※この作品はR-18です。

陽炎の揺らめき   作:天木武

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王の帰還

◇

 

 

 日本の首都、東京の地下にある魔界都市・ヨミハラ。エドウィン・ブラックが牛耳っていた組織であるノマドの完全支配下にあるこの街に、「闇の宮殿」と呼ばれる建物がある。その宮殿という名に相応しく、建築美があしらわれた豪奢な造りの建造物は、ノマドの支配者であったブラックの根城であった。が、その主を失った館は、かつてほどの威厳はもはや失われたようにも見える。

 

 その館の中。長机の前に腰掛けた数名のノマド幹部の視線は、中央にいる1人の女性に集められていた。褐色の肌を黒の騎士衣装に身を包んだ美女――魔界騎士イングリッド。

 

「イングリッド様。離反をほのめかしている派閥のリーダーが幹部に取り立てるよう要求しております。飲まなければ離反する、と。いかがいたしますか……?」

 

 幹部の1人、彼女の親衛隊出身である魔族の女が敬意を持った態度でそう尋ねる。それに対し、イングリッドは冷たく斬り捨てるように返答した。

 

「捨て置け。ブラック様のこのノマドに仇成す者など、ブラック様が復活なされた際にはその命をもって後悔することになるだけだ」

「しかしイングリッド。もはや離反者を無視できぬ状況だ。これ以上ノマドが弱体化しては龍門やら離反した派閥の連中につけ込まれる隙になるぞ? さらにはこのヨミハラの中でも勢力争いが起こるなどということにもなりかねん。仮にも責任者として、何か対策を打ち出す必要があるように思えるが」

 

 次に聞こえてきたのは老齢さを秘めた男の声だった。先ほどの女のような恭しさは微塵も無い物言い。だがイングリッドはそれを叱責しようとはしなかった。この男は幹部として長くブラックに仕えてきた、その背景を知っていたからだった。

 

「貴様! さっき貴様自身が述べたとおり今やイングリッド様は仮にもノマドの責任者だ! そのお方に対してなんと無礼な……!」

「それはお前もだろう、小娘。イングリッドに取り入っていたことで幹部にしてもらっただけだというのに、我が物顔でそんなことを言いおって」

「よ、よくも……!」

「やめろ」

 

 一喝するイングリッド。その気迫に押された2人は口論をやめるが、当のイングリッドの顔には何とも言えぬ複雑な色が浮かんでいた。

 対魔忍との戦いにより、ブラックは死んだといわれている。それから、イングリッド同様ブラックの片腕として動いていた朧も。だがイングリッドはこうして顕在である。それには理由があった。

 イングリッドと朧の間には確執があった。騎士道精神を重んじるイングリッドと卑怯な手を用いることを気にもかけない朧。当然のように2人の相性は最悪だった。全く噛み合わなかった2人の歪(ひず)みはやがて決定的なものとなり、イングリッドは朧の卑劣な戦いの末に敗北して捕らえられ、苛烈な調教を施されることとなる。

 幸い、と言っていいものか、朧により嬲り者とされ、屈辱を味わう形となっていたイングリッドは、ブラックと対魔忍との戦いに加わることは無かった。戦いが終えた後も調教されてしまった影響こそあったものの、どうにか回復に成功する。そしてトップを失ったことで始まった崩壊を止め、組織を再編するため、ブラックの秘書として側近であったイングリッドはすぐに立ち上がり、代理として奔走を始めたのだ。

 だがあくまで彼女の中では自分は「代理」である、という思いだった。ブラックは死んだといわれているが、当然彼女は認めていない。消息不明ではあるが、彼女の知らないところで今は傷ついた身を休めるか、再生するかしている。そのように考えていた。

 

(そう、今の私はブラック様の代わりに過ぎない……。ブラック様が死ぬはずが無い。あのお方が戻ってきた際、再びノマドを指揮していただくためにも、私は滑稽であろうと、ノマドを乗っ取った悪女と罵られようと、その汚名を甘んじて受け入れてみせる……)

 

 ブラックの側近として、女である己の心を殺そうとしてきたイングリッドらしい考えともいえた。献身的に、盲目的にブラックに尽くそうという姿勢。自身はブラックの後釜になる器などではないとわかっている。だからこそ、自分に対する不満でなんと言われようと、そのことで離反者が出ようと、耐え忍ぶ決意をしていた。

 

「……離反しようとしている者に伝えろ。そこに私自身の意思が介入する余地など無い。しかしブラック様がご帰還なされた際に、その命運はあのお方に委ねることになるのだということを忘れるな、と」

「わかりました。ではそのように……」

「ブラック様、ブラック様、ブラック様。全くどこに行ってもあんたのその妄信的ともいえる信仰心には頭が下がるねえ、イングリッド」

 

 幹部の女魔族の声を遮る嘲笑うかのような声は、部屋の入り口から聞こえてきた。皆の視線がそこに集まる。そして一様に驚きの色を顔に浮かべていた。

 

「お、お前は……!」

 

 それはイングリッドも同様だった。忘れたくても忘れるはずもない。卑劣な手段で彼女を捕らえ、淫獄へと貶めて無惨な姿を晒させた張本人。

 

「朧……! 貴様、生きていたのか!」

 

 特徴的な切り揃えられた紫の前髪から覗く残忍で妖艶なその顔は、確かに今イングリッドが述べた朧に違いなかった。ただ、衣装はそれまで同様の扇情的な赤のレオタードの上から、新たに黒のロングジャケットを羽織っており、それまでになかった優雅さと凛々しさがどこか滲み出しているようにも感じる。

 

「貴様……! イングリッド様にあれだけの辱めを与えておいて、よくもおめおめと顔が出せたものだな!」

 

 先ほどから必死にイングリッドを庇おうとしていた魔族の女が腰の剣に手をかけながら立ち上がる。顔には怒りの表情が隠そうともせずに浮かび上がり、彼女にとっての主人が受けた屈辱を晴らしたいという様子であった。

 

「まあまあ、そうカリカリしなさんな。でもまあその様子だと、私は随分とあんたに酷いことをしたらしいねえ」

「よくもぬけぬけと! とぼけるつもりなら今すぐ思い出させて……」

「待て!」

 

 響き渡った声に、元親衛隊の女魔族は踏み出そうとした足を止めた。訴えかけるように顔を振り向かせるが、立ち上がった魔界騎士は首を横に振って許可をしない。

 

「あら、私は命拾いしたってことかしら。これは感謝しないといけないわね」

「黙れ、白々しい。その様子だとさっきのも演技か? 私にしたことを覚えていない、と言ったそれも。あるいは本当のことか?」

 

 一瞬、沈黙が広がった。それから軽く鼻で笑って朧は返す。

 

「……隠しておいてもいずればれるだろうから白状するよ。ああ、本当に覚えていない。死にかけてからの回復の際の影響か、どうやら記憶が混乱して欠如している、というところだと思うけどね」

「それで私がいるにも関わらず顔を出せたということか。……もし覚えているなら会えば殺されるとわかっていただろうからな」

「へえ、信じてくれるのかい? それはありがたい。随分と優しくなったわね、イングリッド」

 

 挑発気味に返された一言に、イングリッドの太く特徴的な眉がピクリと動いた。それから抜き身の刃のような冷たい声が響く。

 

「……何しに来た。たとえ貴様が記憶を失っていようが、私が受けた屈辱を思い出すたび、貴様の心臓を抉り出して首を刎ね、残った身体を燃やし尽くしてやりたいと思っていたところだ。私を冷やかしに来ただけなら、その分のツケは貴様の命で払ってもらうぞ」

 

 それでも朧は全く動じた様子もなかった。変わらない笑みを浮かべたままである。

 

「なあに、与太話をしに来たわけじゃない。イングリッド、あんたの力になってやろうかと思ってね」

「力だと?」

「そうさ。噂じゃブラック様の代理として頑張ってらっしゃるとか。あんたのことだ、ブラック様が戻られるまで、ノマドを存続させ、戻られた時にまた手腕を振るっていただきたい、とか思ってるんだろ?」

 

 イングリッドの目が細められる。手には彼女の愛剣である魔剣ダークフレイムが召喚され、一触即発とばかりに膨れ上がる殺気は、部屋の中にいる他の幹部達に冷や汗をかかせるほどだった。

 

「……やはり私を冷やかすために来たようだな」

「早とちりしなさんな。まったく煽り耐性ゼロで沸点が低いんだから。言ったろ、私はあんたの力になってやろうと思った、と。……要するに、ノマドをまとめる、なんてのはあんたじゃ荷が重過ぎた。でもあんたはそれを望んでやっているわけではない。あくまでブラック様が不在の間の代理……。そうだろ?」

 

 答えはない。が、朧はそれを肯定と捉えた。

 

「つまるところ、あんたはブラック様はまだ死んではいないと考えてるわけだ」

「当然だ! ブラック様が亡くなるなど……あろうはずがない!」

「なら、ご本人が生きて戻ってくれば、それは何よりもあんたの力になるってことよねえ?」

「な……に……?」

 

 ずっと険しい表情だったイングリッドに動揺が浮かぶ。同時に期待と懐疑も。だがその感情を懸命に押し殺し、彼女は先を続けた。

 

「今のはどういう意味だ朧、答えろ!」

「そうだねぇ、これ以上焦らすのも悪いだろうし、答えてあげるよ。……さあ、よく見るがいいさ、王の帰還だよ!」

 

 わざとらしく、そして仰々しく朧は頭を下げ、何かを披露するように手を扉の方へ向けて、部屋の人々の注意を促した。その扉の影から、車椅子を押す1人の女性が現れる。瞬間、部屋に瘴気が溢れ、それだけで心が押し潰されるような錯覚さえ覚えた。

 しかし人々の目はその女性など映っていない。瘴気の大元、彼女が押す車椅子に乗っている人物。頭は力なくうな垂れ、非常に弱々しい印象を醸し出してはいるが、存在感を確かに発する、その男――。

 

「ブラック……様……」

 

 死んだはずのエドウィン・ブラック、その人だった。

 

(間違いない……この気配は本物……! だが、一体どういうことだ……!?)

 

 イングリッドの頭を疑問が占める。本来なら歓喜に打ち震えるはずの主の帰還だが、朧と共に現れた、ということでまだ事態が飲み込めず、また、状況を判断しきれずにいた。

 

「あぁ……。イング……リッド……」

 

 だがうな垂れたままのブラックから自分の名を呼ばれた瞬間、イングリッドの中にあった疑問などは全て吹き飛んだ。自分の名を呼ぶこの声。間違えようがない。

 

「ブラック様……! よくぞ……よくぞ戻られました……!」

「ああ……」

 

 感極まり、涙を浮かべつつそう述べるイングリッド。だがブラックは特に会話に応じるでもなく、やはりうな垂れたままだった。

 

「感動のご対面中悪いけど、ちょっと説明するよ」

 

 と、そこで朧が会話に割って入ってきた。

 

「イングリッド、見ての通りこの方はエドウィン・ブラック様その人だ。間違いないね?」

「あ、ああ……。その気配、声……。間違いない、仕えている私にはわかる。ブラック様以外に考えられない。しかしそのお姿は……」

「ああ、そうさ。見ての通り少々問題がある。……ブラック様は先の戦いで受けた傷がとても重かった。今も癒している最中だ。そのためにこのような痛々しい姿になっておられる。……私はブラック様から授かった魔の力を利用して、懸命に残滓をかき集めた。だがそれでも、ブラック様の力をもってしても再生はかなり難しいほどの状況だった。そこで……彼女に手伝ってもらったのよ」

 

 そう言って朧は顎で車椅子の後ろに立つ女性を指す。

 

「彼女の名は桐生美琴。魔剣士女医とも呼ばれる、天才魔科医よ」

「桐生……? もしや、あの桐生の……」

「……佐馬斗は私の弟です」

 

 セーラー服のような格好の美琴は、そう短く答えた。桐生、という単語にイングリッドの表情に再び険しい色が戻る。

 

「お前の弟は信用できない奴だったからな。すまないがその姉も信用できるかわからない」

「そう言いなさんな。彼女の功績は大きいわよ。なんと言っても残滓しかない状態から、ブラック様の再生を手伝ってくれたのだから。桐生が寝返り、その桐生の師でもあるフュルストが亡き今、任せられるのは彼女しかいないと判断したのよ」

 

 朧にそう言われても、イングリッドの表情は変わらない。

 

「……今の話、信用していいのか、朧?」

「逆に聞くわ。死んだと言われていたブラック様が戻ってきた。そしてあなたが間違いないと言った。その上で、どこに信用しない理由があるの?」

 

 確かに彼女自身が間違いなくブラックだと感じた。とはいえ、連れてきたのは朧と桐生の姉。自分の感覚は本当なのだろうかという疑問がよぎる。

 

(あの朧が、というのが気にかかる。私を騙すためにブラック様の魂を弄んでいるだけではないだろうか。……いや、もしそうならその証拠を突き止め、奴を燃やし尽くすのみだ。それに……)

 

 ブラックが帰ってきたことが嘘であってほしくない、という彼女の願望も含まれていた。待ち侘びた主の帰還。憔悴し、弱り切っているとはいえ、その姿は確かにエドウィン・ブラックその人だ。絶対的なカリスマの帰還はノマドの再生を意味し、同時にイングリッドに生きる希望を与えてくれる。そう、わかってはいた。

 

「何を……そんなに考える必要がある……イングリッド……?」

「……ッ!?」

 

 それでも黙り込んでしまっていた彼女の思考を中断させたのは、耳に響く、心が安らぐ声だった。

 

「このような姿ではあるが……。私は戻ったぞ……。それでは不満か……?」

「め、滅相もありません!」

 

 片膝を付いて頭を下げ、イングリッドは恭順の意思を見せつつそう返す。

 

「申し訳ございません、ブラック様。ですが、私と朧は因縁浅からぬ仲。もしやよからぬことを考えているのではないか、と勘繰ってしまっておりました……」

「わからんでもない……。が、杞憂だ……。朧がいなければ……私は闇へと帰っていた……。かつてのように……お前と朧は我が両腕として……働いてもらいたい……。私はこの身だ……。しばらくの間……お前達に……全て任せるぞ……」

「……はっ!」

 

 了解の返事をし、片腕と呼ばれた魔界騎士は顔を上げた。もうその表情に迷いはない。

 

「……朧。ブラック様は私とお前を『両腕』とおっしゃられ、全て任せるとも述べられた。よってお前を以前と同じ幹部として取り立てる。それで異存はないか?」

「もう2、3点ほど、聞いてほしい頼みがあるんだけど」

「言ってみろ」

 

 妖艶な美女の笑みが深くなる。僅かに不快を感じつつも、イングリッドはその先の言葉を待つ。

 

「まずこの桐生美琴を私直轄の部下として置きたい。それから彼女に専用の研究室を用意し、彼女が望む人員、設備等も。それはブラック様の早い回復のためにもなる。勿論、断らないわよね?」

「……いいだろう。弟のように勝手な研究を繰り返した挙句に寝返る、などということがないよう願いたいな」

 

 美琴は無表情のまま、何も返さなかった。代わりとばかりに朧が軽く鼻で笑ってから口を開く。

 

「それは大丈夫よ。私がしっかり首輪をつけておくから。……それから2点目。私とあんた、過去には色々確執があっただろうし、禍根もあったでしょう。まあ生憎私は覚えていないところも多いんだけど。でも、それを一度綺麗さっぱり水に流してもらいたい」

「……過去の清算だと?」

 

 意図が見えず、イングリッドは眉をひそめた。

 

「なんだい、何かそんなに引っかかるかい?」

「ああ。まさか貴様がそんなことを言い出すとは思わなかった」

「これから協力しようという相手と揉めていたんじゃどうしようもないだろう? 当然のことじゃないか」

 

 朧の言い分を聞いても、浮かんだ違和感は消えなかった。たとえ上っ面だけでも、彼女の知る朧はそんなことを言ってこない。言うとするなら、嫌味や相手を挑発する意味合いが強い。

 だが今目の前にいる相手からは、そういう気配が感じられなかった。それは今さっきの言葉だけではない、姿を見て、雰囲気を感じ取ったときからイングリッドの心に漂う違和感。

 

(本当にこいつは、朧なのか……?)

 

 格好が多少変わっていたことはある。だがそんな見た目よりも、以前感じたまとわりつくような嫌な雰囲気が薄らいでいるようにも感じていた。「記憶を一部無くしている」と言ったことが影響しているのか、それともそれすら思わせぶりなだけの演技と言うのか。

 

「朧……貴様の企みはなんだ……?」

 

 反射的にイングリッドはそう問いかけていた。対する朧は変わらない妖艶な笑みのまま答える。

 

「ノマドの再生、ブラック様の復活、そして支配の拡大。それじゃご不満?」

「貴様らしくないな。もっと刹那的、快楽的な刺激を求め、それがあれば満足する女だと思っていた」

「アハハッ! 言うねえ、イングリッド。その評価はあながち間違えていないし、自分でもそうだと思ってる。でも私が以前と変わったと感じるのなら……そうだねえ、死にかけて生まれ変わったら少しは大人になった、ってことじゃないかしらねえ。それで丸くなった、と」

 

 それでも朧の本質、根っこの部分は変わっていないようにもイングリッドは感じていた。今の言葉全てを鵜呑みにすることは出来ない。が、以前より変わったというのは、どうも本当らしかった。そして、仮にもブラックという存在を再びノマドと、何より自分にもたらしてくれた。それは事実だった。

 

「……わかった。今はそれで納得しておこう」

「そうかい。それはよかった。……じゃあ私は失礼するよ。美琴の研究室の準備をしつつ、ブラック様のご容態をチェックしないといけないからね」

「お前が身辺のお世話をなさると?」

「不満かい? 心配しなさんな、あんたからブラック様を奪おうなんて考えていない。望むなら、その役を譲ってもいい。ただ多くの時間は私直轄の部下である美琴の診察の時間に割くことになる。一刻も早い回復のためだ、そこは理解願いたいね」

「……桐生の姉よ、ブラック様にもしものことがあったら、そこの女共々、魂まで燃やし尽くしてやるから覚えておけ」

 

 硬い表情のままで美琴は頷いただけだった。それからブラックの乗った車椅子を押して背を向け、部屋を後にしようとする。

 

「そういうことさね、イングリッド。じゃあ後のことは……」

「待て、朧。お前はさっき『2、3点頼みたいことがある』と言った。まだ2つまでしか聞いていない。3つ目は不要、ということでいいのか?」

 

 言われて朧は少し考えたようだった。ややあって、特有の妖艶な、同時に邪悪な笑みをイングリッドへと見せる。

 

「……じゃあ3つ目は、再びブラック様の両腕となった、私達2人の友好、というのはどうかしらね?」

「貴様……!」

 

 茶化されているとわかり、イングリッドの頭に血が上る。

 

「アッハッハ! そう怖い顔をしなさんな。私とあんたは友達でしょ? ……まあ冗談はさておき、あんたと事を構えるつもりは無いよ。さっき言ったとおり過去のことは水に流して、これからよろしく頼むわね、イングリッド」

 

 言いたいことを一方的に述べ、車椅子のブラックを押す美琴と共に朧は部屋を後にした。残されたイングリッドは苦い表情のまま視線を落す。

 

「イングリッド様……」

 

 成り行きを見守っていた彼女の親衛隊出身の女幹部が心配そうに名を呼ぶ。その声に一瞬だけ視線を移し、それから顔を上げて凛々しい声でイングリッドは告げた。

 

「……皆が今見た通りだ。ブラック様は戻られた。我々ノマドは再びブラック様のものとして動き出す。離反しようとしていた者達、及び離反した者達にこのことを伝えよ」

「了解した。では我々もこれで失礼させてもらうよ、イングリッド。短い間だったが、代理ご苦労だったな」

 

 大して感情の篭っていない様子で労いの言葉を古株の幹部からかけられても、イングリッドはまったく気にした様子はなかった。だが多くの幹部が退室してもなお、難しい表情のまま入り口を見つめている。

 

「イングリッド様、差し出がましいようですが……。朧を信用してもよろしいのですか……?」

 

 と、部屋の中に最後まで残っていた女騎士が声をかける。

 

「あの女のことです。何かを企んでいるとしか思えないのですが……」

「確かにな。……しかし奴はブラック様を救ってここへとお連れになった。それは間違いない」

「それは……そうですが……」

「……あのブラック様は間違いなく本物だ。気配も声も、仕えてきた私が間違えるはずがない。だとするなら……少なくともその点だけは信じられる」

 

 それでも主人である魔界騎士を心配する女の表情は暗い。そのことを察したように、イングリッドは続けた。

 

「だが確かに妙な点はいくらでもある。そもそもブラック様こそかなり弱られてはいたが私の知る雰囲気を纏っていた。しかし朧は……何かが違う、そう感じた」

「あの女の連れてきた桐生の姉という女も信用できません。……どうなさいますか?」

「私が念を押したのだ、連中とて下手な真似はしないだろう。……しかし一応は気づかれぬように監視しておけ。何かあったときはすぐ私の耳に入れるように。それからなるべく早くブラック様のお世話の役割を私達が引き継ぐ。その方がいいだろうからな」

 

 了承の返事と共に、イングリッドと共に部屋に残っていた女幹部が退室する。

 本来なら主の帰還を喜ぶはずだろう。しかし、なぜか素直に喜ぶことができない。複雑な心のまま、イングリッドもゆっくりと部屋を後にしようとしていた。

 




決戦アリーナの今回のイベントがイングリッド絡みなので、予定前倒しでイングリッド登場回。
イベ報酬の立ち絵がとにかくかっこいい。性能とかシーンとか考える前に立ち絵で1枚欲しくなるレベル。
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