1話 進化
シゲンがマスターとなって、少女の形をとったコアがマテリアと名付けられてから一ヶ月の時が過ぎた。
この一ヶ月、シゲンはマテリアと共にひたすらに人の街を調査し、マテリアとイチャイチャして遊んでいた。
「もうマスターと指相撲はしませんっ! マスターズルばっかり! 人差し指も中指も薬指も使っちゃ駄目ですっ」
やれやれと肩を竦めるシゲンの胸を小さな拳でポカポカと叩くマテリア。
何故こんなにも遊んでいられるのかと言えば、それは人の街の調査をあらかた終えたからだ。
一日当たりに運ばれてくるゴミの量。一日当たりに焼却されるゴミの量。捨てに来る時間。ゴミを漁るスラム街の住人。どう言ったゴミが捨てられているのか。どう言ったゴミの方が吸収効率が良いか。
ゴミから離れて、この街の仕組みやルール。どう言った職種の人間が居て、何を特産としているか。ダンジョン討伐はどう言った者達が担っているのか、一般的なダンジョンはどんなものなのかなどなど。
広域探査能力(魔力費用は十)を用いてひたすら調査を敢行したのだ。
尚、ダンジョン内異空間の拡張は一切行っていない。必要が無いからだ。
また、シゲンの体は食事も排泄も必要としないものになっており、精神もダンジョンに適応したものへと変更されているので、玉座の上に座り続けても問題が無かったと言うのが大きな要因だ。
「ねぇ、マスター? 現在、一日の獲得魔力が二百。一日の使用魔力が百。一日の純利益は百の魔力です。これを三十日続けて、三千魔力の獲得。そこから三十回の探査を経て三百の消費。緩やかな上昇と、確実な安全。それは良いのですが、いまいち結果が出ていません」
怒り疲れたのか、ぐったりとシゲンの身体をソファがわりにしたマテリアが、シゲンの顔を見上げながら言う。
マテリアの端正な顔には、ありありと「なんか違う」と書いてあった。
彼女の前髪をかきあげ、おでこを撫で摩りながらシゲンも同意する。
シゲンもまた、収入が流石に微々過ぎてビビっていた。
何か代案、あるいは副案、出るなら改善案が欲しい所なのだが、これが中々出ない。
現在収支を最も妨げているの一番の問題は何か、マテリアに聞いてみる。
「ゴミ処理の方針自体は納得しています。問題は溶解に掛かる費用でしょう。これが大き過ぎます。逆に言うなら、ゴミから得られる魔力が少な過ぎます。流石ゴミと呼ばれて捨てられる物なだけありますね」
ゴミじゃない場合はどれくらいの成果が出るのか、シゲンは聞いてみる。
「ダンジョンに備わる基礎知識として、ゴブリンと呼ばれる魔物の死骸の処理なら、溶解に十。獲得魔力は五十はあるそうです。一般的な人間の大人の場合もこれと同様です」
つまり、ゴブリンと人間の大人一体で、現在のダンジョンの一日の収益の五割に相当する魔力を賄えると言うことになる。
これは思ったよりも大問題かもしれない。
しかし殺害に舵を切った場合、常に命を狙われ続けると思って良いだろう。
溶解に掛かる費用……これを改善するにはアレしかないか。
「進化、ですか。溶解を肩代わりする力を新たに得ようと言うのですか? ……しかし、現在の運営方針ではそれが最も確実な改善策かもしれません」
シゲンの肉体は謂わば無垢。真っ白のキャンバスに他ならない。求める形を思い描き、それ相応の魔力を消費する事で望んだ形に進化する事は可能だろう。
仮に竜にでもなろうとするなら掛かる費用は莫大だ。十万では足りないかもしれない。
しかし能力の獲得程度なら、そこまでの魔力は必要としないのでは無いだろうか。
シゲンは思いついた事を片っ端からマテリアに伝え、予想消費魔力を聞き出していく。そして、自らの進化の形を決めた。
「本当にそれで良いのですね? 一度決めたら戻れませんよ? よろしいですか?」
シゲンは大きく頷いて、玉座から立ち上がり、マテリアを代わりに座らせる。
「……では実行します。マスターの進化要求を確認。一千の魔力を消費……。消費しました。進化を促します。……成功しました。進化を終了します。……如何でしょう、マスター」
シゲンの身体が淡く発光すると、何やら身体がごちゃごちゃとかき混ぜられては変質していく奇妙な感覚を覚える。しかし不快感は無く、かと言って快感がある訳でも無い。
やがて発光が終わると、身体の変化が治っていく。
シゲンは自分の姿形を確認し、何も変わっていない事にちょっぴり安堵すると、感覚的に分かる力の使い方を試していく。
マテリアに頼んで、木片を一つ生成。床に置いてもらう。
その木片の上で、手のひらを下に向けて力を集める。すると小さな雫がぽたりと落ちた。
それは木片に触れるとじゅうじゅうと音を立てて溶かして行く。やがて触れた端から侵蝕して広がり、木片は何一つ残す事なく消えた。
「魔力を吸収。一にも満たない微弱な魔力です。ですが、ダンジョンの消費魔力はゼロですっ」
マテリアの笑顔に勝る報酬は無い。と言う感情と、便利な力を得たことへの感慨深さが混じり合って高揚する。
シゲンは手のひらを眺めてぐっと握り込み、力をもっと試す事にした。
ゴミ集積場の地下の支配領域にスペースを作り、集積場の地表に都度穴をあけて、少しずつゴミを落下させる。
ダンジョン内に落ちてきたゴミに向かって、手のひらで作り出した液体を振り撒き、ゆっくりと、しかし確実に溶解させて行く。
「やりましたねマスター。体液操作方向への進化は成功です! それにこの酸の力も強力! マスターが生み出す魔力のほんの一部で作り出せる飛沫一つでこの威力なら、収益は劇的に上がるでしょうっ」
マテリアと喜び合うシゲン。
彼が選んだ進化は、酸性の体液を持つ存在への進化……では無く。体液を自在に操作可能な存在への進化だった。
シゲンは願った。
マテリアが喜んでくれたこの人型を失いたく無い。
そして溶解に代わる能力を得たい。
この二つの願いと、千の魔力消費によって、シゲンの身体は自在に自らの体液を分泌、変質可能な存在へと上書きされた。
もちろん無害な液体を分泌する事も出来る。
ただの汗や涙。先のように侵蝕する酸性のものや、シゲンの知識にある催涙、界面活性剤、消臭剤、洗剤や洗髪剤などなど。
とてもバリエーションに富んだ体液の生成が可能となっていた。
加えて、マスターとは言えいち生物。ダンジョンが貯蓄するのとは別に個人で魔力を生成している為、体液操作に掛かる魔力負担はシゲンのみの物。
二人は一日に捨てられるゴミのほんの少しの量を毎日地下へと落下させ、それをシゲンの力で溶解。行き場を失った魔力をダンジョンで吸収し、支出を減らす事に成功した。
立派なゴミ収集者にして、ゴミ処理職人となった二人は、一日二百の魔力の収益に小躍りしながらまた一ヶ月を過ごした。
◆
マテリアダンジョン直上、ロスの街。
今日もゴミ回収の仕事を請け負う孤児院の子ども達が、早朝に街を駆け回っていた。
「おい急げっ、早くしないと日が昇っちまう! ゴミが残ってたらまた何言われるかわかんねーぞ!」
「わ、わかってるよぅ……! でも、このゴミ重くって……持てないのぉ!」
この街で暮らす貧しい子ども達にとって、ゴミ回収は必要な仕事だった。
賃金は低い。労働時間は短いのに、求められる労働力は半端では無い。街の人が動き出す前にゴミを運び出さなければ叱られ罵られ殴られることもしばしば。
それでも貴重な金銭を得られる機会を逃せる立場には無い。
兄貴分のウィークと妹分のピークは、協力しながら担当区域のゴミを荷車に目一杯詰め込んで駆けていく。
目的地は街の南東、南西、北東、北西にある四ヶ所のゴミ集積場のどれか。今回担当した場所から近いのは南東だったので、そこへ向けてボロ布の服を汗で濡らしながら荷車を押していく。
ぜえはあ、ぜえはあ。息を切らして急いでゴミを投げ込み、中から売れそうな金属の物やまだ食べられそうなパンや肉をずた袋にまとめて入れる。
その後に嫌な顔をされながら雀の涙ほどの賃金をもらって、孤児院へと帰る。
ウィークとピークは隙間風が吹き抜ける建物の中で、床にふせった院長先生に代わって料理を作り、年少の子達の面倒を見て、働いて得た金で粗悪な薬を買っては院長先生に飲ませていた。
「どうだ、せんせ! 楽んなったか!?」
「ウィーク、おっきい声だめだよぅ。せんせも無理に喋らないでいーからねっ!」
「げっほ、ごっほ……ごほぐふっ、こほ…………。えぇ。楽になって、きましたよぉ。二人のお陰で、随分と体調も良くなってきました。……ありがとう、ウィーク、ピーク」
こけた頬。取れない隈。骨ばった身体と、僅かに漂う死臭。
それでも孤児院長は笑みを浮かべ、頼りない細腕で二人の頭を撫で、そっと抱きしめた。
二人は院長にこうして褒めて貰える時間が好きだった。これからも、院長が仮に動けないままでも、こうやって褒めてくれるだけで良い。ずっと一緒に居てくれたらそれで良い。
そう思いながら日々を必死に生きていた。
それから数日後の事だった。
朝、行ってきますを伝える為に院長の寝室に顔を見せた二人に、院長が行ってらっしゃいと笑ってくれる事は、二度と無かった。
この世界のダンジョンは入り口開けてないとダメとかそう言うの無い。
でも入り口閉じたら緩やかに死に行くのと、生存本能薄め闘争本能濃いめ且つ至上命題が人類殺そうぜなので、通常個体は基本閉じない。