間章 清すぎる代官/火魔法使いの仲間達
一週間に一度、街のゴミが夜な夜な消える様になってから一年。
ロスの街の運営を担う代官は左団扇な日々を送っていた。
革張りのソファにどっかり腰掛け、でっぷりとしたお腹を満たした馳走に満足して苦しげに息を吐き出す。
「ぶふぅぅ……あー、この世の春とはこの事か。ナニかは知らんが、ありがたいものだ。今目の前に現れたならば良い女と良い飯を振る舞ってやっても……いややっぱりダメだ。私が頂く。ぶわはははは」
ゴミ処理に費やしていた費用を街の大店の商会に回して食料品を値下げさせ、残った費用で料理大会などの催し物を行うなど、代官は精力的な活動を見せていた。
まるで良い代官の様に見えるが、巡り巡って自分の為である。
健全で活気に満ちた運営をして感謝されたい。崇められたい。
街が活気づけば結果的には税収が上がる。そしたら領主にも話が行って覚え愛でたくさらなる昇進も叶うやもしれない。
「ぶほほ、ぶふふ、ぶわははは! ぬははははは!」
汚職しないから痛む心は無い。
黒い金はほとんど無いから探られても困らない。
小心が故の圧倒的なまでの身の清さで、代官は今の地位に至り、更なる高みへの青写真を描いているのだ。
結局、ダンジョンとの共生と言う大罪を犯しているのだが……。
しかしそこは抜かりない。仮にダンジョンの仕業と発覚しても、調査結果はしっかりと保存してある。二十四時間体制で怪しい場所を調べ尽くしたが芳しい結果が無いと言う報告書がたんまりとあるのだ。
何より、彼の身の清さを知る者であればある程、その情報の信憑性は高まっていくだろう。
「いつまで続くか分からんが、今のうちにこの街に私の名を刻み付けてやるわ!」
そも、ダンジョンだったとしてもどうしようも無いのだ。姿を暗ますダンジョンなど話に聞いたことも無い。対処の仕様が無いのなら、今を享受するのみ。
これが高位魔物や魔人の仕業の場合、それもまたいち代官にはなす術もない。
代官は常に考えつく限りの手を打っている堅実な代官。ちょっとヒステリーな怒り方と、悪役の様な笑い方をしているだけの、綺麗な代官なのである。
「夜も深いな。大声で笑うのもここまでか。また明日、目一杯笑ってやるとしよう」
次に開く大会は何が良いか。賞品はどんな物が良いか。
なんとも穏やかな想像をしながら代官は静かに眠りにつく。
今日も平和な一日だ。
◆
ダンジョンと街が密かに共生を始めてから二ヶ月程の事。
「おー! やっと来たかお前らー! 待ち焦がれたぞ!」
ロスの街の門にて、火魔法使いが仲間を出迎える。
煌びやかなブレストアーマーを着込んだ大柄な戦士。
軽装備とクロークによって極力肌を見せないが、実はとんでもないスレンダー美人のシーフ。
軽鎧とサークレット、そしてマントを靡かせるイケメン偉丈夫の剣士。
そしてこのパーティの二重の意味で癒し枠。空色の髪と若草色の瞳、そして大きなおっぱいが特徴的な白い法衣がよく似合う光魔法使い。
訳あって単独行動に出ていた火魔法使いのパーティメンバーだ。
「ロスの街って、こんな華やかな街だったか? オレ、こんな街知らないぞ」
「僕もだ。ロスと言えば、ゴミの山と腐臭が特徴的で、でも結界のお陰でご飯は美味しく食べられるショッキングな街だったはずだよ」
「……路上でそう言うこと、言わないで貰える? 職業柄、視線が人より気になるの」
「ですね……。もう少し時と場を考えて頂けると……。まあ、否定は出来ないのですが」
困惑する四人に火魔法使いが現状を語る。
バッタバッタとゴミを燃やし尽くす自分をこれでもかと誇張した後、ある日突然パッタリとゴミが消えてしまった事。それから一週間置きにゴミが消える事。
代官も何度か大きく調査に乗り出したが、成果は無く。
その後も細々とした調査を色々と行ったが何も分からず。
それでもゴミが無いのは良い事だと、街を上げての祭りを開催。料理大会や、ボートの早漕ぎ大会、飲み自慢大会や大食い大会が、連日飽きる事なく開かれている。
お陰様で人の流入は凄まじい数字となっており、四人はこの街に入るのにも困難した。
数々の冒険譚を有するこの五人パーティ、流石に怪しんで兜の緒を締め直すが、祭りの空気に当てられてか財布の紐から緩み始めていく。
酒を買い、摘みを買い、目についた可愛らしいアクセサリーをシーフと光魔法使いが悩み続けて購入し、宿は火魔法使いが取ってくれてくれていたが着いた頃にはへとへと。
男女で部屋を分けて今日は一先ず休む事にした一行。
「ねね、ヴィヴィア。今日露天で買った髪飾り! 似合うかな?」
「カトレアにはなんでも似合うわよ。もちろんその髪飾りもね?」
「えー? ヴィヴィアにも似合うよ! ほら?」
「ちょっと……もう。……ありがとね?」
シーフのヴィヴィアと光魔法使いのカトレアは、冒険者と言うのもあって見目の良さをひけらかす事を嫌っている。下心のある視線も、そう言ったお誘いも下品で嫌気がさしているのだ。
しかし年頃故に着飾りたいという思いもある。
その気持ちを発散出来るのはこう言った宿の一室。二人部屋になった時だけ互いに少しだけオシャレをして見せ合っていたのだ。
「ふわぁ〜……。そろそろ寝ましょうか。明日も早いわ」
「ええ、そうね。暫くはダンジョンの攻略予定も無いし、綺麗になったこの街も見て回りたいもんね〜!」
ヴィヴィアは静かに布団を被り、カトレアはベッドに身体を投げ出す。
明かりを消して夜の闇に包まれながら久しぶりの柔らかいベッドに目蓋を落とそうとしていた時だった。
————ゾクリ。
ほんの十数秒。何か途轍もない力を持つ者がこの街に現れ、そして消えた。
カトレアがガバリと身体を起こしてヴィヴィアを揺するが、普段鋭いはずのヴィヴィアは呻くだけで起きもしない。とても眠りが深かったのか、それとも……。
「私の勘違い……? だと良いんだけど……」
カトレアは疲労から来る睡魔に飲まれ、そのままヴィヴィアのベッドで眠りについた。
翌朝。目覚めたヴィヴィアは、何故かこちらのベッドで眠っているカトレアに布団を掛けて、極力音を立てずに身支度を終える。
肌を隠す装備とクローク。しかし今日はカトレアが昨夜着けてくれた花の髪飾りを身につけて。
やがて起きたカトレアの頭には可愛いヴィヴィアの事しか無く、仲良く部屋を後にし、食堂へと向かう。
食堂には既に剣士のレオと戦士のキリが席をとってくれていた。
レオは珍しく飾ったヴィヴィアの姿にチラチラと目線を向けながらもごもごと声を掛ける。
「その、可愛いと思う……ます。おはよう……」
「ええ、おはよう。それとありがとう。これはカトレアが着けてくれたのよ」
「そ、そうか。うん。流石カトレアだ」
「カトレアは命に替えても私が守るわ」
「このパーティの盾はオレなんだが……」
キリがのっぺりと突っ込むが、基本的に女性陣に尻を敷かれているこのパーティで男の発言力は低かった。
しかし例外は居る。火魔法使いのアーグだ。彼は絶妙に空気を読まないムードメーカーで、人の目をスルー出来る才能の持ち主だった。
「おーす。おはよーさんおまいら。取り敢えず俺の方で調べた事を共有したいんだが良いか? 良いよな? 話すぞ〜」
パーティメンバーで囲った机の上にバサリと資料を置く。
そこには、昨今出現した四つのダンジョンについてと記されていた。
「やっぱここは飯が美味えからさ、臭かろうが人は集まんのよ。噂だろうがデマだろうが、真実だろうが嘘だろうが、どっかに読み取れる情報は転がってるもんだ。あの手この手で稼いではしっぽり使うのは楽しかったぜー!」
女性陣からの冷たい目もなんのその、アーグはどかっと椅子に腰掛けると、果実水をデカい声で注文しながら椅子を斜めに倒してバランスを取りながら話し出す。
「いーか? 今年新たに確認されたダンジョンは四つ。一つは出来立てホヤホヤの真っさらダンジョン。これは破壊済み。二つ目はよくあるゴブリン中心の混成ダンジョン。これも破壊済みだ。三つ目は淫魔のダンジョンで、ここの一個隣の領にあって、スケべな領主が
丁度良いタイミングで運ばれてきた果実水を受け取って口を湿らせたアーグ。四人が頷くのを見て相槌を打つ。
「おし。んじゃこっからが重要なんだが。この街がちょろっと怪しい。五つ目が、ここ。ロスかもな」
「人の街の中に、ですか?」
「そーなのよカトレアちゃん。そこが問題だ。なんとも見つけにくく、なんとも潰しにくい。今一番怪しいのはゴミ集積場なんだが、四方にある集積場全部で唐突にゴミが消えんだよ」
「それは……位置を絞れませんね」
「そもそもダンジョンかも定かじゃねーんだけどよ」
「昨日、代官が相当念入りに調べたと言っていたね」
「そそ。それにもしダンジョンだったら。この街の公害じみたゴミを食ってくれるダンジョンなんて、誰が攻略しやがったんだーって話だろう?」
四人はアーグの言いたい事を悟った。
要は下手に攻略した場合に、民衆や代官から恨みを買いかねないと言う訳だ。
そこまでして得るものは無いのが冒険者。
そもゴミ食って何を得るんだダンジョンは。
侵入者が居ないダンジョンが強くなる筈も無し。
「つーこって、俺のダンジョン調査結果はこんなもん。俺個人としては、当分小銭稼いで遊んでもいーんじゃねって感じかねー?」
同意を示す様にレオが頷く。
「そうだね。つい先日、高位のダンジョンを攻略したばかり。その報酬を貰うために城に呼ばれてパーティ三昧、面倒な偉い人達に散々集られてウンザリしてたんだ。気ままに旅をするのも、腰を落ち着けるのも悪くは無いんじゃないかな」
「……レオとアーグがそう言うなら、オレもそれで良い。装備の調整もしたかったところだし」
「そ。それなら暫くは此処を楽しみましょ? その後は冒険者らしく、当てもなく……ね?」
「………んー。……………はい。そう、ですね。そうしましょうか」
少し引っ掛かる様子のカトレアだったが、それ以降は特にこれと言った変化も無く、五人は数ヶ月間滞在した後にロスの街を旅立って行った。