「マスターはまたとんでもない物を持ち帰って来たものです。少し人間に甘くはないですか? アルカナム振る舞っちゃったり。訓練してあげたり。撫で撫でとか、あーんとか……浮気です! マスターの浮気!」
アルカナムをゴミ穴に撒き続けた結果、第六進化体が二体も出現した。それにより二体目の体の半分を持ち帰ったシゲンは人間達に装備を見繕ってやろうと考えていた。
人間贔屓なマスターに怒るマテリアに平謝りをしながらムカデの価値と人間の脅威度が知れることを説明するシゲン。
その背後には、五十メートルを超える超ムカデの上半身が渦を巻いて浮いていた。
「それは……まあ、確かに。第七進化で魔人に至ると言うなら、第六進化体は実質最高峰の魔物素材。これを装備として身に付けた人間の戦闘力の確認はダンジョン防衛と言う観点では有用な知見です。……ですが、相応に危険も付き纏うのでは?」
マテリアは寝首をかかれないかを心配している。
そのような強力なものなら、マスターに届き得る。何より、戦闘力の無いマテリアが最も危険になるのだから。
「作った装備の管理はダンジョンが行う? ……それならまあ。……へ? マテリアが怖いならずっと側に……居てくれるんですか?」
シゲンがうん、と即答する。
「……………………そですか」
ふいっと顔を逸らしたマテリアの淡白な返事。しかしその声には喜色が滲む。
整えられた長い白髪を思い切り前に持ってきて顔を隠す。シゲンにはその下の顔が赤く染まっている事が手に取るように分かった。なんなら隠す前に見えていた。
穏やかに笑むシゲンの顔をこそ、マテリアは見られなかったのだ。
「人間の為の作業するんですから、どーせ新しいホムンクルスが必要でしょう。生成開始します……生成完了」
シゲンが望んでいる事を確認することも無く、マテリアは勝手にホムンクルスを生成し始めた。
だがそれが正解。問答を交わす必要すらない程に、二人は互いの行動を理解し始めている。
だからシゲンもありがとうとだけ言うのだ。
その間にも生成は終わる。
目の前には例の如く全裸のホムンクルス。
以前ランダム生成と言っていたので、男女どちらが来るのだろうかと楽しみにしていたシゲンだったが……。
今回のホムンクルスはシゲンのお腹ほどまでの身長しかない個体。髪は明るい茶髪で短め、緑色の瞳が穏やかな印象をさらに際立てる。
だがしかし。とんでもない兵装をお持ちのようで。モノに匹敵し得る胸部装甲が突き出た、俗に言うロリ巨乳な個体だったのだ。
シゲンは少し考え、マテリアにツナギを作るように頼む。
生産作業をして貰うなら、厚手の丈夫な服が必要だろう。
生成された上下一体型のツナギを小さなホムンクルスへと手渡したシゲン。案の定一人では着れないみたいなので、手早くシゲンがツナギを履かせるが……はたと気付く。全裸ツナギはちょっと攻め過ぎではないか、と。
しかし目の前のホムンクルスは何やらご満悦な様子でツナギを着てチャックを締め上げる。
だがチャックが止まる。大き過ぎる胸につっかえて止まったチャックを諦めたホムンクルスは、長い谷間を見せつけながら指示を待つ様にシゲンを見上げた。
もうなんか、これはこれで個性かと諦めたシゲンは彼女に名前をつける。
「ユイ。……ユイ。うん、わかったゾ。ボクはユイ。よろしく旦那ぁっ」
これが個性。これが人格。シゲンは達観して膝をつきながらユイと握手を交わし、マテリアにすぐにユイの進化を頼む事にした。
「知能に二万。知性に二万。魔力容量に六万。身体性能に十万。生産能力に三十万。計、五十万魔力を割り振って進化を行います。進化実行………………………………進化終了」
長い時間を消費して進化を終えたユイは、瞳に確かな理性と自我を宿す。
改めて玉座の間、マテリア、シゲン、そしてムカデの素材を見渡すと、最後に自分の格好を見て無邪気に歯を剥き出して笑う。
「ホムンクルスのユイ! これからお世話になるゾ! マテリア様、シゲン様! ところで、下着ってやつはないか? おっぱいを支えるブラってやつだゾ!」
知能と知性の進化に際して知識をインプットされたからこそ出てくる当然の要求。これにシゲンは深く頷きながら、未だ顔を隠したままのマテリアにスポーツブラとパンツを生成して貰い、ユイに渡す。
シゲンの前で躊躇無くツナギのチャックを下ろしたユイは、グレーの色気の無いスポーツ用の伸縮性に富んだ下着を身に付け、今度はツナギをしっかりと着込んだ。
「えへへ……ありがとーだゾ。こんなおっきいおっぱい垂れさせて動き回れないのになぁ。頭回ってない時の自分はちょいと怖いんだゾ」
ホッとしたような、少し残念なような。
シゲンのそんな機微を読み取ったのか、ユイはスポブラの胸元を引っ張って自ら谷間を見せる。
「言ってくれればなんでもするゾ! ユイは旦那になら喜んでこの身を捧げられるゾ!」
ユイは今し方生まれた生物だが、ホムンクルスはある程度の自我と知性は持って生まれる。
例えそれが朧げな記憶だとしても、名前を付けてくれて、服を手ずから着せてくれて、ホムンクルスなんかにわざわざ膝をついて握手をしてくれたと言う鮮烈な記憶は消えない。生まれて初めての記憶だからこそ、より色濃くユイの心に刻まれているのだ。
「いひひっ。ユイ、服、手の温もり……ユイは忘れないよ、旦那ぁ!」
快活に笑って見せる小さなホムンクルスからの熱い想いを受け止めていたシゲンは気付いた。マテリアがチラチラと髪の隙間からこちらを覗いている事に。
面倒なのは今は御免だとシゲンはユイと少し距離を取り、ユイにお願いしたい事を説明していくのだった。
「ほえぇ〜。装備の生産……確かに知識も技術もこの身体にはあるんだゾ。でも、施設や道具が一切ないゾ? どうするんだぁ? それもユイが作ったほうがいーか?」
シゲンは三角座りしたままのマテリアを持ってくると、生成画面を作るように言い、玉座の間から新たに通路を作って生産部屋を作る為の下書きのような物をユイと二人で作り上げていく。
「此処は炉にして、此処に金床。油と水と、火バサミに矢床。そっちの壁には錬金鍋と作業台。こっちの部屋にはうぉ! ミシン! これ欲しーゾ! 他にもこれも! あとこれも! あ、調理場も欲しい! 調理器具も一式くれぇ!」
なんやかんやと色々と揃えている間に、第六進化体を倒して得た魔力のほとんどを使い切ってしまった。
各種書籍や、素材や、器具。これらを詰め込んで居れば十万程度の魔力はあっさりと吹き飛んでいく。先行投資だと思ってシゲンは大盤振る舞いして行った。
そんな気概もあって、準備は整った。さあ早速あのムカデ素材で作ってみてくれとシゲンがお願いすると、ユイは申し訳無さそうに頬を掻く。
「使う奴の採寸しないとだからぁ……まだむり、なんだゾ?」
己が浅はかさを知ったシゲン。
ゲームなら誰でも着れる装備は、当然リアルでは無理だ。
ファンタジーならよく見る自動サイズ調整される装備も、基本無理だった。
物質を圧縮したら強度は上がるが弾性や遊びが無くなり壊れやすく、何かしらの皺寄せが生じる。物質を薄く延長したらやっぱり耐久性が落ちる。結局ちゃんと採寸して作るのが一番大事なのだ。
シゲンはマテリアをおんぶしながらユイと手を繋ぎ、二児の父親のような面持ちで玉座の間を出ていく。
今日はちょうど休日なので、各々が遊んだり内職するなどして過ごしていた。
なので少し声を張って広場に全員を集め、ユイを紹介する。
「ちっけぇのがまた増えた!」
「シゲン様って……もしかして……?」
「ピーク、しーっだよ。ルルはおにーちゃんの趣味にとやかく言わない! ……都合良いし」
「あたいはユイってんだゾ! 配下は……そっちの金銀の二人だけか? その割に注ぎ込まれた力はえげつなかったんだけどぉ……不思議なダンジョンなんだゾ」
シゲンは何故かとても居心地が悪かった。
人間達から向けられる
早いところ本題に入るべく、ユイの得意分野を説明していく。
その為に、超ムカデの素材も一緒に見せ、これで装備を作ってみようと言う話を持ちかけた。
「キャァァ!? これ!? スタンピードセンチピードですかぁ!?」
「うぉっ、やっべえ……です」
「……でっっっっ」
「黒くて硬くて太くてデカくて、カチカチゴンゴン。こわっ」
エルナル、ケイナ、オルエラ、カルメが悲鳴をあげてドン引きしながらも恐る恐る素材を検めては驚嘆の吐息を漏らす。
子持ちの母親であるアマリア、コーネル、テティの三人は、生産作業と聞いて目を光らせるとユイに詰め寄っていた。
「あの、ユイさん! お手伝い出来ることとかあったら言ってくださいね〜!」
「うんうん。私達、子持ちだけどまだまだ若いし、手先は器用な方なんだからっ」
「ここに来てから身体の調子もとっても良いの。是非、力になりたいわ」
この三人。元々は旦那と旅商人をしていたようなのだが、旅商人同士で仲を深めた六人は商隊を作って旅をしていたんだとか。
子を身ごもって皆んなで世話を続けながら商人稼業を続けている最中、盗賊に襲われて旦那と男児を失い、身体も心も陵辱される日々。
だがなんの幸運か、助けられた先のダンジョンはとても居心地が良かった。
人間と育んだ愛を、人間に奪われ破壊された三人。そしてバケモノに助けられ、世話をされ、自由に考え悩める場所と時間を与えられた。お陰で残酷にも生き抜いた友人達と支え合うことを決意出来たのだ。
此処がもし人間の暮らす町だったなら、恨み言の一つや二つは出たかもしれない。力を持った集団が居たなら泣き叫んで心の闇を解き放ったかもしれない。
けれど此処は人類の敵でダンジョンの中。暮らして居たのは子どもが三人と世話係のホムンクルス一人。
彼らの家の横に作られた簡素なお墓は、全てを失った彼らの心の拠り所である孤児院の先生が眠っていると言う。
……弱気なままでは居られなかった。前を向いて進む子ども達を見て、ウィークの後ろを笑ってついて回る娘を見て、奮い立たない訳にはいかなかった。
やるべき事を求め、やれる事を探し、出来る事を増やそうと三人は娘と共に励みだす。
それによって今の三人は強く逞しく、此処で暮らす最年長として色んな役目を買って出るようになっているのだ。
……身体の調子の原因はどう考えてもあの果物のせいだろうけれど。
そんな三人に気圧されたユイは、採寸の手伝いを頼むのだった。