※この作品はR-18です。

陽炎の揺らめき   作:天木武

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罠 その2

◇

 

 

「はあっ!」

「せやあーっ!」

 

 夜の廃工場に2人の気合の声が轟いた。次には金属の音が響き、アスカの義肢から展開した鎌状の対魔ブレードと、イングリッドの手に握られるショートソードのダークフレイムが交錯する。

 

「ちっ……」

「ほう……」

 

 そして互いに得物を引いて飛び退き、間合いを取り直した。だがその表情は対照的。苦いものが浮かぶアスカと、不敵に笑みを浮かべるイングリッド。両者とも、今の一合で互いの力量を察していた。

 

「やるな、『鋼鉄の死神』。二つ名は伊達ではないらしい」

「あんたもね。さすがはあのブラックの右腕、実力は本物ってことか」

 

 実力は互角。いや、単純な正面切っての戦いとなれば自分の方が不利かもしれない、とアスカは判断した。「魔界騎士」と呼ばれるだけあって剣の腕は相当な物。このまま真っ向から戦闘を続ければ、いずれ自分が危うくなるかもしれない。

 しかしそれは真っ向から戦えば、という話である。アスカは対魔忍だ。忍びには忍びの戦い方がある。そして鋼鉄の四肢という通常ではありえない武器を持つ彼女は、予測不能の奇抜な戦い方を得意としていた。

 故に勝ちの目がないわけではない。むしろ、自分のペースに引き込めれば、十分に勝機は見出せる。そう判断した。

 

 再びアスカとイングリッドの得物同士が火花を散らす。一撃の重さで勝るイングリッドが、鋼鉄の腕を持つアスカを僅かに押し返し、数歩後ずさらせた。

 

「どうした『鋼鉄の死神』! その程度か!?」

 

 たたらを踏むアスカにさらに追撃をかけるべく、イングリッドが踏み込もうとした、その時。

 

「アンドロイド・レッグ、スパイラルキック!」

 

 アスカの鋼鉄の足からも対魔ブレードが生え、相手目掛けて振り抜かれる。

 

「足にもブレードだと!?」

 

 咄嗟の判断で踏み込む足を止めて後ろへと飛びつつ、ダークフレイムでその攻撃を迎撃。両者は再び間合いを取り直す形となった。

 

「なるほど。機械仕掛けの手足故に可能となる攻撃か。正直なところ機械などと侮っていたが……。評価を改めよう」

「そいつはどうも。それじゃアンドロイド・アーム&レッグの真骨頂。行くよ!」

 

 構えた状態から予備の動き無く、急加速と共に一気にアスカは間合いを詰めた。

 

「なっ!?」

 

 生身ではないために可能となる、機械独特の動き。予備動作無しに瞬間的にトップスピードに到達するという予測できなかった動きに動揺しつつも、迫り来る対魔ブレードに対してイングリッドは見事な剣捌きで防御してみせていた。

 

(さすがはブラックの側近中の側近……! 所長相手に互角にやりあったというのも納得だわ……!)

 

 刃を交えるたび、両腕に重い衝撃が走る。腕に内蔵された超電磁モーターが出力を上げ、イングリッドの斬撃に対抗すべく人工筋肉がそれに応えていく。超合金のブレードを己の風神の術でコーティングしているにもかかわらず、ダークフレイムの斬れ味はそれに劣ることはなかった。

 幾度かの交錯を経て、互いに飛び退く。決め手に欠けている。状況は五分。単純な技術勝負ならイングリッドに軍配が上がるかもしれないが、機械仕掛け独特の動きに加えて蹴りにも一撃必殺の力のあるアスカがそうはさせていない。

 

(とはいえ……)

 

 イングリッドは明確に仕掛けては来なかった。アンドロイド・アーム&レッグの未知の力を警戒してのことかもしれない。事実、アスカはまだ切り札を見せていない。しかし我慢比べ、などというのはアスカの性分に合わないことだ。

 

(だったら、何枚か手の内を明かしてやる。これを避けられるものなら……)

 

 先ほどと同じ、予備動作は無し。不意の踏み込みで地を蹴り、アスカがイングリッドに迫る。

 

「避けてみろ! アンドロイド・アーム……」

 

 振るわれる左手のブレード。イングリッドは今度はその踏み込みを見抜き、それをあっさりとダークフレイムで打ち払った。だがアスカの狙いはここではない。今の一撃は囮。続いて繰り出されるは――。

 

「マッハパンチ!」

 

 鋼鉄の右腕が唸りを上げる。さらに腕部に内蔵された推進剤を噴射させて急加速。命中すれば間違いなく身体を打ち砕き貫くであろう拳が放たれる。

 

「甘いっ!」

 

 しかし当たれば破壊力抜群の一撃であろうと、当たらなければ意味はない。パワー重視の一撃と瞬時に見抜いたイングリッドは受け止めるという選択を最初から捨て、身を翻してその攻撃を回避した。

 威力を込めた一撃にアスカのバランスが崩れる。それをイングリッドが見逃すはずが無い。

 

「終わりだ!」

 

 体勢を立て直す隙さえ与えず、イングリッドはアスカの首元目掛けて剣を振るう。回避も防御も不可能。魔界騎士が討ち取ったと感じた瞬間――。

 

「何ッ!?」

 

 アスカが消えた。いや、よく見れば身体を沈み込ませ、イングリッドの視界外に逃れていた。その膝関節は通常の生物の構造ではありえない逆関節へと曲がっている。

 

「あんまりこれ……やりたくなかったんだけどさ!」

 

 マリオネットモード。通常の稼動範囲のリミッターを外し、痛覚も遮断することで逆関節までの稼動を可能とするアンドロイド・アーム&レッグの機能のひとつだ。しかし動きの見た目があまりにロボットそのものであるために、「気持ち悪い」という理由でアスカはこれの使用を嫌っている。だがこの状況では背に腹は変えられない。そして予測不能の動きまで計算に入れていたはずのイングリッドでさえ、この動作にはついてこられなかった。

 

「もらったっ!」

 

 さらに内蔵されたオートバランス機能を駆使し、片足と手でバランスを取りながら、もう片方の足をブレードと共に蹴り上げる。首を狙ったそれは間一髪、鼻先を掠めてイングリッドが回避した。

 

「風神・陣刃(じんば)!」

 

 だがアスカの追撃は止まらない。身体を起こすと同時、風神の術を組み合わせて両腕のブレードを振るう。荒れ狂う風はかまいたちの如く相手を切り刻まんとイングリッドへと迫った。

 

「はああああっ!」

 

 気合一閃。ダークフレイムに渾身の力を込め、イングリッドが風の刃を薙ぎ払う。その刀身に、僅かにどす黒い炎が宿っているのを、アスカは目にしていた。

 

(魔界の炎……?)

 

 アスカが魔界の炎と予想を立てた禍々しい炎の力もあってか、イングリッドはアスカの術を打ち払った。が、完全には防ぎきれなかったか、美しい頬に一筋赤い線が走る。

 

「……カラクリ仕掛けの動きからの術を使っての連続攻撃か。見事だ。まさか私に傷をつけるほどだとはな」

「たかが掠り傷じゃないの。はっきり言って私は今ので決まったと思ってたのに。……その剣、さっき炎を纏っていたように見えたけど、本気でも出したってわけ?」

「少々だがな。ここまで追い詰められることになろうとは、思ってもいなかった。……『鋼鉄の死神』、名をちゃんと聞いていなかったな」

「アスカよ。甲河アスカ」

 

 フッと不敵にイングリッドは笑った。強敵と戦えることを楽しむような笑み。相手がまだまだ余裕とわかると、アスカも思わず笑みを、ただし苦笑ではあるが、浮かべていた。

 

「甲河アスカ。その名、覚えておこう。……光栄に思うがいい。全力でいくとしよう。これから見せるのは、実に久しぶりとなる私の切り札だ。私自身あまり好まないものではあるが、貴様はこれで葬ってやる!」

 

 イングリッドの殺気が膨れ上がる。瞬間、ゾワッとアスカは総毛立った。

 

(ヤバい……。何かわかんないけど、絶対ヤバい……!)

 

 直感的にわかるほどの危険な気配。これまでの戦い方では到底叶わない。こちらも切り札を切るしかない。

 

(対魔超粒子砲は外れたら隙が大きすぎる……。なら……アクセルモードで……!)

 

 アンドロイド・アーム&レッグのリミッターを外し、稼動速度を急激に上昇させるのがアスカの切り札、アクセルモードだ。これは本来対アサギの光陣華を想定して装備されたシステムで、理論上はその光陣華と同等の効果が出せる、ということになっている。しかし当然四肢にかなりの負担がかかるために、使用したら完全オーバーホールが必要という代償が伴う。加えて状況判断は生身のアスカが行う以上、アスカ本人への負担も軽いものではない。

 それでもここで出し惜しめば命を取られかねない。そうアスカは決断した。超電磁モーターの稼働率を高め、いつでもアクセルモードに移行できるよう、準備に入る。

 

「覚悟はいいか、甲河アスカ! 魔界より召喚せし邪龍グルニエの贄となり、魂までも焼き尽くされ……」

 

 が、その時。

 

「ちょっとちょっとイングリッド、あんたらしくもなく熱くなりすぎじゃないの?」

 

 不意に聞こえた女の声に、イングリッドとアスカの視線が動いた。

 

「お、お前は……!」

「……朧」

 

 赤いレオタードの上から黒のロングジャケットを羽織り、妖艶な笑みを浮かべた美女。朧がそこに立っていた。

 

「そんな……。あの時確かに……!」

 

 信じられないという目で見つめるアスカに軽く笑みを返してから、朧はイングリッドを見つめる。

 

「何をしに来た? いや、そもそもどうして私がここにいることを知っている?」

「ちょっとした話を小耳に挟んだんだよ。ここであんたが『鋼鉄の死神』と会うらしい、ってね。まさかあんたに限って裏切るなんてことも、戦ったとしてこの小娘に負けるってことも無いだろうとは思ったけど、一応保険はかけておこうと思ってさ。もしもの時のために出張ってきたんだよ」

「余計なお世話だ。現に今私はこいつを倒すところだった」

「邪龍グルニエを召喚してまでかい? 使ったら最後、あんたでさえ自我を保てなくなり、しばらくの間呼び寄せた邪龍の本能の赴くままに殺戮と破壊の限りを尽くすハイリスクな手段だってのに?」

 

 驚愕の表情を浮かべるイングリッド。だがそれは次にその顔は懐疑へと変わっていた。

 

「……貴様、なぜ私の邪龍召喚のことを知っている?」

「噂だよ、噂。私は直接的な力じゃあんたみたいな存在には叶わないからね。情報を武器にしないと」

 

 アスカの視線の先でノマドの女幹部2人はなにやら話を続けているようではあった。その2人から取り残される形になっていたが、アスカの心の中に浮かんでいたのは焦りであった。

 

(イングリッドに加えて朧……。この場でまとめて相手にするのは……いくら私でも厳しい物がある……。そもそもなんで朧が生きているの? あの時確かに爆殺した……。それはアサギさんも確認しているから間違いないはずなのに……! とにかくこのことは、なんとして所長と、そしてアサギさんに報告しないと……)

 

 焦燥を抑え、逃げの手を考える。と、そこでアスカはひとつの妙案へと辿り着いた。

 

(……いや、待てよ。どうせ逃げるなら最後にダメ元、かつ怯ませる意味で、対魔超粒子砲という手があるか! 丁度いい具合に2人は薙ぎ払える範囲内にいる……。あわよくば……!)

 

 アクセルモードに並ぶアスカのもうひとつの切り札、対魔超粒子砲。アクセルモード同様、使用すればメンテ必須、連発は基本不可能という制約がついてはいるものの、敵を薙ぎ払う協力無比な必殺の超電磁ビームは、あのブラックさえも消し飛ばしたという実績を持つ。故に当たりさえすれば誰であろうと死が約束されている。そしてイングリッドと朧は一度に薙ぎ払える範囲内にいる。なら、次に切るべきカードはこれだ。外したとしても動揺を誘った隙にこの場から離脱できる。そう判断して、両腕を発射状態に移行させるべく放熱板を開いた。

 

「あら? もしかして対魔超粒子砲を撃とうとか、考えちゃったりしてる?」

 

 が、直後にイングリッドとの会話を打ち切って聞こえた朧の言葉に心臓を鷲掴みにされる感覚を覚えた。行動が読まれている。それに武器の名前まで。だが関係ない。当たればそれまでだ。そう割り切り、アスカは両掌を突き出して吠える。

 

「食らえ! アンドロイド・アーム、必殺ぅぅぅ!」

 

 だがそんなアスカを嘲笑うかのように。いや、実際に朧は不気味に微笑を浮かべ、ポツリと呟いた。

 

「……緊急停止コード、『コキュートス』」

 

 その瞬間、だった。

 

「対魔超粒子……えっ……?」

 

 突き出されていたアスカの両腕が力無く垂れ下がった。義肢の要である超電磁モーターの稼動音が小さくなり、やがて消える。同時にアスカの視線が地面へと落ちた。

 

「な……んで……?」

 

 自分が地面に倒れこんでいると、アスカはその時になってようやく気づいた。だが動かそうとしてもアンドロイド・アーム&レッグは全く動いてはくれない。

 

「嘘……なんで、なんでよ! 動いてよ! 一体何が……!」

 

 以前のノマドとの戦いの際に、鋼鉄の手足の自由を奪われ、性感帯にまで仕立て上げられた悪夢が蘇る。あんなことはもう二度とない。そう信じていたはずだったのに。

 

「そんな……! 過負荷なはずはない……どうして……!」

「言ったでしょ? 緊急停止コードって」

 

 動く首を上げると、そこに妖艶な朧の笑顔があった。

 

「緊急停止コード……。なんで……なんであんたがそれを……!」

「よかったわ、私が知ってるコードと一緒で」

「答えてよ! なんであんたが所長しかしらないはずの緊急停止コードを知ってるのよ!?」

「さっきの私とイングリッドとの話を聞いてなかった? 私の武器は情報だと言ったわよね? コードを知るのも、『仮面の対魔忍の空白の期間』なんていかにも食いつきそうな内容のメールを飛ばして、おたくのセキュリティ抜けてあんたをここに誘い出すのも、わけないのさ」

 

 アスカは目を見開く。メールの送り主は陽炎だと思っていた。だが違う。目の前の、蘇った悪しき女の行為だったのだ。

 

「じゃあ……所長の空白の期間は……」

「間が空いていた、ということぐらいは情報屋を当たればすぐにわかる。その理由までは私も知らないよ。……それでもあんたには効果があった。ここにこうしているんだからねえ」

 

 そして朧の狙い通りに罠に嵌められてしまったと、ようやく気づいた。なぜ知っているかはわからないが、アンドロイド・アーム&レッグの緊急停止コードという絶対のジョーカーを手に、朧はアスカをおびき寄せた。このままではまずい。そうわかりつつも、もはやどうすることも出来ない。

 

「とにかく、これであんたは武器である手足を動かすことはできない。芋虫さんってわけね」

 

 いつか体験した既視感(デジャヴ)。そういえばブラックに挑んで返り討ちに合い、手足を失った時もこうなり、朧に蔑まれたという記憶が蘇る。だが、まだだ。

 

「風神……」

「させないよ」

 

 苦し紛れとわかりつつも、術によっての逃走という算段を立てた直後、朧のブーツの爪先が横たわるアスカの鳩尾に突き刺さる。防御も出来ずに受けた蹴りに、アスカは悶絶した。

 

「が、はっ……!」

「手間はかけさせないでよね。……これからもっと手間がかかるんだろうから」

 

 腰を下ろして片膝を付いた朧の手がアスカの顎にかかり、強引に上を向かせた。その女を睨みつけ、憎々しげに吐き捨てる。

 

「くっ……! 殺すなら……殺しなさいよ……!」

「安心しなさい。殺しはしないわ」

「何ですって……? あんた……何がしたいのよ……?」

「簡単な話。……あなたが欲しいのよ、アスカ」

 

 これまでと一転、どこか安堵感を覚えるような優しい声色だった。その声も、自分を見つめる瞳も不気味だとわかりつつ、アスカは目を逸らすことが出来ない。まるで魅了されてしまったかのように、目の前にいる憎き女がそうではないようにさえ思えてくる。

 

「私が……欲しい……?」

「ええ、そう。私と一緒に来なさい、アスカ。あなたにやってもらいたい役割が色々あるの。でもまずは……」

 

 その時。アスカにかけていた手を離し、朧は飛び退いた。一瞬遅れて、その場を刃が過ぎ去る。

 

「くっ……!」

 

 両腕が動かないために庇うこともできず、アスカの顔が地面へとぶつかる。そうしながらも何が起こったのかを見極めようと視線を移し、彼女は息を呑んだ。朧と自分との間に割って入ったのは、目以外を覆面で隠した対魔忍の少女。

 

「陽炎……?」

「おやおや、陽炎ちゃんじゃないの。私の邪魔をするの?」

 

 名を呼ばれた陽炎は何も答えない。代わりに刀を鞘に収めた右手でクナイを、左手で銃を抜き、朧とイングリッド目掛けてそれぞれ放った。

 

「この程度!」

 

 両者とも難なくそれらを得物で弾き、踏み込もうとする。が、直後に一瞬動きが止まった。その隙を見計らったかのように陽炎はアスカを抱えるとなにやら印を結び、そしてその場から消え去った。

 

「あらら。逃げちゃったかしら」

「失態だな、朧。私の戦いの邪魔をしておいてこの様とはな。貴様には聞きたいことが山ほどあるが、まずはこの落とし前をつけてもらうところから始めなくてはならないらしい」

「失態? それはお互い様でしょ。……あいつの銃弾を弾いてそのまま飛び込んでくれれば、逃げられずにすんだかもしれないのに」

 

 思わず、イングリッドが言葉に詰まるのがわかった。笑みを浮かべて朧は続ける。

 

「今のは雷遁の術を応用しての攻撃よ。銃弾とクナイに雷撃を纏わせて放った。命中すれば雷の力により大ダメージが、弾いたとしてそこから流れる雷撃で、対処をしていなければ一瞬動きが阻害される。まあ、かくいう私もその手を食らっちゃったんだけどね」

「知っているのか? あの覆面の対魔忍のことを。以前少し話していた気もするが……」

「ええ、それはもう。雷遁と空遁を同時に扱える稀有な存在、『空雷(かららい)の対魔忍』。今逃げたのは空遁の術によるものね。いわゆる瞬間移動よ」

「何にせよ逃げられたことに変わりはないというわけか」

 

 なおもそのことで叱責しようとするイングリッドに、しかし朧の様子は変わることはなかった。不快感を全く示さず、愉快でさえあるようだった。

 

「違うわ。これも私の掌の上でのことよ。この周囲に多数のドローンを配置し、さらに私の息のかかったノマドの構成員やら魔族やら魔物やらを大量に待機させておいた。奴の切り札である空遁の術は一度にせいぜい1キロが跳躍の限界。加えて体力を大きく消耗する。さっき邪魔をするときも使っているから、ここまで数度使っているでしょう。そうね、使えてせいぜいあと3回か4回が限度ってところかしら。私の網は5キロに渡って敷いてある、向こうは網を抜ける前に燃料切れになるのが関の山。……かくして狙い通り、私は疲労し切った陽炎と手足が動かせないアスカという2人を手中に収められる、というわけよ」

「貴様は2人を捕らえてどうするつもりだ?」

 

 軽く鼻で笑ったかのような仕草を見せてから、朧は答えた。

 

「仲間にするのよ。あの2人はとても強力な存在、かつ、引き入れられる可能性は十分にあるからね」

「仲間だと? 本気で言っているのか?」

「勿論本気よ。その自信がなければ、陽炎もアスカもここにおびき寄せ、味方のあんたまで使うなんてことはしないでしょう? ……ああ、あんたを利用したって点だけは素直に謝るわ。ただ、敵をすぐに見下すあんたに知っておいてもらいたかったのよ。陽炎とアスカ、この2人がどれだけ厄介な存在で、味方に引き入れれば強力な戦力になるか、ってことをね。実際問題として、ここで手を合わせなかったら、あんたはあの2人を見下したまま、私が仲間に引き込みたいと言っても一笑に付して終わりだったでしょうから」

 

 思わずイングリッドは答えに詰まった。確かに『鋼鉄の死神』も『覆面の対魔忍』も眼中になかった。だが戦ってみて、少なくともアスカの実力は本物だと考えを改めさせられた。

 そんな魔界騎士の心中を知ってか知らずか。まるで気にも留めていない様子で朧は続けた。

 

「万が一あの2人が完全に逃げ果(おお)せた、なんてことになったら、あんたとアスカの戦いの邪魔をしたことも含めて、いくらでも叱責を受けるわ。もっとも、そんなことにはならないでしょうけどね。……さて、私もあいつらを追うわ。その万が一、を防ぐ意味でも。こんなところまで来させて悪かったわね、イングリッド。後のことはあんたの判断に任せる。私の捕り物を見て行きたいなら止めはしないし、ヨミハラに戻るってんならそれでも構わない。私を監視したいならしばらくそうしててもいい。ま、好きにして頂戴」

 

 そう言い残すと朧の姿は闇へと消えた。後に残されたのはイングリッドと静寂だけ。その静寂の中で、イングリッドはどうにも煮え切らない思いでいた。

 あまりにも今までの朧からかけ離れている行動に思えてならない。それこそ、人が変わったかのように。朧に言われたとおり陽炎とアスカのことをイングリッドが知ろうともしなかったことは事実だ。だが、なぜ朧がその2人を味方に引き込もうなどと言い出したのか。加えて、なぜその2人なのか。

 考えても答えは出ない。しばらくは朧の出方を探るしかないと、ダークフレイムを消して、イングリッドも闇へと消えていった。

 

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