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約束の時間が訪れた。公開オナニー、レズプレイの後に亜人、獣人達の激しい凌辱に晒され、2人は精神的、体力的に大きく消耗していた。だがそんなことはお構い無しと休む間も無く再び移送され、少し前にアスカとイングリッドが戦った廃工場跡へと連行されている。朧がDSO所長を呼び出した場所だ。
異形の四肢を一時的に移植されていたアスカだが、今はもうそれは無い。意思に反して動くということは無くなった代わりに自分で動くことも出来ず、椅子に座らされていた。
陽炎は後ろ手に腕と身体に縄をかけられて拘束されている。足も同様に両足を縛られ、さらに首輪を嵌められて立たされていた。その首輪から伸びる鎖を怪力が自慢である長身のオークが握り締めている。不審な動きをすればすぐにでもその鎖を引き上げて気道を締められる状態だった。
「陽炎、アスカ、状況を説明してあげるわ。見ての通りここには武装した大量のノマド構成員が待機してる。私の合図ひとつで、上の足場から狙いを定めている無数の銃口から火を噴く。いくら凄腕の仮面の対魔忍といえど、ひとたまりもないでしょう。
さらにこの工場の周囲数キロの範囲にわたって私が雇った連中、それもこの間アスカがここに来た時以上の数の連中を配置し、監視と簡易的な攻撃用に無人の小型ドローンも用意してある。もし仮面の対魔忍以外の侵入者がその範囲に踏み込もうものなら、待ち構えた連中が一斉に牙を剥く。だから、あの女以外の誰かが助けに来るかもしれない、なんて考えを持ってるなら無駄よ」
「……たとえ仮面の対魔忍が1人で来ても、お前がアスカを解放するとは思えない。何が狙い……ぐッ……!」
陽炎の言葉は、彼女の背後に立つオークが首輪を引き上げたことで途切れた。が、朧は「いいのよ」と緩めるように指示し、咳き込みながら陽炎は朧を睨みつけている。
「いいところを突くわね。確かにあの女が来たところで、私はアスカを解放する気はない」
「なっ……! 卑怯者!」
アスカになじられても、朧は堪えた様子は無かった。微笑を浮かべ、自分では動くことの出来ないアスカを覗き込む。
「ありがとう。良い褒め言葉よ」
「このっ……!」
「じゃあお前の狙いは何? 仮面の対魔忍を消したいだけなら、何もアスカと私をここに連れてくることも、お前がリスクを冒してここに来る必要もなかったはず」
フフッ、と愉快そうに朧は笑い声を溢す。
「さすがは私のことをよく知ってる陽炎ちゃん。頭が良いわね。確かにあなたの言うとおり、あの女を殺すだけならこんな手の込んだことをすることはない。私があの女を殺したいのは事実よ。でもそれは、鍵でしかない」
「鍵?」
朧はすぐには答えない。意味深な笑みを浮かべ、アスカの頬へと手をかけた。
「やめろっ……! 私に触るな!」
「そうつんけんにしなさんな。傷つくじゃないの。……ねえ、アスカ。前も言ったけど、私はあなたが欲しいのよ」
「……ッ!」
アスカにとって敬愛する人に似た声で囁かれ、安堵しようとする心と拒絶しなくてはいけないという心が入り混じる。
「あなたの心の強さはさすがだわ。あれだけ可愛がってあげれば少しは私に服従の意思を見せてくれるんじゃないかとも思ったけど、我ながら見込みが甘すぎたわね。……一応聞いておくわ。私のものになるつもりはないわよね?」
「当たり前でしょ! 誰があんたなんかの……!」
「じゃあ……。あなたが私のものになると言ってくれたら、仮面の対魔忍には手を出さない、と約束したとしても?」
アスカは答えに窮した。きっと所長は自分のために犠牲を省みずにここに来る。そんな予感はしていた。では自分はどうだろうか。それだけ思ってくれている相手のために、我が身を投げ打つことは出来るだろうか。いや、仮に投げ打ったとして、それがあの人のためになるのだろうか。
「……ほんと、普段は人の命なんて何とも思ってないように切り刻むくせに、根は優しい子なんだから」
心を見透かされたかのように耳元で囁かれた言葉に、アスカは小さく身を震わせた。
「大切な人は失いたくない? ……そうよねえ。あなたにとって、母親代わりとも言っていい人……。命を懸けて、あなたを助けてくれた人……」
「や、やめて……!」
凌辱で強引に心を壊そうという方法とはまた違う、じわじわと心が侵食されていくような感覚。大切な愛しい人の声のせいで、わかっていても心の動揺が止められない。
「アスカ、もう1度聞くわ。あなたが欲しいの。私のものにならない……?」
「なっ……ならない……! お前は所長とは違う……! 大切なあの人を汚し続ける存在である、お前なんか……!」
懸命に顔を逸らしながら、アスカは叫んでいた。しかし拒絶されたはずの朧は怒りでも落胆でもなく、どこか楽しそうな表情を浮かべたままだった。
「そう。まあ、それならそれでいいわ。……じゃあ仮面の対魔忍は、あなたの目の前で私が殺してあげる」
「えっ……」
今度の声は、それまでとは真逆だった。誘惑しようとしていた不気味な暖かさは消え、冷たい鋭利な刃物のような声だった。
「あなたが悪いのよ? 私のものになると素直に言ってくれれば、あの女の命ぐらいは見逃してあげたのに」
「そんな……」
「アスカ」
と、そこまでしばらく口を挟まなかった陽炎の声が聞こえた。
「惑わされてはダメ。それがその女の狙いよ。あなたの大切な人を引き合いに出して、心を揺さぶろうとしている……」
「じゃあどうしろっていうのよ! 今の私はこんなに無力で、どうすることも出来ない……。この後所長が来ちゃったら、どうしたらいいのよ!」
感情を剥き出しにして喚かれて、陽炎は口を噤まざるを得なかった。その会話を受け、アスカの傍にいた朧が今度は陽炎の近くへと歩いてくる。
「陽炎、やっぱりあんたは私の狙いに気づいているわけだ」
「……『風神魔将』」
その単語に、朧が歪んだ笑みを見せた。
「ええ、そう。あんたはその存在がどれだけ厄介か、よくわかってるでしょう。部隊を全滅させられて、危うく殺されかけたところを仲間にどうにか助けてもらったこともあったんだから」
「……ほんと、人を苛立たせるのは得意ね、朧。でもまだ分からない点がある」
「何? あんたもここに連れてきたこと?」
「そう。アスカはおおよそわかった。じゃあ私は?」
そんなことか、と言いたげに朧は微笑んだ。その仕草に嫌悪感を覚え、陽炎は顔をしかめる。
「アスカにとっての『鍵』は目の前であの女を殺すこと。それで心は大きく乱れるでしょう。でもあんたにはその『鍵』が無い。母親をまた殺すことも考えたけれど、どうも今度はあまりダメージを与えられそうにない。なら……あんたはじっくりとその心を堕としていって、私のもう片腕にする。互いにあの地獄を知っている者同士、きっとうまくいくと思うわ。そして私の傍で壊れていくこの世界を見せて、心を絶望で満たしてあげる。今日はその第1段階、ってこと」
声のボリュームを落して朧は囁くように言った。対して陽炎は思い当たる節があると目を見開く。
「まさか……貴様は、この世界を……!」
「そういうこと。今度こそ、私は勝者になる。……ブラックでもアサギでもイングリッドでも対魔忍共でもない。この朧が、真の勝者となるのよ」
「ふざけ……がはっ!」
何かを言おうとして口を開きかけた陽炎だったが、それより早く朧の膝が腹部に打ち込まれていた。もんどりを打って倒れこもうとするも、今度はオークに首輪の鎖を引っ張られ、気道を締められながら身体を引き起こされる。
「さっさとあんたも堕ちれば楽になれるよ。くだらない意地を張って苦しんで死ぬか、私を志を共にして堕ちて生きるか。どっちがいいかは、あんたが選びな」
「誰が……母さんを殺した貴様などと……」
「あんたを貶めることしか考えなかった母親と、あんたを必要としてる私。どっちの方がいいか、よく考えなさい」
「考える必要も無い……! 貴様のような……ぐうっ……!」
今度は朧の拳が陽炎の腹部へめり込んだ。再び崩れ落ちようとしたところで鎖を引き上げられ、またも無理矢理身体を起こされる。
「ま、好きにすればいいさ。どうせ今のお前には何も出来ないんだ。……ほら、そうこう言っているうちに、お客さんは来たらしいからね」
「所長……!」
朧の声に促されて視線を移せば、そこに1人の魔族の女に先導されるように仮面をつけた女性がやってくるところだった。先導する魔族の女は褐色の肌と白髪に、身体を和風な格好に包んで腰には刀を挿している。魔族の用心棒を生業としている彼女は、その腕を買われて今は朧に雇われていたのだった。
「連れてきたぞ」
「道案内ご苦労様、キシリア。……ああ、ちょっと刀でそいつの影を刺してもらえる?」
「影? 私は影に関する術など使えないが?」
「いいから」
キシリアと呼ばれた女剣士――キシリア・オズワルドは腰から黒い刃の刀を抜くと、言われたとおりに仮面の対魔忍の影を突き刺した。
「刺したぞ。何も起こらないな」
「ありがと。対魔忍の中に影に潜む能力を持つ女がいるのよ。それを警戒しただけのこと」
その朧の言葉が面白かったのか。キシリアに連れられてきた仮面の対魔忍は小さく笑いを溢した。
「随分と臆病ね。そもそも、私が対魔忍と手を結ぶとでも?」
「ええ、思ってるわ。アスカのためならあんたはなんだってするでしょうから。その女の武器は?」
朧に尋ねられ、キシリアは首を横に振り、仮面の対魔忍は両手を広げてみせる。
「最初から丸腰だった」
「抵抗する気はないわ。ただ、約束は守って欲しい。私が来たのだから、アスカは解放して」
抑揚の無い声でそう要求する仮面の対魔忍。だが、朧は声を殺して笑い、侮蔑的な視線を投げかけた。
「約束? そんなものした覚えないわよ? 私は『あんたが1人で来なかったらアスカはどうなっても知らない』と言っただけだから」
「そんなの屁理屈よ!」
「逆上するんじゃないわ、アスカ。こういう時こそ冷静になりなさい」
奥からアスカの非難する声が聞こえてくるも、しかし仮面の対魔忍は冷静だった。愛娘代わりをなだめる余裕さえある。
「その女の言っていることは一理あるわ。確かに、私がここに来たらアスカを解放するなんて一言も言っていない」
「あら、物分りがいいのね。そういう相手は嫌いじゃないわ」
「ありがと。じゃあ、ひとつ頼みがあるんだけどいいかしら?」
「何? アスカを解放しろ、なら却下よ」
口元を僅かに上げ、仮面の対魔忍は形だけの笑顔を作ってみせる。
「ダメ元で言おうと思ったけど先を越されたか。……じゃあせめてアスカと少し話すぐらいはさせてもらえる? これから死に行く女の頼みよ、いいでしょう?」
「……まあいいわ。あまり長いようなら、話の途中でも殺すから」
先ほどの貼り付けた笑顔を崩さず、顔がアスカの方へと向けられる。鉄のアイマスクに阻まれて視線まではわからないが、おそらく優しい目で自分を見つめているのだろうと、アスカは推測していた。
「所長……すみません……」
それ故、まず最初に出てきたのは謝罪の言葉だった。申し訳なさで胸が張り裂けそうになる。自分が迂闊だったがために、こんなことになってしまったと後悔せずにはいられなかった。
「謝罪なら、小谷君からもう受けているわ。彼は全て自分の責任だと言った。あなたに言わずに済ませられたのに、それが出来なかったって」
「でも……!」
「アスカ、私が聞きたいのはひとつだけよ。小谷君は私の『空白の期間』をずっと疑問に思っていたために、あなたにこのことを話してしまったと言っていた。でも、そこの真実など無いの。私が言ったことが全て。私は、あなたの知っているあなた。……それで、私のことを信じてくれる?」
一瞬、アスカは口を閉じて考え込んでいた。陽炎は自分の考えを「おそらくだけど予想がつく」と言った上で「正解ではない」と答えた。その言葉を、所長を信じられるだろうか。
(信じられるに決まってる。……我ながら、まったくもって愚問だったわ)
自嘲的に小さく笑い、強い決意と共にアスカは顔を上げた。まっすぐに母代わりの女性を見据える。
「……捕らわれている時、あなたを一瞬だけ疑ったことがありました。朧はDSOのセキュリティを抜けてメールを送り、所長しか知らないはずのアンドロイド・アーム&レッグの緊急停止コードを知っていた。そのためにもしかしたら、と思ってしまったことがあるのは事実です。ですが、今はそんな思いは微塵もありません。……だから、信じます。所長は罠とわかってなお、私のために来てくれた。あなたは、間違いなくあなたです」
フッと、先ほどまでの貼り付けていた笑みとは別な微笑が仮面の対魔忍の口元に浮かんだ。心から喜んでいるであろう笑み。愛娘代わりでもあるアスカには、そうに違いないとわかっていた。
「……ありがとう、アスカ。その言葉を聞けて、嬉しいわ」
「茶番は、そろそろいいかしら?」
そこで不意に、どこか苛立った様子の朧の声が響き渡った。首の角度を僅かに変え、仮面の対魔忍は朧の方へと顔の向きを変える。
「どうしたの? 声がさっきより怖いわよ? 私とアスカが仲良くしていることに対する嫉妬かしら?」
「黙りな! ……これから死ぬ女が、ちょっと頼みを聞いてやったら調子に乗りやがって。今その心臓を抉り出してやるから、覚悟しなよ」
「まあまあ、そんなに焦らなくてもいいじゃない? お前にも聞きたいことがあるのよ。うちの小谷君に送ったというメールの中身にあった私の『空白の期間』、お前は何を知っているの?」
「知るわけないだろ、あんなのブラフに決まってるじゃないか。ちょっと情報を仕入れればお前がラグがあってDSOに戻ったなんてことはすぐわかる。だからカマをかけて、見事にはまったというだけの話よ」
フフッ、と仮面の対魔忍は小さく笑った。
「何がおかしい?」
「いえ。うまいブラフだと思ってね。そのカマかけにアスカも小谷君も翻弄された。見事よ」
「褒めたところで無駄よ。お前はここで殺す。それは決定事項よ」
「そう。……でも残念だけど、遠慮するわ。そして……アスカも連れて帰る」
「何……?」
「朧様!」
訝しむ声を朧が上げると同時、部下が緊迫した声を上げた。
「どうかした?」
「南東ブロックより報告です。侵入者あり、おそらく対魔忍とのことです!」
だが異常事態の情報を耳にしても、朧に焦りは見られなかった。むしろ逆、先ほどまでの苛立った様子を消すかのように微笑を浮かべている。
「あら? やっぱり対魔忍共と手を取っていたんじゃない」
「さあ、どうかしら? 連中が勝手に来ただけかもよ?」
「排除に向かうか?」
人質2人の傍へと移動していたキシリアが朧へと問いかけた。しかし必要ないとばかりに首を横に振られる。
「不要よ。仮に対魔忍共がここに辿り着けたとして、あとどのぐらいかかる? それで何が出来るというの? だって私はもう目的を成し得る寸前。そこの仮面のクソ女を殺せばおしまいなんだから。さて、それじゃ邪魔も入りそうだしそろそろ……」
「さっき言ったことをもう忘れた? 私はこう言ったのよ、アスカも連れて帰る、と」
「言ってな! 丸腰で周囲から狙われてアスカも人質に取られているこの状況、何か出来るってのかい!? 出来るってんならやってみなよ!」
朧が指示を出し、上の階の足場に立つノマドの構成員達が銃口を仮面の対魔忍へと向ける。避けられるはずがない。仮に避けようとしたとして、アスカが向こうの手に落ちている以上、それも出来ない。
なのに、彼女の口元は笑っていた。まるで、勝利を確信しているかのように。
「そう。じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうわ。……時間切れよ」
「貴様、何を言って……」
その言葉を最後まで言い終えるより早く、だった。つい今さっきまで仮面の対魔忍しか立っていなかったはずの場所のすぐ近くに、突如として2人の人影が現れていた。そして朧の声をかき消し、希望を乗せた凛とした声が、廃工場の中へと響き渡った。
「対魔忍、参上!」