スキル『マジックバッグ』で女性冒険者を悦ばせていたら伝説の男になった。 作:もすまっく
その日、いつもとは違うギルドの騒めきに違和感を感じたエルダリアは眉をひそめ、近くにいた知り合いの冒険者に声を掛けた。
「ねぇ、何かあったの?」
「ん?あぁエルダリアか。近くの森で魔獣討伐の依頼中に特殊個体が出たっていうんで一部の冒険者達が不安がっちまってよ?それで騒ぎになってるのさ」
「特殊個体ですって?」
「一人犠牲者も出ててな?ギルド側は依頼内容をちゃんと精査してるのかって、冒険者側から責められてるのさ」
「ふーん?それでその特殊個体とやらはどうなったの?そいつを討伐する為の緊急依頼は出されたりした?」
「あぁいや、そいつはもう討伐された」
「―――え?」
「助けられた奴らによると一瞬だったってよ」
彼の言葉に驚きながらも興味を示したエルダリア。
「……へぇ?やるじゃない?」
特殊個体は通常の個体と比べて一気にその危険度が跳ね上がる。
普通であれば効くような攻撃や魔法が効かない場合や、身体能力が異常に高かい場合であったりと様々なパターンがあるが、いずれにしても特殊個体というだけで危険である事に変わりはない。
「今回の奴は何でも馬鹿デカイ鰐だったみたいでな?そいつが上げた咆哮もその図体の通りとんでもないデカさだったもんで、偶々依頼を終わらせて王都に帰る途中だった奴がそれを聞いて駆け付けたって話らしいぞ」
「成る程ね。それにしてもこんな近場で特殊個体なんて……。後はその、一人が亡くなったっていうパーティはどうなったの?」
「ん?怪我をしちゃいるが四人共に無事だ。確かリーダーを務めてた前衛の男一人と後衛二人の三人が元々組んでたらしいんだが、今回の依頼はその三人の募集に集まった二人を加えた五人パーティだったみたいでな。それで今回はその募集で入った前衛の一人が、な」
「……そう」
エルダリアも彼も共に僅かに目を伏せ、亡くなった冒険者に黙祷を捧げる。
本来であれば五人共に五体満足で帰還出来る依頼だったはずが、特殊個体という想定外によってそれが叶わなくなってしまった。
(……でも、それが冒険者……だものね……。私もユウマと出会っていなかったら今頃どうなっていたか……)
魔精液を注がれてから再び伸び始めた魔力限界によって今も大きく成長し続けているエルダリア。
すでにユウマと出会う前よりも遥かに強くなっている彼女も、かつては成長が止まった事で毎日を焦燥感に追われながら生きていた。
そんな状態のまま今回のように特殊個体に出会ってしまっていたならば、きっと狩られていたのは自分だったかもしれない。
「んでまぁそんな事があったもんだから、今ギルドはこんな状態な訳だ」
そう言って親指で奥を指した方へ視線を送ると、そこでは複数の受付嬢が冒険者達の対応に追われている姿があった。
そんな彼等彼女等の様子を見たエルダリアは目を細める。
確かにギルド側にも落ち度はあったのかもしれない。しかしだからといってギルドの受付嬢に詰め寄るというのは冒険者としてどうなのかとも思ってしまう。
「……ギルドの職員だからって何もかも全てを把握出来る訳が無いのにね」
「まぁ運が悪かった、で片付けたくない気持ちも分からんでもないけどな」
「故人がいる中で余り言いたくはないけれど、王都から一歩出ればそこはもう魔獣の領域《テリトリー》なのよ。気を抜いたら狩る側から狩られる側になる、そんな世界で活動する事の意味を、彼等はもっと強く認識するべきだと思うわ」
「……そうだな」
冒険者が魔獣を討伐する為に向かったその場所で、運悪く特殊個体に出会ってしまい狩られる側となった彼等。
しかしその特殊個体もまた、運悪く更に上の冒険者と出会い狩られてしまった。
(……上には上がいる、か)
エルダリアの頭の中に浮かぶのは、誰もが羨む美貌を持ちながら、同時に最強の称号まで持ち合わせるという怪物ジルファーレ。
しかしこういった特殊個体の事例を見ると改めて思わされる。
そんなジルファーレでさえ敵わないような存在が、この先いつ出て来てもおかしくは無いと。
そしてもしそんな存在が彼女のように騎士団に務めるような真っ当な人間ではなく、裏社会に生きるような者の中で生まれてしまったとしたら?
その時は一体、世界はどうなってしまうのか?
(私もミゼもあの人に見事に釣られた訳だけど、でも考えてみれば当然よね。ジルファーレ様も永遠に生き続ける訳じゃない、永遠に最強のままでいられる訳じゃない……)
ジルファーレがどこまで考えて動いているかはエルダリアには分からないが、それでも自分がまだ最強である内に、その腹の中に子を宿そうと考えるのは至極当然だと言える。
(……そういえば、ユウマのあのスキルで出来た子供ってどうなるのかしら?彼の願いを込めた魔力で生まれた子なら、もしかしたらとんでもない―――)
「なぁ?そういやお前はどうすんだ?」
「―――え?」
エルダリアがそんな事を考えていると、先程から話していた彼の言葉で思考を中断させられる。
「いやだからよ?受付の方があんなんだろ?お前はどうすんだ?」
「あっ、そういう事。それなら問題無いわ」
「ん?そうなのか?」
「えぇ、私はただ話をしようと思って来ただけだもの。そろそろ依頼から帰って来る頃だろうと思って」
「何だそういう事か。それで誰に用があるんだ?」
彼にその名前を言おうかどうか少しだけ躊躇ったが、言った所で特に問題は無いと判断したエルダリアは口を開く。
「―――システィレーナよ。知ってるでしょ?」
◇◇◇
「辛気臭い顔をしてるわねエル」
「……ミゼ」
何度も通っているカフェで一人座って考え事をしていたエルダリア。そんな彼女に声を掛けたミゼーレは彼女の正面にゆっくりと腰を下ろす。
「何かあった?」
「……えぇ」
エルダリアの浮かない表情で何かを考え込んでいるその姿に、ミゼーレは彼女が何について考えているのかを大体察する事が出来た。
「駄目だった?」
「……そうね、駄目だったわ」
「……そう」
ミゼーレは自分の前に置かれれている紅茶にミルクを入れ、スプーンでゆっくりと掻き混ぜる。
「断られるとかじゃないのがね、悔しいのよ」
「そうなの?」
「えぇ。例えこちらに引き入れたとしてもその力を発揮するのは難しい、という感じかしらね」
「……どういう事?」
「……今日、依頼中に特殊個体が出たっていう話は?」
「えぇ聞いたわ……ってもしかして?」
「そう……そのパーティにいたのよ、彼女」
「でも生きてるんでしょう?駄目なの?」
両手で挟み込むようにして持っているカップに視線を落とし、その中で僅かに揺れる紅茶の表面を見つめていたエルダリアはポツリと呟いた。
「……折れたのよ」
そしてその一言で全てを察したミゼーレは、エルダリアと同じ様に手元にあるミルクティーへその視線を落とした。
「……そう」
◇◇◇
その名前を聞いた男は驚いた表情でエルダリアを見つめた。
「……何?どうかしたの?」
彼のその反応に一抹の不安を覚えたエルダリアは、僅かに緊張を滲ませた顔で彼を見つめ返す。
「……エルダリア……あいつは、システィレーナは……恐らくもう無理だ」
「え?無理って、それってどういう……?」
「さっき話しただろ?募集で二人パーティに加わったって」
「え、えぇ……ってまさか……?」
「あぁ、その内の一人が彼女だったんだ」
「で、でも亡くなったのは彼女じゃないのよね?」
「そうだ。でも同時に彼女も殺されたのさ」
「……どういう事?」
「……聞いた話だ」
彼は乾いた唇を一度舐めて湿らせると、真剣な目でエルダリアを見つめる。
「特殊個体からの不意打ちで意識を失っていた前衛の男を癒していたのが彼女だったらしい。まぁそういう時の為にパーティに加わっていたんだからそれは当然なのは分かるだろう?」
「えぇ、そうね」
「重要なのはここからでな?特殊個体が彼等の元へ近づく中で目を覚ましたそいつは、治癒魔法によって多少動けるようになっていた事で、少しでも皆が立て直す時間を稼ごうとしたんだ。そして―――」
そこで言葉を詰まらせた彼は一度深く息を吸い、そしてゆっくりと吐いた後。
「―――癒してくれた彼女の目の前で、その魔獣に食われたのさ」