ユイは目の前で行われた事を知識として知っていた。だが生後数時間のホムンクルスには些か刺激的がすぎたらしい。
呆然としたまま採寸した数字を記録し、呆然としたまま簡単な形の鎧の図案を起こし、呆然としたまま鎧下のパターンを起こしていく。
「ごめんなさいね、ユイちゃん。でも、ユイちゃんはさっき生まれたばかりって聞いたから……。要らないお世話だったら、本当にごめんなさい」
鎧の設計を手伝ってくれていたテティが、手を止めずにユイへと謝る。
熱くなり始めていた自分を戒め、ユイがシゲンへ向ける視線に気付いていたからこそテティは頭を下げた。
「謝らないでほしいんだゾ。ボク、知識はあっても経験が無いから、正直ちょっと助かったんだぁ。……でも、悔しいなって思うゾ。シゲンの旦那の為ならなんでもしたいって言ったのに、あのザマ。こんなに力をもらって、格好良い服も貰って、綺麗な名前までもらったのに……不甲斐無いんだゾ」
なんとも不思議な存在であるユイを見て、テティは少し母性をくすぐられた。
「じゃあ、今度はがんばってみましょ? 分からない事や知りたいことがあれば私たちに聞いて頂戴。色々あって経験は豊富だから、ユイちゃんの助けにはなれると思うの」
「テティ……ありがとだゾ。ボク、少しでも旦那達のお役に立ちたいんだ。機会があったら今日見たことを全部活かして見せるんだゾ!」
豊富な知識。十分な知性。アンバランスな肉体と、無邪気で無垢な精神性。何処までも人間的では無いユイに対して、テティは抱くべき感情を図りかねた。けれど最終的にはユイを娘のように扱う形に落ち着く。
ユイとゆっくりと話をしながら採寸情報を元に装備の詳細案を詰めていく。
戻ってきたアマリアとコーネルのしょげた背中をテティは強く叩き、シゲンの言葉を伝えた。
「凄く気持ち良かった、ありがとう。無理をさせてごめん。ですって」
「気持ち良かったなら……良かったわ」
「そだね……うん。悪い気は、しないね?」
「私自身少し楽しかった。そんなふうに思えたことが一番驚きなのよね」
テティの言葉に同意を示すアマリアとコーネルは、次第に笑顔を取り戻し、次があったらこんな風にしてあげようかと話し始める。
その話をユイはしっかりと聞き齧っていると、テティがユイに向けてウインクして見せた。学んで行けと言っているようだ。
「大人の女性は凄いんだゾ……!」
ユイの中で、テティはご意見番のような存在になっていった。
その後、テティ達に鎧下用の分厚めの服を縫う様に頼むと、ユイは図案を持って玉座の間へと戻り、作業部屋へと直行する。
ムカデの素材は鍛冶場の横に置かれていたので、そのまま作業へと移っていく。
鍛治は鉄を熱して打って曲げて折って鍛える。
魔物素材は熱して叩けば壊れたり能力を低下させかねない。
魔物素材を用いた装備作りは鍛治では無い。魔物素材ごとに異なる正解を導き出さねばならない。
今回のムカデ素材は背面の甲殻がそのまま鎧に使えるくらいに頑丈だ。
脚は武器にもなりそうな程に鋭く硬くしなやか。
四本ある大顎に関してはとんでもない武器に成り得る未来がユイには見える。
最上級の素材をこんなに大量に与えてくれて、その全てを一任してくれる。シゲンからの期待がユイの心を昂らせ、より熱が入っていく。
さあ先ずは研究だ。
ムカデの背殻を一枚剥がしたユイは、この殻を扱い易くするために、一時的に魔物素材を軟く出来る薬品を掛ける。
これは魔物素材を扱う職人が必ず持っている必須のアイテムで、事前に生成してもらっていた一品だ。
だが、微塵も効果が現れない。想定内だ。
むしろ第六進化体の素材がそんな柔では困る。
ユイは薬品を錬金鍋に注いで火を掛け、魔力を込めながら液体を混ぜる。
錬金鍋は内部の成分を逃さ無い為の結界が張られた鍋で、この中で水気を飛ばせば液体の効力を飛ばさずに濃縮出来ると踏んだのだ。
十分の一ほどに減った薬品をムカデ素材へ掛ける。
すると掛かった部分だけが二十秒程軟化。ヘタっと机に広がった部分はそのまま再硬化してしまった。
「作って貰った大量の素材軟化薬、全部使い切らないと足りかもだゾ……」
錬金鍋でぐつぐつと薬品を煮詰める事一時間。
出来上がった濃縮素材軟化薬を再度瓶に詰め直し、ムカデ素材へと掛けては二十秒で素材をアーマーの形へと変えていく。時間との勝負だが、軟化薬さえあれば問題はない。やり直しは利くのだから。
取り敢えず一つ目の胸鎧を作ったユイは、トルソーに着せて金槌で何度も叩き始める。
ガンガン、ゴンゴン、ガゴンボゴン、ベキベキ……パキッ。
どれくらいの力の強さでヒビが入り、どういった衝撃に弱いかを検証していく。
例えば一点集中の刺す攻撃に弱いのか。打撃による衝撃に弱いのか、などだ。
加えてホムンクルスならではの魔法への全属性適性を活かして、どの属性に脆弱性を持つのかの検証も並行して行った。
次いで鉱石との相性や、どう言った状態までなら素材の力を内包したままでいるかなどなど……ユイの心の炉は熱を上げていく。
研究が始まってから三日。
ユイはシゲンからの魔力注入以外は全く外に出てこなくなった。
シゲン達はその間、ムカデ装備にふさわしい力を手に入れるぞと子ども達を煽ってアルカナムフルーツを食べながら訓練に励んでいた。
研究開始から七日。
ユイはようやくムカデ素材の性質と特性を把握し、遂に装備製作へと取り掛かる。先ず彼女が始めた事は背殻に薬品をぶっかけて細かく切り分ける事だった。
シゲンは水分身を用いた子ども達との安全な実戦訓練を終え、ニルナルと犬娘達の面倒を見始めた。こちらも同様に水分身を活かした実戦訓練。
アルカナムフルーツの影響により恐ろしい成長を見せる犬娘達に連携の大事さをずぶ濡れにしながら教え、ニルナルとは何も無い草原での多対一での訓練。トラウマを刺激しかねない訓練だったが、ニルナルの強い意向により継続された。
研究開始から十四日。
ユイは先ず自分の装備を完成させ、その出来栄えや想定通りの挙動をしているかを念入りに確認していく。そして満足が行ったら、次は皆の装備へ。細かな作業が続くが、魔力が切れる度に行われるシゲンとの甘々な触れ合いがユイの心にさらなる薪を焚べてくれていた。
シゲンは今日は魔物の処理。アルカナムを撒くようになってから第六進化体の発生頻度が増し、魔物達の戦闘IQの高さが程良い実戦訓練になっており、シゲンは迎撃と同時に超高圧の水で第六進化体を屠り、またしても少し素材を確保して帰還した。
帰り道、あの日からシゲンは奥方と良く話す様になり、マテリアが嫉妬で甘えてくるのを受け止めると言う幸せな日々を送っている。
そして研究開始から実に三十日。
ユイは大きな袋を持って作業部屋を飛び出すと、玉座へと駆け寄りシゲンの胸に飛び込んだ。
「出来たー! 旦那ぁ! ようやくみんなの装備出来たゾー! 自信作! すんごいの出来たんだぁ! 褒めて欲しいゾ!」
実はマテリアとこっそりユイの没頭具合をモニターで見ていたシゲンは、ユイの身体を抱き上げて思い切り抱きしめて褒めた。
今回ばかりはマテリアも膝を譲り、シゲン同様にユイの頭を撫でて褒め称える。
生みの親にして、仕える主にして、守るべき相手にして、大好きな人達に褒められたユイはそれはもう大きく喜んだ。
ひしとシゲンに抱きついて、いひひっと笑い。マテリアに頭を差し出してこれでもかと褒めてもらう。
甘えん坊な末っ子が満足するまで二人で甘やかした後、ようやく装備を検分する。
大きな袋からシゲン用の黒い装備を取り出すと、ユイはシゲンに着方を教えながら着せていく。
「旦那ぁ、ブラは要る?」
まるでいつかの再現だ。シゲンは要らないんだゾ〜っと口調を真似して返し、装備の出来に感動した。
「数値的に八万ぐらいの身体性能の奴が全力で殴っても壊れないゾ! でもその装備の肝心な所は機動性を失わない軽さと、人体の動きに合わせて可動する構造なんだ!」
百足鎧の構造は、とても手間の掛かるものとなっている。
鱗のように細かく切った背殻を、同様のサイズに切り分けた腹殻と共に繋ぎ直し、鱗状にして強度を上げている。
何故、背殻よりも柔らかい腹殻を使ったのかと言えば、こちらはかなり柔軟性があって、筋肉のような弾性と伸縮性を持っていたから。
これによって胴体を捻っても身体にフィットし続け、また鱗状に積層させた背殻が隙間を生まない構造になっている。
だが機能性のために見た目が死んでいたので、ユイはさらに大きめに切り取り曲げた背殻を最前面に貼り付ける事で内側の構造を隠し、傍目には黒い装備にしか見えないようにしていたのだ。
それが鎧のみならず、グローブやブーツにもなっており、履き心地は良く軽いのに、強度はあの超ムカデそのままと言う恐ろしい装備を作り上げてくれた。
子ども達は成長するだろうからと、そちらはベルトのようなものでサイズ調整も可能となっているとか。
「他にはねぇ、武器も作ったんだゾ! あのムカデの顎の毒は取っちゃったけど、あの大顎で槍を四本。無数の脚の先端はそこいらの鉱石以上の硬さだったから、幾つかを軟化させて砕いて粉にして硬化させて砥石にして、それで他の脚先を研いで注文にあった剣達を作って置いたんだゾ! 腹殻の柔軟性と脚の中間部の弾性を使って弓も作って、あとあと、背殻削って鏃とかとか……いっぱい作れたゾーー!」
言葉も無いとはこの事か。
ユイを褒め倒し撫で倒し、先ずはユニとモノをマテリアの力で呼び出して試着させる。
感想はその表情が物語っていた。
特にモノは「おっぱいが揺れないですわー!」「揺れても痛くないですわー!」と胸をきっちりと保護してくれる鎧に大変満足した様子で末っ子を褒めちぎる。
ユニもこの唯一無二の働きを認め、ユイを可愛がっていた。
装備を装着したならば、得物を選ばない二人には余分に作られた剣を帯剣させ、五人で玉座の間を出る。
ユニとモノが呼ばれた事で緊張感を漂わせていた人間達は、シゲン達の変化した外見と、久しぶりに顔を見せたユイの満面の笑みを見て、笑顔で駆け寄っていくのだった。