◇
救出部隊として先に後退を始めていたゆきかぜと凜子は、後続の部隊が退路を確保してくれていたこともあって難なく撤退することが出来た。アサギと合流して以後は数機のドローンを相手にした程度で済み、無事救護車へと到着する。
「ゆきかぜ! 凜子姉!」
と、そんな2人の元へ1人の青年が駆け寄ってきた。男性でありながら顔の線は細く、どこか頼りない印象を受けるが、対魔忍であることを証明するように背には一振りの忍者刀を背負っている。
その青年の姿を目にして、ゆきかぜは僅かに頬を赤らめた。一方で凜子はそれを愉快そうに見つめている。
「無事でよかった……。今回は危険な任務って聞いてたから……。それに、装備もいつもと違うわけだし」
「私と凜子先輩が失敗するわけないでしょ! あとこれは強要されてだからしょうがなくよ。……まったく、あんたがそんな頼りないから……」
「こらこら、ゆきかぜ。弟と惚気てくれるのは構わないが、もう少し後にしてくれ。まだ仮にも任務中だ。2人を連れて本部に戻るまでは、護衛任務である達郎の任務は完了とは言えないんだぞ?」
凜子にそう茶化されながら諭され、ゆきかぜと凜子の弟――秋山達郎の2人は思わず赤面する。恋人関係でありながらいつまで経っても進展しなさそうな2人。そんなやきもきする様な関係を見ていじることは、凜子の楽しみでもあった。
「とにかく達郎、毛布か何か、かけるものを持ってきてくれ」
「かけるもの? 何で……」
そう言いかけた達郎は2人の背後に立つ、アスカを抱える少女を見て目を見開いた。
「ゆきかぜが……2人……?」
「彼女がアスカと共に捕らわれた陽炎だ。……あとあまりじろじろ見ないでやってくれ」
「え? ……あ」
顔に気を取られていた達郎はそこから視線を落とし、理由を察すると同時に慌てて目を逸らした。捕らわれていた2人は激しい凌辱を受けたままの衣装。つまり、胸や秘部が露わとなっている状態だったのだ。
「ご、ごめ……」
「見るなって言ってるのよ、このエロ達郎!」
さらにゆきかぜから叱責の声と平手がとんだ。バチーンといい音が響き渡った後で、「も、毛布か何かもらってくる!」と達郎は走ってその場を後にした。
「仲いいんですね」
陽炎の腕に抱かれたままのアスカがニヤニヤと笑みを浮かべつつ、ゆきかぜを冷やかす。
「う、うるさいわね! 何よ、陽炎までその顔! 呆れてるってでも言いたいわけ!?」
「……そういうんじゃ、ないです」
どこか意味深にそう返すと、陽炎は顔を俯かせただけだった。何が言いたいのかわからないとなおもゆきかぜが詰め寄ろうとしたところで。
「毛布、もらってきた! ゆきかぜ、あと頼む」
2人を見ないように目を背けながら達郎はゆきかぜへと毛布を手渡した。ゆきかぜを経由してそれを受け取った陽炎は自分の身体と、それから腕の中のアスカにかけてから達郎へと頭を下げる。
「ありがとうございます、達郎さん。……ああ、あとそれから」
次いで、借りたままであった刀を凜子へと手渡した。
「凜子さん、あなたの魂の刀……石切兼光を貸していただきありがとうございました。お返しします」
「ああ。あとは救護車に。本格的な治療は本部に戻ってからになるだろうが、簡易的な検査や処置をしてもらうといいだろう」
「はい。……改めて、ありがとうございました」
ついこの間剣を交えた時とは全く別人とも思える丁寧な言葉遣いに、凜子は思わず狼狽した。だが同時に、あの時と比べて自然体に近い表情のようにも思える。
「なんだか、雰囲気が変わったな。詳しく聞きたいが……。いずれアサギ隊長が聞くことだろう。その時に、全てを話してくれ」
「……はい」
憑き物が落ちた、という言葉がよく似合うと凜子は思っていた。陽炎は意固地になって独りで戦おうとしていたのではないだろうか。それが、こうして「保護」といえば聞こえがいいが、実質的に対魔忍の監視下に置かれる形となった。そのことで諦めの心と共に、本来の彼女に戻った。そんな風にも感じていた。
「なあ、凜子姉……。俺、あの子に名前名乗ったっけ?」
救護車へと向かう陽炎の背中を見つめながら、達郎はふとそんな疑問を口にしていた。
「確かに達郎さん、って言われたんだけど……」
「よくわかんないけど、あいつ私達のことやけに詳しいのよ。といっても私も凜子先輩も追いかけられてたから当然なんでしょうけど」
「それも気になるが、最後の態度、何か訳ありのようにも思えたな。まあいずれわかるだろう。それより……。ゆきかぜ、お前もうかうかしていられないかもしれないぞ」
「え?」とゆきかぜは首を傾げた。その相棒に、凜子は悪戯っぽく笑いかけて理由を答える。
「お前とよく似た顔をした陽炎だ。説得して仲間になるとなったら……もしかしたら達郎が浮気するかもしれないぞ?」
「な!?」
「り、凜子姉!」
ゆきかぜと達郎の声がダブる。それでも凜子はからかうようにさらに続けた。
「実際、さっき陽炎を見ていたときの達郎は女子を見る目のようにも思えたがな。……まあ仕方あるまい。恋人と似た顔の女子がいたのだからなあ」
「達郎……! あんたねえ……!」
「ご、誤解だゆきかぜ! 凜子姉も適当なことを言うのはやめてくれよ!」
恋人に詰め寄られて青ざめる弟を見て、姉は思わず小さく笑った。こうでもしないと、いや、こうやって冷やかしたところで2人の距離が縮まるか怪しい。
兎にも角にも、救出作戦はうまくいった。無事大役を終えてよかったと、2人のやり取りを見ながら凜子は胸を撫で下ろしていた。
◇
陽炎に抱えられたまま救護車に乗ることになったアスカは、車内に乗ったところで目を見開いた。中には姫萩沙希をはじめとした医療スタッフが待機していたが、その中に1人、よく見知った男性の顔を見かけたからだった。
「小谷っち……」
アスカの瞳に涙が溜まる。陽炎は2人の考えを察して、アスカを抱えたまま小谷の傍に近づいた。そのまま両腕を差し出した小谷は、アスカを抱えると優しく抱きしめる。
「ごめん……ごめんね、小谷っち……!」
「いや、悪いのは僕だ。アスカが無事に戻ってきてくれただけでもよかった……」
「でも、アンドロイド・アームとレッグが……!」
「また作ればいい。だけど、アスカの代わりはいないんだ。だから……戻ってきてくれて、本当によかった……」
本当の兄妹のように見えるアスカと小谷を、静かに陽炎は見つめていた。それから口を開いてポツリと呟く。
「……愛されてるのね、アスカ」
どこか羨望の色も含んだ声だと思ったアスカは、首だけを陽炎の方へと向けた。身体を毛布で隠すように肩からかけてベッドに座る少女は、寂しげに彼女の目に映った。
「命を懸けて助けに来てくれる母親代わりの人がいて、理解してくれる兄代わりの人がいて。……少し、羨ましい」
「な、何よ……急に……」
そこまで言ったところで、捕らわれていた時に陽炎から聞いた話をアスカは思い出していた。彼女は母によって罠に陥れられ、嬲り者にされる日々を送った、と言っていた。もしかしたらそのことで、孤独な自分と姿を比較してしまったのかもしれない。
「いいの。気にしないで。私は……どう足掻いても、結局は孤独なんだから……」
アスカの表情から、何を言いたいのか悟ったのだろう。陽炎は前もってそう言っていた。ため息を小さくこぼし、医療スタッフへと声をかける。
「姫萩さん。横になってもいいですか?」
「え? ええ、つらいんだったら……って、どうして私の名前を……?」
「いずれ……アサギさんに言うことになると思うので……後で聞いてください……。疲れた……。ちょっと……眠ります……」
横になった陽炎はゆっくりと目を閉じる。彼女の言葉通り本当に疲れているような、同時に、もしかしたらもう目を覚まさないような。そんな錯覚を覚え、眠りへと落ちようとする彼女にアスカは声をかけていた。
「陽炎、起きたらあんたが知ってること、全部聞かせてもらうからね」
「ええ……。起きたら、ね……」
まどろむように、覆面で顔を隠し続けていた少女の瞳が閉じられた。心なしか、その寝顔はどこか安らかにも見えると、アスカは感じていた。
◇
「あ、ようやく起きた」
目を覚ますと同時、隣から聞こえた声に陽炎は首を動かした。捕らわれていた間、ある種自分の支えともなっていた聞き覚えのある声。その考えに違わず、隣のベッドの上にいたのはアスカであった。
「よかった、起きてくれて。寝すぎよ、まったく。まるで今生の別れみたいなことを言って眠るんだもの、あのまま起きないのかと思って心配したわ」
「心配……? ああ、まだ私が何者か、説明してなかったものね」
「それもあるけどさ。せっかく一緒に助かったってのにあんたに死なれちゃ、なんか私としても後味悪いし。あと……私を助けようとしたり庇おうとしたり……。それに……いくら自分の意思に反していたとはいえあんなこともしちゃったから……。一応感謝してるし、責任なんかも感じたりしてるわけ」
彼女としては照れているのもあるのだろう。最後の方は視線を逸らしながら、だった。そんなアスカに「ありがとう」と小さく笑みを返してから、改めて陽炎は周囲を見渡した。
アスカと共にベッドの上ではあるが、医務室のような医療用のスペース、というわけではないように思える。それでもどうやら対魔忍本部までは移送されたらしい。緊急に設えた、外部の人間用の応急区画のように思えていた。
「そうか、研究ラボの空きスペース使ってるのか」
「正解……! あんた、本当に対魔忍じゃないの? ここのことまで知ってるなんて」
わざとらしい拍手の音と共にアスカが賞賛を述べる。そこで、「拍手」という行為に違和感を覚えて、陽炎は彼女をまじまじと見つめた。
「アスカ……。その手足……」
上体を起こしたままのアスカは、その言葉に笑みを返した。どこか得意げに、鋼鉄の義肢を見せびらかすように動かしてみせる。
「どう? これでやっと自分で動けるのよ。とはいえ、戦闘機能の無い日常生活用のだけどね。でも、あるのと無いのとじゃ全く別物よ。小谷っち……救護車の中で私を待っていてくれた、うちの技術者がここに持って来てくれたの。所長の口添えですって。対魔忍本部に入れちゃうなんて凄くない?」
「ということはアサギさん達も皆撤収済みってことね。その辺り、どうなったの?」
「特に何も聞かなかったから、被害とか無かったんだと思うよ。あとあんたが寝てる間に医療スタッフの……姫萩さんだっけ? あの人が胎内洗浄だとか、その他諸々のことをやってくれたから、そっちの方も多分心配ないと思う。あの人、細胞を活性化の治癒能力を高める術とか使えるらしいから。あとは……そこそこイケメンだけど性格が残念すぎるドクターが一応付くから問題は無いと思うよ」
状況を説明するアスカの口調は明るかった。この数日の虜囚の日々からようやく解放され、所長を失うことなく再び手足を手に入れた。その喜びで溢れているようだった。
「……っと、ついはしゃいじゃった。あんたが起きたら連絡してもらいたい、って言われてるんだったっけ。アサギさんが話を聞きたい、って」
「ええ、そうだと思ってた。呼んでもらって大丈夫よ。……私の知っていること、全て話すつもりでいたから」
「わかった。……おーい、残念イケメンドクター! 陽炎が起きたから、アサギさんに連絡してちょうだーい!」
アスカが隣の部屋にいるであろう桐生へと声をかけた。一応2人が怪我人ということもあるのだろう、桐生にしては珍しく声を返して済ますだけでなく、顔も出して2人の様子を確認しつつ文句を返してきた。
「誰が残念イケメンドクターだ。俺は今忙しい。随分と元気そうな、お前が自分で連絡したらいいだろう」
「仮にも私って安静の身のはずなんですけど。あれじゃないの、今校長室に重要ポスト皆集まってるから、連絡したら紫さんが出るんじゃない?」
「よし、連絡してやろう」
少し前の発言をあっさりと撤回し、桐生は内線で報告を始めた。シシシとしてやったようにアスカは笑う。
「ほんと紫さん馬鹿の単純な奴。アサギさんに言われた通りにしたらあれよ」
「もう桐生の扱いを覚えたの?」
「まあね。……って、あんたあいつのことも知ってるのか。その謎も、この後明らかにしてくれるの?」
「……そうね」
少し間を空けてから陽炎はそう短く返した。そのことについてアスカはもっと聞きたい様子ではあったが、いずれわかることだろうと飲み込んだらしい。
それからややあって、2人がいる医務室兼研究ラボがにわかに賑やかになった。アサギ、さくら、紫、ゆきかぜ、凜子、果ては仮面の対魔忍という豪華すぎる顔ぶれである。
「おはよう、陽炎。気分はどうかしら?」
堂々とした態度でアサギが尋ねる。その
「悪くないです。ただ、この顔ぶれはどうにも緊張しますけどね。……まず、私を助けてくださったことに感謝したいと思います。ありがとうございました」
「どういたしまして。それで、その代わり、と言ってはなんだけど……」
「わかっています。私が何者か。それを知りたいんですよね? 私が話せることは、全てお話します」
頷いた後で、アサギは対魔忍のエース達の影に隠れるように立っていた1人の女性を前へと促した。肩までのミドルヘアーに水色を基調とした対魔忍スーツ。仮面の対魔忍以外は私服だったが、彼女だけは任務の時そのものという格好であった。
「彼女は……」
「
先に名前と、己の術を言われた音亜は驚愕の表情を浮かべ、アサギの方を振り返る。
「アサギ様、どういうことですか!? なぜ私の名前と術が……」
「その理由も含めて、これから聞くところよ。あなたの術で彼女が本当のことを言っているか確かめながら。……でも尋問のようになってしまうことを謝ろうと思ったけど、どうやら不要みたいね」
「はい。むしろ私の方から音亜さんをこの場に同席させてもらうように頼むところでした。そのぐらい……到底信じられないような話ですし」
述べつつ、陽炎は左手を差し出す。本来は尋問官として自分の忍法と話術を遺憾なく発揮し、相手を追い詰めていくことに楽しみさえ感じる音亜が、明らかに戸惑っていた。ペースを完全に乱され、そもそも普段と全く異なる状況なのだろう。術を使うため、躊躇いがちに陽炎の手に自分の手を重ねた。
「では質問を始めるわ。まずは……。そうね、あなたの本名、から尋ねましょうか。陽炎というのは、あなたの本当の名前かしら?」
コクリ、と陽炎は頷き肯定した。
「本名です。私のフルネームは……
「水城……?」
誰が言ったでもなく呟かれたその苗字に、視線が1人の対魔忍の元へと集中した。言うまでも無く、水城ゆきかぜである。
「ちょ、ちょっと待って! 確かにあんたは私に似てる。それは認めるわ。でも、私の知ってる限り、陽炎なんて名前の人は聞いたことがない! あんた、適当に出まかせ言ってるだけじゃないの!?」
「いえ……。彼女は嘘はついていません」
読心の術を使っている音亜にそう言われては、ゆきかぜは何も言い返せない。陽炎は続けた。
「確かに、知らなくて当然です。私は、
「どういう意味?」
アサギの問いに、陽炎は小さく息を吐いた。直後、読心の術で陽炎の心の中を読んだのであろう、「えっ……」と動揺する音亜の声が漏れた。
「私は、パラレルワールド……すなわち、こことは異なる並行世界からきた存在です」