新たな力を得たモノが訓練部屋へと訪れる。
「ユニ先輩、主様からのお言葉ですわ。二人で模擬戦を行い武を磨く様にとの事ですわ」
「なるほど、まだ生まれて間も無いモノにそれだけの魔力を注がれたのはそう言う事でしたか。承知致しました、では、一度全力でお相手願います、モノ」
一時訓練は中断され、人間達は壁際に避難する。
モニター越しにその様子を見ていたシゲンがマテリアを抱えながらその場に現れると、力を少しずつ出して周囲を確認しながら戦う様にと命令を出した。
「「委細承知」ですわ」
二人はマテリアが作り出した鉄の剣を構え、動きは無く静寂が訪れる。
そんな静寂を破り捨ててマテリアが声を発した。
「では、始めて下さい」
直後、十メートルはあった距離が潰れて二人が中間地点で剣を合わせた。
鍔迫り合う最中、ユニの空いている左腕が閃き貫手が迫る。
モノの右腕が即座に反応する。
互いに利き手が逆なのか、鍔迫り合いながら片腕で武術の応酬が繰り広げられていた。そして最後には両者の足が振り上げられ、互いに足をぶつけ合った衝撃で大きく弾かれる。
着地と同時に地を蹴ったモノが剣を右手から左手に切り替えると、ユニもまた切り替える。
互いに無垢のホムンクルス。早い段階で脳機能の進化を果たしたことで両利きとなっていた。
埒が開かぬと両手持ちになった二人の高速の剣戟。
あまりにも力強く速い撃ち合いによって火花が舞い散る。
鍔迫り合う瞬間だけ姿が止まって、まるでバトル漫画の様な戦闘が繰り広げられていた。
「ユニ姉、すげぇ」
「モノお姉ちゃんもだよ、互角だっ」
「ピーク、ちがうよ? ユニのが、つよい」
「これが……ホムンクルス? 冗談でしょう……」
悪い意味で慣れているウィークとピークが普通に観戦し、やはり何かと勘の良いルルが戦況を見抜く。
そしてユニとモノがホムンクルスであると知っているニルナルが静かに恐れ慄いていた。
ニルナルは盗賊に捕まるまでは冒険者として生計を立てていた。
だからある程度の魔物の強さを知っており、それを倒す冒険者の強さも知っている。
だが、だからこそ……信じられないのだ。
ニルナルの知る誰も比肩出来ない。見た事無い。聞いた事も無い。……否、魔人、英雄……そう言う埒外の者とはこう言う手合いを言うのかもしれないと怖気を走らせる。
その様子に気付いたシゲンがチョンとニルナルの肩を突き、耳打ちする。
「このダンジョンが抱えるたった二つの戦力だから……ですか? ダンジョンの力で二人の能力を特別引き上げている、と」
ニルナルの言葉に、剣戟の煩さに犬耳を畳んでいた三人娘の耳がピンと立った。
「シゲン様も、お強いのですか?」
そこそことだけ伝え、シゲンはニルナルの頭を撫でる。
そして、人間がどれだけ強くなれるかも気になる、その為にも二人から技術を盗んでみてくれとエルフ耳に囁いた。
「んっ……は、ひゃい……」
耳の弱いニルナルで遊ぶシゲンの背中の肉をマテリアがつねった。それと同時に……。
「「アッ剣ガー」」
ユニとモノの二本の剣が空気を引き裂きながらシゲンに迫った。
シゲンの目には全てが意図的である事が見えていたので、慌てる事無く魔法で水を生み出すと強力な酸に変え、鉄の剣を溶かし切って防ぐ。
その際、酸が散らない様に細心の注意を払ったが、ニルナルはあまりに近過ぎた為に抱き込む様にして少し庇ったシゲン。
「ひやぁっ!? ……しげん、さま……」
訳も分からず命を救われたニルナルの胸が少しだけときめいた。
男に輪姦され、全身を犯されたニルナルにとって自分より強い男は悪であり、敵だ。そう……敵、だった。
今この瞬間、ニルナルの頭が高速回転する。
(男……敵、危ない……でも、人じゃない? ダンジョンマスター……救ってくれて、守ってくれて……与えてくれて、見守るだけの……ダンジョンマスター……なら、大丈夫?)
ユニとモノに危ないだろーと怒るシゲンにニルナルを過剰に気に掛ける素振りはない。下心や下卑た目も感じない。
ニルナルの頬が、少し赤く染まった。
「丁度良いです。折角なので得物を変えてみましょう。次は槍。その次は戦斧。その次は無手です」
ユニとモノの激戦はその後も続き、最終的には終始モノが経験不足によって少し押されると言った事が分かった。
また、現在の二人の全力の力で戦ってもダンジョンの支配下にある壁は壊れず、同時にシゲンの目にも二人の姿を視認し続ける能力がある事も分かった。
今日の所は二人のデモンストレーションを終え、再度皆の訓練を開始する。
わーきゃーと子ども達に持て囃される二人は満更でもなさそうで、大人達は教えを乞う事にさらに意欲を増した。
あの二人がここで暮らすヒト達の守護者の様なものとして受け入れられた瞬間だろう。
それを見届けたシゲンはマテリアを肩車してその場を去る。
すると草原に出た所でニルナルが追いかけてきた。
「あの、シゲン様はどうして私達を生かして下さるのでしょうか。ダンジョンの糧にも、シゲン様の好きに女を使うでもなされば良いのに……そうしない。シゲン様は一体なにが目的なのですか!?」
ニルナルの髪が風に揺らぐ。瞳は困惑に揺れ、心が定まらず揺れ動く。
不安と、少しの恐怖と、希望的観測を内包した彼女の心を……シゲンは知らない。救わない。
ただの気まぐれだと答え、マテリアを降ろす。
そしてシゲンは瞬きの内にニルナルとの距離を詰めると、彼女の首を握り、逆の手で敏感な長い耳を撫でた。
こちらも気まぐれ。気分がそそれば夜に呼び出すかもしれない。或いは殺してしまうかも……そっと長い耳にそう囁き脅す。
ニルナルは身体を強張らせるが、不思議と恐怖は感じなかった。
シゲンはその緊張を恐怖やトラウマに起因する反射行動だと思い、直ぐに背を向け歩き出す。白い少女と手を繋ぎ、振り返ることも無く。
「べーっ」
いや、少女の方は振り返ってめちゃくちゃ煽ってきた。
ニルナルはよく分かんなくなって、でも、不思議と可笑しくて笑う。
「優しいマスターさん……少なくとも、私達にはとっても優しい人。……それだけ分かれば、もう十分だよ」
シゲンよりも冷酷で残忍な人間を知っている。恐ろしい魔物を知っている。きっとどの世界も十人十色なんだ。
ニルナルの視線の先の人も、きっとダンジョン界隈では変な人なのかもしれない。
けれど……だから……。
「安心出来る」
人間よりも信じられる相手がダンジョンマスターだなんて、とニルナルは頬を緩める。
「私もエルフの中じゃ変な人なんだろうなぁ。それも悪くないよねっ……ふふ」
ニルナル、御歳三十歳。外見十八歳。性別女。
穢されたこの身体にどれほどの価値があるかは分からないが、彼等の利益を生み出せる存在になるために自分を磨くべく、ニルナルは訓練部屋へと踵を返した。
あの後、玉座の間にて。
「マスターはもっとコアに優しいマスターになるべきです。マテリアの扱いが最近雑だと思うのですが、如何ですか!?」
何故か機嫌を損ねた様子のマテリアに、シゲンはキュートアグレッションと言う概念を教える。
「なんですかそれええっ!? マテリアにはどうしようも無いじゃないですかああああ!!」
荒ぶるマテリアを鎮めるべく、シゲンはマテリアへとお詫びのキスをする。
一時間後、マテリアは身体中につけられたキスマークにようやく満足し、今日もマスターに身体を擦り付けながらキスマークをつけようと悪戦苦闘する。
勿論、一つとして痕が残る事は無かった。