※この作品はR-18です。

陽炎の揺らめき   作:天木武

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明かされる真実 その2

◇

 

 

「並行世界の……ゆきかぜの娘……!?」

「ま、待ちなさいよ! おかしいでしょ! どう見てもあんたは私より数歳年下ぐらいにしか見えない。でもさっき時間はこの世界と同じと言った。つまりあんたのいた世界で私達がヨミハラに潜入したってのは、こっちの世界と同じく4年前……。計算が合わないじゃない!」

 

 ゆきかぜが声を荒げる。しかし全く動じた様子も無く「娘」は再び説明を始めた。

 

「指摘はごもっともです。ですが、確かに私は水城ゆきかぜから生まれた娘に違いありません。ただ……その過程で多くの魔界医療技術が使用されたと聞きました。具体的には……クローン技術とキメラ合成技術、そして強制的な成長促進……」

「成長促進? どういうこと?」

「詳しくはわかりません。戦力としていち早く私を使いたかったのかもしれませんし、人体実験かもしれません。あるいはもっと……口にも出したくないような……ゆきかぜと陽炎という年の似た親子を共に愛でるなんて目的も考えられます。でもそれら全て推測か噂でしかありません。とにかく、既にその時私は今の年の4つ前ほどにまで成長していました。

 記憶として私の中にあるのは凜子さんに助け出されたらしいという後、五車学園でのものしか存在していません。……もっとも、私のいた世界の桐生が助け出された私を多少は弄ったそうです。目覚めた私は記憶こそ無かったものの一般教養のようなものは年相応にあったと覚えています。以降私はゆきかぜさんの親戚である記憶喪失の少女という扱いで、後見人こそ当時対魔忍の長だったアサギさんではありましたが、愛子さん……八津愛子さんに引き取られることになります」

「少しいいか?」

 

 口を挟んだのは愛子の姉である紫だった。

 

「この世界の愛子は、お前も会った通り今抜け忍まがいで里にはいない。ということは、お前のいた世界では愛子は里に残ったということになるのか?」

「正確には戻った、と言う方が正しいと思います。母さん……ゆきかぜさんと凜子さんからの連絡がつきにくくなったことで、愛子さんは同じ術使いで親友であった凜子さんを心配した。でも、具体的打開策を上げられない本部に不満を抱いて、半分出奔状態で独自で調査を行っていたそうです。その矢先、凜子さんに直接私を託され、親友の頼みを聞いて目の前で最期を看取ったことで、学園に戻ったそうです」

「頼み……?」

 

 凜子が問う。何か思い当たるところがあるように見つめてから、陽炎は視線を落して口を開いた。

 

「この子の面倒を見て欲しい、と」

「……お前の世界の私は少々解せない行動をするものだな。つまりゆきかぜの娘を命懸けで連れ出し、あの癖のある愛子に託したというわけだろう? なぜそこまで……」

「それは……。私の母が水城ゆきかぜであるなら……。父(・)に当たる人物が秋山凜子だからです」

「ど、どういうことだ!?」

 

 今度は凜子の声が動揺していた。

 

「捕らわれた母さんと凜子さんのうち、先に母さんが堕ちてしまったそうです。ですが、凜子さんはなかなか堕ちなかった。そこで……心を折るために、魔界医学によって男性器を生やさせ、母さんがそれを逆に犯す形で子供を作らせたそうです。元々外道な医術で生やされた異形の器官、さらにそれと別に加わる魔界の医療術。結果として母さんは妊娠し……その禁忌の子を作る一端を担うこととなった凜子さんもとうとう陥落した、という話でした」

「そんな……下劣なことを……」

「そしてゆきかぜと凜子の娘というこれ以上無いであろうベースであったため、私には実験と称されて様々な手が加えられたようです。先ほど述べたクローンとキメラの技術で2人の細胞や遺伝子を移植し、2つの能力を同時発動可能とする人体改造……。

 結果、私には雷遁と空遁という2つの術が備わりました。ただ、雷遁の威力は母さんには遠く及ばず、空遁も凜子さん以上に体力を消耗するために欠点があった。また、顔立ちも異常に母さんに似てしまった。そして何より……遺伝子操作の副作用によって、普通の人間ほど長くは生きられないであろうと言われています。……つまり私は水城ゆきかぜから生まれた娘であることは間違いありません。が、ほとんどは人の手によって造られた存在、と言ってもいいのかもしれません」

 

 以前アサギが立てた仮説は、ある程度は当たっていた。優秀なベースに加えてゆきかぜと凜子の細胞や遺伝子の供給。その結果、特異な存在である陽炎は生み出された。

 

「ですが、凜子さんは堕ち切ってはいなかった。自分の娘を強制的に成長促進させ、思い通りの能力を備えさせて、自分同様に淫獄に堕とされそうになっている。ならせめて、この子だけはそんなことにはならないでもらいたい。それが片棒を担がされてしまった自分がすべきことだ。……そういった思いから命を懸けて親友の愛子さんに私を預けたそうです」

「それで……愛子はお前の面倒を見たわけか?」

 

 凜子の問いに、「はい」と陽炎は頷く。

 

「記憶喪失という状況で当初は戸惑いもありました。でも愛子さんは姉代わりとして、厳しくも献身的に私に接してくれた……。そして年齢的、知能的に学校に通えると判断され、五車学園に通い始めました。それから気づけば私も対魔忍としての道を歩み、ですが次第に他の人とは違うことに気づくわけです。……それもそうでしょう。まだ異能に目覚めている人がそれほどいない中で、私は既に目覚めてしまっていた。それもありえない2種類と言う力に。やがて愛子さんにそのことを問い質し……愛子さんはアサギさんやさくらさん、姉である紫さん達と相談した上で告白を決意し、私は真実を知りました。

 愛子さんは凜子さんのことがとても詳しかった。同じ空遁の術使いで親友だったから、と言っていました。『斬鬼』の異名を持ち、剣術の腕前ならいずれはあの最強の対魔忍に匹敵するであろうとまで言われた、私の片親に当たる人物。私はいつしか、失ったその片親を越えること、そしてもう片方の親である母をこの手で連れ戻すことを目標に持つようになりました。『剣の腕を磨け。逸刀流を自分のものとしろ』と、愛子さんは幾度となく私と手を合わせて鍛え上げてくれました。同時に、凜子さんの弟である達郎さんも私のことを知り、彼にとって姉の忘れ形見である名刀を私に託してくれたんです。『俺にはこれを扱う資格は無い。この刀は君にこそ相応しい』って」

 

 そうか、と意図せず凜子は口走っていた。陽炎が「石切兼光以上でも以下でもない」と言った、彼女の愛刀の真実。

 

「お前の刀は、お前がいた世界での石切兼光……。つまり、間違いなく本物だったということか」

「そういうことです。……もっとも、朧に捕らわれた時に奪われてしまいましたが。とにかく、私は凜子さんを越えるほどに剣の腕を上げること。そして母を取り戻すことだけを目標に、ひたすら修練を積みました。そんなある時、ブラックを討つ計画が上がった……。空遁の術使いである私もメンバーに抜擢され、ブラックを討った後は母を捜すという約束と共に、作戦に望みました。ですが……結果は先ほど言ったとおりです」

「……愛子は? 陽炎、さっきお前は『校長はさくらが継いだ』と、それから離反者が出たとも言ったはず。だが愛子ほどの実力者、さらには発言力のある人間がいれば、そういった輩の抑止力となりうるはずだが……。まさか……」

 

 愛子の姉である紫のその問いに、陽炎は目を伏せた。

 

「……愛子さんも、その時の戦いで命を落しました。姉を止めようとして、でも魔人となったその姉の手によって……」

 

 紫が呻くのがわかった。この世界の彼女には本来関係の無い話、と言ってもいい。それでも、今は多少仲違いをしているとはいえ、血の繋がった妹を手にかけたという事実は嫌悪を覚えざるを得なかった。

 

「愛子さんは私にとって実の姉と言っても謙遜無かった人物です。存在する記憶の中で占めていた割合はとても大きかった……。その彼女を失った苦しみは、到底耐えられませんでした。だから一刻も早く母さんに会って、連れ戻したいという思いが私の中でより膨らむようになりました。

 ……そして戦力不足を補うために私がエース格へと担ぎ上げれた矢先に、私にとっての決定的な事件が起きました。情報を集めていた仲間から、『背徳行為により水城ゆきかぜが処刑される』という噂が入ってきたのです。さくらさんは私をおびき寄せるための罠だと決定付け、これ以上戦力を失いたくないと救出を提案した私の申し出に取り合ってくれませんでした。それでも納得できなかった私は……単独で行動したんです」

 

 ブラックとの戦いの際にヨミハラには踏み込んでいた。そのため、自分1人でも潜り込んで母を連れて空遁で脱出できる。エースとも言われたこともあって、それだけの自信が陽炎の中には芽生えていた。

 

「しかし結果は無惨なものでした。さくらさんの言ったとおり、その情報自体が嘘で罠だった。……ヨミハラの広場で見世物のように捕らわれていた母さんの元に飛び、共に空遁で脱出しようとした瞬間。妖艶に笑う母さんの顔を最後に私の意識は途絶えました。見世物にされていたこと自体が演技。雷遁の術による強力な電撃を瞬間的に流され、私は気絶させられたんです。

 次に目を覚ましたとき……私は逃走防止のためにキメラ微生体を投与され、母の目の前で拘束されていました。資料や達郎さんに見せてもらったアルバムから何度も顔は見ていましたし、自分そっくりだとずっと言われてきたため会った瞬間に母だということはわかりましたが、事実上初めて会った母は、母であるとわかっていながらとてもそうとは思えませんでした。『一緒に堕ちて、楽になりましょう?』という言葉と共に見せた歪んだ笑顔を、私は忘れられません。それから母さんは私を堕とすべく……苛烈な調教を始めたのです」

 

 その具体的内容までは陽炎は述べようとしなかった。だが尋問のエキスパートで免疫があるはずの音亜が露骨に嫌悪の表情を浮かべたことで、それがどれほどおぞましい行為だったのかを周囲の人間達は悟っていた。

 

「一緒に帰ろうとどんなに訴えかけても、母さんは聞く耳を持ってくれませんでした。心の支えであった人に裏切られ、私はもう生きる意味も見出せなかった……。いっそこのまま、一緒に堕ちるところまで堕ちてもいいかもしれない。……虜囚の日々と調教によって磨り減らされた私の心は、時折そんな風に思ってしまうほどに崩れかけていました。もう抗えない。そう思っていたあの日……。その日が、私があの世界にいた最後の日になりました。……魔人アサギがかつて面識の合った私に会いに来る。場合によってはその場で処刑もある。そんな風に母さんに言われ、腹を括らなくてはいけない、そう思っていました。

 ところが、そのタイミングを見計らったかのように、イングリッドと朧が共同で強襲を仕掛けてきたのです。捕らわれていた私は戦闘に参加することなく、激しい戦闘の音を耳にするだけでした。しばらくして、傷だらけの母さんが愛刀を含む私の装備とキメラ微生体の解除薬を持って私のところに来たんです。魔人アサギとアスカ、魔人紫とイングリッドがほぼ相打ち状態となる凄まじい戦いで、母さんと朧も五分以上の戦いを演じたそうです。その上で『戦況が思わしくないから加勢して欲しい。それが嫌なら逃げなさい』と言ってきました。それでも私は母さんを諦め切れなかった。一緒に逃げようと説得しても言うことを聞いてくれず、そうやって押し問答をしている間に母と戦っていた朧が現れ……」

 

 そこで一旦陽炎は言葉を切った。「どうなったの……?」と、ゆきかぜが問う。その質問の主を見た少女の瞳は、僅かに潤んでいるようにも見えた。

 

「母さんと朧は戦い始めました。でも、逃げることも加勢することも出来ずに迷い続けていた私を朧は狙い、母はその時に……私を庇って命を落しました。裏切られたとも思いましたし、憎んだこともありました。だけど、最後の最後、その瞬間は……確かに母さんは、私の母でした」

「陽炎……」

 

 ゆきかぜに名を呼ばれ、涙が一筋頬を伝う。手の甲で拭ってから、さらに陽炎は続けた。

 

「……でもそれで終わりじゃなかった。母さんを殺した朧は、今度は私を殺そうとしてきました。だけど、母を失った私が戦う理由、生きる理由がどこにあるのかわからなかった……。このまま死んでもいい。そう思った、その時。……言葉に出来ないような、蛸に似た異様な生き物が現れたんです。目の前に光が広がった次の瞬間、私はヨミハラではなく、どこかのスラム街にいました。後になって、その生き物こそが次元侵略者だと気づきました。

 けれど、そんなことを気づいたところで、私はどうしようもありませんでした。母を救うという目的を失い、それまでと違う世界へと飛ばされてしまった。もう自分が生きている意味も、生きたいという意欲もない。このまま人知れず廃棄された街の隅で朽ち果ててもいい。ボロ布に身を包んで廃ビルの陰に座りながらそんなことを繰り返し考えて……あることに気づいたんです。ここは自分がいた世界じゃない。じゃあ、私の目の前で死んだ母さんも、私の片親と言われ目標でありながら決して剣を交えることが出来なかった凜子さんも生きているかもしれない。なら、会いたい。でも会って2人が私がいた世界と同じようなことになってしまって、『私』という存在をこの世に生み出そうとしている、あるいは既に生み出してしまっているなら……。私の手で2人を殺して、こんな苦悩を背負わせないためにも『私』自身もこの手で殺してから死のう。そう、決めたんです」

 

 それが、禁忌を犯す形で誕生し、血の繋がった母親にも裏切られ、その末に並行世界へと飛ばされた対魔忍の少女の選択だった。

 

「そして街の中で情報を集めているうちに、対魔忍が捕らわれた、という噂を耳にしました。もしかしたらそれが母さんかもしれない。違ったとして、その対魔忍から何か情報を得られるかもしれない。そんな思いで施設を強襲し、里奈子さんを助ける形となったのですが、有力な情報は得られなかった。だったらと、ここに侵入して、直接話を聞くことにしたんです。それでこの世界の2人はまだ対魔忍であるとわかった。それなら、是非『斬鬼』と戦いたい。そして2人の心を確かめたい。そんな思いで凜子さんと戦い……。その心を知るのと同時、曇りの無い異名に相応しい剣に、心から喜びを覚えました。この2人ならきっと大丈夫。もう私が思い残すことはない。この世界の存在でない私はもうこれ以上この世界に関わるべきでない、どこかでひっそりと命を落としでもすればいい。

 ……そう思った時、私の前に予想だにしなかった人物が現れました。……朧です。当然の如く、私はこの世界の朧だと思いました。しかしあの朧は、本来この世界の誰も知らないはずの私を知っていた。さらに母を目の前で殺したといったところで……確信しました。こいつは、私と一緒にあの時次元侵略者に連れ去られた朧なのだと。同時に、気づいた気もしたんです。私の使命は、自分同様にこの世界に紛れ込んでしまった、いるべきでないこの女を討つこと。結果として母の仇を取ることにもなるそれこそが、飛ばされてしまったこの世界における私の存在意義なのだと」

 

 長い長い独白を終え、陽炎は大きく深呼吸した。心なしか、その華奢な肩から重荷が取れたようにも見えた。

 

「……以上が私の全てです。到底信じられない話かもしれませんし、信じたくないかもしれません。ですが、これが私……水城陽炎が知りうる真実……私の全てです」

 

 皆、言葉を失っていた。事実は小説よりも奇なり。とはいえ、あまりに突拍子が無く、だが心を読める音亜が1度も嘘であると述べなかった以上、真実なのだとわかっていた。誰も何も話しそうに無いとわかると、再び陽炎が口を開く。

 

「私の処遇はどうなろうと構いません。ですが、あの朧は討たねばなりません。おそらくですが、奴はこの世界を私がいた世界同様の混乱に陥れ、その上で自分が支配しようと企んでいる……。手始めにアスカを篭絡して『風神魔将』に再び仕立て上げようとしたのは間違いありませんので。この世界にはブラックの呪いもなければあの女にとって最大の敵である魔人アサギも存在していない。状況としてはもってこいといえます。現に囚われている時に『今度こそ勝者となる』と言っていました。それは見過ごせません」

 

 はぁ、とアサギが息を吐いた。参ったような表情を浮かべている。

 

「言われるまでも無く朧は倒すつもりでいたわ。でも……そんな事情が隠れていただなんて、予想もしなかった。全く、とんでもないことになってたのね」

「で、お姉ちゃん。かげちゃんはどうするの?」

「さて……どうしたものかしら……」

 

 さくらに問われてアサギは思慮をめぐらせる。が、それも長くは続けず、音亜の方へと顔を向けて口を開いた。

 

「ねえ、音亜。一応確認だけど、陽炎は嘘を言ってはいないのよね?」

「はい、言っていません。付け加えるなら、『どうなろうと構わない』と言った、さっきの一言も本心です。朧を討ちたいという気持ちは間違いありません。ですが、自分の代わりに誰かが討ってくれるのなら、心置きなく命を捨てる覚悟さえある。そこまでこの子は達観しています」

「あらそう。でもそれはよくないわね。あなたほどの優秀な逸材、むざむざ散らすには惜しいわ。それに人任せってのも、私は感心しない。やるからには自分の手で終わらせる。そのぐらいの心構えでいなさい。……つまり私は、あなたを味方として受け入れようと考えているわ」

 

 一瞬、驚いたような表情を陽炎は浮かべていた。それから僅かに顔を伏せ、微笑を浮かべながら毒を漏らす。

 

「……どこの世界でも甘いですね、アサギさん。最強の対魔忍と呼ばれているのに。だから私がいた世界で、あなたの心の隙にブラックは入り込んだ……」

「貴様!」

「いいのよ、紫」

「でもその甘さのおかげで、私は救われます。……私にも戦わせてください。それが本音です。もし共に戦場に立つのに条件があるというのであれば、なんであろうと私は受け入れます」

 

 並行世界の少女の眼に、迷いはなかった。ゆきかぜによく似たクリッと大きな勝気な瞳が、まっすぐにアサギを見据えていた。

 

「そうね……。その条件は、私じゃなくてゆきかぜに提示してもらおうかしらね」

「え!?」

 

 突然話を振られて驚いた声を上げるゆきかぜ。何で自分が、と言いたげである。

 

「だってあなたはこの子の『母親』でしょ。なら、あなたが条件を出すということでいいわよ」

「う……」

「母さん……」

 

 言葉に詰まったゆきかぜを陽炎が見つめる。まるで鏡写しの自分。そんな錯覚さえ覚えてしまい、不機嫌そうに顔を逸らしながら、ゆきかぜが切り出した。

 

「……いいわ。でも条件の前に聞きたいことがある」

「私に答えられる範囲でなら」

「あんたがそっちの世界で自分の母である私を捜していたのと同様、私も今母である水城不知火の行方を追っているの。だから参考までに聞きたい。あんたの世界で私のお母さんについての情報は何かなかったの?」

「……私は直接会ったことはありません。ですが、母さんは会ったことがあるような口調で話していました」

 

 「じゃあ……」とゆきかぜが息を呑むのがわかった。陽炎の世界の、堕ちたゆきかぜと会ったことがある。それはつまり――。

 

「おそらく、ですが。不知火さんも既に堕とされ、母さんが私にそうしたように、母さんを貶めていたと考えています。……リーアルがチラリと三世代に渡っての奴隷娼婦、ということを言っていたとも記憶していますので。ですが……詳しい話はわかりません。すみません」

 

 ゆきかぜが無言で俯くのがわかった。陽炎の世界での話とはいえ、母は捕らわれて堕とされてしまった。もしかしたらそれが自分の世界でも同じかもしれない。そうわかっただけで、気分が重くなる。

 だが同時に、やはり以前潜入を断念したヨミハラに何か手がかりがあるのではないか、とも思っていた。復活したといわれるブラックと朧を倒し、母に関する情報を手に入れられるかもしれない。しかし、もし母が陽炎の世界同様の堕落した存在になっていたとしたら。

 逃避とわかっていながらも、ゆきかぜは頭を振って一旦その思考を止めることにした。それから、先ほどの話に戻そうと口を開く。

 

「……それで、あんたが私達と戦う条件を提示すればいいんだっけ?」

 

 言いつつ、ゆきかぜはアサギを仰ぎ見る。頷かれたのを見て、アサギとしては特に条件もなく受け入れるつもりだということを再確認し、その先を切り出した。

 

「それじゃあ条件の提示よ。まず私のことを『母さん』って呼ぶのをやめること。あんたのいた世界じゃ私はあんたの母親……それも最低な母親だったのかもしれないけど、ここじゃそうじゃないんだから」

「そう……ですね。……達郎さんと仲がいいなら、私は生まれないはずですし」

「なっ……! 茶化す気!? ちょっと、周りも笑わないでよ!」

 

 顔を真っ赤にしてゆきかぜは反論するも、周りも周りでいつものことと軽く流しているようでもあった。だが、陽炎の反応だけは違った。

 

「茶化したわけじゃないです。私は……本来生まれてくるべき存在ではありませんでしたから」

「陽炎……」

 

 周りと明らかに温度差のあるその様子に、思わずゆきかぜは戸惑う。

 

「外道な医療術によって生み出され、加えて他の世界から来た私という異物は、存在すべきではない……。そう、頭ではわかっています。でも……」

「待った。まだ私の条件提示は終わってないわ」

 

 しかし次にそう言って陽炎の言葉を止めたとき、ゆきかぜの表情は少し前と全く違っていた。普段通りの勝気そうな表情に、どこか苛立ちのようなものを浮かべて続ける。

 

「あんた、私と凜子先輩に『対魔忍としての誇りを忘れるな』とか言ったわよね? そう言ってるあんたはどうなの?」

「勿論誇りを持っているし、忘れたことも……」

「だったら! 『自分が存在しなくてもいい』なんて自暴自棄な思想も『誰かが朧を討ってくれるならそれでいい』なんて他人任せな考えも、今すぐ捨てなさい。……自分がいた世界と違う世界に飛ばされたなんて経験あるわけないから、私はあんたの心がわからないし口を出す資格もないかもしれない。でもね、私達と同じ対魔忍であるなら、己の正義を信じて、自分が果たすべき任務を果たすべきよ。母の仇であり、この世界に害を成すであろう朧を討つ。それが使命だと気づいたんでしょ?」

 

 陽炎は何も答えない。無言のまま小さく頷いただけだった。

 

「ならばそれを果たしなさいよ。それに……確かにあんたはこの世界の存在ではないかもしれないけど、だからといって存在してはならないなんてことは無いと私は思うわ」

「え……?」

「水城陽炎、あんたも私達と同じ対魔忍なんでしょ? 人魔結託した外道を討ち、正義の道を突き進まんとする対魔忍。だったら、私達は仲間じゃない」

「仲間……」

 

 その言葉は、陽炎の心に不思議と響き渡った。この世界のゆきかぜと凜子を探すこと、手合わせが叶わなかった凜子と戦うこと、そして朧を討つこと。どうにかしてこの世界での自分の存在意義を作ろうとしていた彼女にとって、それはこれまでのどの理由よりも違和感なく心が受け入れていた。

 

「あんたの世界じゃ私は母親だったのかもしれないけど、この世界の私は母親にはなれない。でも、仲間にならなれる。そして、対魔忍は仲間を見捨てないわ。……もう1人で無理に背負い込んで、自分だけで解決しようなんて考えなくていい。私達は、仲間なんだから」

 

 陽炎の瞳に自然と涙が溢れ、零れた。

 嬉しかった。彼女が思い描き続けていた母である水城ゆきかぜが、ここにいた。堕ちて娘を貶めようとして、なお最後の瞬間だけは母であったゆきかぜの、陽炎にとって理想の姿に、涙が止められなかった。

 

「ありがとう……ございます……母さん……」

「だ、だから! その母さんって呼び方やめろって言ってるでしょ!」

「そう……でしたね。気をつけます」

「でも……まあ……」

 

 そう言うと、ゆきかぜはどこか都合が悪そうに目を逸らした。

 

「私もお母さんと再会できたら、あんたと同じ気持ちになるんだと思う。だから……今ぐらいは……いいわよ」

「母……さん……」

 

 その時、不意にゆきかぜの背が押された。振り返ると、陽炎の様子を見ていた凜子が、優しい表情を浮かべていた。

 

「先輩……?」

「抱きしめてやれ、ゆきかぜ。今だけはいいのだろう? ……やっと会えたと思った母親に裏切られ、しかも永遠の別れと同時に別な世界へと飛ばされてしまった。そして自分が存在しないはずの世界で孤独と戦い続けてきた。そんな陽炎が今、自分のいた世界で母だった人物の、あるべき姿と出会えたんだ。……今ぐらいは、この子の母でいてやれ」

 

 偽りの母である自分ではどのぐらいの慰めになるかはわからない。それでも、ゆきかぜはその時だけは凜子に言われたとおりにしてあげたいと、自然と思えていた。自分と似た顔の、年も数歳程度しか変わらないであろう少女へと歩み寄り、ベッドに上半身を起こしたままのその身体を優しく抱きしめる。

 

「う……ううっ……!」

 

 瞬間、堰を切ったように陽炎の嗚咽が漏れた。ゆきかぜの服の裾を握り締め、身体に顔を埋めたまま涙を流す。

 

「母……さん……母さん……! ううッ……うああああああッ……!」

 

 孤独だった異世界の少女は、ただただ泣き続けた。

 実の母に裏切られたという失意。その本当の母にはもう会えないという絶望。だがそんな中で自分を認め、母と同じ顔と名前を持つ仲間に救われたという歓喜。これまで心の奥底に押し込めてきた様々な感情が入り混じって爆発し、陽炎は声を上げて泣いていた。そんな陽炎を、どうしたらいいか分からない風ではありながらも、ゆきかぜは相手の気が済むまで、ずっと優しく抱きしめていたのだった。

 




ここで一旦一区切りです。活動報告には書きましたが、次はifみたいな形で4章途中でバッドルート進んだ場合ということでH重視な展開を書いた後、今回の話からの続きである5章へと進む予定です。投稿ペースは週1ぐらいになるかと思います。
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