ユニとモノの模擬戦に当てられて、当ダンジョンでは戦闘訓練ブームがやってきている。……いや、お勉強から逃げる口実にされている。
だがそれで構わない。万能になれと言うのではない。得意を見つけ、趣味を見つけ、好きを見つけられる様にと多くを学ばせているのだ。
それが巡り巡ってダンジョンのためになるかもしれないのだから。
現状、人間達の魔力総量が増える事で代謝魔力による収入が増えることは分かっている。特にルルの内包する魔力は数値で言えば既に百に近くなっており、一日に得られる代謝魔力量は三十近い。訓練で魔法を使ってもダンジョンはその残滓から魔力を得られて無駄が無い。
人間の為の投資は、シゲン達にとっての知識にも力にもなっており、勉学でも戦闘でも好きにしていいと言うのがダンジョン側の意向だ。
ユニとモノもこの意向には理解を示し、教えることで深まる知見もあると言う事で教師役を喜んで買って出てくれている。
そんな今日この頃。
宿場町のゴミ調査も終わって、その直下に築いた三ヶ所のゴミ穴にゴミを溜め始めると順調に魔物も湧いてきている。
だがやはりロスの街のゴミは頭抜けてすばらしい。シゲン達は今日もこれから二箇所のゴミ穴に生まれた第六進化体を処理にしにいく所なのだが……そんな折に玉座の間を訪ねる者達が居た。
「おや、珍しい。ケイナ、オルエラ、カルメの犬娘三人組ですね。扉を開けます」
マテリアが扉を開けると、三人は一礼するとそそくさと玉座前の階段手前で並んで止まった。
左から順に、黒髪と立った耳が凛々しいケイナ、灰髪と途中で折れた耳が可愛らしいオルエラ、白髪と垂れ切った耳がもふもふなカルメ。
盗賊が攫って売り飛ばすでも無く犯していたくらいには皆、整った容姿をしていた。
この世界、もっと獣要素の強い獣人も居るのだが、彼らは差別され奴隷にされても性処理に回される事は少ない。
しかし、ほぼ人間の身体に耳と尻尾が付いた程度の獣人は、差別される事もあれば奴隷として売られる事もある。そして性処理としてもよく使われるようで、世界的に立場が低いようだ。
人間一強の時代。エルフ、獣人、ドワーフが次いで立場が強いが場所によって彼らも排斥される事があるらしい。
人間はとにかく敵が多そうで良いね、とはシゲンの談だ。元人間として少しばかり理解出来るだけに据わりが悪かったのだろう。
「珍しいですね、貴方達。本日は何用ですか?」
「私達を進化させて欲しいの! です!」
「……強くなりたい」
「ユニとモノ強くしたって」
この三人、話によると三つ子なのだとか。長子であるケイナが下二人を引っ張ってきたのもあってか、下二人は少々コミュニケーション能力に難がある。
そも、獣人というのが縦社会の強い種族なだけに、ケイナ依存な今の状態はなる様にしてなったとも言える三人組でもあった。
年齢は共に十五歳で成人を迎えているそう。好奇心に身を任せて故郷を飛び出し冒険者活動をする中で、盗賊に数で囲われて大人しく降参し、酷い目に遭ったそうな。
力を求める動機自体は理解出来る。が、しかし。
「できません。あの二人はダンジョンより生まれた者達。貴方達はヒト。まず前提の違いと、我々からの干渉権限が無いのです。もっと言うなら進化と言うのは肉体を作り変えることに等しく、ただのヒトには土台耐えられるものでは無いのです」
頭が良くない三人にシゲンが掻い摘んで説明する。ごめんね、と。
「そう。……ですか。わふぅ」
「……つまんない」
「強くしてくれたら“なんでも”する。他に方法、無い?」
前のめりになりかけるシゲンの鳩尾にマテリアの肘鉄が入る。
頽れるシゲンだったが、体液操作でポーションを患部に生み出し即復活。そのまま三人娘に技術を教えると言ってのけた。
「技術で強くなれる、ますか?」
ケイナに向けてサムズアップしながら胸を張るシゲン。彼の目が三人の犬耳と犬尻尾を捉えている事はマテリアには筒抜けだった。
「マスターは犬耳が好きなんですか」
ケモ耳が大好きだと大きく宣言するシゲン。
三人娘が少し恥ずかしそうに耳を抑えた。
そんな仕草も含めて可愛いと全肯定なハイテンションシゲンによって、犬娘の特訓の日々が始まった。
「私も、耳を生やすべきでしょうか……!」
マテリアの葛藤の日々も始まった。
とりあえず先ずはシゲンの実力を見せる為に、これから処理に向かう予定だった第六進化体の元へと五人で向かう。
事前に犬娘達には生成したガスマスクを装着させ、一つ目のゴミ穴へと向かう。
今回発生したのはブラッドワームと言う血を主食とする魔物の進化個体だ。元々は元世界のミミズ程度のサイズなのだが、強い魔物の身体に取り付いて獲物のおこぼれを貰うという生態をしているらしい。
その寄生行為に大成功した珍しい個体の名は、クリムゾンモナーク。
直訳すると鮮血の君主と言った所だろうか。
体長は三十メートルを超え、血を啜るのでは無く肉ごと貪り食らうようになっている。ゴミ穴に潜る場所は無いので、進化して大きくなった魔物を待ち構えて喰らうように成長したちょっと賢い子だ。
シゲンは犬娘達に気配を散らすように言うが、犬娘達は隠密がまだまだ上手くなかった。クリムゾンは犬娘に当然気づく。そしてその巨体で丸呑みしようと突っ込んでくるでは無いか。
犬娘達は怯え縮こまり、シゲンの背中に尻尾を丸めて逃げ込む。
ある意味で正しい対処に苦笑を漏らしたシゲンは、クリムゾンの体を膨大なただの水で拘束したまま犬娘達に顔を上げさせる。
「す、すすすごい! です!」
「…………かっくいぃ」
「きゅんです」
「調子に乗らないで下さいねマスター」
デヘデヘと鼻の下を伸ばしかけたシゲンを諌めたマテリアによって、クリムゾンはすぐに侵食酸で溶かされて腹部に溜め込んだ大量の血を吐き出しながら息絶えた。
獲得魔力は合計で二十万。
魔力は吸収すれど血は処理しないので他の魔物に処理を任せて次のゴミ穴へ。
二体目は蜘蛛系の魔物。肉食で、糸を用い、巣を張り、毒を持つと言う全部持ちの蜘蛛魔物。タランチュラのような潔さを捨て、持てる武器を全て使う……ある意味で潔さを持った魔物だ。
第六進化した事で胴体の体長は三メートルを超え、脚を開けば十メートルを超える巨大蜘蛛となっていた。
壁や天井を音も無く移動し、細い糸と太い糸をゴミ穴中に張り巡らせたお邪魔虫。
罠に掛かる獲物を待ち、時に自ら飛び掛かり、時に毒を吐き、時に直接糸を射出する。遠近隙のない強力な魔物だ。
魔人になったらやっぱりアラクネの上半身のように美しい人型になるのだろうかと言う好奇心を唆られたシゲンだったが、やるべき事を違えはしない。
蜘蛛の毒よりもなお苛烈な酸で糸を溶かして周り、放たれた毒を水で受け流す。飛び掛かってきた蜘蛛を酸の水で包み込めば終了。
獲得魔力は合計十五万。若々しい子だったようだ。
「シゲン様、アリ?」
「……有り寄りの有り」
「きゅんきゅん」
シゲンが周囲の糸を溶かし回っている最中、犬娘達はコソコソと話をしていた。
処理を終えて草原に戻ってきた五人。
シゲンは三人に強さを見せつけて獣人にも分かりやすい実力による縦社会を構築する。
その上で特訓を開始しようとすると、三人がシゲンに飛び掛かった。
「マスター!?」
マテリアの焦りを含んだ声は、しかしすぐに止まる。
犬娘三人に捕まられながら全く身体がぶれないシゲンの上半身に女が三人引っ付いて顔を舐め回していると言う、なんともシュールな光景を目の当たりにしたからだ。
シゲンは一人ずつ引っぺがして順番に話を聞く。
「強くなるより、強い人の下につくほうが安全! です!」
「子作り。子育て。安全が一番大事」
「あとお腹きゅんきゅん。これはきっと多分おそらく恋」
「肉欲ですよそれ……」
「確かにお肉は食べたいかも」
「もうそれで良いです……」
なんとも獣らしい感性。そしてある意味で合理的。群れを作る生物の最大で根源的な理由は彼女達が言った通りの事だろう。
しかし、何故かシゲンの中で三人は肉欲の対象では無かった。
あまりにも何かが違っていて、良くてペットのような……そんな感覚。
シゲンは改めてこれまで出会ってきた女性陣への印象を思い出す。
盗賊から助けた女に興味は基本無い。
ピークとルルに関しては最初は興味が無かったが、色々あって時々気になる事がある。
ユニは……最初から興味があった。
モノは……最初は無かったが、進化した後にはそう言った目で見る事が増えた気がする。魔力注入は特に幸せの時間だ。
「恐らくですが、内包する魔力量の差異が重要なのやもしれません。現在のマスターの魔力はダンジョン的数値で見れば六万を超えています。しかしこの三人は恐らく百あるか無いか。生物の格が違い過ぎると言うのがあるのかと」
シゲンはポンと手を打つと、雑魚に興味は湧かないのか、とストレートに口に出してしまった。
「やったります…………やったりますよおおお!!」
「……仕方無い。未来の為に、がんばるっ」
「きゅんきゅんとオラオラです。なんでも言いやがれですよ」
三人娘に怒気が宿る。可愛い子犬達がキャンキャンと吠える様を幻視したシゲンによる撫で撫で攻撃。
「わふぅぅ〜んっ」
「きゃぅん……くぅぅ」
「わうっ、わぅぅ〜……」
即堕ち犬娘を気に入ったシゲンは、改めて色々と鍛えてやる事を決めた。あと、なんとなくカルメにチョップを落とす。
「よんっ!? ……なんでぇ? 悪い事なんもしてないしぃ」
シゲンは癖になる鳴き声だと思った。
こうして始まったシゲンのひまつぶ……教官遊び。
まず始めたのは隠れん坊。今回は特別ルールでシゲンに見つかっても負けにはならず、触れられたら負けの、隠密と逃げを身に付けるための実戦的な遊びだ。
進化した能力で感覚的に気配の操り方を覚えたシゲンは、そう言った物を読む事もしっかりと出来る。
なので、走る事もせずに、気配をブラしたりずらす事で犬娘達を撹乱しては次々に捕らえていく。
「鬼役でも使えるんだぁ……がんばる。ます!」
向上心の高いケイナを連れて耳を撫でまわしながら、隠密の甘さや、感覚的なものも徹底的に叩き込んでいく。
ケイナの次はオルエラ。その次はカルメを連れて鬼視点も同時に学ばせていくと、次第に隠密の精度が上がり始めた。
どうやって見つけているのか、どうして見つかっているのかを知った事で隠し方を掴めたのだろう。
程良い所で切り上げ、疲れ果てた三人へのご褒美に体液ジュースを上げると喜んで指にしゃぶりついてきて、シゲンは謎の母性を獲得しかけた。
川に足を浸してのんびり休憩したら、次は実戦風の戦い。
シゲンが水で犬娘達を模した水を作り出し、シゲンが思う動きを取らせていく。
これはシゲンの訓練も兼ねているので一石二鳥だった。
複数の水の同時操作。それも複雑な動きをさせると言うのは実に負荷の掛かる訓練で、シゲンも熱が入っていく。
犬娘達は獣人由来の高い身体能力を持っていたが、それを活かす立ち回りが下手くそだった為、拙い同士で良い戦いになっていた。
それはつまり高め合うと言う事。シゲンが慣れて水の扱いが上手くなる程、目の前のキレのある自分を見て負けじと犬娘達の動きもキレを増す。
見本が目の前に居ることで体の使い方を学びながら、どう言った動きがどう言った戦術的優位を生み出すのかを実感しながら学べる。
これは頭を使うのが苦手な彼女達には非常に相性の良い訓練法となっていた。
その訓練に気付いたウィークが混ざりたがり、ピークも増え、ニルナルとルルがやってくると、徐々に全員が集まり出す。
シゲンが知恵熱を起こすまで水訓練は続いたのだった。