ダンジョンが街と共生を始めてから暫く経ったある日の事。
やたら存在感の増したシゲンから、ウィークとピークに新品のノートとペンが渡された。
「シゲン様、コレなに?」
「どうしたら良いんですか?」
困惑する二人にシゲンは優しく言う。
それは日記帳で、その日思った事や、書いてる途中に思い付いた事を好きに綴る自分だけの大切な物。
心の整理になる事もあるだろうし、思い出を振り返る事も出来る。
嫌な事も、楽しい事も、疑問も、悲しみも、院長先生の事だって書いて良い。
シゲンのそんな言葉に二人は目を丸くしてペンとノートを大切そうに受け取った。
そうして綴られ始めた日記の内容をここで一部抜粋しよう。
ウィークの日記
◯月◯日。
今日はシゲン様が日記帳とペンをくれた。
死にかけてた俺達を助けてくれて、家もくれて、せんせのお墓もくれた恩人……ん? 恩ダンジョンマスター? なんて言ったら分かんないけど、優しくてはちゃめちゃなすごい人!
あと、なんか生意気なマテリア! コアとか言うのらしいけど、よく分かんね。いっつもシゲン様にくっついてて、すんげー甘えん坊。今日なんて隠れん坊で一人で鬼になったマテリアがシゲン様を見つけられなくて泣き出して、隠れてたシゲン様が出て来るまで大変だった。世話の掛かるやつだ!
あと……あと、ユニ、さん。すっげー綺麗で、俺達に色々優しくしてくれた人。毎日料理とか作ってくれる。めっちゃ美味い。家事は一緒にやってる。……ユニさんとする家事は、なんでかちょっと楽しい。なんかいっつも言葉が出なくなるんだけど、本当はもっと話したい。……話せるようにがんばろうと思う。
ピークとルルは、ちょっと言いにくいけど街に住んでた頃より幸せそうだ。毎日笑顔で、泣く事なんてほとんど無くなって。
ピークは槍と魔法を頑張ってて、ルルは光魔法を使ってシゲン様とよく遊んでる。
腹一杯飯食って、あったかいお湯に身体浸して、丈夫な服着て、あったかい布団で寝てる。毎日だ。夢見た暮らし以上だ。
本当はここに孤児院の奴らも連れて来たいけど、もうどこに居るかも分かんねーし、ザーグは許せねえ。
いつか、また元の世界に行く事があれば、ザーグ以外は探してみたい。また昔みたいに、皆んなで暮らしたい。
うん。まあこんな感じ、かな。取り敢えず今日は終わり! また明日!
ピークの日記
◯月◯日
今日は日記を貰って丁度一ヶ月経った日です!
日記を書くのは思ったより面白いです。時々見返すとダンジョンで暮らした日々を思い出せて楽しい。
最初ここに来た時は色々びっくりしたなあ。死んだ後の世界かなって思うくらい綺麗で、静かで。
なんだかんだでユニさんに色んな事を教えて貰いながら生活を始めたんだよね。
ここで食べる果物はすっごく美味しくて感動したな〜。特にグミの木が好き! 赤い実がなってて、一口で食べられる木の実!
街で暮らしてた頃は見た事も聞いた事も無い木で、もぎっても明日にはすぐに実がなってるの。最初はちょっと怖かったけど、美味しかったら大体なんでも良いんだと思う! そう思うことにしたんだ!
そういえば、最近シゲン様は頭の悪い……えと、なんかすごい事をするようになったの。
川の水を操ってポーションにしてね? それを草原中にばら撒くの。
あぁ、それからかなぁ? グミの実がもっと美味しくなったんだよね。あの味忘れられないなぁ。怪我も治っちゃうし、美味しいし、多分グミの実は奇跡の実なんだと思う。これだけはウィークにもルルにも内緒です。
そういえばルル! すっごくシゲン様に懐いてて、いっつも何かしでかさないか心配なんだよ!
マテリアちゃんがすっごくシゲン様大好きだから、ルルのこと睨んでるし……。でもシゲン様はすごい優しくて、マテリアちゃんもルルも纏めて遊んでくれてる。シゲン様が凄いのか、ルルが凄いのか、私にはよく分かんないです。
長くなってきたし、そろそろ終わろっかな。
将来はユニさんみたいな綺麗な人になりたーい! おやすみ!
ウィークの日記
◯月◯日
うぃーくです。ぶきのくんれんからかえってきた。しんどい。
ユニさんがめっちゃ強くて、きびしいんだ。嬉しいし楽しいけど、しんどい。
この後はべんきょーだ。算数のかけ算憶えて、その後は魔法の本読んで……憶えることいっぱいだけど、ユニさんが教えてくれるからがんばる。いってきます。
夜!! 小腹が空いて果物取りに行ってたらシゲン様とマテリアとユニさんがゴミ穴の方に歩いてった!
そん時すげーの見たんだ! シゲン様の操る水がでっけー生き物になって! 胴体の横からめっちゃ脚生えてて気持ちわりー!! でも強そうでかっけー!! あれでゴミを壊して、魔力溜まりってやつから生まれた魔物を倒しに行くらしい! いつか俺も魔物討伐やってみたいから魔法とかもっとがんばる! 桃美味え!
ピークの日記
月 日
るる。る る。ぴーく。うぃーく。しげん。まてりあ。ゆに。おにーちゃんなめた。ぺろぺろ。にがにが。でもあまあま。うままぁ。おいしーよ!
あーっと、上のはルルが勝手に書いちゃった文字です。可愛いから置いとこうかな?
今日は◯月◯日。
初めてゴミ穴で魔物を倒した。シゲン様の凄さと、自分の弱さを痛感したよ。
今にして思えば、シゲン様達はどうして私達の面倒を見てくれるんだろう。役に立てる事なんて無いし、迷惑掛けてばっかりなのに。
ご飯も、勉強も、可愛い服も、武器や本だってシゲン様達が恵んでくれている。お役に立てる事があればしたい。今度ユニさんに相談してみようかな?
人と同じでダンジョンにも色々あるんだなって思った。シゲン様みたいなダンジョンマスターばっかりだったら世界はもっと平和だったかもしれないのに。
…………ユニさんに相談してたら、はずみで優しいダンジョンばかりだったら良いのにって言っちゃった。
ユニさんはダンジョンは人を殺す物だって言った。おそらくここもいつか人を殺すって。でもシゲン様は元々人だったから、沢山考えてくれてるんだって教えてくれた。
……私は一度死んだんだと思う。ここで私は生まれ変わったんだと思う。だから、いつか人を殺しちゃうとしても、このダンジョンを守りたいって思っちゃった。
せんせは、怒るかな? ……ごめんなさい、せんせ。でも、今更裏切れないし、裏切りたくない。優しいこの場所が私は大好きだから。
追記。ぺろぺろはにがにがであまあまです。はい。以上!!
ウィークの日記
◯月◯日
今日は休みの日だったけど、皆んなで作ってた畑に蒔いた種が大きく育って、遂に食べ頃を迎えたんだ。だから休みは明日にずれて今日は収穫日!
背の高い草が生えてて、そんなかに上向きに生えてる奴を勢いよくボキって折って取った。ちょー楽しい!
確か名前はとうもろこしって言ってた。聞いた事ねえ。穀物らしい。生でも食べれるらしくって、シゲン様と一緒に齧り付いた! 穀物なのに美味かった! でも茹でた後に塩振った方がもっと甘くて美味かった! 多分次からは生では食わない!
隣にはちょっとちっさめの畑があって、そっちはマテリアが一人で全部世話してた奴。
蒔いた種はイチゴって奴。本当は季節が違うらしいけどダンジョンでは関係無いらしい。ちょっと怖い。
真っ赤な実がなってて美味そうだったから一個摘んだらマテリアのやつめちゃくちゃ怒ってきた。シゲン様が止めてくれたけど、すっげー泣きそうな顔してて、今は悪かったなーって思う。
…………今、ピークに頭殴られた。正直に書く。俺が悪いです。今から謝りに行ってくる!
玉座の間まで行って帰って来た。謝って来た。マテリアはめちゃ怒ってたけど、イチゴ美味しかったって言ったら、笑ってくれた。ちょっとは可愛いところもあるんじゃねって感じ。
…………今、ピークに尻を蹴られた。あいつ、どんどん暴力女になっていくんだけど?
まあ、なんて言うか、次マテリアが植える奴があったら俺も世話を手伝おうと思う。そしたら俺が摘み食いしても文句は言えねーもんな!
思った以上に充実した日々を過ごせているようで何より。
シゲンは二人の本音に近い思いをモニター越しに文字から読み取り、改めて子どもたちとの向き合い方を考えて行こうと思ったのだった。
◆
ある日のロスの街にて。見窄らしくもガタイの良い少年が小袋抱えて路地を走る。
「こんだけ金があれば武器が買える! 俺が魔物を買って皆んなに腹一杯飯を食わせてやるんだ……! ウィークにぃ、ピークねぇ、ごめん。でも俺が二人も助けるから……!」
路地裏にある寂れた武具屋。昔の冒険者のお古や、死んだ冒険者の装備を安く売ってくれている少し特殊な武具屋。
そこに駆け込んだ少年は、小袋いっぱいに入った銅貨を数えて、買える中で一番良い革鎧と盾と剣を購入する。
冒険者登録に必要な元手を残して、街を駆け抜ける。
見窄らしい少年は、見窄らしい服に古びたサイズの少し合わない装備を着込んで冒険者となる。憧れの冒険者になった感動など無い。魔物を倒す。稼ぐ。そして孤児院の子どもたちに腹一杯の飯を食わす。
自分がそうして貰ったから、自分も下の奴らにそうする。少年が抱く当たり前の思考だ。
急いで街を出て、川を渡った先の森へと入って行く。浅い場所であれば、大きな魔物は居ない。初心者でも十分にやっていける。
いつかを夢見て薬草と毒草の知識や、森の話に聞き耳を立てていた少年はとても強かで、採取物を持って、途中出会ったレアラビと言う高級兎を仕留めて帰った。
冒険者ギルドでは大きく褒められ、お金も沢山手に入った。触った事もない銀貨や大銀貨を幾つも手にし、孤児院のみんなの腹を満たせるだけのパンや干し肉を買い込んで、ボロボロの孤児院の戸を乱暴に通り抜ける。
壊れそうなドアを見て、姉と慕っているピークの『丁寧に扱わないと壊れちゃうでしょー!』と言う声がリフレインする。
「あっぶね、ドア壊すとこだった。……そーっとそーっと」
ドアを丁寧に締め直し、皆んなでご飯を食べる場所に目一杯の食べ物を広げる。
「おーい! みんな! ご飯買ってきた! 沢山だ! 腹一杯食えるぞ! ……なあ! ……みんなー? …………ウィークにぃ。ピークねぇ。……あれ、みんな……あれ?? 居ない……居ない……あれ……」
孤児院の中は全て探した。孤児院の外も探した。走り回った。駆けずり回った。日が暮れても、闇の中でも。ずっと。ずっと。
……誰も、見つからなかった。
「なんで……なんでだ……? なんでこうなったんだよ。皆んなで、飯……食う為に……お゛れ゛……がんばっだの゛に゛……みんなぁぁ、どこ行ったんだよぉ! せんせも、居ない……誰も、居ない……なんで、なんで……」
真っ暗な食堂で、一人硬くなったパンに齧り付き鼻を啜る。
どんなに腹が減っていても満たされていた心は、どんなに飯をたらふく食ってもカケラも埋まらない。
啜り泣く少年の声が一つ。孤児院の中で幽かにこだまする。
少年の名はザーグ。
ウィークとピークが溜め込んだ金を持ち去り、類稀な才能で冒険者としての才覚を発現させてしまった者。
そして、孤児院崩壊の引き金を知らず引いてしまった者。
ザーグは失意の中でも実績を残し、やがて幼くして冒険者としての階段を駆け上がっていったのだった。
誰が呼んだか、『鋼鉄のザーグ』。何があろうと表情ひとつ変えぬ彼を讃え揶揄する二つ名だ。
「何やってんだろ……俺。……ウィークにぃ、ピークねぇ、せんせぇ。会いたいよ……」
ザーグは独り、生きて行く。満たされぬ世界に色も味も失くしても。家族を求めて彼は彷徨い続ける。