ロスの街は、生活用水にも産業にもなっている川沿いに作られた街だ。
この街では川で取れる魔魚や、魔亀、水を飲みに来る魔物を狩って食料としている。
川向こうにある森では、冒険者や狩人でも無いと危険な強力な魔物が跋扈しているが、それらもまた食糧。
とにかく食い物に困らないくらいには肉魚が獲れるのが良い所だ。
魔物なんて魔力溜まりから嫌と言うほど湧いてくる。防衛がてら討伐するだけで冒険者も狩人もウハウハ。
漁師もまた、網を投げて引っ張り上げるだけで魔魚が沢山獲れるので、稼ぎに苦労はしない。
お陰で、食い物を買い付けにくる商人や、鮮度の高い魚を食べる為に観光に訪れる者も少なく無い。
歴代の街の代官もこれは稼げると判断し、屋台を多く出させ、食文化の推進を図ってきた。
だが店が多く出ると言うことは競争が激しくなると言うこと。競争が激しくなれば、飽和した食物の中からより良い部位やより良い個体を選び始めるのが道理。
しかし、肉の端切れが安値で出回る事はない。価値が無い邪魔な物としてゴミ箱に放られ腐り、腐臭を撒き散らすようになる。
そんな臭い物を置いていてはいくら美味しそうな食べ物が並んでいても食欲は減退する。
よって、代官はゴミ集積場を町の四方に作ってまとめ、ひたすらゴミを集めさせるようにした。
だがあまりのゴミの量に処理するには人員が足りず、飽和した食べ物が毎日毎日大量に廃棄されては山となって積み上がっていく。自然とゴミ集積場はとんでもない異臭を放つ場所となっていた。
幸い、異臭が街に充満する事は無かったが、メインストリートを離れると途端にツンと鼻をつく臭いがし出す。
この街は現在、大きなゴミ処理問題に頭を悩ませていた。
本日依頼を受け、ゴミ処理を担当する事になった火魔法使いは異臭の中で魔法を使う事に酷い苦痛を感じていた。
(やたら賃金が良いから来てみれば、なんつーゴミの山……これを引火や爆発しないように処理しろって言うくせに遅えってなんだよ!! いっそ全部燃やし尽くしてやろうか!? つーかこんなんになる前にどうにかしろよ!!)
流れ落ちる汗を拭い、魔力が尽きるまで杖を介して魔法を放つ。
それでも十キロのゴミを燃やすのに数十分は掛かる。魔力が尽きるまでにこれをあと何度繰り返せるのか。
更には魔物検知器まで持たされ、調べてみればゴミ山中にウジャウジャと。ゴミを焼却しながら魔物退治もやらねばならない。
火魔法使いは二度とこんな依頼を受けるものかとヤケクソ且つ丁寧に魔法を放ち続けた。
その日、火魔法使いが焼却したゴミの量は二百キロに及んだ。進化を重ねた魔物も優先的に討伐するなど、此度の火魔法使いは一級品の実力を持っていたのだ。
これは凄まじい事ではあるが、この街で一日に持ち込まれるゴミの総量は、トン単位に及ぶ。一級品の魔法使いですら足りないこの街のゴミ処理問題は、最早どうする事も出来ない。
「ぜってぇ二度とこんな依頼受けてやんねえええええ!!」
火魔法使いはボーナスとして出された金貨に大喜びして色街に繰り出したのだった。
ゴミ処理問題がジリ貧である事は街を治める代官にも見えている。街の行末も長くは無いかと代官が匙を投げ始めていた頃。
街で遊びすぎて金欠になった火魔法使いはまたしても集積場にやってきた。
「ぜってぇもう来ねぇって思ってたのになぁ……やっちまったぜ。ん? ……なんか、あんま増えてねえ、か? いや錯覚だな。臭過ぎて目もおかしくなっちまったか」
火魔法使いは異臭と昨晩の酒が抜けていないと思い、勘違いとして済ませ、今日も今日とてせっせとゴミを焼却し続けた。
焼却する以上の速度で消えるゴミには気付かぬまま。
◆
孤児院長を喪ったウィークとピークは、失意の中でも金を稼ぐべくゴミ回収の仕事を請け負っていた。
「おいピーク。早くしろって……早くしないと……はぁ……」
「ウィーク手伝って。あの子達がまだ居る。……私達で支えないと、でしょ? お願い……ウィーク」
失意の中で折れかけるウィークを励ましながら、ピークもまた深い悲しみの中でそれでも頑張る理由を見つけていた。
年少の子達が居る。蓄えてきた貯金がある。少しずつ切り崩せば、もう暫く皆んなで生きていける。
お金がもう少し溜まったら武器か、網を買える。狩猟に参加出来れば稼ぎはグッと上がる。それまではもう少しだけ頑張るんだ。
ピークの言葉に空元気を回したウィークは、滲む視界のまま荷車を引き、すっかり慣れた異臭の中で食べ物や金になりそうな物を漁る。
そして賃金を貰った後、孤児院に帰る。
「チビどもー、帰ったぞー」
「ただいまぁ……あれぇ?」
孤児院から、人の気配がしなかった。
何事かあったのかと二人は孤児院を見て回るが何処にも居ない。
院長が眠る部屋にも居ない。一体どこに行ったのかと思案する二人は、最後に溜め込んだお金を隠していた屋根裏部屋に繋がる部屋へと駆けた。
そこでは、年少の女の子が一人泣き崩れて倒れていた。
何があったのかと問えば、年少の中でも賢く身体の大きかったザーグがお金を持って行ったと言う。
皆んなで止めようとしたが『ここに蹲ってたってどうにもなんねーだろ』と言って逃げ去ってしまった。
皆、行くあてなど無いのに、ザーグの言葉に当てられてどこかへ行ってしまった。
皆、院長が死んで不安だった。怖かった。居ても立っても居られなくて、じっとしている方が苦しくて。だから皆どこかに行ってしまった。
少女はそう言ってまた何度も目をこすりながら涙を流し、ごめんなさいと泣きながらウィークに縋りついた。
「…………もう、わかんねえよ。俺。……ピーク、俺達、何やってたんだろうな? なあ。教えてくれよ……また、励ましてくれよ。なあ、ピーク……」
ウィークは流れ出る涙に気付きもせず、カラカラと笑って縋り付く少女を抱きしめた。
ピークの目にはまるでウィークが縋っているように見えた。
ピークもまた途方に暮れていた。
院長を失い、必死で稼いできたお金を失い、これまでの苦労を失い、希望を失い、感情が微塵も動かなくなっていた。
どうしていいかわからない。何もしなくて良いんじゃないかとすら思う。死ぬより辛い事はあるんだ。死んだ方が楽なことがあるんだ。
————せんせもきっと、死ねて楽だったよね。
そう思った瞬間、ピークの中で全てが消えた。
「せんせ……せんせ、捨てなきゃ。燃やしてもらわなきゃ」
ウィークとピークと少女は、その日の夜、荷車に院長を乗せてゴミ集積場へと歩いた。
誰も何も喋らなかった。お腹の音と嗚咽の音だけが響いていた。
荷車から
転がして、転がった院長を見て、二人はもうここで良いやと思ってしまった。
「ウィーク、あたしもう疲れた……もう、いいや」
「……ああ。大丈夫だ。俺も居る。だから大丈夫だ」
「……? ねぇ、ふたりとも。きょうはここでねるの? ねぇ、ねぇ?」
何もわからない無垢な少女は、疲れ切った二人の身体を揺する。
だが二人は何も言わなかった。何も言えなかった。ただ静かに少女を二人の間に挟んで丸くなり、院長の隣でいつものように眠るだけ。
それが日常だ。守りたかった日々で、守れなかった日々で、浸っていたい夢なのだ。三人は異臭の中で眠った。眠りにつけてしまうくらい、弱り切っていた。
そして、夜が明ける。
翌朝、ここの仕事が癖になってきた火魔法使いは三人と死体が眠る集積場にやってくるが、そこに彼女達は居らず、今日も火魔法使いは愚痴を言いながら火を放つのだった。
「一瞬でゴミ全部無くならねーかなー」
それからしばらくしたある日のことだ。ロスの街から突如ゴミが消えた。
そして、置いたゴミが消えるゴミ集積場だけが残った。
一般火魔法使いは良くて五十キロのゴミ処理。(破壊では無く焼却の為に、戦闘よりも魔力が余分に掛かる)
雇われ火魔法使いは毎日魔力を使い切る勢いでゴミ処理してるが、魔法使いの絶対数が少ないのでどうにもならない。(教育機関の少なさと門扉の狭さ故)
燃料によるゴミ焼却施設も昔はあったが、魔物が発生するようになってからは四六時中管理者を置く必要がある為に、維持費と燃料代と人件費が嵩んで廃止された。