今日は帰ってくれ」
「俺の今日の稼ぎがああああああああ!?!?」
ゴミ焼却に慣れ親しみ過ぎた火魔法使いの慟哭が、寒々しいゴミ集積場に小さくこだましていた。
◆
ゴミを全てダンジョンに落下させてから三日。シゲンは地上の街に一切の干渉をやめた。
と言うのも彼が最後に打った一手が、支配領域を解放する事。
そうして地下四十メートルから下のみを支配する様にしたのだ。
「はえ〜。ダンジョン検知器の有効範囲が三十メートルですか。マスターはよくそんな情報をご存知でしたねっ! 凄いです!」
マテリアがとぼけているのかと勘繰ったシゲンだったが、表情を見て本気で言っているのだと気付き、大きなため息を吐く。
「んゅ? マスター?」
シゲンは玉座の間に置いた本棚から一冊の本を取り出すと、マテリアへと手渡す。
本には『魔法指南書・基礎』と記されており、指定したページを開かせるとダンジョン内での魔法行使について記されていた。
その記述の中にダンジョン検知器についての情報も有り、この本が写本された時期も見た上で技術はそう進歩していないだろうとあたりをつけて支配領域を解放しておいたのだ。
そうする事で、上の街は人間か魔物かダンジョンの仕業かが分からなくなる。
迷いは躊躇を生み、躊躇は迷いを生む。
街の管理者や支配者からすればこの都合の良い現状を失くすのは惜しいだろう。存分に迷ってくれれば、その浮いた時間がシゲンの儲け。
仮に街がダンジョンだと決め打ちして捜索を始めても街に大きな穴を開けねばならない。それは産業に打撃を与え、同時にゴミが新たに堆積していく。
時間はシゲンに味方する。欲深い代官であればもっとシゲンの味方になる。
ウィーク達にとって上の街は絶望の象徴にも近いので、壊したとしても大きな悪印象は持たれないだろう。
生き別れた孤児達を気にかける素振りこそあったが、ダンジョンで暮らそうと誘った所で、人間の前提の認識からして許容されるとは思えなかったようだ。こちらに無理を言ったり我儘を見せる事は無かった。
「凄いですねぇ……マスター怖いです。人間の事をよく理解されています。最上の結果として、街の支配者層がゴミの処理をダンジョンに一任する事を暗黙の了解とすれば安泰。もし敵対しても地中から地盤を崩して攻める事も可能。酸の罠を張って民衆の恐怖を煽り、ダンジョンへの敵対反対運動でもさせればより時間を稼ぐ事も……。防衛が基本かと思っていましたが、ダンジョンによる現実攻勢……面白いです」
シゲンは人間を積極的に殺すつもりはないが、手を下さずにいれるとは思っていない。最悪の場合はウィーク達ですら殺す択を頭に入れている。
迷いが躊躇を生み、躊躇が迷いを生むのなら、決断し続けるのみ。
あらゆる未来を想定し、望んだ未来へ周囲を動かし誘導し……そして求めた動きを強いる状況を作り上げる。
玉座に腰掛け頬杖をついたシゲンは、ダンジョンマスターとしての風格を纏い始めていた。
「所でマスター、あの膨大なゴミと魔物はどうするのですか?」
それについてもシゲンには考えがあった。
“ゴミ”は“資源”。使い所など山程あるのだから、今暫くは放置。
もし強大な魔物が生まれても、今のシゲンならば討伐は容易い。二十万魔力を注ぎ込んだ液体操作能力は伊達では無いのだ。
それからまた十日。
一時間ごとに探査を用いるが、地上に目立った動きはない。
深夜、十分毎に探査を用いて人が居ない瞬間を探っていると、へばりついていた監視の目が遂に離れた。その隙に北東のゴミ集積場までの地面を支配下に置き、ゴミを落とした後、即座に支配領域を解放。
この程度の無駄遣いは許容範囲内だ。
それからまた三日後。今度は北西で人の目が消えた。
速やかにゴミを回収した後、支配領域を解放。
これをあと数度続けると、全てのゴミ集積場がこれまで通りの深夜は無人と言う運営に切り替わった。異臭の根源だった場所に夜は誰も近寄らない。有り難い事だ。
その日から、一週間単位で夜中に支配領域を伸ばしてゴミを落下、支配領域を解放するのを繰り返す。
都合、四度。
街とダンジョンは、静かに共生を始めたのだった。
沢山の評価と感想ありがとう。
自虐ネタだったけど結果的には凄く嬉しいです。
良いモチベーションになりますっ!