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『この刀は、俺の家に代々伝わる名刀だ。本当なら、俺が継ぐべき刀かもしれない。……だけど、俺にはこれを扱う資格は無い。もしそれがあるとするなら……君だ。だから、この刀は君にこそ相応しい。……頼む、使ってくれ。そして、前の持ち手を越えてくれ。この刀に宿っているであろう無念を晴らし、君の成し得たいことを成してくれ。きっと、これはその力になってくれると、俺は思うんだ……』
◇
何か意味ありげにゆきかぜを見つめていた視線が自分へと向けられた瞬間。覆面から唯一覗くその瞳に、凜子は背筋に冷たい物を感じていた。一瞬、ゆきかぜとも見間違えるような目ではあったが、その実全く違う。己に向けて、腰の刀を抜いて振り下ろすであろう予感。それを悟った瞬間、反射的に彼女は空遁の術を行使し、隠してあった自分の得物を手元へと引き寄せていた。
「凜子先輩!?」
僅かな時間の間に空気が変わったことをゆきかぜも気づいたのだろう。崩していた着物を着なおし、凜子へと声をかける。
「……どうやら話し合うつもりは向こうには無いらしいぞ、ゆきかぜ。完全にやる気のようだからな」
「で、でも! ここで戦ったら私達の身元が……!」
「それはこちらの問題だ。あちらは知ったことではない、ということだろう」
陽炎は何も答えない。ただ無言を貫くだけだった。
「確か陽炎、といったな。……私達を捜し求めていた目的。おそらくだが、私達を消したいから、ではないか?」
再度の無言。だが、マフラー越しに小さく笑う声が聞こえた気がした。
そして陽炎はゆっくりと腰の刀を抜く。二尺四寸五分、奇しくも自身の得物と同じ間合いとわかると、凜子の顔に笑みが浮かんだ。
「面白い。私達を捜していた以上、私のことは当然知っているわけだな?」
「……一応は、ね」
「いいだろう。ではこの私の剣の腕と、我が愛刀、
音も無く、凜子も愛刀を抜く。その彼女の表情は、目の前の相手が間違いなく強敵であろうことを喜ぶように、僅かに緩んでいた。
「……ずっとあなたと剣を交えることを心待ちにしていた。もし期待を裏切るようであったなら、私はあなたを許さない。……秋山凜子、あなたの心、確かめさせてもらう……!」
陽炎は刀を八相に構えた。対する凜子は下段に。仕掛ける気に
「はああーっ!」
陽炎が飛び込む。凜子の身長が170センチなのに対し、陽炎はそこから二周りほど小柄。しかしそれでもその脚力は本物だった。しなやかかつ力強い踏み込みで、一気に迫ってくる。
(速い!)
袈裟に振り下ろされる相手の太刀筋を見切り、着物姿で刀を振るう美女は逆袈裟に切り上げ、自慢の得物で攻撃を防ぐ。その一合、加えて踏み込みの速度。それだけで凜子は相手の力量を察した。
(こいつ……できる!)
単純な技術だけではない。振るわれる剣に己を託せるという自信とそこから伝わる気迫。自分を相手に「戦うのを楽しみにしていた」と豪語してみせたのは伊達ではないらしい。ここに至るまでに積んだ修練は生半可なものではないであろうと凜子が予想するのは容易であった。
「だが!」
凜子とて「斬鬼」の異名を持つ凄腕の女剣士だ。怯むことはない。二合、三合と立て続けに迫る攻撃を全て防ぎ、受け流していく。
両者が間合いを取った。それから再度の踏み込み。今度は
「はっ!」
凜子の短い気合の声と共に繰り出された斬撃。今度は防御に回ることになった陽炎が見事な剣捌きでそれを受け流す。さらに続けざまの凜子の連撃。しかしそれらもまた、防御に阻まれる。攻防を交代してのやり取りも、先ほど同様互いに有効打が生まれない。
(いや、それよりも……!)
心中で凜子は相手を称賛し、同時に疑問を抱いていた。技量だけならほぼ互角と言ってもいい。そのうえ、ここまで見事に己の太刀筋を読んでいる。しかしそのことにそこまでの違和感はない。相手も自分と同じ逸刀流の使い手、とまずわかった。それ故、凜子もおおよその剣は予測できる。
が、それにしては随分と自分が研究されているとも感じていた。同じ流派だから、というだけでは説明のつかない、何とも言い難い感覚。自分を知る誰かに師事していたというのだろうか。
加えて剣から感じる相手の心。剣を合わせる前に感じた殺気はまるで作られたものだったかのように、今はそれがない。あるとするなら試そうとする気配と、それから最初に述べられた言葉通りの「期待」という言葉を裏付けるかのような、楽しんでさえいる気配。
なぜ自分の剣を詳しく知っているのか、相手が何を考えているのかはわからない。しかし確実なのは、予想より遥かに手強く、このままではいたずらに体力と時間だけを消耗していってしまうかもしれないということだった。
(ならば……!)
やや間合いを離す目的である牽制の横薙ぎと共に、凜子は次へと備える。身をよじって回避した陽炎も反撃に転じようとしていた。そして構えるは両者とも同じ八相に。短い気合の声と共に、振り下ろす太刀筋まで同じであった。
(もらったっ!)
瞬間、凜子は勝利を確信した。自身も相手も渾身の一撃。踏み込みの勢いに加えて、全身の力を込めての斬撃と容易にわかる。
陽炎の技術は確かに優れていた。いや、優れているなどという言葉では生ぬるいほどに研ぎ澄まされていた。凜子と五分に渡り合っている時点でそれは明らかだ。
だが力比べとなればどうか。体格的に優れている凜子の方がおそらくは有利。よしんばそこで拮抗しあうほどであったとしても、己の修練だけではどうしようもない壁が最後に立ち塞がる。
それが得物の差だ。凜子の愛刀、石切兼光は秋山家に代々伝わる大業物。そこに磨き抜かれた凜子の技量と力量が上乗せされての渾身の一撃とあれば、いかに相手が優れていようと、生半可な武器では耐えられない。
凜子の思いを乗せた刀は互いの身体の前で交錯し――しかし、驚愕に目を見開いたのは凜子の方だった。陽炎はこの一撃を受け止めてみせていた。――手に持った刀を折ることも、刃を欠くこともなく。
「馬鹿な!?」
動揺を隠せぬままに、鍔迫り合いを嫌った凜子が飛び退いた。一瞬前に感じた勝利の予感など完全に吹き飛び、冷たい汗が額から流れ落ちようとしている。
「私の技と石切兼光をもってしても折れぬ刀だと……!? 貴様が持っているそれは、我が愛刀に並ぶほどの業物だというのか!?」
陽炎が笑った気がした。口元が隠れているせいで判断はしかねるが、目が僅かに細められている。
「ええ、その通りよ。この刀は大業物の名刀、石切兼光以上でなければ、以下でもない」
「……どういう意味だ?」
「言葉通り。この刀が一体何なのか。それは、あなたが誰よりもよく知っている」
刀身を見せるように刀を持った陽炎へ、何が言いたいかわからないと口を開きかけ――。凜子は己の目を見開いた。
「……馬鹿な……まさか……!」
相手の刀の長さは、凜子の愛刀・石切兼光と同じく二尺四寸五分。そして刀身に浮かぶ
「刃文が全く同じだと!? では……それも石切兼光だとでもいうのか!?」
陽炎は答えなかった。変わらず目を細めたまま、肯定とばかりに刀を軽く振るっただけだった。
「答えろ! 我が秋山家に代々伝わる名刀が2本と存在するはずがない! どこの贋作だ!」
「贋作? 贋作が、『斬鬼』の渾身の力を込めた大業物の一撃を、受け止めることが出来ると思って?」
凜子は答えに窮した。先ほど不可能と頭に思い浮かべたことをそのまま返されては、何も言い返せない。しかし自分の愛刀がこの世に2本あるなどと聞いたこともない。目の前の少女に対する疑惑はますます膨れ上がるばかりだった。
「……貴様、何者なんだ? ゆきかぜのような雰囲気を纏い、私と同じ逸刀流で石切兼光と自称する刀を振るう。そして術は雷遁と空遁、私達と同じ2つの術を、しかも同時に使えるという本来ありえないはずの存在だとも聞いた。いい加減その覆面を外して素顔を見せ、なぜ私達を付け狙ってたのか、話してもらいたいものだな」
「同感ね。私に似てるって言われてるみたいだけど、本当にそうかこの目で確かめてやるから、その覆面を取りなさいよ!」
2人の戦いを固唾を呑んで見守っていたゆきかぜも、一旦2人の手が休まったということもあって口を挟んできた。さらに凜子が付け加える。
「そもそもお前の剣に私を斬ろうという意志が感じられない。あるとするなら……先ほどその口が述べた、『確かめる』という辺りか。だが随分と私達を捜していたくせに、それだけというのはどうにも解せない。
……もう一度尋ねるぞ。貴様は何者なんだ? そして私達を捜していたその目的は? 答えてもらおう。断るというのであれば……力尽くでも聞き出す」
石切兼光を構える凜子の目が鋭く細められた。
斬る。「斬鬼」の名に相応しく。着物姿で刀を持つ美女は、ともすればそれだけで身を竦みあがらせるほどの殺気を放っていた。
しかし対する陽炎は堪えた様子も無いようだった。「やれるものならやってみろ」と言わんばかりにゆらりと正眼に構え、術を発動する。
「忍法……
スパークするような音の後、陽炎の周囲が薄く発光しているように見えた。その術の正体を察し、近くで見ていた雷遁の術使いであるゆきかぜが口を開く。
「防御に回した雷遁……。おそらく筋肉の活性化によって、身体能力を引き上げる術……」
「お見事。一目でそれを見抜くとは、さすがは雷遁の術の使い手」
「……つまり答える気は無し、ということだな。では覚悟してもらう。多少痛い思いをすることになったとしても、文句は言わせんぞ」
「結構。ただし……来るからには本気で来い。空遁を応用する奥義、防ぎ切ってみせよう」
手の内が読まれている。そうわかってもなお、凜子は何も返さなかった。同時に小細工をする気もない。
殺気が膨れ上がる。愛刀を八相に構え、限界まで闘気を昂らせた後、一気にそれを解放した。
「逸刀流奥義! 忍法、真・胡蝶乱舞!」
「斬鬼」の真骨頂。凜子の剣の腕、石切兼光の斬れ味、そして空遁の術の全てが揃って初めて可能となる奥義。縦横無尽に放たれる刃を空遁の術によって「飛ばす」ことで、予測不能の位置から相手を滅多斬りにする。
果たして虚空へと消えた刃は凜子の術によって飛ばされ、背後から陽炎の身体を袈裟懸けに斬ろうとしたところで――。
「嘘でしょ!?」
傍らで見守っていたゆきかぜが驚愕の声を上げた。
陽炎は正面に構えた刀を何もない空間へと振り抜いただけで、背後からの斬撃を受け流していた。凜子同様の空遁の術。陽炎もまた刃を「飛ばす」ことによって必殺であったはずの一撃を防いだのだ。続けて前からの横薙ぎを身を引いてかわし、さらに空遁で飛ばされた背後の刃に対しても、身をかがめつつ空遁で飛ばした刃で弾く。
予測不能なはずの四方から迫り来る刃を、雷遁の術による人間の限界を越えるほどの反射神経と反応速度で。そして刃を飛ばす空遁の術によって。ついに陽炎は全て防ぎ切ってみせた。
「ば……馬鹿な……」
連撃を終え、仕留め切れないどころか一太刀さえ浴びせられなかったことに驚愕しつつ、凜子が呟く。奥義を出し切った彼女の肩は上下し、相応の疲労があることを意味していた。
だが防ぎ切った陽炎も平常ではいられなかった。凜子以上に荒く肩で呼吸し、瞳が歪められている。身体にかなりの負担をかけたということは明らかだった。
「さすがは『斬鬼』……。雷遁と空遁の両方を混合させての防御で、理論上のシミュレーションではこれまで幾度となく成功させてきたのに……。完璧に、は無理だったか……」
これまでの色の無い声色と一転、苦さの滲み出た声だった。そのことを証明するように対魔忍スーツの腕や足の一部が裂け、そこから血が滲み出る。直撃こそ避けてはいたものの、鋭い刃は陽炎の肌にいくつかの赤い筋を作り上げていた。
そしてその刃が掠めていたのだろうか。フードマフラーに切れ目が入り、はらりとフードの部分が落ちた。纏められていた長く茶色い髪がこぼれる。さらにマフラー部分によって隠されていた鼻と口も。
「あ……あんた……。その顔……」
とうとう露わとなった陽炎の素顔を目にし、ゆきかぜが言葉を失うのがわかった。「気配が似ている」。なるほど、そう言われるのも納得だとわかった。なぜなら、今彼女の目の前にいる、覆面対魔忍の素顔は――。
「わた……し……?」
「ゆき……かぜ……」
ゆきかぜと凜子の声が重なる。日焼けをしていないという点と髪型が異なる点以外、陽炎と名乗った少女の顔立ちは、まさしくゆきかぜと瓜二つと言ってよかった。
「……さっき覆面を取れ、とか要求してなかった? 言われたとおり取ったわよ。取れた、と言うほうが正しいけど。……何をそんなに驚く必要があるの? この世には似ている顔を持つ人間が3人はいる、とかって話じゃない。あるいは……」
先ほどの防御の反動がまだ残っているのだろう。震える腕のまま、陽炎は刀を構える。
「……ドッペルゲンガーなんてオカルト染みた話を信じるなら、自分と同じ顔を持つ者に出合った場合、どちらか片方が死ぬことになるわね」
陽炎の視線が丸腰のゆきかぜへと移った。反射的にゆきかぜは身構える。
「凜子先輩、私のライトニングシューターを引き寄せてください。丸腰じゃ……」
「無用だ」
その2人の間に凜子が割って入る。
「……切り札を止められたのに、まだやる気?」
「いや、その気はない。……それはお前も同じだろうがな」
陽炎は答えない。が、構えを解こうともしなかった。にもかかわらず、凜子は刀を構えないままに続ける。
「お前の正体が何者かはわからない。なぜそこまでゆきかぜに似ているのかも、な。確かに他人の空似ということはあるかもしれないが、それほどまでに似ている上に使う忍法が一緒、そして私達を付け狙っていたとなれば偶然、とは考えにくいだろう。……しかし私達を追い回していた理由は、なんとなく察した」
「何?」
ゆきかぜ同様の、クリッと大きな瞳が僅かに細められる。
「さっきも言ったとおり、お前の剣からは斬ろうという意思がほとんど感じられない。だが私の切り札を防いでみせた。そこまで突き動かそうという信念がある……。私を越えたい、勝ちたい。そういう心は伝わってきた。同時に、戦いを待ち望んでいたような気配も」
再び陽炎は沈黙を選択した。凜子はさらに続ける。
「お前の剣の技術は見事としか言いようがない。逸刀流の皆伝クラス、私と同等だ。加えてどこで知ったか知らないが、私のことを本当によく研究している。……斬ろうと思えば、私の攻撃を防ぎ切った後に出来ないことはなかったはずだ。だがそれをやらなかった。それは、目的を果たしているからじゃないか? ……私と戦えて、満足したか?」
深く、ため息がこぼれる。それから陽炎は凜子をまっすぐに見つめた。妹代わりの相棒に見つめられるような既視感が凜子の心に浮かぶ。
「……半分は、正解よ。確かに私はあなたと戦いたかった。『斬鬼』と呼ばれる凄腕剣士を越えたい。そう思っていたのは事実よ。でもそれはあなただけに限った話。水城ゆきかぜを追っていた、という理由にはならない」
「確かに。だからそれは、その口から聞きたい。殺そうというだけなら闇討ちなりなんなり、もっと違う方法があったはず。そんな方法を取らなかったということは、ゆきかぜに対しても命を奪うことが目的ではなかった、ということだろう? では、ゆきかぜに対するお前の目的は何だ?」
三度の無言。それでも凜子は優しい口調で続けた。
「……何か訳ありなんだろう? もしそうなら、話してくれないか? 出来ることなら力になる。訳もわからず付きまとわれ、かといって命が狙われているわけでもないとなると、こちらもどう対処したらいいかわからないからな」
「凜子先輩、それは人がよすぎませんか?」
「では明確に敵対するか? ……私はお前に似た顔の、性格もどこか似ている人間を、本気で命を奪うつもりで斬りたいとは思わないよ」
「なっ……!? まだまともに話してもいないじゃないですか! 顔と術以外に、私とこいつのどこが似てるっていうんですか!」
視線だけを背後のゆきかぜの方へと向け、フフッと凜子は小さく笑う。
「その勝気なところだよ。そして意地を張るところもだ。長年付き合っている相棒のことだ、よくわかる。陽炎、お前もその性格の自覚は……」
ゆきかぜに向けていた視線を戻したところで、凜子は言葉を止めた。目の前の陽炎は、実に複雑な表情をしていた。そのことをどこか嫌がっているような、いや、それ以上に悲しんでいるような。そんな色を含んでいた。
「似ている、か……」
ポツリと、そう小さく陽炎が呟いた。それから大きくため息をこぼす。
「……ひとつだけ聞きたい。水城ゆきかぜ、秋山凜子。あなた達は、対魔忍としての誇りを持っている?」
「何よそれ? そんなの当然じゃない」
「ああ。考えるまでもない」
2人は即答だった。返答を受け、陽炎はさらに質問を重ねる。
「仮に敵に捕まって、どんな拷問や辱めを受けたとしても、その誇りを失うことなく持ち続けられると言える?」
今度は間があった。それでも2人とも、先ほど同様はっきりと言い切る。
「たとえ何があっても、その心を忘れることはないわ。捕まっても、必ず味方が助けてくれると信じてる」
「私も同じ考えだ。たとえこの身体にどんな苦痛や辱めを受けようと、心までは支配できない。そう考えている」
「……そう」
陽炎は構えを解いた。そして刀を鞘へと収める。
「その言葉、忘れないで。もし忘れるようなことがあれば……。その時はこの手で殺す。私が言いたいのは、それだけよ」
「何よ……。あんた、そんなことを言いたいがために私達を追い回してたの!?」
「……それでいいのか? 私とは剣を交えたいというのがあったのだろうが、ゆきかぜに対してはそれだけか?」
ふと、緊張の色を纏っていた陽炎の瞳からその気配が消えた。まっすぐ、何か思うところがあるようにゆきかぜを見つめる。それから何かを言おうと口を開き――だが、声を出さずに何かを呟いたのか、僅かに動いただけだった。
その一瞬の間の後、目を閉じて顔の角度を僅かに変えて陽炎は頷いた。
「……いい。それだけで、十分よ。私は消えるわ。任務の邪魔をしてごめんなさい。そして……ありがとう」
陽炎の口から出た謝罪と感謝の言葉に2人は面食らった。そうこうしているうちに陽炎はこの場から離脱しようと印を結ぼうとしている。
しかし、その時だった。
「あらあら、もしかしていい話でしたーみたいな雰囲気にして終わろうとしてるのかしら?」
不意に、部屋の外から挑発的で色のある女の声が聞こえてきた。直後、部屋の入り口の扉が切り裂かれ、蹴破られる。
その先にいたのは、屈強そうな筋肉に身を包んだ魔界の住人達であった。そしてその連中を束ねるように先頭に立つ、妖艶な笑みを浮かべた1人の美女――。
「……朧」
ポツリと陽炎が呟いたその名に、背後の2人の対魔忍達が目を見開く。
「朧……だと……?」
「そんな……! アサギ隊長が確かに死んだのを目撃したと言ってたはず……!」
凜子とゆきかぜの言葉を聞き流し、朧は軽く鼻を鳴らした。
「そうらしいねえ。でも生憎、こうして私はここにいるわけだ。……ま、用があるのはあんた達の方じゃないんだけど」
そして朧はゆっくりと視線を陽炎の方へと移す。
「また会ったわね。ちょっと久しぶり、かな? 陽炎ちゃん?」
「……私を知っているの?」
怪訝そうに尋ねる陽炎。対する朧は笑い声を溢していた。
「知っているか、ですって? もしかして私のことを忘れちゃったの? 随分と白状なのね。あんなことをした女の顔を忘れちゃうなんてねえ」
「あんなこと……?」
口走ったゆきかぜを、朧は意味ありげに軽く一瞥しただけだった。しかし一方、陽炎は朧の言葉に明らかに動揺している様子であった。
「貴様……まさか……」
「なあに、本当に忘れちゃってるの? あんたの目の前で……ウフフ……」
妖艶で、不気味な朧の笑顔が、そこにあった。
「……あんたの母親を殺してあげたってのにさあ!」
「お……ぼろ……」
ギリッと歯を鳴らした陽炎の表情が、一気に怒りに染まる。
「朧ォ!」
腰の刀を抜き、陽炎は一気に踏み込んだ。対する朧は手甲の鉤爪を展開させてその刀を受け止める。金属音が響いて両者の得物から火花が走り、眉を吊り上げた陽炎と口の端を上げる朧は対峙した。
「やっと思い出したみたいね?」
「忘れてなどいない! 忘れるものか! よくも……よくも母さんを!」
「アッハッハ! どの口が言うのかね、そのセリフ! あんた、母親に罠に嵌められて捕まって、嬲り者にされたんだろ? だったら、そこから助ける形になった私には礼ぐらい言ってくれもいいんじゃないかしらね!?」
「黙れ!」
「それとも、
「黙れええぇ!」
刀を一度引き、力任せの打ち込み。鉤爪を交差させた朧が再び防ぎ、続けて爪を横に薙いで陽炎の追撃を止める。
「くっ……!」
一度間合いを取り直す陽炎。再度踏み込もうとしたところで――。
「そこまでだ、陽炎。……ゆきかぜ!」
陽炎が凜子に腕を掴まれた、と感じた次の瞬間。3人の姿は忽然と消えていた。
「あらら、逃げられちゃったか。残念」
言葉ほど残念がる様子もなく朧は呟き、軽く鼻を鳴らす。
「ここに潜り込んでたっていう別の対魔忍とそのバックアップの連中は?」
朧に問われ、店の店長らしき男が頭を下げつつ謝罪の言葉を述べ始めた。
「も、申し訳ございません朧様……! 部屋に踏み込んだ直後に逃げられてしまったそうで……。バックアップの対魔忍と合流したらしく、足取りも不明と……」
「そう。ま、捕まえたら交換条件に使えるか、私の遊び道具にするかぐらいだったから、いいけど。今日の失敗は目を瞑ってあげるわ」
「あ……ありが……」
礼を言おうとした直後、店長の男の声が悲鳴に変わった。朧の鉤爪の1本が店長の頬を抉っていた。
「次似たような失態をしたら、今度は首を掻っ切る。……何ヶ月もの間対魔忍に潜入されていたことに気づかなかったなんて、間抜けもいいところだものね?」
「お……おっしゃる通りでございます……。申し訳……ございません……」
血の溢れる頬を押さえつつ、店長は額を床につける。それを一瞥した後、朧はどこか楽しそうに呟いた。
「やっぱりあの陽炎だったわけね。……面白くなってきたわ。フフフ……」
ユキカゼ2が4月発売に延期になってしまった……。オープンした公式サイトを見て楽しみにしながら待つことにします。
植物を武器にするらしい木遁の術使いである新キャラの高坂さんは魔界植物学者のエンシェイとの相性がよさそう。