スキル『マジックバッグ』で女性冒険者を悦ばせていたら伝説の男になった。 作:もすまっく
「―――だがまずは話をする前に先に湯でも浴びて来い。それからそこの二人もお前の入った後にでも入れてやれ。その間に少し話すぞ」
「はい、わかりました」
ジルは体が汗やら唾液やらでベタベタになっていたユウマにそう言うと、そのまま静かに部屋を出て行った。
◇◇◇
「成る程な。あの冒険者は魔力過敏症では無かったと」
「そうです」
「……ふむ」
ジルは何かを考えるように顎に手を当て、組んでいた脚を組み替えた。
「……以前二人で検証した事から分かるように、魔精液はお前の願いや想いが込められた魔力に応じて何かしらの効果を発現させる」
「はい」
「であるならば、お前が彼女に注ぎ込んだ魔精液にもそういった効果が出るような願いや想いが込められていた事になるだろう」
「そう思います」
「では聞こう、何を願い何を想った?」
そこにあるのは怒りでも無く嫉妬でも無い。ただ事実を知り、そしてそれを踏まえてこれからどうするのかを考えているジルファーレという人間の姿だった。
「……分かりません」
「分からない?」
「……はい」
「話にならんな」
「―――ただ」
「ただ?なんだ?」
「その、綺麗……でした」
「綺麗?」
「はい。魔力限界の突破を聞いた時の彼女の顔がとても綺麗に見えたんです。もの凄く純粋で、真っすぐで。まるで夢でも見ているんじゃないかって、それくらいの輝きをその時に感じたんです」
「…………」
「それに体を重ねる事を伝えても彼女は困惑こそしてましたけど、俺に嫌悪感とかを一切感じていないどころか、寧ろ自分から俺を受け入れるような事までしてくれたんです。だからそれが凄く新鮮だったっていうか、嬉しかったっていうか……」
「今までの中でそういった事をしてくれた相手は?」
「いません」
「…………そうか」
言葉を吐き出すように呟いた彼女は目を閉じ椅子に背を預ける。
そんなジルを見つめながらユウマは一人考えていた。
あの冷たい視線や棘のある言葉を受け続けて来たからこそ、自分自身が知らぬ間に求めてしまっていたのではないかと。
仕事だからと割り切っていたはずなのに、回数を重ねるごとに自分でも気づかないまま積み重なっていたストレスと、それとは逆に削られ続け悲鳴を上げていた心が、初めて出会ったにも関わらず嫌な顔一つせず自分を受け入れてくれた彼女のような存在を、無意識の内に。
自分が選んだ道だとしても、いや、自分が選んだ道だからこそ逃げたくはなかったこの仕事に、初めて安心感を覚えたあの瞬間に、きっと―――。
―――この人と、もう一度。
そう、願っていたのではないかと。
「……それで、ジル……実はその、一つお願いがあるんです」
「言ってみろ」
目を瞑って何かを深く考えていたジルはゆっくりと目を開き、その綺麗な瞳でユウマの目を射抜くように見つめた。
「……っ……二人を……あの二人に、忘れて欲しくないんです……俺の事を。だからあの二人の記憶を―――」
「駄目だ」
「―――っ!……どうしてっ?」
「お前を知る人間が増えれば増える程、それだけお前の存在が外に漏れる可能性が高くなるからだ」
「で、でも俺は普通に外に出て―――」
「そういう意味では無い」
「なら一体どういう意味でっ」
「お前という存在の有用性が漏れる可能性が高くなる、私はそう言ってるんだユウマ。お前だってすでに分かり切っているであろう事をなぜ聞く?」
「―――っ!!」
「魔力限界の成長が止まった事をわざわざ公言するような愚か者は殆どいないだろう。自分はこれ以上成長しませんと公言する事と同じだからな。そしてお前のやっているこの仕事は、そうして魔力限界が止まった事を隠しながらも活動を続けている女たちの限界を秘密裏に引き上げ、それをお前が行ったという事実を忘れさせる事で続いている」
ジルは目の前のテーブルに置かれている温くなった紅茶に口を付ける。
「だが、それも数が増えればいつかは気付かれるだろう。成長しない事をすでに誰かに話している者、依頼を受けている中で成長しない事を悟られた者。そんな彼女達の成長が再び始まったとなれば当然その原因、つまりお前の存在を嗅ぎつける奴が必ず出て来る。それこそあの二人のようにな」
「…………」
「あの二人と言えばガルドの奴もお前の存在をすぐに認めるような発言をしたのは迂闊だった。今となってはあれだが、もっと厄介なやつに嗅ぎ回られていたらどうなっていた事か」
「…………」
「だから私は最初から反対していたんだ。私とお前が隠れてどれだけ体を重ねたとて、私の強さを知っている者達からすれば成長限界など有って無いようなものだからな」
「…………」
「だがお前はやりたいと言った。ギルドマスターから提案されたこの仕事を自分にしか出来ない事だからと。何もやらないままただ養われるだけの存在にはなりたくないと。そして私はそんなお前の意志を尊重したんだ、ユウマ」
「………」
「それなのに、お前は忘れさせたくないと言うのか?それだけのリスクを取って尚、あの二人から忘れられたくないと?」
◇◇◇
ある日、非番という事で王都の市場を歩いていたジルの耳に、大きな魔獣が王都近くで暴れているらしいとの情報が入って来た。
真偽が不明な情報だった為にギルド側も冒険者に依頼を出すのに多少の時間が必要になるだろうと考えたジルは、即座にその目撃されたとされる場所へ向かう為、文字通り空に跳んだ。
その衝撃で石を使って整えられていた市場の地面が大きくひび割れたが、後に騎士団の魔法使いによってそれらは無事修復された。
「―――あれか」
遠くに見える魔獣の姿と、その先でどうしてか動かずに立ち尽くしている人影。
「―――っち、何をしているっ!なぜ逃げないっ!」
今にも人を轢き殺さんとする魔獣を屠ろうと、ジルはその身に風の魔法を纏わせ、更に圧縮した風の魔法を足の裏で弾けさせた。
まるで弾丸のように目標へ向かって突撃していったジルが、そのまま彼の横を通り過ぎるその一瞬の事。
彼女がその瞳で見て、その耳で聞いてしまったもの。
「―――母さ、ん」
着ている服は所々が破れ、擦り傷は赤い血が固まって痕となり、泥や土で汚れた顔には涙が零れ、乾きと飢えでひび割れた唇を僅かに震わせながら。
「―――ごめ、ん」
だからジルは彼の手を取った。
孤児院でもなく、教会でもない。
自身の住まう自宅へと。彼を連れ帰ったのだ。
◇◇◇
「待って!!」
聞き覚えのある女性の声が部屋に響き渡る。
「ふん、出て来るのが遅かったな?聞いていたのならさっさと入ってくればよかっただろうに」
「……気付かれていたんですか?ジルファーレ様?」
「当たり前だ」
その声の主はミゼーレだった。そしてそのすぐ後ろにはエルダリアも控えている。
「い、いえっ、それよりも!忘れさせるってどういう事なんですかっ!?」
「聞いていたのなら理解しているだろう?今回は確かにユウマの、こちらの落ち度ではあったが、それでもお前達はこうしてあっさりとユウマの元まで辿り着いてしまったのだ、そのままにはして置けんさ。お前達が聞いているのを知っていて敢えて放置していたのも、どうせ忘れる事になるからだ」
「そんな事っ!」
「待ってミゼ」
ミゼーレを止めたエルダリアは、座っているユウマに近づきそっと肩に触れながら彼の顔を覗き込んだ。
「エルダリアよ」
「……え?」
「私の名前。忘れないでね?」
「えっと、はい」
エルダリアは戸惑いながらも素直に頷いてくれたユウマを好ましく思いながら微笑むと、すぐに真剣な表情へと切り替えジルにその顔を向ける。
「私はエルダリアと申しますジルファーレ様」
「ふむ、それで?」
「ジルファーレ様はユウマを守る為に私達の記憶からユウマに関する事を忘れさせる、という認識で間違い無いですか?」
「分かりやすく言えばそうなるな」
「……分かりました……では率直に言わせて頂きます。今のままでは貴女はユウマを守り切る事は出来ません」
「……ほう?」
突如、部屋の中が軋み始める。
「先程ご自分でおっしゃったではないですか?ユウマの落ち度だと」
「…………」
「それはつまり私達からユウマの事を忘れさせたとしても、ユウマがユウマである限り何度でも起こりうる可能性があるという事に他ならないはずです」
「…………」
「そして今ジルファーレ様自らがおっしゃったように、私達ですらこうしてユウマの元に辿り着く事が出来たのです。諜報活動を本家としない一介の冒険者である私達が」
「…………」
「確かにジルファーレ様と戦えば勝てる者はいないでしょう。ですがユウマを、彼を狙われてしまってはそうもいかなくなる。それはすでにジルファーレ様も理解されているのではないですか?」
「…………」
軋みが更に激しくなり、家のそこら中からパキパキと嫌な音が鳴り始める。
「だからこそ私達にも協力させて頂きたいのです。彼を失わない為に」
エルダリアの言葉に、ユウマを挟んで立っているミゼーレも頷く。
「ユウマを、彼を必要としているのは、私達も同じなのですから」