邂逅と再会 その1
◇
魔都・東京の繁華街には高層ビルのみならず、高級クラブやバー、料亭といった施設も存在している。人魔の区別無く、権力を貪る者達の娯楽や刺激を求める要求に応じるためだ。表向きは相当に値が張るだけの店のようにも思えるが、その裏ではどんな闇組織と繋がっているか、あるいはバックについているかもわからない。人の道を外れた談合などが密かに行われているかもしれない、ということは容易に想像がつく。
それでも確たる証拠が無ければ、いや、あったとして、それを咎める者など存在しないといえるだろう。命が惜しければ首を突っ込むべきことではなく、法など介入する余地も無ければ力も発揮しない。それをいいことに、高級料亭とは名ばかりの、会合ついでの接待として性を刺激、あるいは満たすサービスを提供する店は多い。
見るからに高級な佇まいを見せるこの料亭「
今、この雪月華に政財界の大物が訪れ、ある会合を行っていた。相手はノマドに与する闇の組織の幹部。ブラックが舞い戻ったという噂はあるものの親組織であるノマドが弱体化してきたことは事実であり、場合によっては傘下からの離反も視野に入れて独自に結託する相手を探していたところであった。
「いやあ、こちらとしては先生の協力を得られるということで一安心ですよ」
顔に傷のある闇の組織の幹部はへりくだったようにそう述べると、肥えた権力者相手に酒を注いだ。
「何、こちらとしてもうまい話ですからね。互いに利益となるとあれば、万々歳でしょう」
酒を呷りつつ答えた男の顔に、世辞にも綺麗と言いがたい笑顔が浮かぶ。
「さて、話もまとまったことだ。あとはお楽しみといきましょう。……そういうのはお好きで?」
「勿論でしょう。嫌いな男がいますかね?」
「いやはや、おっしゃるとおりだ」
再び粘りつくような笑みを浮かべた後、男は手を叩いた。ややあって日本風な部屋の入り口が開けられ、赤地の和服に身を包んだ長い黒髪の美女が現れる。
「お呼びでしょうか?」
正座のまま畏まった様子で、艶のある声と共に女はそう尋ねた。
「ああ。会談が終わってあとはここを満喫したいからね。相手をしてくれるか?」
「勿論でございます。少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」
「出来るだけ早くしてくれよ。楽しみをお預けされるのは好きじゃない」
急かすような男の要求に対して恭しく頭を下げ、女は部屋を後にした。
しばらくして、先ほどの女が2人の女性を連れて戻ってきた。
片方はまだ幼さの残る女性。長い茶色の髪の一部を2つに分けて結んだツーサイドアップの髪型で、肌は茶色く日焼けをしているように見える。身体の起伏こそ女性的とは言い難いものの、勝気そうな顔立ちは可憐であり、日に焼けた肌と白い着物がコントラストを生んで可愛らしい人形のような雰囲気を醸し出していた。
もう片方は対照的に肉感的な身体つきだ、と着物の上からでもわかるほど胸の部分が膨らんでいた。青い髪を1つにまとめ、紺の着物を表情同様涼やかに着こなしている。見るからに和服美女というその様は、男であれば思わず目を留めてしまうであろう。
「お待たせいたしました。私はユリと申します。そしてこの2人、私の元で現在研修中の2人でございます。まだまだ足りないところは多くありますが、お客様がよろしければ是非経験を踏ませたいと思っております」
「ほほう、確かにまだ初々しいな。私はそういうのは嫌いではないが……。そちらはどうですかな?」
「私も同意見ですな。熟れた果実も好きだが青い果実も好みだ」
「ありがとうございます。では、若いこの子達をかわいがってあげてくださいませ。……さあ、2人とも自己紹介を」
ユリに促され、研修中の2人は少し前へと出る。それから正座のまま頭を下げた。
「ユキです。まだ新人で失礼があるかもしれませんが、よろしくお願いします」
まずははっきりとした声で日焼けの肌に白い着物の美少女が。
「同じく、リンと申します。ユキ同様まだまだ未熟な身ではありますが、よろしくお願いいたします」
次にその名の通り凛とした静かな声で青い着物の美女が挨拶をする。
「ユキとリンか。2人とも若くて素晴らしい。どれ、早速酒を注いでくれるか?」
「はい。お望みのままに」
リンがそう述べてユリと視線を交わす。2人の教育係でもある彼女は軽く頷き、後は任せるということを伝えた。2人の美女は立ち上がり、それぞれ男性の傍へと近づく。
「お注ぎいたします」
「おお、これはこれは……。やはり美しい女性にお酌してもらうというのは、なかなかいいものですなあ」
「確かに。……我々のような男同士でとはまた別格だ」
「それはそれ、これはこれでしょう。ハッハッハ!」
美女2人が近くにいるということもあるのだろうが、男達は随分と機嫌がよく、同時に既に酔っているようでもあった。注がれた酒を一気に飲み干し、次をお酌してもらっている。
「しかし……ユキと言ったか? 可愛らしいな。さすがここはいい女を揃えている」
「あ、ありがとうございます」
褒めつつ、男は既にユキの肩へと手を回していた。そのせいでユキは思わず返答を詰まらせていた。完全なセクハラ。が、そんなことは関係ないのが、この店の暗黙の了解である。
「リンの方も素晴らしい。着物の上からでもわかるそのプロポーション。きっと肌はすべすべなのだろう?」
もう一方の男の手が、着物に包まれたリンの太股へと伸びようとする。が、リンは静かに、隙を見せぬ様子でその手に自身の手を重ねた。
「もう、お戯れを」
「よいではないか……などと言っては、時代劇の悪代官だな」
「やろうとしていることはまさにそれではありませんか。それに……お顔も。悪いお顔になってますよ」
失礼に当たるかもしれないリンの言葉に、だが男は笑い声を上げていた。
「これは一本取られた! いやいや愉快だ、ハッハッハ!」
含んだような笑顔を見せる慣れた様子のリンに対し、ユキの方はまだぎこちない様子だった。肩に回された手をどうしたらいいかわからない風でいるために、笑顔がいまひとつ冴えない。
「あっちは盛り上がってるな、ユキ。こっちももっと親密になろうじゃないか」
肩に回されていた手が、ゆっくりと下りてこようとする。
「胸は随分と小振りなようだが、リンのような大きさに憧れているのではないか? 私が大きくするのを手伝ってやろう」
「そんな……。困ります」
拒否の言葉と共に手をどかそうとするも、相手は遠慮する気配はない。
「何も困る必要はないぞ。……なんなら、お前を贔屓にしてもいい。悪い話ではないだろう?」
「そうおっしゃられましても……。あっ……!」
その時。男の手を抑えようと動かしたのだろうか。右手に持っていた徳利が滑り落ち、中身がユキの着物へとかかってしまった。
「ユキ!」
叱責するような声と共に教育係であるユリが駆け寄り、男からユキを引き剥がす。
「申し訳ございません! お客様、お召し物は大丈夫でしたか!?」
余りにも見事な対応に、ユキに迫っていた男は驚いた様子を浮かべるしかない。
「あ、ああ……。私は特に……」
「よかった……。ユキ! どうしていつもこうなの!」
「も、申し訳ありません……」
自分を責めるユリに対してか、それとも客に対してか。ユキは深々と頭を下げ、謝罪の言葉を述べていた。
「い、いや、私は何ともないから気にしとらんよ。そういうところも初々しくていいではないか」
「本当に申し訳ございません。そう言ってくださると助かります。この子はいつもこうそそっかしいもので、ご迷惑をおかけいたしました。……ユキ、着替えてきなさい。リン、ついて行ってあげて」
はい、と頷き、リンは立ち上がる。が、相手をされていた男はそのことで困惑したようでもあった。
「お、おい待ってくれ。それじゃあ私達の相手は……」
「私がいたします。2人のような若い子でなくて不満かもしれませんが……」
ユリの濡れた唇が艶やかに動かされ、色のある声が男達の耳へと届く。
「……極上のおもてなしをお約束いたします。どうかそれで、納得してはいただけませんか……?」
男達は生唾を飲み込んだ。紡がれる一言一言が心を誘惑し、扇情的な思いを煽り立ててくる。若い娘を勧められたことでいまひとつちゃんと見ていなかったが、見れば見るほど目を離せなく美貌の持ち主が目の前にいるということにようやく気づいた。結果、打ち合わせをするでもなく、2人の男は同時に頷いていた。
「あ、ああ……。これほど美しい女性が相手してくれるというのであれば、私は構わない」
「同じくだ。では仕切りなおしといこう」
もはや2人はユリしか目に入っていないようだった。微笑を返した後で、ユリは研修中の2人に告げる。
「ユキ、リン、行きなさい」
「はい……。申し訳ありません」
先輩に対して頭を下げ、それから客に対して頭を下げてから、ユキは立ち上がった。既に待っているリンと共に、部屋の入り口で再度正座して頭を下げてから、部屋を後にする。
愉快そうな声が聞こえる廊下を上品に思える歩みで2人は通り過ぎ、関係者がほとんどのバックヤードへ。そして着替えるために更衣室へ入ると同時。大きくため息をこぼしてユキは少し乱暴に帯を解き始めた。
「あー、まったくあのセクハラオヤジ!」
先ほどまでの振る舞いが嘘だったかのように乱暴な言葉でそう愚痴った後、ユキはドカッと手近な椅子に座る。
「気持ちはわかるし私しかここにいないからだろうが、せめて足は閉じないか? はしたないぞ、
ユキ、ではなく、ゆきかぜと呼ばれた少女は、余裕がある様子でため息をこぼすリンへと噛み付いた。
「それはすみませんね、
凜子、と呼ばれた女性は苦笑を浮かべるしかなかった。姉同然としてここまで長い間付き合ってきて、相棒のことはよくわかっているからだ。
「私だって、自分がそうだとは思っていない」
「よく言いますよ。うまいことあのオヤジのこといなしてたくせに。しかも着物が似合うとか褒められてたじゃないですか。私なんて気にしてる胸のこと言われたんですよ? あの場で黒焦げの穴開き死体にしてやりたかったぐらいです」
「やれやれ、その勝気すぎる性格は相変わらずだ。……まあ私はお前のそんな性格も嫌いじゃないがな。それに私とて、あんな下衆に褒められても何も嬉しくはないよ」
答えてから彼女も腰を下ろした。そしてそれまでが演技だった、と言わんばかりに疲れた様子で天を仰いでため息をこぼす。
「それで、今日の連中も、結局は小物だったんですよね?」
「ああ。所詮はノマドに与する組織の幹部に過ぎない。ノマドのためか、あるいは己の身かわいさのためか、薄汚い権力者に擦り寄ろうとしただけの奴だ。どちらも本部に連絡してマークしてもらえば事足りる話だろう」
「ですよね……。はあ、いつになったらお母さんに関係する情報を持っている奴が現れてくれるんだか」
水城ゆきかぜと秋山凜子。それが2人の本名だった。「雷撃の対魔忍」と「斬鬼の対魔忍」の異名をそれぞれ持ち、優秀な若手として次世代を担うであろうと期待される逸材。先のブラックとの戦いは別な潜入任務中で参加していなかったものの、2人がいればまた状況が変わっていたとも言われるほどの存在感を放っていた。
そんな2人はここ雪月華に研修従業員として潜入。人魔結託を狙う存在を炙り出す潜入任務中である。
同時にゆきかぜにはある目的があった。数年前から行方不明となっている母、水城
だがゆきかぜは母を諦めることなく、「政治家の個人的な用心棒に対魔忍がついているらしい」という噂を耳にしたために、この潜入任務に志願していたのだ。無論、それも罠と言う可能性もある。しかし今度は先行して潜入している味方もいるし、バックアップも万全。あとは目的の相手が接触してくるのを待つ状態であった。
「気長に続けるしかないな。それと、ゆきかぜの気持ちはわからないではないが、あくまで不知火殿の件は優先順位としては低くなる。一番は汚れた連中の炙り出し。酷かもしれないが、それは忘れないでくれ」
「わかっているつもりです。……それでもセクハラされ続けるこの任務、気が滅入りそうになることの連続ですけど。私こういうのに向いてないのかな」
自暴気味にそう吐き捨てるとゆきかぜは大きくため息をこぼした。これには思わず凜子も苦笑を浮かべるしかない。実際、潜入任務などよりもその持ち前の火力を生かしての破壊工作任務の方がゆきかぜには向いている、とも思えてしまったからだった。
「にしても、また
「黒百合殿は自身の術もあって、この手のことに関してはエキスパートだからな。見習わなくてはならない。それにそんな毛嫌いする必要はないだろう。お前は比較的あの人の受けも良い。加えて特殊な自前の術のせいもあって、自ら距離をとっているようにも私には思えるがな」
そして2人の教育係といっていた「ユリ」こと
そんな彼女の術は
「さて……。あまりだらだらしていても黒百合殿に申し訳がないな」
「そうですね。気は進みませんけど、そうも言ってられませんし。じゃあさっさと着替えて……」
「その必要はない」
不意に、部屋に響いた第三者の声に、2人は声の方を振り返った。部屋の中に他の気配はなかったはず。だとするなら2人に気づかれずに最初から隠れていたか、あるいはいつの間にかこの部屋に現れたか。
「貴様は……!」
そして2人は目を見開いた。その視線の先に立っていたのは、フードマフラーで目以外の顔を隠した覆面の少女。2人ともバックアップの対魔忍から聞いている。自分達を捜し求める謎の覆面対魔忍の少女がいる、と。その名前は――。
「私の名は陽炎……対魔忍陽炎。……やっと見つけた。『雷撃』と『斬鬼』……。水城ゆきかぜと、秋山凜子……!」
決戦アリーナだと正月アサギが着物だったわけですが、他のキャラも似合うだろうなとか思って2人の和装をイメージしてみました。