ふたなりヒロインズの『肉便姫』エミリア 作:Guiltylowe
フェルトから徽章を取り戻して、これで一件落着――とは、当然ならなかった。世の中そんなに甘くない。盗品蔵の入口に立っていた黒髪の女が、腰砕けになったフェルトと、その隣で妙に肌艶のよくなっているエミリアを見比べ、実に楽しそうに微笑んだからだ。
「まあ。私、来る時間を間違えてしまったかしら」
「お前絶対わかって言ってるだろ!!」
「スバル、この人は?」
「殺し屋! 現在進行形で俺たちの敵!」
「そうなの?」
「そうよ」
「本人が肯定すんな!!」
エルザは否定するどころか、どこか誇らしげだった。黒衣の裾を揺らしながら悠然と歩み寄り、フェルトの手を離れたばかりのエミリアを正面から眺める。その視線には殺意がある。――なのに、それだけじゃない。顔を見て、胸元へ落ち、細い腰を通り、最後に尻へ止まる。お前、品定めの仕方が殺し屋のそれじゃねぇぞ。
「綺麗ね」
「ありがとう。あなたもすごーく綺麗」
「嬉しいわ。殺すのが惜しくなるくらい」
「褒め言葉として最悪だよ!!」
エミリアは俺の叫びを華麗に無視した。というか、そもそも大して気にしていない。エルザが一歩近づけば、エミリアも逃げない。さらに一歩。互いの吐息が届きそうな距離まで近づいても、銀紫の瞳はまっすぐ黒衣の女を見返していた。
「怖くないの?」
「少しは怖いわよ?」
「そうは見えないわ」
「だって、まだ何もされてないもの」
「――ふふ」
その返答がよほど気に入ったのか、エルザの笑みが深くなった。獲物を前にした捕食者の顔だ。普通ならここで身構える。後退する。命乞いする。ところがエミリアは、なぜか自分からエルザの手を取った。
「手、冷たいのね」
「あなたは温かいわ」
「エミリアたん!? そこ恋人同士の導入みたいになってるからね!?」
「そう?」
「そうよ」
「お前まで乗るな!!」
握った手を離すどころか、エルザの指がエミリアの指へ絡んだ。もう殺人鬼と標的の距離じゃない。エミリアも振り払わない。それどころか、興味深そうにエルザを見つめている。
「私のお腹を切りたいの?」
「ええ。とても」
「即答すんな怖ぇよ!!」
「でも今は、それより別のところに興味があるわ」
エルザの視線が再び下がる。露骨だった。清々しいほど露骨だった。エミリアもその視線を追い、それから自分の身体を見下ろして、ようやく理解したように「ああ」と頷く。
「こっち?」
「ええ」
「エミリアたん自分の身体指して確認取るんじゃありません!!」
俺の常識だけが孤独だった。
「触ってみる?」
「自分から誘うなぁぁぁ!!」
「いいの?」
「うん。切らないなら」
「条件が緩すぎる!!」
エルザは楽しげに笑い、エミリアの腰へ腕を回した。乱暴ではない。むしろ意外なほど丁寧に、自分の方へ引き寄せる。ふたりの身体が密着し、エミリアの豊満な胸元が黒衣との間で押されて形を変えた。それを見たエルザの目が、ほんの少しだけ細くなる。
「……素晴らしいわ」
「何が?」
「全部」
「評価が雑なのに説得力だけすげぇな!!」
エミリアがくすりと笑う。エルザはその反応すら楽しそうに眺め、そのまま耳元へ顔を寄せた。何事か囁く。俺には聞こえない。けれど、エミリアの頬がほんの少し赤くなった。
「それ、今?」
「嫌?」
「嫌じゃないけど……フェルトのあとだから、ちょっと汗かいてるよ?」
「それがいいの」
「性癖の方向性が強ぇ!!」
エミリアが困ったように笑う。しかし断らない。むしろ、少し考え込んでからエルザの黒髪へ指を伸ばし、頬にかかった一房を耳へかけてやった。
「じゃあ、一つ約束して」
「何かしら」
「今日は誰も殺さないこと」
「それだけ?」
「うん」
「いいわ」
「軽い! 殺人禁止令がデートの門限くらい軽い!!」
だが成立してしまった。エルザは武器を外し、テーブルの上へ置く。それだけで、さっきまで漂っていた殺気が少し薄れた。
「これでいい?」
「うん。偉いわね」
「……私を褒める人は珍しいわ」
「そうなの?」
「普通は怖がるもの」
「じゃあ、私がいっぱい褒めてあげる」
「エミリアたん、殺人鬼攻略の初手が甘やかしなの強すぎない!?」
エルザが一瞬だけ目を丸くした。ほんの一瞬。それから、心底楽しそうに笑う。今まで見た中で一番、殺人鬼らしくない顔だった。
「あなた、本当に面白い子ね」
「エミリアよ」
「知っているわ」
「じゃあ、エミリアって呼んで」
「……エミリア」
「うん」
「距離の詰め方が速い!!」
名前を呼ばれたエミリアは満足そうだった。エルザもまた、いつの間にか徽章への興味など失ったかのように、エミリアだけを見ている。
「スバル」
「はい」
「少し待ってて」
「その台詞さっきも聞いた!!」
「今度はどのくらいかかるかわからないけど」
「時間未定まで追加されたぁ!!」
エミリアの手を取ったエルザが、盗品蔵の奥へ視線を向ける。さっきまでフェルトとエミリアが消えていた方向だ。
「同じ部屋でいいの?」
「私は構わないわ」
「ロム爺の寝床を時間貸し宿みたいに使うんじゃねぇぇぇ!!」
俺の抗議を聞き流しながら、二人は奥へ消えていった。扉が閉まる直前、エルザだけが振り返る。
「覗いても構わないわよ?」
「構うわ!!」
「スバルは覗かないわよ? ね?」
「エミリアたんの信頼が別方向に重い!!」
扉が閉まった。
俺は黙って椅子へ座った。
「……敵だったよな、あいつ」
◆◇◆
扉が閉まると、エルザはすぐにはエミリアへ触れなかった。フェルトのように勢いで飛びつくこともなく、寝台の脇へ立ったまま、銀髪から白い首筋、豊かな胸、細く括れた腰、その下へ続く丸みまでをゆっくり眺める。その視線は刃物を扱う時と同じくらい静かで、丁寧で、それでいて隠す気のない欲に濡れていた。見られている側のエミリアも逃げず、むしろ身体の正面を向けたまま、紫紺の瞳でエルザを見返している。
「本当に綺麗ね、エミリア。さっきまでは切り開いて確かめてみたいと思っていたのだけれど……今は、傷ひとつ付けずにどこまであなたを乱せるのか、その方がずっと気になるわ。あの子供のあとでしょう? それなのにそんな顔で私を見て……まだ足りないのかしら♥︎」
「ん……足りないっていうより、エルザがどんなふうにしてくれるのか気になるの……♥︎ フェルトとは全然違いそうだもの。だから、いっぱいしてほしいな……でも約束したから、痛いことはなしね?」
「ええ。今日はいい子にするわ♥︎」
笑ったエルザの手が、ようやくエミリアへ伸びた。まず頬を撫で、顎を持ち上げ、親指で唇をなぞる。それから確かめるように一度だけ軽く口づけた。ちゅ、と乾いた音を残して離れ、その反応を見る。エミリアが追いかけるように少し顎を上げた瞬間、エルザの笑みが深くなった。
次の口づけは長かった。むちゅ、と柔らかな唇同士が重なり、離れそうになったところをエルザの指が後頭部へ回って逃がさない。短く吸い、角度を変え、また重ねる。最初から急がない。どこで息が揺れるか、どこまで近づけば身体へ力が入るか、一つずつ楽しむように確かめていく。エミリアも受けるだけではなく、黒髪へ指を差し入れ、首筋へ腕を回し、自分から身体を寄せた。豊かな胸同士が押し合い、細い腹部と腰が密着すると、二人の間にあった僅かな空気まで熱に変わっていく。
「んぅ……♥︎ ちゅっ……むちゅ……♥︎ はぁっ……んっ、エルザ……すごーく、ゆっくりするのね……♥︎ もっと急いでもいいの、にぃ……♥︎」
「急ぐなんてもったいないでしょう?♥︎ あなたがどこまで余裕でいられるのか、少しずつ確かめたいの。今だって、口ではもっとって言いながら、私が近づくたび胸もお腹もぴくってするもの。可愛いわ♥︎」
耳元で囁かれるたび、エミリアの肩が小さく揺れる。それすら観察されているとわかると、頬の赤みが濃くなった。エルザは慣れていた。抱き締める強さも、唇を離す間も、エミリアが呼吸を取り戻した瞬間にもう一度口づけるタイミングも迷わない。けれど一方的に弄んでいるわけでもない。エミリアが腕を引けば素直に身体を預け、逆に押し返されれば、その力を楽しむように微笑んだ。
ちゅっ、むちゅ、ちゅぱ、と湿った音が途切れなく続く。エルザの黒髪がエミリアの頬へかかり、銀髪と絡む。額には薄く汗が浮かび、白い肌と白い肌が擦れ、互いの胸元は深い呼吸に合わせて何度も押し合った。エミリアの腰を抱いたエルザの腕には細身の外見からは想像できない力があり、それでも扱いはどこまでも丁寧だった。
その余裕とは裏腹に、身体だけは少しずつ正直になっていく。密着した腰元では、黒衣越しにも隠しようのないふたなりの熱が存在感を増していた。エルザは戦闘能力も高く、女性としても豊満な身体を持つ。この世界の傾向から外れるはずもなく、その規格はフェルトより明らかに上だった。長く口づけるたび、腰が触れ合うたび、硬い熱が強く主張し、それでも本人の表情だけは崩れない。
「……エルザも、すごいわ……♥︎ はぁっ……フェルトよりずっと余裕そうなのに、身体はこんなに正直……♥︎ ねえ、私のことそんなに欲しいの……?♥︎」
「ええ、とても♥︎ あなたが思ったよりずっと淫らに受け止めてくれるものだから、困っているくらいよ。私はね、獲物が予想外の顔を見せると嬉しくなるの。もっと見たくなる。もっと追い詰めたくなる。……あなたの場合は、傷つける代わりに、どこまで気持ちよさそうな顔をさせられるか試したくなるわ♥︎」
「じゃあ……もっと見せてあげる……♥︎」
今度はエミリアから唇を塞いだ。
それまで観察する側だったエルザの目が、ほんの少しだけ見開かれる。エミリアはその隙を逃さず首へ腕を回し、白い身体を強く押しつけ、ねっとりと長い口づけを返した。むちゅ、ちゅぱ、と唇が離れかけてもまたすぐ吸い付き、息が苦しくなれば鼻先を擦り合わせる程度に離れ、熱い呼吸を交換してからまた重ねる。その繰り返しに、初めてエルザの呼吸がわずかに乱れた。
余裕を失ったわけではない。けれど確実に、楽しむだけの側から引きずり込まれている。
エルザの手がエミリアの腰をさらに強く抱き、二人はそのまま寝台へ倒れ込んだ。黒髪と銀髪が入り混じり、豊かな身体同士が重なる。エミリアは下になっても少しも怯まず、むしろ太腿まで寄せてエルザを迎え入れる。全身が密着した瞬間、腰元の圧が一気に強まり、エミリアの喉から甘く揺れた声が零れた。
「ぁ……んぅっ……♥︎ エルザぁ……やっぱり、すごーく大きい……♥︎ でも大丈夫……ちゃんと全部受け止められるから……ぁ♥︎ だから、そんなふうに様子見しなくてもいいのよ……?♥︎」
「……本当に面白い子ね♥︎ 普通なら私の方が怖がらせるのに、あなたといると逆に煽られている気分になるわ。なら遠慮はやめましょう。後で弱音を吐いても、簡単には止めてあげないわよ?♥︎」
「うん……♥︎ その代わり、エルザも最後まで付き合ってね……♥︎」
そこから二人の余裕は、ゆっくりと削れていった。エルザは経験の差を見せつけるように、急がず、焦らず、相手の反応を確かめながら深く求め続ける。エミリアもそれを受け止めるだけでは終わらず、抱き返し、口づけを返し、時には自分から引き寄せる。ちゅっ、むちゅ、ちゅぱ、と長い口づけが途切れず、どちらかが息を漏らせば、もう片方がその声ごと唇で塞いだ。
やがてエルザの身体が大きく震えた。一度で終わるような身体ではない。ふたなり特有の規格外の熱は何度も高まり、そのたび尋常ではない量を放ちながら、それでも簡単には衰えない。けれどエミリアもまた、どれだけ受け止めても身体を重くすることなく、苦しむどころか頬の血色と肌の艶を増していく。外へ残るものはほとんどなく、注がれた熱は底のない身体へ吸い込まれるように消えていった。
その異常さを前にして、さすがのエルザも笑った。
「はぁっ……♥︎ ふふ……素敵。本当に底がないのね、あなた……♥︎ これだけ受け止めてもまだそんな顔をして……私、少し悔しくなってきたわ。もっと乱したい。今度こそ、その綺麗な顔から余裕を全部なくしてみたい……♥︎」
「んぅ……♥︎ ちゅっ……♥︎ 私だって……んっ、エルザの余裕、もっとなくしてみたいわ……♥︎ ずっと綺麗に笑ってるんだもの……だから、もっと近くに来て……♥︎ ……もっと、ぎゅってして……キスも、まだやめないで……♥︎」
言われるまでもなく、エルザはもう離れるつもりなどなかった。白い身体を抱き締め、汗で頬へ張りついた銀髪を指で払って、もう一度深く口づける。エミリアも黒髪へ指を絡ませ、同じだけ強く引き寄せた。
最後には、どちらが相手を乱そうとしていたのかも曖昧になっていた。エルザは相変わらず立って歩けるだけの余裕を残しながら、それでも普段より明らかに呼吸を乱し、満ち足りた笑みを浮かべている。エミリアも頬を赤らめ、胸を大きく上下させながら、疲れた様子だけはまるでない。長い時間、何度も規格外の熱を受け止めた身体は重くなるどころか、始める前より滑らかな艶を帯びていた。
「……想像以上ね、エミリア。私、あなたのことますます気に入ってしまったわ♥︎」
「私も……♥︎ エルザ、すごーく上手だった……♥︎ またしてくれる?」
「ええ。次はもっと長く楽しみましょう♥︎」
◆◇◆
かなり時間が経ってから、奥の扉が開いた。今度は二人一緒だった。エミリアの銀髪はさっきより明らかに乱れ、額から首筋まで薄く汗ばんでいる。服は一応整えているが、襟元は少しずれ、頬にはまだ熱が残っていた。それでも表情は妙に晴れやかで、肌艶に至ってはフェルトの時より明らかに良くなっている。
「エミリアたん、なんで回数重ねるほどコンディション良くなってんの?」
「運動したから?」
「健康法みたいに言うな!!」
対するエルザは腰砕けにはなっていなかった。さすが殺人鬼というべきか、足取りもしっかりしている。だが、普段の妖艶な笑みとは明らかに種類が違った。黒髪は乱れ、白い肌には薄く汗が浮かび、満ち足りた猫みたいに目を細めながらエミリアの腰へ腕を回している。
「……ずいぶん満足そうだな、お前」
「ええ。想像以上だったもの」
「何がとは聞かねぇからな!!」
「エルザ、すごーく元気だったわよ」
「だから感想が健康診断なんだよ!!」
エルザがエミリアの肩へ顎を乗せる。さっきまで殺そうとしていた相手への距離ではない。完全に気に入った女へするそれだった。
「ねえ、エミリア」
「なあに?」
「今度、私のところにも来てくれる?」
「わかったわ」
「また即答!!」
「でも、人を殺しに行くのはダメだからね」
「努力するわ」
「努力目標なの!?」
「ん、いい子いい子」
「そこで頭撫でるな! 殺人鬼を躾けるな!!」
エルザは撫でられるまま、目を細めていた。嫌がる様子は欠片もない。むしろ気持ちよさそうですらある。
「……あなたに言われると、不思議と悪い気がしないわ」
「じゃあ約束ね」
「ええ」
何だこれ。
徽章を巡って殺し合うはずだった相手が、気付けばエミリアに頭を撫でられながら次の約束をしている。
「スバル」
「なんだよ」
「エルザとは仲良くなれそう」
「仲良くなる速度が暴走列車なんだよ!!」
俺が叫ぶ横で、エルザは満足げに微笑んだ。その笑顔からは、さっきまでの殺意が綺麗さっぱり消えていた。
――なるほど。
フェルトは腰砕けになった。
エルザは殺意が消えた。
俺は嫌な予感しかしないまま、これから先のエミリアの王選活動を想像した。
「……これ、マジで身体で王国取る気じゃねぇだろうな」
「取れるかしら?」
「検討すんな!!」
そう言いつつも本当にできてしまいそうなところが怖かった。