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アサギが紫と共に向かった先は学園の保健室とは別、対魔忍本部の地下にある医務室兼研究ラボだった。目的地がそことわかると紫の顔に若干の嫌悪感が宿る。
「……アサギ様。私を連れてきたのは、その方が
「知識のあるあなたの意見も聞きたい、と思ったからよ。……まああなたをダシに使ってる、と言われたら反論できないかもしれないけど」
隣で紫がため息をこぼすのがわかった。少し悪いことをしたとは思うが、それでも仕方ないことだと、アサギはラボの扉を開ける。
「入るわよ。
「その声は井河アサギか? 悪いが俺は忙しい。お前の相手をしている暇はない」
「あらそう。紫も連れて来たんだけど」
「何!? 馬鹿者、それを先に言え! そうかそうか、紫は俺に会いたいのに2人きりじゃ恥ずかしいからとアサギを使ったのか! 全く可愛い奴め!」
あることないことを言いながら急にテンションを上げて部屋の奥から現れたのは、白衣に眼鏡の長身の男だった。いかにも「ドクター」という呼び方が似合いそうな男である。
桐生
が、あまりにもしつこく接してくるために紫は嫌気が差していたのだった。それをさくらが茶化して来るのだから、彼女としても幸奈との関係を冷やかしたくなるというものであろう。
「私は顔も見たくなかった。アサギ様がお前に聞きたいことがあって私の意見も聞きたいからと……」
「いや、みなまで言うな! わかっている、わかっているぞ! そうやって照れ隠しをしているのだろう! あれか、最近流行の『ツンデレ』とかいうやつか! その態度は実にお前らしくていいぞ紫! ふははははは!」
「……アサギ様、殺していいですか?」
声色が冗談の類でなく本気だ。が、これもまたいつものこと。すっかり夫婦漫才よろしくとなったやり取りにアサギはため息をこぼし、同時に「夫婦漫才」などという単語を出せば紫は間違いなく怒り狂うだろうとも思うのだった。
「私が聞きたいことを聞き終えたら、半殺しぐらいならいいわよ。……それで桐生、聞きたいことがあるのよ」
「フン! さっさと済ませろ。終わったら俺と紫の愛の時間が待っているのだからな」
「愛などないしそんなものが待ってもいない!」
紫の突っ込みにフォローを入れようかとアサギは一瞬迷う。が、ここは話を進めた方が与太話をしに来たのではないと目の前の男には伝わるだろうと、本題を切り出すことにした。
「あなた、クローンについての知識は当然あるわよね?」
「俺を誰だと思っている? 天才魔科医の桐生佐馬斗様だぞ?」
「随分と自惚れが強いこと。まあ腕がいいのは事実ではあるわね。じゃあ……例えばの話だけど、私と紫の細胞や遺伝子を掛け合わせてクローンを作ったとして……。作り出した存在に私の術である『光陣華』と紫の術である『
「アサギ様……それは、どういう意味ですか?」
紫が尋ねる。桐生も黙ってはいるがおそらく同じ意見なのだろう。意図がわからないと言いたげである。
「そうね。一から話しましょうか。特に桐生はまだ陽炎の存在も知らないでしょうし」
アサギはゆきかぜと凜子を捜し求める陽炎という謎の対魔忍について詳しく説明を始めた。噂では雷遁の術を使うということ、それに加えて自分の目で空遁の術を見たこと、雰囲気はゆきかぜに実によく似ていたこと、そして彼女が探す2人と使う術が一致すること。
「……以上の点から私はある考えにたどり着いた」
「なるほど。その陽炎という対魔忍は、ゆきかぜと凜子の細胞や遺伝子を掛け合わせて生み出されたクローンではないか、と考えたというわけか」
真面目な表情となり先を紡いだ桐生の言葉にアサギが頷く。
「それなら言動にも納得がいくわ。私も何度かクローンという存在と相対したことがあるけれど、己の存在意義や自分自身が何者かと疑うことが多い。それで陽炎は己のオリジナルであるゆきかぜと凜子を見つけ出し、何かをしようとしているのではないか、と考えている」
「何か、とは……」
紫の問いに、アサギはゆっくりと首を横に振った。
「それはわからない。ただ自分のオリジナルに会いたいだけかもしれないし、消して自分こそがオリジナルとなりたいと思っているのかもしれない。……ただ、これもあの子に実際に会ってみて、私がふと思いついた仮説の上での話よ。そこで話は最初に戻る。桐生、2人の人間の遺伝子や細胞を掛け合わせ、互いの能力を引き出すクローンを作り出すことは可能?」
先ほどまで紫相手に見せていた軽薄な態度が嘘のように桐生は黙って考え込んでいた。ややあって、静かに口を開く。
「……不可能ではないかもしれないな」
「でもその言い方だと当然何かあるわけね?」
「何かしらの弊害はありえるだろう。例えば、2人分の細胞があるのだ、典型的な話で言えばそれだけ身体に負担がかかるから寿命が短い、とか考えられるな。あとは2人分の思考が生まれ、多重人格になることもあるかもしれんし、他に精神に異常をきたす可能性は大いにありうる。それから、術もオリジナルには叶わないわけだろうから、どちらかだけに優れる、両立が難しい、そもそも両方ともオリジナルの使い手より大きく劣る、とかな。
つまり不可能ではない、と言ったのは、出来ることは出来るのかもしれないが、メリットよりデメリットの方が遥かに勝る可能性が高い。故に俺ならやらない、という意味で言ったのだ」
話を纏めると、桐生としてはアサギの考えには賛同しがたい、と言いたいらしい。
「アサギ様……。少し思うところがあるのですが」
「何?」
「確かにクローンと言う形では今桐生が言ったとおりかと私も思います。では、キメラ、という形ではどうでしょうか」
「キメラ?」
そこで口を挟んできたのが紫だった。その意見に対し、発言者が紫ということもあるのだろうが、桐生が嬉々として合いの手を入れてくる。
「ほほう! そこに気づくとはさすがは紫! いずれ俺の嫁となる自慢の助手、いや、メス豚と言うべきか!」
「黙れ! ……ここでのキメラというのは『別人の細胞や遺伝子を移植されたことで本来備わっていない力が備わった』と定義します。その上で、例えばこの男は一度私が殺していますが、妖魔の死肉を使って再生した。その後、私の細胞を移植したことで、私の忍法、『不死覚醒』に近い高い再生力を持つ肉体を得て、再生のための死肉が不要となっています。フレッシュ・ゴーレムとか言われていますが、言ってみればキメラともいえるわけです」
「そう、俺の中にお前がいるわけだ! つまり俺はお前であると言っても過言ではなく……」
「黙っていろと言っているだろうが! ……要するにこんな屑みたいな奴でも、私の細胞の移植によって私の特性に近いものが備わった。つまり、ゼロから作り出すのではなく、何かのベースにゆきかぜと凜子の細胞を掛け合わせた、ということであれば、さっきこいつが言ったデメリットも薄まるのでは、と思うのですが……」
そこまで聞いたところで、「ああ」とアサギは呟いていた。
「今のを聞いて思い出したわ。桐生。あなた、瀕死の重傷を負った対魔忍に、治療として私の遺伝子を元に勝手に培養していた細胞を使って再生手術をしたことがあったでしょう?」
それを聞いた途端、今さっきまでのハイテンションから豹変。桐生の顔色が変わる。
「ぐ……! な、なんのことだか……」
「忘れたとは言わせないわよ。あの時は本気で殺してやろうか考えたぐらいなんだから。……
過去の苦い思い出を思い出すように、桐生は渋い顔を浮かべていた。ややあってから口を開く。
「……まあお前の言うとおりだ。あの対魔忍は細胞や遺伝子の移植によって身体特徴や異能の力を引き継ぐという、典型的な例といえる」
「じゃあ何らかのベースにゆきかぜと凜子の遺伝子を移せば、2人の術を持つ存在が作り出せる?」
「そんな簡単な話ではない。まず第一に、その対魔忍の例はお前と遠縁にあった、ということで比較的血筋が似通っているという、ベースとしてお前の特徴を受け継ぎやすかったということが挙げられる。俺と紫の例で言っても、元々俺は死んだ肉体を無理矢理再生させていた。そこに高い再生能力の術を持つ紫の細胞を移植したことで再生能力を得たという、共通点があるわけだ。……もっとも、それ以上に俺と紫の場合は身体も細胞も相性がいいということでうまくいっているのだろうがな!」
「ふざけてないで話を進めろ、この馬鹿が!」
紫に怒鳴られるも、桐生は堪えた様子はない。むしろそれが喜ばしいとさらに続けようとする。
が、不意に顔が強張りそれをやめた。原因は言うまでもない。アサギだ。元々切れ長な目をそれこそ刃物の如く鋭く細め、無言の圧力をかけている。最強の対魔忍の眼光の前に桐生のおふざけはあっさりと頓挫し、咳払いをひとつ挟んで誤魔化してから、彼は話を続けざるを得なかった。
「と、とにかくだ。特性を受け継ぎやすいベースというのが必須となる。縁もない素体に2人の細胞や遺伝子を移植したとして、雷遁と空遁が両方使えるようになるというのは到底不可能だろう。かといってどちらか片方にだけ近いベースに違う方の遺伝子を掛け合わせてもうまくはいかないと考えられる」
「じゃあ……そうね、両親がそれぞれ雷遁と空遁の術使いでそこから生まれた子供、それも元々どちらかの術は使える存在だった、という場合なら可能?」
「それなら成功率は高まるかもしれんな。……もっとも、そんな存在に心当たりがあるのか?」
「それは……」
アサギは口篭る。理論としては今言ったベースが当てはまる。が、そんな存在など対魔忍の長であるアサギも聞いたことがない。
「……桐生、ゆきかぜと凜子の細胞や遺伝子を組み合わせて作ったクローンに、さらに2人のを移植というのは……」
「おいおい我が嫁よ、クローンしたものをさらにキメラか? それは少々無茶があるぞ。とてもうまくいくとは思えんな。それに2人の細胞をどうやって手に入れている? 言っておくが俺はやっていないからな」
「それもそうか……。って、誰が嫁だ!」
紫の案も桐生に却下され、さらに冷やかしまでおまけでついてきた。それでもなお考えようとする2人に「そもそもだな」と桐生は口を開く。
「クローンだキメラだ以前の問題として、対魔忍の情報量を多く持っているということはこの話では全く解決しない。対魔忍組織の内部情報を持っているわけだろう? 外部で作り出された存在であるとするなら、そこまで情報に詳しい理由はまったく説明がつかん」
整った眉を寄せ、アサギは無意識のうちに唸り声を上げていた。桐生の指摘はもっともだった。いくらその能力の由縁について考えたところで、それでは豊富な、同時にどこかずれている彼女の情報量についての説明にはならない。実際に剣を交えたとはいえ数度。話した言葉も多くは無い。つまるところ――。
「当人の口から聞かない限り、やはりなんとも言いようが無い、か」
陽炎と顔を合わせる前の結論にたどり着き、アサギはため息をこぼさざるを得なかった。むしろ顔を合わせたことでますますな謎は深まった、ともいえる。こうなれば頼みの綱は先ほど打ったもう一手の方になるだろう。
どこか諦め気味に、ポツリとアサギは呟いた。
「……さくらに頼んだ方で進展があることを、ちょっと長い目で見ながら祈るしかないわね」