※この作品はR-18です。

陽炎の揺らめき   作:天木武

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明かされる真実 その1

◇

 

 

「並行世界から来たですって……!?」

 

 信じられない、と言いたげに声を上げたのはアサギだった。だが皆同じ思いだったのであろう。視線は一様に音亜の元に集まっていた。

 

「す、少なくとも……私の術で感知しうる範囲では、彼女は虚偽を述べていません」

 

 どうやらその気持ちは音亜も同様だったらしい。本当だ、とも言い切れずそう言葉を濁していた。

 

「はっきり言って信じられないわ、そんなオカルト染みた話。さくらがふざけて言った未来から来た、なんて話が1番近かった、ってことになるじゃないの」

「未来や過去ではなく、時間軸についてはおそらくこの世界と同時期と思います。この世界にいる私の知っている対魔忍の方々は、私がいた世界と年はほとんど変わっていないようですから」

「……ねえねえかげちゃん、なんかさも当然のように話して音亜さんも手玉に取ってるみたいだけど、本当のことを正直に話した方がいいよ。お姉ちゃん怒ると怖いから」

 

 さくらにそう言われても、なぜか陽炎は小さく笑っていた。小馬鹿にされていると感じ、ムッとした様子で紫が突っ込んでくる。

 

「何を笑っている? 私達を騙せて楽しいか?」

「いえ。……ここでも、さくらさんは私のことを『かげちゃん』って呼んでくれるんだなと思って」

「……あの、音亜さん。こいつ、精神を病んでるとかそういうのじゃないんですか? 自分の中の妄想を本当だと思いこんでいるとか……」

 

 呆れ気味にそう言うゆきかぜ。しかし音亜は首を横に振った。

 

「そういう場合でも私の術なら見抜くことが出来ます。自分自身を催眠状態やマインドコントロールの影響下に置いて尋問から逃れようとする方法はありますから。ですが……彼女はそうではありません」

「でもそれじゃ……!」

「ちょっと待ってゆきかぜ。私を含めて、信じられない者がほとんどだと思うわ。だけど、音亜は陽炎が言っていることは本当だと述べている。……もう少し話を聞きましょう。そうすれば、信じたくなくても信じざるを得ない話が出てくるかもしれない」

 

 アサギにそう言われてはゆきかぜはもう何も言い返せなかった。「……わかりました」と不満そうではあるが引っ込むことにしたようだった。

 

「さて、と。それで並行世界から来たという水城陽炎さんに聞きたいんだけど。なぜこの世界に来たわけ?」

「ここに来たことは私の意思ではありません。言ってしまえば事故、というのが適切かと思います」

「事故?」

「はい。『次元侵略者』という、異世界間を渡り歩くといわれる存在によって攫(さら)われた形なのですが……。そこだけを説明しても到底信じてもらえないだろうし、説明するのも難しいので、順を追って話させていただきます」

 

 ふう、と一旦陽炎はため息を挟んだ。そしてゆっくりと話し始める。

 

「私のいた世界でも、この世界同様、ブラックとの戦いがありました。選ばれたメンバーでヨミハラへと強襲をかけ、そして討つことに成功しました。私もその場にいたので、この目で目撃しています。最終的に1対1の死闘の末、秘めた力を解放してアサギさんがブラックを討ちました。……いえ、討ったと思っているのは私達見ていた者だけかもしれません。もしかしたらあの時ブラックはアサギさんを通して何かをしたのかもしれないですが……。

 とにかく、ブラックは確かに死にました。でも死の間際、持てる全ての力とアサギさんの力をも利用してか、あの世界の因果律を歪めてしまったのです」

「因果律を歪めた……?」

 

 さくらが首を傾げる。

 

「結果には必ず原因がある、という考え方が因果律だ。例えば大雑把に言うと、『手を離してコップが割れた』という事例の場合、『手を離す』という原因によって『コップが割れた』という結果が生じる。しかし、私もなんとなくでしかわからないが、因果律を歪めるということは……」

 

 紫の説明を受け、陽炎は頷いた。

 

「紫さんの予想は当たっていると思います。因果律が歪められるということは、物凄く簡単に言えば『本来なら起こりえない現象が起こりやすくなる』ということです。言ってしまえば、呪いにも等しいもの……。つまりブラックは、あの世界に呪いをかけたのです」

「待った。いくらブラックがアサギさんの力も利用したといってもその……因果律だっけ? それを歪めて世界全てに呪いをかけるとか、そんなことが出来るわけ?」

 

 突っ込みを入れたのはアスカだった。同意するように数人が頷く。が、宿敵であるアサギは違った。

 

「……あの男ならやりかねないわ。なんと言っても吸血鬼の始祖とも言われる存在よ。そんな存在が、死の間際という命を燃やし尽くす瞬間に放出するエネルギーを考えれば、きっと膨大な、それこそ世界の根幹そのものに影響を与えるほどになるかもしれない。場合によっては、世界を作り変えるほどの力さえ持つ可能性も否定できないわ。……私という存在がそこにどれほど絡むのかは、よくわからないけどね」

 

 ブラックをよく知るアサギにそう言われては、誰も反論できない。話の腰を折ったアサギが「続けて」と先を促す。

 

「今言った呪いは、すぐに実例となって現れました。……まず、アサギさんの心が『魔』に乗っ取られました」

「……なんですって?」

「ブラックとの戦いで内なる力を解放しすぎたのか、ブラックに何かをされたのか、もしくは呪いの影響かは厳密にはわかりません。ただ、この世の物とは思えないおぞましい悲鳴を上げた後……肌が青く変色し、それから元の色に戻りました。しかしその気配も顔つきも、もう元のアサギさんのものではなかった……。そのことを証明するかのように、あのアサギさん……『魔人アサギ』と名乗った彼女はこう言ってきたんです。『実にいい気分だ、あなた達もこの甘美な感覚を一緒に味わおう』と。そして、心が魔に染まる瞬間。死んだはずのブラックの意思が流れ込み、彼女の中で共存している、アサギでありながらブラックでもあるとも言いました。それこそが、ブラックがあの世界にかけた呪いの効果、そして狙いだったんです」

 

 そんなことはありえない。そう言おうとしたアサギだったが、陽炎の言葉に何も言い返せなかった。陽炎の言うとおり、己の中に対魔忍の根源の力を持つ「魔」は潜んでいる。対魔忍最強と言われるアサギを遥かに凌駕する力を持つが、解放し過ぎれば自分の人格や身体が乗っ取られる危険性は常々考慮に入れていた。加えてブラックの呪い。それがあるなら、その状況ももしかしたらあるのではないかと思ってしまったのだ。

 同時に、陽炎と初めて会った時の不可解な言動を思い出していた。「ブラックに気をつけろ」と言う発言。それは、目的を果たしたはずが結局は手の上で踊らされ、最終的にブラックが勝者となってしまった状況を見ていたからであろう。合わせて、アサギがまだ健在ということはこの世界でのブラックは討たれていない。そう判断しての発言だったのではないかとも考えていた。

 

「魔の者となってしまったアサギさんの誘惑は、実に甘美に私達に響きました。それでも、どうにか自我を保とうとした。……ですが、アサギさんに対して殊更に強い尊敬の念を抱いている人間は、そうはいかなかった……」

 

 そう言ったところで、陽炎はある人物へと視線を移した。目が合ったことで、その人物は何が言いたいかを察する。

 

「……そうか。私か」

 

 ポツリと呟いたのは紫だった。陽炎は頷き、それを肯定した。

 

「はい。そこで紫さんはアサギさんに魅入られてしまい、元に下りました。その際、彼女の細胞を一部植えつけられ、不死覚醒の能力のおかげか、あるいはブラックの呪いも影響しているのか、同様に『魔人紫』として生まれ変わりました。以後、紫さん……魔人紫は『屍鬼羅刹(しきらせつ)』の異名を持つようになり、魔人アサギの片腕として猛威を振るうことになります」

「ちょ、ちょっと待って! 私は? お姉ちゃんとムッちゃんがそんなことになって、止めようとしなかったの!?」

「さくらさんは2人を正気に戻そうと戦いました。ですが、既に戦いを重ねた後だったことに加えて、2人が強力過ぎる力を手にしていたために逆に重傷を負わされ……。他にも多くの対魔忍の犠牲を出したということもあり、体勢を立て直すために撤退の決断を下しました。それからは、さくらさんは対魔忍のリーダーとして対魔忍達を率い、五車学園の校長も務めるようになります」

 

 誰も口を挟めない。信じていなかったはずの話が、あまりに出来すぎていて次第に真実味を帯びているように感じていた。加えて、なぜ陽炎が対魔忍の内部情報に詳しかったか。それでいて一部ずれているところがあるのか。それらを如実に表しているようでもあった。別な世界とはいえ対魔忍であるなら納得のことではある。何より音亜が一度として否定しないことが、彼女の発言が嘘ではないことの証明とも言えた。

 なおも陽炎は続ける。

 

「ですが、対魔忍陣営に更なる追い打ちがかかります。ブラックとの決戦に向かった対魔忍達で、明確に殉死を目撃された以外の人間で戻ってこなかった者が報告されたのです。さらには、他の任務から呼び戻したにも関わらず、原因不明の失踪をした者も。

 やがて、原因がわかりました。その事件を引き起こした犯人は、私がさっき言った次元侵略者でした。存在しないはずのそいつもまた、『本来なら起こりえない現象が起こりやすくなる』というブラックの呪いによって呼び寄せられ、そしてあの世界の人間を無差別に他の世界へと攫って行ったらしい、という話でした」

「……音亜」

 

 アサギに名を呼ばれて振り返った音亜の顔は青ざめていた。嘘は言っていない。それが明確にわかってしまうが故の反応だと、アサギにはわかった。

 

「これが私がここに来た大まかな流れと理由です。他に聞きたいことはありますか?」

「……山ほどある。でも、何から聞いたらいいか……。えっと、あなたが攫われたのは、その……私が魔人として目覚めた直後?」

 

 陽炎はアサギの問いに首を横に振った。

 

「次元侵略者は断続的に、不規則に現れました。私が攫われたのはそのしばらく後になります」

「じゃあそれまでの間のこと……。そうね、私、と言いたくないけど、魔人アサギと対魔忍陣営がその後どうなったのか。それから他の連中……朧やイングリッドがどうなったのか。それも聞かせてもらえる? 特に朧はあなたと面識がある……つまり、あなたと同じ世界の朧がここに来たと考えるのが自然でしょうから」

「わかりました。……対魔忍陣営は、有力者を多数失い、特にアサギさんと紫さんを失ったダメージは多大でした。さらに後に次元侵略者が原因とわかるものの、当時は原因不明であった失踪も重なります。加えて、済し崩し的にさくらさんが対魔忍を率いる形になったことと、緊急であったために関係の深かった高槻幸奈さんを側近として置いたことで、『身内贔屓』との声も上がり、不満を持った一部の者達が離反するという事態に発展しました。……それもブラックの呪いが関係しているかもしれませんが。いずれにせよ、もはや魔族と戦うだけの力は大きく失われることとなったんです」

「何それ! 私がトップじゃ不満だって奴がいたの!? 誰よ!」

 

 話が逸れる、と言いたげにアサギと紫はさくらを小突いたが、さくらもさくらで引かなかった。仕方ない、と陽炎は口を開く。

 

「あくまで私のいた世界での話ですよ」

「わかってる! でも知りたいの!」

「……離反組のリーダーは神村舞華さんです」

「キーッ! あのヤンキー! 後でとっちめてやる!」

「だから陽炎の世界の話だって。話の腰折るのやめなさい。……でも以前あなたが侵入してきて抜け対魔忍の話をしたあの時、なぜ舞華の名を出したのかはわかったわ。そういう経緯があったからなのね。とにかく、先を続けて」

 

 さくらを咎めて以前のやり取りのことを納得してから、アサギは先を促す。

 

「破壊工作に置いて右に出るものはいない火遁衆と、それから彼女に賛同する好戦的な一派が、独自に魔族と戦うことを掲げました。内部で争うだけの余力も無く、リーダーのさくらさんは話し合いでの解決を要求しましたが舞華さんがそれを拒否。結果、内部分裂ということで対魔忍は大幅に弱体化してこの戦いの蚊帳の外となり、魔族同士の権力争いが激化することになっていきます」

「待て。こんなこと言葉にしたくないが……アサギ様の中にブラックの意思が流れ込んだ、と言ったはずだ。なら、ブラックを失ったこの世界の状況とは異なるはず。なぜ魔族内での抗争激化へと繋がる?」

 

 指摘してきた紫に陽炎は答える。

 

「まずブラックという個を失い、魔人アサギの中に寄生する形になったことをよく思わなかったのが、イングリッドでした。魔人アサギは、自分がブラックを内包した新たなノマドの支配者であると宣言して『新生ノマド』を名乗ります。が、イングリッドはそれを認めなかった。あくまでエドウィン・ブラックという個こそがブラックであるとし、いつかブラックが復活するものという思想の元に『原理ノマド』として袂を分かちました」

「そうか……! あんたが捕まっている時にイングリッドに言った『ノマド原理主義』ってのはそれか……!」

 

 アスカにそう言われ、陽炎は頷いた。一方、アサギが険しい顔のまま質問する。

 

「……じゃあ朧は? あいつがのうのうとその状況を見ていたとも、どちらかの傘下に入るとも考えられないんだけど。あいつは早い段階で次元侵略者……だったかしら。そいつに攫われたの?」

「違います。朧が攫われたタイミングは私と一緒です。あいつが私の母を殺した直後に共に攫われたようですから。朧は朧で2人と別の派閥を形成していました。……ですが」

 

 そこまで流暢に話していた陽炎が不意に言葉を止めた。それから視線をある女性の下へと送る。

 

「……すみません。ここから先は、私の独断で話すのは少々憚(はばか)られます」

「どういうことかしら?」

「私の正体に関わる話だから。そういうことでしょう?」

 

 アサギの問いに答えのは陽炎ではなく、先ほど彼女が視線を送った相手――ここまでずっと沈黙を貫いてきた仮面の対魔忍であった。

 

「はい。……このことを話そうとすると、どうしてもあなたのことを避けられません」

「いいわ。元々アスカを助けたら仮面を外してもいいと、アサギと約束していたもの」

「ま、待って下さい所長! でもそれじゃ……!」

「いいのよ、アスカ。あなたを助けられた。私はそれで満足ですもの。私が正体を明かして、アサギが私をどう思って何をしようが、その時は甘んじて受け入れるわ」

 

 彼女の異名でもある、目元を隠していた仮面が取られた。その姿に、正体を知らないものたちは皆目を見開く。そこに立っていたのは、たった今陽炎から話題が挙がっていた、その人物――。

 

「……朧」

 

 宿敵の名を口にしたのはアサギだった。だが次にその驚愕の表情は、怒りへと変わっていく。

 

「アサギさん、待って下さい! 違うんです、所長は朧ではないんです!」

「何が違うというの! あの女の顔を私が見忘れるわけないでしょう! ……そう、どこかで感じた気配だと思ったら、そういうわけか。今度は何を企んでいるわけ?」

「私の話を聞いてください、アサギさん!」

「彼女は朧ではありません。……いえ、厳密には、彼女こそが朧……甲河朧であると言うべきでしょうか」

 

 感情的なアスカの声と異なる冷静な声に、血が上ったアサギの頭が強制的に冷やされた。それから言葉の真意を知るべく、声の主へと目を移す。

 

「そう……。アスカから初めてあなたの話を聞いた時からもしかしたらと思ったけど……。やはりあなたは知っているのね、陽炎」

 

 次いで仮面の対魔忍――甲河朧がそう問いかけた。

 

「はい。……アサギさん、あなたの知っている朧は、昔アサギさんに斬られるより前にブラックに捕らわれ、人体実験の末に作り出された邪悪な魂を肉体に入れられた存在です。しかし、甲河一族の秘術によって彼女は魂だけを事前に脱出させ、密かに機を待っていた……」

「そして私が単身ブラックに向かって行って死にかけた時に助けてくれたんです。この朧さんは私と同じく甲河一族の生き残り……。私にとって母と言ってもいい人物です。ですから……!」

 

 陽炎に続いてアスカも必死に訴えかけた。だがアサギの表情は変わらない。

 

「……つまり大分前に、対魔忍をまとめていた井河一門と対立して出奔した甲河一族の甲河朧がお前。その後襲撃され、アスカ以外の甲河一族が皆滅び、お前はブラックに捕らわれた……。私が憎んでいるあの朧は、肉体だけはお前のもので、その時点から魂は別物となった。そしてお前は私に以前見せた秘術……『空蝉(うつせみ)の術』で魂だけは逃れた、と。そういうことで合ってる?」

「おおよそ合ってるわ」

「そう。じゃあ朧、聞きたいんだけど、あんたからどうも友好的な空気が感じ取れない。おそらく以前の井河甲河間の確執を、まだ引き摺っているように感じるわ。……私のことが今でも嫌いかしら?」

「勿論よ。腕は超一流のくせに、結局は踊ることしかできない愚かな女。本質を見抜けず、いいように使われる。その評価は、今も昔も変わらないわ。以前から私達、反りは合わなかったものね」

「お、朧さん!」

 

 火に油を注いでどうする、とアスカは所長を止めようとした。が、それを聞いたアサギは不気味に微笑を浮かべる。

 

「奇遇ね。私もあんたのことは昔から嫌いだったのよ。でもあんたは、入れ物だけの偽物よりは遥かにマシね。……皮肉なものだわ。朧からアスカを助けるために背中を預けた相手が、まさか朧だったなんて」

「私が仮面を取らなかった理由、わかった? もし私が作戦前に取っていたら、あなたは私の話など聞かなかったでしょうし、アスカが捕らわれたという情報も信じてもくれなかったでしょう」

「ええ、そうね。問答無用で首を刎ねていたわ。……でもはっきりした。あんたは味方ではないにしても、敵の敵ではある。……ねえ、和解の意味も込めてひとつ良い提案があるんだけど。もし昔のことは水に流してこれからは仲良くやりましょう、なんて頼んだら、受け入れてくれる?」

「まさか。あなたと仲良くやれる図なんて想像も出来ないわね」

「憎らしい女。……ま、それでいいわ。どうせ私もあんたのことは嫌いだから」

 

 井河アサギと甲河朧、互いに鼻で笑い飛ばし合ったのは同時だった。威圧感溢れる女同士の舌戦がようやく終わったとわかり、張り詰めた空気が緩む。誰と知らずため息をこぼすのがわかった。

 

「え、えーっと……。じゃあアサギさんと朧さんは仲直りをした、と言うことで……」

「何を聞いていたの、アスカ。全然してないわよ」

「私とアサギは交わらない者同士よ。……まあ、そこを取り持つ関係があるとするなら、アスカ、あなたでしょうけど」

 

 今度はアスカは大きくため息をこぼす。どうにか2人の理解は得られたらしい。代わりに自分に重荷が背負わされたようではあったが。

 

「……それで、話を戻しましょう。なんだったかしら、陽炎の世界の朧の話だったかしら? なぜわざわざ彼女の正体を明かさなくてはならなかったわけ?」

「さっきの話でわかるとおり、ブラックの手下である朧はブラックの血で吸血鬼の力を得ているとはいえオリジナルの肉体を、今ここにいる甲河朧さんはオリジナルの精神を持っている、ということになります。そして私のいた世界の朧は……その2つを融合させることに成功したのです」

「どういうこと!?」

「原理は私もわかりません。これも本来ならばありえないこと……。つまり、ブラックの呪いによる影響と考えられています。とにかく、肉体と精神でオリジナルが分かれていた朧という存在は1つに戻った。ですが、その際に朧として残った人格は……」

「私ではなく、ブラックによって作られた方だった、というわけね」

 

 甲河朧の言葉を、陽炎は頷いて肯定した。

 

「結果、本来の肉体と精神を取り戻していわゆる『完全体』となり、力も大幅に増しつつも、朧は悪の心のままだった。それでも、本来の心も融合したことで、どこかが変わったのかもしれません。もし従来の朧との違和感があるとするのなら、原因はそこでしょう」

「イングリッドがあの時言っていた違和感と言うのは、それが理由だったのね……」

 

 呟いたのはアスカだった。さらに陽炎はそこに言葉を重ねる。

 

「そう。そしてアスカ、あなたの緊急停止コードやDSOのセキュリティを抜けてのメールもそのことが原因なの」

「え……?」

「どうやら奴は融合した際、甲河朧さんの知識や記憶も共有したらしいの。結果、私の世界のDSO日本支部は丸々朧の手に落ちた……」

「ま、待ってよ! 確かにそれなら私絡みの話は一応納得がいく。でも私がそう簡単にあの女に屈したって言うの!?」

「あなたも覚えがあるはずよ。捕らえられた時に聞いた朧の声は……どこか甲河朧さんの雰囲気に似ていた。心が揺れる時があったんでしょう?」

 

 アスカは答えに窮する。その通りだった。あの時、嫌になるほど感じたあの感覚の答えはそれであろうとわかったからであった。

 

「じゃあ……。あいつが朧さんを執拗に消したがっていたのは……」

「あなたの目の前で、あの女にとってアスカを取り込むのに邪魔な存在であるこの世界の甲河朧さんを殺す。そこで心が軋んだ隙を見計らって、奴が魔の手を伸ばし、あなたを味方に引き込む。そういう計画だったんでしょう。……現に私の世界のあなたは、あの女によって懐柔させられた。そして魔の力を手に入れ、持ち前の風神の術が大幅に強化された。結果、朧の右腕としてその実力を遺憾なく発揮していたの」

「そうか……! それがあんたがずっと言っていた、あんたの世界の私……。『風神魔将』……!」

「そういうことよ。魔の力を得たアスカは『風神魔将』の異名と共に怖れられた。『魔人アサギ』と互角に戦えるという噂さえあったぐらいだもの。……事実、『完全体』の朧とアスカのコンビは凶悪だった。私も戦ったことがある。でも、あっという間に同伴していた隊は全滅。殺戮衝動に突き動かされ、殺すこと自体を快楽として捉えてしまっているあのアスカの前に、私は手も足も出なかった。応援に味方が来てくれたおかげで命からがら逃げるのが、精一杯だったわ……」

 

 思わずアスカは口を噤む。一歩間違えれば、自分がそうなっていたかもしれない。実際、あの時の朧の声は実に心地よく彼女の心に響いていたのだから。

 

「つまり陽炎の世界の魔族は、『新生ノマド』を名乗る魔人アサギ、『原理ノマド』を名乗るイングリッド、そしていわゆる『完全体』となりアスカを従えた朧。その3勢力による三つ巴というわけね?」

 

 アサギのまとめを陽炎は頷いて肯定した。

 

「そういうことになります。でも実質は『新生ノマド』がほぼ一強でした。アサギさんと紫さん……対魔忍でも最強格の2人が魔の力を得て、さらにブラックの意思もそこにあったために元のノマドから残った者達が少なくなかったですし。残り2勢力は形だけの休戦を結んだようで、イングリッドと朧の間での抗争はさほど無く、一方で魔人アサギとの小競り合いは多く聞かれました」

「その間の対魔忍は?」

「情けない話ですが、静観して共倒れを狙う状況でした。真正面からぶつかっても間違いなく潰されます。人材と戦力不足に陥り、私も早々に『空雷の対魔忍』などと異名をつけられてエースとして持ち上げられるほどでしたから」

「あの……ちょっといいですか?」

 

 と、その時、控え目にではあるが話を遮る声が聞こえた。見れば申し訳無さそうに手を挙げつつ、発言したいとゆきかぜが主張している。

 

「何?」

「音亜さんもいるからか、なんかそいつの発言が全部本当のことのように進んでますけど、はっきり言って私はまだ信じられません。そいつは自分の名前を水城陽炎と言いました。でも、ここまで同じ姓である私の話が全く出てきていません。いえ、加えるなら凜子先輩もです。別に自惚れるつもりはありませんが、私も凜子先輩も若手ではそれなりの腕のはず。なのに、そいつは戦力不足とはっきりと言い切った。……私はあんたの世界では存在しない、あるいは、あんたの世界では私があんた、なんてことになるわけ?」

「それは……」

 

 ここで再び陽炎は言葉を詰まらせた。追い打ちとばかりに凜子も言葉を重ねる。

 

「私も是非そのことは聞きたい。ここまで自分の名が出ないことに疑問を抱いていた。それに私達を捜していた理由もわからない。加えて……お前の私達に対する言動を考えると、私の頭の中でどうにも嫌な仮説が思い浮かんでいる。当たっていてほしくはないが、お前の世界での私とゆきかぜはどうなったのか。それを教えてくれ」

 

 目に見えてわかる陽炎の狼狽。同時に息を呑む音亜。自分達にとってよくない内容に違いないと、ゆきかぜと凜子は悟っていた。

 

「……ゆきかぜさんと凜子さんは、ブラックとの戦いに参加していません。いえ、そのずっと前……4年前と聞きましたが、その時から消息が不明になりました」

「消息不明……」

「陽炎、そのことをもっと詳しく話してはくれないか? ……何か隠しているだろう?」

 

 凜子に促されても、やはり陽炎は言いたくない様子だった。その脇で音亜がどうしたらいいかと、アサギの方を窺っている。

 

「……音亜。凜子に話してあげて」

「待って下さい、アサギさん。……私が、自分で言います。言わなきゃ、いけないことですから……」

 

 決心したように陽炎は息を吐き、口を開いた。

 

「……表向きには消息不明、ほとんどの対魔忍の間でそういうことになっていました。ですが、一部の人間にだけ真相が伝えられました。……消息を絶ったゆきかぜさんと凜子さんはヨミハラへの潜入任務中、敵の手に堕ち……苛烈な調教の末に2人とも寝返ってしまったんです」

「ヨミハラ!? それって……」

「2人はリーアルという男に捕らわれました」

「では……私達が任務を放棄したあの時、もし続けていれば……。今この場におらずにそうなっていた、と言う可能性もあるわけか……」

 

 ゆきかぜと凜子は、ゆきかぜの母である不知火を探すために1度ヨミハラへ潜入しようとしたものの、完全に相手のペースに乗せられてしまい、アサギ達が直接乗り込んで強引に任務中止を命じたことがある。陽炎の世界ではそれが無く、敵の手に堕ちてしまったということのようだった。

 

「お前が私達に言った『対魔忍の誇りを忘れるな』というのは、そのためか。それでお前の世界の私も、対魔忍に仇成す存在となってしまったわけだな……」

「いえ」

 

 実際の自分ではないとはいえ、無念そうに凜子はそう呟いていた。が、陽炎はそれを否定する。

 

「凜子さんは一度は敵によって陥落しました。でも最後は対魔忍として生き、そして……」

「……死んだのか?」

 

 コクリ、と陽炎は頷く。

 

「最期を看取ったのは凜子さんにとって親友の八津愛子さんだと聞きました。凜子さんの体内には、ヨミハラから出ると生体爆薬にもなるキメラ微生体というものが投与されていたそうです。逃走すれば身体が吹き飛ぶとわかっていたにも関わらず、空遁でヨミハラから脱出してある物を愛子さんに託すと同時に……爆死したそうです」

「ある物?」

「……私です」

 

 何を言っているかわからないと、全員が息を呑む。

 

「先ほども言ったとおり、私の名は水城陽炎……。私は潜入任務に失敗しリーアルに捕らわれて陥落した水城ゆきかぜの……娘(・)なんです」

 

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