ゲーム中に選択肢が出るのであれば、
私は所長を……。
1.信じられるに決まってる。
2.でも、もしかしたら……。
というところでしょうか。
下を選択した場合の話がこれからの展開となります。
救出失敗
◇
(でも、もしかしたら……)
自分を餌にここまで誘き出された仮面の対魔忍に「自分を信じられるか」と問われ、意図せずそんな考えがアスカの脳裏をよぎってしまった。
朧がDSOのセキュリティを抜けられたことと緊急停止コードを知っていたことは事実だ。それに陽炎に朧の正体を尋ねようとしたとき、その考えを「おそらくだけど」と推測して前置きした上で、アスカの予想を完全には否定はしなかった。いや、アスカにははっきりと聞くことができなかった。そこでイエスと言われるのが怖かった。
結果として、アスカはもしかしたらという疑念を抱いてしまった。空白の期間を経てDSOに戻ってきた目の前の所長は本物なのだろうか。自分を惑わせるために朧が作り出した幻想、あるいは偽りの存在ではないだろうか。
「アスカ……?」
顔を伏せて考え込んでしまったアスカの耳に、不安げな色の仮面の対魔忍の声が聞こえてくる。今思ってしまった嫌な思いを消してもらいたいと、所長に質問を投げかけようと顔を上げ――。
「う……そ……」
その目に飛び込んできたのは、にわかに信じがたい光景だった。いつの間にその間合いへと入り込んだのか、仮面の対魔忍に重なるように密着した朧。だがその右腕の鉤爪は、アスカの敬愛する人の胸を深々と貫いている。
「アス……カ……」
仮面の対魔忍の口から愛娘代わりの少女の名と血反吐が吐かれ、身体が脱力する。
「迂闊だったねえ。丸腰だったけど、あんたには異常なまでの警戒心があった。隙あらば得意の秘術で逃れるつもりだったのかもしれないけど、今のは完全な隙だ。まさかそれほど動揺するとはね。……愛娘とも言ってもいい相手に信じてもらえない気分がわかったかい、偽者の出来損ないさん?」
とどめとばかりに鉤爪が捻られ、抉りこまれる。だがもう仮面の対魔忍は何の反応も示さなかった。朧に全身を預け、完全に事切れていた。
「クソ女に相応しい呆気ない幕切れだね。所詮不完全な存在が、今の私を出し抜くことなんて出来るはずないじゃないか。……ウフフ……アーッハッハッハッハ!」
鉤爪を引き抜いて地面に倒れこんだその亡骸を見下ろし、朧が声を上げて笑う。そして愉悦に歪んだ表情で、アスカの方へと振り返った。
「さあアスカ。あなたを縛っていた女は私が始末したわ。これで私の物になってくれるかしら?」
「そん……な……。所長……」
なぜ信じられなかったのだろうか。所長は自分を助けるために、命を懸けて来てくれたというのに。どうしてあの時、信じられると言えなかったのだろうか。
「嘘……ですよね所長……? 朧を油断させるための演技ですよね……?」
身体を押し潰されそうな自己嫌悪に耐えながらアスカは声をかける。しかし答えは無い。代わりに朧はその場に屈み、地面に突っ伏した仮面の対魔忍の髪を掴んで顔を引き上げた。
「死んでるって言ってるでしょ? ほら、見なよ」
無造作に引き上げられた顔から、常に目元を覆っていた鋼鉄のアイマスクが取り外された。瞼が下りていたが、そこにあったのは紛れも無くアスカのよく知る所長の、その命を奪った女と
「いや……いやああああッ! 所長……
「なあに、アスカ?」
聞こえた耳に馴染んだその声に、僅かな期待を込めて声の主へと目を移した。だが現実は残酷だった。その声を発していたのは先ほどから愉悦を隠そうともしない、その女。
「ああ、こうすればもっと雰囲気が出るのか。……どうかしら、アスカ? ねえ、似合ってる?」
朧はDSO所長から外したアイマスクをつけ、同じ声でアスカへと問いかける。敬愛する女性へと似ていくことでますます既視感を覚えていってしまう。
掴んでいた髪を離し、同じ顔の相手を再び地面へと突っ伏せてから、仮面をつけた朧は悠々と立ち上がった。生前の仮面の対魔忍本人を思わせる優雅な足取りでアスカへと歩み寄る。
「どうしてそんな悲しそうな顔をするの、アスカ? さあ、私と一緒に行きましょう……?」
「い……いや……! お前は違う……!」
「何が違うの? 同じ顔、同じ声、そしてあなたを思う同じ気持ち……。何も違わないのよ。それに……あなたはあの女を信じられなかったんでしょう?」
ドクン、とアスカの心が跳ねる。そうだ、自分の責任だ。信じられなかった、自分のせいだ――。
「あ……ああ……!」
アスカの瞳に涙が溢れる。今更泣いてももう遅い。そうわかってなお、涙は止められなかった。
だが朧はそれ以上アスカを叱責も、煽るようなこともしなかった。優しく、その身体を抱き寄せていた。
「……泣かなくていいのよ、アスカ。あなたには私がいるわ。だから、何も悲しむことなんて無いの……」
ああ、なんて暖かく心に響く声だろう。安らぎを覚える声だろう。
「……ねえ、アスカ。もう1度だけ聞くわ。私には、あなたが必要なの。大切な大切なあなたが。だから、私と一緒に来てほしい……。私の言っていること、わかるわよね?」
自分が必要だ。その言葉は、自分のせいで大切な人を失ってしまった、ポッカリと穴の空いたアスカの心に実に甘美に響いた。
「よく考えなさい。簡単な事よ」
いつかもそう言われた。そして、言われるまでも無くわかってしまっていた。自分に選択肢は無い。今優しく抱きとめ、大好きだった人の言葉で必要だと言ってくれているこの人と共に生きるしかないと。
「朧……様……」
「いいえ。『様』はやめなさい。私とあなたは本来同じ甲河一族の生き残り。親子みたいなものでしょう?」
「あ……」
所長だった人の仮面を付けていた彼女が、それを外す。そこに現れた、アスカにとって恩人でもある人と同じ顔。
「朧さん……」
「ええ、そう。それでいいわ」
「甲河……朧さん……」
親愛なる人と同じ名を呼んだアスカは、不思議な充足感に満たされていた。ついさっきまで欠けていた心のパーツが埋まり、自分がこれから何をするべきかが自然とわかってくるような気さえする。
「ダメ、アスカ!」
その時、不意に陽炎の声が聞こえてきたような気がした。しかし今のアスカの心には届かない。なおも陽炎は続けようとする。
「しっかりして! そいつは朧さんじゃない! その女は……あぐぅっ!」
だが朧が陽炎の背後に立つオークに指示を出し、首輪を締め上げられたことで陽炎の言葉は途切れた。いや、途切れなくても効果は無かっただろう。
もう、アスカの瞳は濁ってしまっていた。朧によって心を奪われ、それを己の存在価値として見出してしまった。
「朧様!」
と、そこで部下が逼迫したような声を上げた。
「南東ブロックより対魔忍らしき侵入者あり、との報告です!」
「あら、やっぱりあの女は対魔忍とつるんでたか。それじゃあさっさと消えるが吉ね。目的は達したし。皆、撤収の準備を……」
朧がそこまで言ったときだった。
不意に、廃工場の中に2つの影が降り立った。黒のボディースーツに身を包んだゆきかぜと、白のコスチュームを身に纏った凜子の2人。
「奇襲!? ……なるほど、エリア内に侵入した対魔忍は囮でこっちが本命か」
一瞬朧の顔に動揺の色が走ったものの、次にそれは消えていた。もはや目的は達した。これからアスカと陽炎を連れて逃亡することなどわけはない。加えて、向こうにとって仮面の対魔忍が既に討たれた後というのは想定外だったのだろう。絶好の奇襲の機会を逃し、先手を取り損ねてしまっていた。
「しまった、手遅れだったか……!」
「そんな……! でも2人を助けるぐらいなら!」
地面に流れるおびただしい血液の量と横たわった彼女の姿に、もう手遅れだろうと凜子は瞬時に判断した。それでも2人を助け出し、朧を討つのが任務。それだけは果たそうとゆきかぜが手に持つ拳銃を構えようとしたところで――。
「朧さん! 私を盾に!」
聞こえたアスカの声に、銃口を朧に向けようとしたゆきかぜの手が止まった。
「何……言ってるのよ……! 私達は、あなたを助けに……」
「全員撃て!」
ゆきかぜが動揺した瞬間。朧からとんだ命令に上の足場で構えていた者達の銃が火を噴いた。集中砲火に晒され、まずは自分の身を守ろうとゆきかぜと凜子が回避に入ろうとする。
「あぐうッ……!」
「ゆきかぜ!」
しかし思いもよらないアスカの一言に動揺していたゆきかぜは最初の反応が遅れていた。致命傷ではないものの、脚に銃弾を受けてしまい、その場に崩れ落ちる。
「撃ち方やめ! キシリア、もう片方を抑えな!」
「承知!」
仮面の対魔忍を連れてきて以降、特に何をするでもなく仁王立ちしていた用心棒のキシリアがその一言で弾かれたように飛び出した。相棒の傷を心配する凜子目掛けて一気に間合いを詰め、腰の黒刀を抜く。
「くっ……!」
居合いによる抜刀の一撃。右手に持った米連製の刀でどうにか受け流すも、今の攻撃と踏み込みの速度で、凜子は圧倒的不利になったことを悟った。目的の人質奪還と朧抹殺どころか、このままでは自分達の身すら危ない。空遁の術での離脱を試みたいが、相手がその隙を与えてくれない。
「なかなかの使い手だな。だが悪く思うな。こちらも仕事だ。依頼遂行を最優先にさせてもらう」
キシリアから闇に溶ける刀が振るわれる。その軌道をどうにか見抜いて、身を交わし、あるいは受け流す。しかし今の凜子は目の前の相手で手が一杯だった。怪我をしたであろうゆきかぜまで気が回せない。このままではまずい。そう思った、その時。
「そこまでだよ。武器を捨てな」
聞こえてきた朧の声に目を移すと、ゆきかぜの首元に朧の鉤爪が突きつけられていた。他にも数箇所から出血しており、先ほどの銃撃か、あるいは朧の攻撃を受けたと推測できる。
「すみません、凜子先輩……。でも、私に構わ……ッ!」
ゆきかぜはその先を続けられなかった。鉤爪の1本が頬に当たり、血の筋を作っていた。
「こいつを助けたいなら早くしな。見捨てるなら見捨てるでいいさ。それも正解だ。でもその時は私はこいつを容赦なく殺す。……陽炎、見てるかい? 凜子の判断次第じゃ、お前の目の前で水城ゆきかぜを
「また……? 何を言っ……ガハッ!?」
凜子が訝しげな声を上げたと同時。キシリアが鳩尾に柄による一撃を打ち込んでいた。その衝撃に凜子の意識が失われ、身体が崩れ落ちる。
「ちょっとキシリア、何勝手に気絶させてんのさ」
「捕らえるのが目的だったのだろう? なら構わないはずだ。そもそも無駄な殺生は好まん。それに……こいつはいい腕をしていた。殺すのは惜しい」
「そうかい。まあ確かに捕らえてもよかったからいいさ。でも……多分手を合わせる機会は無いと思うよ。これからそいつには捕らわれの生活が待っているんだから」
愉快そうな朧と裏腹、キシリアは不満げだった。そんな用心棒の表情を軽く笑い流し、朧はゆきかぜに囁きかける。
「命拾いしたね。キシリアに感謝しな」
「あんた……私をまた殺すとか、どういう意味よ……? ってか、以前は陽炎の母親をまた殺すとか言ってたわよね? 一体どういうことなの……?」
「そうだねえ……。あんたには関係が深いことだからね。教えてあげるよ」
が、そう言った朧は次にゆきかぜの首へと手刀を浴びせていた。
「かはっ……」
「ただし、後でね」
昏倒したゆきかぜを見つめて不敵に笑みを溢すと、朧はキシリアに2人を担ぐように指示を出した。それからアスカの元へと戻っていく。
「2人はあなたを救出ということで連れて行くつもりだったみたいね。でもあなたは自分を逆手にとって利用しろと言った以上、私といることを望んだ。……そうでしょ?」
「はい……。私は、もう朧さんと一緒に行くと決めましたから……」
「そう。いい子ね、アスカ。……ヨミハラに戻ったら、あなたの手足を再生してあげる。美琴に頼んで魔界医療技術を使えば可能でしょう。……1度私は四肢を再生させたあなたを見ているわけだし。同時に対魔忍としての力も強化される。あなたはこれまで以上に強力な力を手に入れられるのよ」
「あぁ……。嬉しい……」
うっとりとした様子で呟くアスカ。そこには、もう「鋼鉄の死神」と呼ばれた凛々しい表情の少女はいなかった。
「そんな……アスカ……」
唇を噛み締め、陽炎が呻く。
「私は……こうならないためにアスカを助けようと……朧を討とうと決めたのに……!」
「全ては無駄だった、というわけよ」
項垂れた陽炎の前に朧が立っていた。相も変わらず、その表情には微笑が張り付いている。
「そして私はまた右腕を手に入れた。次は左腕……あんたよ、陽炎」
「ふざけないで……! 私は何があってもお前の元に下ったりしない! 隙を見つけて、必ずお前を殺す……!」
「そう強がっていられるのはどこまでかしらね。私はもうアスカを手に入れた。さらにはついでではあったけど、ゆきかぜと凜子も。……この意味、あんたにはわかるわよね?」
再び唇を噛み締め、顔を逸らすことしか今の陽炎には出来なかった。だがそれすらさせまいと、顔を覗き込んだ朧は顎に手をかけて無理矢理自分の方を向かせる。
「その反抗的な態度、いつまで続くか見ものだわ。せいぜい抵抗して、私を楽しませて頂戴。そして最後は抵抗もむなしく私の左腕となるがいいわ」
言いたいことを一方的に言うと、朧は全体に撤収の指示を飛ばした。もはやどうすることも出来ない。陽炎の心の中に、絶望が広がりつつあった。
◇
ヨミハラへと連行された陽炎は闇の宮殿の奥にある部屋へと幽閉された。だが傍には共に捕らわれたゆきかぜと凜子の姿は無い。2人は闇の宮殿ではなく、ヨミハラにある娼館のアンダーエデンという場所に移された、という話だった。
ゆきかぜと凜子の2人は1度アンダーエデンに潜入している。しかし潜入といえば聞こえはいいが、捕らわれたフリをしてという方法だっただために、危うくその身を娼婦へと
だがそれはそれとして、腕を拘束されて魔界生物をベースに作られたという不気味な器具を取り付けられはしたものの、自分は特に何もされずにこの場所に幽閉されているのは妙だと陽炎は感じていた。少し前までと同様に術を使えなくして筋力も低下させる、媚薬効果のある薬を注入され、さらにキメラ微生体という生体ナノマシンも投与されている。これはヨミハラから脱出しようとすれば生体爆薬となって身体を吹き飛ばしてしまうという代物であり、解除薬を服用しなければ実質ここから抜け出すことは不可能ということになってしまった。舌にくっきりと浮かび上がる、キメラ微生体が根付いたことを証明する幾何学文様が恨めしく思う。
「うっ……くっ……」
そんな思考をめぐらせる陽炎のことなど関係無いとばかりに、股間の醜悪な生物は蠢いていた。絶頂などからはほど遠いが、投薬された上に女の悦びを知ってしまっている陽炎の身体はそれだけで淫らに色めき立ってしまう。しかしあくまで焦らすような、もどかしい責め。膣の奥へは全く手をつけようとせず、入り口付近を浅く、舐め回すように愛撫されていく。
「あっ……あんっ……はぁっ……くうっ……」
両腕は後ろ手に拘束されているために、もどかしいながらも自分で弄ることは出来ない。気まぐれな器具の動きに翻弄され、甘い官能の炎に女芯がじっくりと炙られているような、そんな錯覚さえ覚えてしまう。
「はぁい、陽炎ちゃん。少し久しぶりだけど、元気してた?」
と、そんな悩ましい思いで悶える陽炎の元へ、やけに陽気に朧が訪れた。忌々しい相手を睨みつけ、噛み締めた歯がギリッと鳴らされる。
「そんなに睨まないでよ。ここに連れて来てからは、まだあなたにほとんど何もしてないじゃないの。……それとも、生殺しにされてるのがつらくてイかせてもらいたいのかしら?」
「ふざけるな! そんなこと、あるはずがない! ……私のことなんてどうでもいい。あの2人とアスカはどうした?」
「あの2人、ね。今はアンダーエデンでリーアルが相手をしてあげてるわ。……まあ厳密にはその前段階、再度の肉体改造か。今の調教が終わったらだけど、いずれ2人にも私とあなたのことを教えてあげるつもりでいるわ」
陽炎が目を見開く。
「なっ……!? なぜそんなことを!」
「そんなこと? 重要なことじゃない。なんと言ってもゆきかぜと凜子は……
……一時的に男性器を生やされた秋山凜子を片親に、堕ちてしまった水城ゆきかぜを母体として生まれ、その後2人の細胞や遺伝子を移植。それから強制的な成長促進によって母親であるゆきかぜと数歳しか変わらない姿に成長させられた、半人造の特異な存在。それが、
答えは、無かった。沈黙を選び、彼女はただ俯いていた。
「2人がどこまで耐えられるかは、今調教を担当しているリーアル次第ね。あんたも馴染みがあるわよね? 前の世界で直接あんたに手を下していたのは母親のゆきかぜだったらしいけど、そのバックにはリーアルがついていたんですから。……向こうが先に堕ちたら、両親にあんたをかわいがってもらう、なんてことも出来るでしょう。そうしたら今度は凜子も一緒よ? よかったわね」
「……貴様は最低最悪の屑女よ!」
「アッハッハ! そうだよ、その通りさ。でもあんたはそんな屑の前で何も出来ないんだ。どんな気持ちだい? ……それにねえ、こんな私にもついてきてくれる娘代わりの子だっているんだよ?」
「まさか……」
嫌な予感が浮かぶ。そのことを肯定するかのように朧は手招きをして誰かを呼び寄せた。そこに現れたのは――。
「アスカ……!」
「やっほー。元気そうね、陽炎」
桃色の対魔忍スーツを脱ぎ、露出の多い淫靡な紫色の衣装に身を包んだアスカであった。しかも右腕こそ従来通り義肢であるものの、残りの左腕と両脚にはその義肢との接続部分が見当たらない。さらに腹部、臍の周り辺りには何やら紋様が浮かび上がっている。
その姿に、陽炎は愕然とした。彼女がかつて見た、アスカの禍々しい姿――。
「防げなかった……! また、あなたのその姿を見ることになるなんて……!」
「なんでそんなに落ち込んでるの? 私今すっごく満足してるよ。手足が元に戻って、今まで以上の力も手に入れた。本当の意味での甲河朧さんが私にはいるし、何より『風神魔将』って二つ名が最高よね。……あんたが言ってたこと、ようやくわかったわ。朧さんから全部聞いた。これで私はあんたの世界の私、猛威を振るっていた最強の私になれたってことでしょ?」
「過信は禁物よ、アスカ。確かに今のあなたならアサギなんかよりはるかに強いでしょう。……でも向こうは今のあなたが対魔忍として根源の力を一部引き出したこと以上に、魔の力を引き出せる」
わかってますって、と言ったアスカの顔に笑みが浮かぶ。それは無邪気なようでもあり、同時に残忍にも見えた。
「朧さんが元の世界で苦渋を舐めさせられ続けた相手……『魔人アサギ』ですよね。でもこの世界のアサギはそうじゃない。かといって、油断するつもりもありません。……己の力を過信しすぎて単身ブラックに挑んだツケ。あえて義肢のまま残したこの右腕は、その時を忘れぬよう己を戒めるため。あなたの世界の私と、この世界の私は同じ決意をしたんですから」
もう陽炎の目の前にいるアスカは、以前のアスカと全く別人になってしまったと理解せざるをえなかった。自分のせいで所長が命を落す形となってしまい、そのことで自身を責めて悔いて、そこに朧が救いという魔の手を差し伸べた。同じ顔、同じ声、そしてアスカを必要とする同じ気持ち……。
アスカは、堕ちてしまったのだ。
「朧を討てず、アスカも救えず、母さんと凜子さんも巻き込んでしまって……。私は……なんて無力なの……! 私がこの世界にいる理由なんて、もう……!」
「どうしたのよ、陽炎? あんたがこの世界にいる理由なんて簡単じゃない。私とあんたは友達でしょ? 一緒に肌を重ね合ったほどの。だから私は一緒にいたい。それに、朧さんも必要としてる……」
「黙って! 『風神魔将』に堕ちたアスカの声なんて……聞きたくもない!」
「そんな冷たくしないでよ。私、あんたに親近感抱いてるの。境遇とか、ずっと独りだったこととか。似てるんじゃないかって。すぐに考えを変えてくれるって、私は信じてるよ」
そう言いつつ屈んだアスカは、奇妙な生物の張り付く陽炎の股間へと左手を伸ばした。自分では弄ることが出来ず、刺激も浅くしかされなかった秘部を急に撫で上げられ、意図せず声を漏らして陽炎の身体が震える。
「あっ……ひゃうぅっ!」
「ほら。あんたのここも、もうこんなになってるでしょ? またあの時みたいに一緒に気持ちよくなろうよ。今度は私の意思と私の手でイかせてあげるから……」
なおもアスカの指が押し込まれ、より深く膣壁を撫で上げていく。これまでお預けを食らっていた分、奥への刺激は甘美で抗いがたかった。意思に反して口から艶かしい吐息が漏れ、身体が昂っていく。
「やめ……て……! アス……カぁ……!」
「どうして? 気持ちいいんでしょ? 素直になりなよ。別に恥ずかしくなんてないじゃん。お互いに痴態を見せ合った仲なんだしさ」
動かされるアスカの指は止まる気配は無い。いけないとわかっていても、投薬に加えてここまで焦らされ続けてきた陽炎は悦楽の波を止められなかった。
「だ……めぇ……! イク……ぅ……! ひゃっ……ああああああぁん!」
小さく身体を痙攣させ、陽炎は絶頂を迎えてしまった。股間とそこに張り付いた生物の隙間からあふれ出た愛液がこぼれ、アスカの指と床を濡らしていく。
妖艶に微笑み、アスカは自分の指を舐めると陽炎へと顔を寄せた。顔を背けようとした陽炎の顎に手をかけ、強引に自分の正面へと向かせる。
「ほら、気持ちよかったでしょ? ……ねえ、陽炎。もうつまらない意地張らないで、私のお願い、聞いてくれない? そうすれば、これからもっと気持ちいいことを2人でできるわよ」
「はぁ……はぁ……。ふざけ……ないで……! あなたは……朧が何を企んでいるかわかって言っているの……?」
「当然よ。でも、朧さんが何を考えていようと関係無い。だって私は、朧さんのために戦うともう決めたんだもの。だからどんな目的であろうとついていく。そしてその朧さんはあんたを必要としている。勿論、私もあんたがいてくれれば嬉しいわ。私、あんたのこと好きだから。きっと、互いに掛け替えの無いほど仲がいい存在になれると思ってる……」
そこまで述べると、アスカは陽炎の唇に自分のそれをゆっくり重ねた。捕らわれていたときと同様、だが今度はアスカが自らの意思で行った同性同士のキス。心地良さそうな表情を浮かべて相手の唇を啄ばんでいたアスカだったが、不意にそれが曇り、顔を離すと何かを床へと吐き出した。
血だった。アスカの可愛らしい唇から一筋血が流れ落ちていた。ずっと睨みつけているままの陽炎に口の中を噛み付かれたのだとわかると、アスカの顔色が変わっていく。
「……ちょっと……ムカついた」
ポツリと呟き立ち上がるアスカ。次の瞬間、陽炎の腹部に再生したアスカの足が蹴り込まれていた。
「ガッ……ハッ……!」
防御もできない状態で早く飛んできた蹴りをまともに受けて陽炎はうずくまる。今度はその頭に足が乗せられ、体重をかけて踏みつけられた。
「う……ぐうっ……!」
「私はあんたとちょっとは仲良くなれたと思ってたのに! 少し前まで私のことを気にかけてくれるような素振りを見せておいて、あれ全部嘘だったわけ!?」
「嘘でも演技でもない……。でも、今のあなたは私にとって敵……。『風神魔将』へと堕ちたあなたと仲良くする気なんて、これっぽっちもない……!」
「この……!」
「ちょっと落ち着きなさい、アスカ。ダメじゃないの、友達を蹴ったりしちゃ」
なおもヒステリックに怒りをぶつけようとするアスカを諭すように、優しげな声で朧は語りかける。
「でも朧さん……! こいつは私のことを敵って言って唇まで噛んできたんですよ!? もう友達でもなんでもないじゃないですか!」
「そんな風に決め付けるのは早計よ。……ねえアスカ。少し前まで、あなた、私のことどう思ってた?」
怒りに染まったその表情から色が抜けていく。気まずそうに視線を逸らしながら、口篭っていた。
「そ、それは……」
「私のことなんて嫌いだったんでしょう? 私より、あの偽物の女の方がいいと思ってた……」
「……ごめんなさい」
「いいのよ。責めたくてこんなことを言ったんじゃない。……確かにお互いにすれ違いはあったわ。あなたは私を憎みもしたでしょう。でも今はこうして分かり合っている。……これってあなたと陽炎に似ていると思わない? 以前のあなたは私を敵視していたように、今は陽炎にアスカの考えがわかってもらえなくても、いずれは分かり合うときがくるかもしれないじゃないの」
朧のその言葉にアスカは表情を輝かせ、対照的に陽炎は苦い顔で歯を鳴らしていた。
妄言や詭弁もいいところだ。その発言自体に対しての怒りもある。だがそれ以上に、そんな憎むべき女の言葉を間違いのないものとして受け入れてしまっているアスカに愕然とせざるをえなかったのだ。
「……そうですね。きっと陽炎もまだ私と朧さんのことを勘違いしているだけ……。時間をかければ、私達が正しいってわかってくれますよね」
歪んでしまった、共に虜囚の時間を過ごした少女の変貌に、陽炎は心が打ちのめされそうだった。しばらく前までのアスカはもういない。ここにいるのは朧の右腕となった「風神魔将」だけ。「絶望で満たす」と言った朧の言葉の通り、早くも心が悲鳴を上げそうだった。
「さて、アスカ。今日は陽炎の顔を見るだけの予定だったから、そろそろ戻るわよ。新しく手に入れたあなたの力、早く使いこなせるようにしないといけないんだから」
「そうですね。この力で、朧さんに歯向かおうとする連中をズタズタに切り裂けるようにしないといけませんし。……また来るわね、陽炎。その時までに、少しは私達のことをわかってくれてると嬉しいわ。もし反抗的だったら……。ウフフ……。少し前に2人で乱れあったあの続きを、ちょっと乱暴にして仲を深めるとかいいかもしれないわね」
陽炎は何も答えない。唇を噛み締め、視線を逸らし続けるだけだった。
小さくアスカが笑ったところで、重い扉が閉められた。幽閉され、朧の手駒となるよう調教される。そんな日々を耐えたとして、その先に何が待っているのだろうか。
「母さん……凜子さん……」
自分同様捕らわれた2人。今頃、想像を絶するような調教が行われてしまっているのだろう。自分がいた世界に少しずつ近づき、崩れていこうとするこの世界を見せ付けられ、陽炎は1人悔やみ続けていた。