※この作品はR-18です。

陽炎の揺らめき   作:天木武

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対魔忍カゲロウ その2

◇

 

 

「ふあぁ……。よく寝た……って小谷(こたに)っち、私の手と足がないんですけど!? まだメンテ終わんないの?」

 

 DSO日本支部。「オレンジインダストリー」という企業のビルの地下にDSO秘密研究所がある。そのフロア内に不満そうなアスカの声が響き渡っていた。

 アスカが里奈子を連れて施設から離脱して既に数時間が経過している。どうにか脱出に成功したアスカは里奈子を対魔忍の里へと送り届け、それからここに戻ってきていた。

 

「ちょっと、聞こえないのかなぁ? ねえ、小谷っちー?」

 

 彼女の声を聞いて小谷と呼ばれた眼鏡の男性――小谷健司(けんじ)は作業の手を一旦止め、困った顔を隠そうともせず振り返った。見るからに頼り無さそうな男性ではあるが、DSOの主任上級研究員として、アスカのアンドロイド・アーム&レッグの開発・調整などを担当している重要な人物だ。

 今、アスカの機械の手足は取り外され、整備されている真っ最中だった。便利な鋼鉄の義肢であるが、メンテナンスが必須と言う制約はついて回る。こうなってしまうと整備終了までどうしようもないアスカはメンテナンスシートに腰掛けたまま仮眠を取っていたのだが、目が覚めてもまだ作業中だったらしい。どうやら予想以上に時間がかかっているようだ。

 

「聞こえてるよ。見ての通りまだメンテ中。……アスカが寝てた間、僕達は一生懸命作業してるんだけどな。まあもう少しかかると思う。なんなら、2度寝してもいいよ。終わったら起こすから」

「もう目が覚めちゃったわよ……。でも他にやることもないしなあ。ねえ小谷っち、話し相手に付き合ってよ」

 

 そう提案するアスカだが、小谷は既に顔を元の位置に戻し、休めていた作業を再開していたようだった。

 アスカと小谷の付き合いは短くない。加えて、互いに信頼関係も厚い。血こそ繋がっていないものの、兄妹のように見えなくもなかった。

 が、それはそれ。忙しい状況で世間話をしてくれ、というのはまた別問題である。

 

「相槌ぐらいなら打てるよ。アスカが一方的に話してくれるなら、相手になれなくも無い」

「それじゃつまんないでしょ! ……もう、小谷っちはやっぱり乙女心がわかってない」

「それは乙女心と関係あるのかしら? ともかく、それなら私が話し相手になってあげましょうか」

 

 やんわりと小谷がアスカの提案を却下したところで聞こえてきた女性の声に、アスカのみならず小谷や他の所員たちもその声の主へと顔を移し、畏まったような態度を見せる。

 紫色の髪から覗く、顔を隠すように身につけられた特徴的なアイマスク。目元を完全に隠した一見異様なその格好にもかかわらず、所員たちはそのことに何の違和感も持っていないようだった。「仮面の対魔忍」と呼ばれるのが彼女、ここDSO日本支部の所長である。

 

 ブラックとの戦いの際、彼女は消息不明となり、事実上の死亡扱いとされていた。最後に会話を交わしたアスカは、所長が死を示唆していたことを報告し、小谷をはじめとした所員達も皆、半ば諦めていた。

 だが数ヶ月ほど前、彼女は突如として戻ってきた。戦いで負った傷を極秘で癒していたために、外部との連絡を全て遮断していた、ということだった。彼女を母のように慕っていたアスカは、確かに「仮面の対魔忍」その人であると確認して大喜びした、という出来事があったのだった。

 

「所長、お疲れ様です」

「ご苦労様。作業を続けて、小谷君も。アスカの話し相手は、私が担当するから。丁度この後聞こうと思ってたところだったし」

 

 所長の鶴の一声で皆は再び作業に戻った。手近な椅子に腰掛けたところで、彼女はアスカと話し始める。

 

「さてと。じゃあ昨日の詳しい話を聞きましょうか、アスカ。予想以上にアンドロイド・アームとレッグを酷使して、ここまでの大掛かりなメンテが必要になった理由も含めて」

「それは僕も興味があるね。まさか切り札の対魔超粒子砲(たいまちょうりゅうしほう)まで使うなんて、そこまで予想以上に消耗して帰って来るとは思ってなかったから」

 

 相槌程度なら打てる、と言ったはずの小谷が付け加える。やっぱり話し相手になることも出来たじゃないかと心の中で愚痴った後で、アスカは所長の方へ顔を向けて口を開いた。

 

「言っておきますけど、私が昨日必要以上の戦闘を強いられたのはある邪魔者によって先を越されたからですからね。おかげで作戦を潰された挙句に捕虜の子を連れているために戦って脱出せざるを得なくなった。それで仕方なくアンドロイド・アームの力を解放させて対魔超粒子砲を使った、というわけです。私は何も悪くありません」

「わかっているつもりだけど、あなたの言い分をちゃんと聞くまではどうとも判断しかねるわね。……それで、その邪魔者っていうのは何者? 対魔忍らしかった、ってはチラッと聞いたけど」

「確かに見た目や雰囲気は対魔忍でした。自分でも対魔忍と名乗ってましたし。でも……なんだか少し違うというか……違和感を感じたといいますか……」

 

 うまく言葉に出来ずにアスカは考え込む。そんな彼女の様子を察してか、助け舟を出すように所長が口を開いた。

 

「確か名前は陽炎、だったかしら。聞いたことは?」

「ありません。少なくとも私が里にいた頃には、全く」

「そう。顔は目以外隠していたから見てない、と言う話だったわね。……私と真逆ね。じゃあ対魔忍と感じたのなら、使った術の推測は出来る?」

「おそらく、ですが、雷系の術だと思います。私が踏み込んだ時、爆発したような傷の死体が無数転がっていましたし、焦げ臭い匂いもしましたから。それと別に、私が一瞬目を離した隙に消えた、というのも気がかりです。隠れ身か、あるいは跳躍系か……」

「複数の、それも別系統の術を使い分けられる可能性があるということ? それは随分と珍しいわね」

 

 言葉ほど珍しく無さそうに所長は呟いた。

 

「それから、個人的にはこっちの方がもっと気になるんですが……」

「何?」

「その子、奇妙な質問を私にしてきたんです。『水城ゆきかぜと秋山凜子が今どこにいるか知らないか』って」

「ゆきかぜと凜子……。ああ、『雷撃』と『斬鬼』ね。対魔忍の中で腕が立つと噂の若手の2人」

 

 すらすらと出てきた2人の異名を聞いて重く頷くアスカ。しかしまだ所長はその質問自体がおかしい、としか思っていないようにも感じていた。

 

「確かに妙な質問ね。あなたにぶつけるべきではない」

「はい。……ですがそれより妙なのは……私がさっき言った雷と隠れ身か跳躍系の忍法。ゆきかぜさんは雷遁の術使いで、凜子さんの方は跳躍系の空遁の術使い……。陽炎と名乗ったあの子の術と予想されるものと、2人の術が一致するんです。偶然にしては、なんだか出来すぎているような気がして……」

「ふむ……」

 

 所長は顎を手に当てて考える仕草を見せる。が、仮面に隠れてその奥でどのような表情をしているのかは図れない。

 

「ちょっといいかな」

 

 その沈黙を破って口を挟んできたのは小谷だった。作業の手を休めることなく、背を向けたままである。

 

「アスカと所長の話だと、アスカが風の術だけを使えるように、普通異能の力は1人につき1つの術しか使えない、ということだよね?」

「まあもしかしたら例外はいるのかもしれないから、断定はできないけど」

「だとするなら、その先客の対魔忍は術としてはどちらかだけを使えて、もう片方は何か違う方法で補った、とかじゃないかな?」

「どういうこと、小谷っち?」

 

 なるほど、と所長が呟くのがわかった。理解してないのは自分だけかとアスカは少し不満を覚える。

 

「アスカは我々の技術で光学迷彩が出来る。言ってみれば擬似的な隠れ身の術、ともいえるわ。だとするなら、雷遁の術と思ったのは実は何か特別な武器を用いたからかもしれないし、あるいは隠れ身か跳躍もアスカのような光学迷彩によるものかもしれない。そういうことでしょ、小谷君?」

「所長のおっしゃるとおりです。米連と言っても一枚岩ではない。どこかの組織が開発した技術を用いれば、もしかしたら可能かもしれない」

「確かに……そうかもしれないけど……」

 

 だがアスカはそれは違うようにも感じていた。

 

「あいつの武器は刀と拳銃でした。対魔忍としては少しおかしな組み合わせにも思えるけど、なんていうか、米連とは違う空気を纏っていたというか……。それに、もし米連の他の組織だとするなら、わざわざ私に捕虜を明け渡す理由もないかと。自分で連れ去った方が、交渉材料にも使えるわけですし。加えて、私達と相容れない組織なら魔族寄りのはずだから、同じ陣営で潰すことにもなるような……」

「それもそうね。でもさっき小谷君が言ったような特殊な武器か装置だけ奪った、とか、私達と同じ志だけど手を結びたがらない組織だとか、いくらでも考えようはあるわね。勿論、本当に複数の術を使える、という線も消せない。……要するに、何もわからない、ということね」

 

 反論の余地の無い所長のまとめに、アスカも口を噤むしかなかった。ゆきかぜと凜子、雷遁と空遁。何かあるのかもしれないし、考えすぎかもしれない。結局のところ、所長の言うとおり何もわからない、で締める話とするのが妥当だろうか。

 

「あ、そうだ。思い出した」

 

 そこでアスカはもうひとつの「妙なこと」を思い出していた。

 

「あいつ、顔を合わせた瞬間に私をフルネームで呼んだんです。それから、私の異名まで」

 

 へえ、と所長は先ほどの話題以上に興味を示したようだった。

 

「それは少し捨て置けない話ね。あなたの異名はいいとして、会ったことも無いはずなのにフルネームを言い当ててくるとなると……少々考え物かもしれない」

「でもそこでも妙なことを言ったんです。私の異名……『鋼鉄の死神』と言った後に『風神魔将』とも言ってきたんです」

「……『風神魔将』?」

 

 僅かに、所長の声色が変わったようにアスカは感じていた。自分は聞いたことがなかったが、彼女はあるのかもしれないとアスカは尋ねる。

 

「所長、聞いたことありますか?」

「……いいえ、初耳だわ。風神、まではあなたの術だからわからなくもないけど、その後ろが違和感がある。魔族ならまだしも、抜け対魔忍で現在米連所属のあなたにつけるものかしら?」

「敵からしたら悪魔なんでしょう。死神も魔将も、僕は大して変わらないと思いますけどね」

 

 身も蓋もない小谷の発言にアスカは噛み付きたい思いだった。義肢があれば小突いていただろう。だがそれを飲み込み、より重要な、そして所長に関係のあることを報告しなくてはならないと先を続ける。

 

「それから極めつけです。……隠してないで素顔を見せろといった私に、顔を見せないことには意味があると言った後にこう付け足したんです。『あなたの上司もそうじゃなくて?』と」

 

 その最後の部分で、ここまで余裕を纏わせた雰囲気だった所長の気配が目に見えて変わった。口元からは笑みが完全に消え去り、一気に場の空気が重くなる。

 

「……それは笑えないわね」

 

 重々しく呟かれた一言は、これまででもっとも固い色を含んでいた。

 

「あまりにも私達のことを知りすぎている。場合によっては見過ごせない存在にもなりうるわ。……陽炎か、警戒するに越したことは無い。ちょっとお話を聞く必要も出てきそうね」

 

 変わらない思い空気のまま、仮面の所長がそう言ったところで、「よし」という小谷の声が聞こえてきた。振り返った顔にはその場の空気にそぐわない温和な表情が浮かんでいる。

 

「終わったよ、アスカ。お待たせ。チェックも兼ねて着けてもらってもいいかな?」

「勿論! 待ってました!」

 

 少し前と一転。和やかな空気が流れる。その一度変わった空気をもう一度戻そうという気は所長にはないらしく、再び口元を緩めなおしてアスカの様子を窺っていた。

 

 台に乗せられたアスカのアンドロイド・アームとレッグが運ばれてくる。それらがアスカの身体と接続し、神経が繋がった瞬間、彼女の表情が苦痛に歪められた。

 

「いっ……つぅ……! 毎度のこととはいえ、この接続する瞬間だけ、嫌な感じなのよね……」

 

 機械である四肢と生身であるアスカの身体の神経を繋ぐ際、一瞬ではあるが鋭痛が走るのだ。確かに機械の義肢は高性能で便利であるしアスカも気に入っているが、この痛みだけはどうしても慣れることができず苦手なのだった。

 

「毎度のことだけど、それだけは我慢してもらいたいな。……それで、感覚はどうだい?」

 

 ゆっくりと指を動かし、次は腕を動かす。自分の思い通りに動く機械の腕に、アスカは満足そうに微笑んだ。

 

「問題無いです。いつも通りご機嫌ですよ。これでまた暴れられそうです」

「暴れるのはいいけど、くれぐれも無茶な使い方はやめてくれよ。メンテすること自体苦ではないけど、必要以上に消耗されるのとか、不慮の事故は避けてもらいたいからね」

「わかってますって! ……なーんか今日の小谷っちは一言多いなあ」

「それだけ小谷君もアスカを心配しているということよ」

 

 母親のような声色で、所長はそう告げた。その心遣いを感じ取り、アスカも表情を僅かに緩め、軽く顎を引く。

 

「……ありがとう、皆。おかげで私は戦える……。この鋼鉄の手足と共に」

「どういたしまして。でも、過信は禁物だからね。確かに機械ということで生身よりも優れている点は多くある。だけど、予期せぬ機能停止、なんてこともありうる。……もっとも、僕達はそんなことは絶対に無いようにメンテナンスしてるつもりだけどね」

「その点は小谷っちを信頼してるから。だから……以前のようなことが無ければこの手足が私の意思に反するようなことは無いって信じてる」

 

 僅かに表情を曇らせつつ、アスカはそう述べた。

 かつてのブラックとの戦いの最中、ここDSOが一時的に占拠されたという出来事があった。激しい戦闘後の帰還で間が悪くアンドロイド・アーム&レッグが限界を越え、さらに所長も消息不明となっていた状況で、アスカは職員を人質に取られてなす術が無かった。結果、手足の感覚を性感帯と同等の感度にするという悪辣極まりない調整改造を強制され、しばらくは男達に恥辱の限りを尽くされたという過去があったのだ。無論、今アスカがここにいるということは、その時の男達は皆「鋼鉄の死神」によってこの世には既に存在していないという証明になるわけだが。

 

「そうね。……でも私はそのアンドロイド・アームとレッグの緊急停止コードを知っているから、私がその気になれば今この場で手足を止めてしまうことも出来るけどね」

「所長!? ……まさかそんなことしませんよね?」

 

 答えは無く、相変わらず所長の目は仮面に隠されて見えなかった。が、微笑の浮かぶ口元から、きっとふざけて言っただけで、悪戯っぽい笑みを浮かべているのだろうとアスカは想像した。

 

「私が一度でも使ったことがある? 暴走状態とかになってしまったときのもしもの備えでしかないんだから。……それとも、なんなら本当に効くか試してみましょうか? 唯一私だけがコードを知っていることの証明も兼ねて」

「ちょ、ちょっと所長!?」

「勘弁してくださいよ! せっかくメンテナンス終えたところなのにまたやらせる気ですか!?」

 

 アスカに続いて小谷にも悲鳴を上げられ、所長はクスッと小さく笑う。それだけで2人には所長にしては珍しくふざけてみただけなのだろう、ということがわかった。反射的に同時にため息をこぼす。

 

「……さて、冗談はさておき、ともかくご苦労様ね、アスカ。助け出した対魔忍の移送までやってもらったわけだし」

「いえ。所長風に言えば恩を売った、という形でしょうから。不満はないわけではないですけど、それはあの陽炎って奴にぶつけるべきところですし」

「陽炎……。もしまたその子に出くわすことがあったら、私にも真っ先に連絡を頂戴。とても気になる存在だから」

 

 仮面の対魔忍の言葉に鋼鉄の死神が頷く。次に出会ったときは逃がさない。調整を終えたばかりのアンドロイド・アームに力を込め、アスカはそう心に誓った。

 

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