スキル『マジックバッグ』で女性冒険者を悦ばせていたら伝説の男になった。 作:もすまっく
――――――待ってっ!貴方はまだっ!
両手に持った剣を正面へしっかりと構え、一度目の噛みつきを流すように捌いた彼は、二度目の噛みつきをも上手く捌いた、はずだった。
――――――っ!!
その巨大な魔獣の重量から繰り出される噛みつきは余りに重く、捌いたとはいえまだ回復し切っていない彼の体ではその重さに完全に耐え切る事は出来ず、その勢いに押されバランスを崩し、そして―――。
◇◇◇
ハッと目を覚ました彼女は、見知らぬ天井を見つめながら激しく鼓動し続けている胸を手で抑えつける。
「―――はっ、はぁっ、はぁ、はぁ……」
彼女のその顔には大粒の汗が浮かび、着ている簡素な服の下は自分でも分かるくらいに汗でびっしょりと濡れていた。
それでもひたすら自分を落ち着かせる為に何度も呼吸を繰り返していると突然近くのドアが開き、そこから中に入って来た若い青年が彼女を見て驚いた表情をその顔に浮かべた。
「あっ、大丈夫ですか?!痛い所とかはありませんか?」
「はぁ、はぁっ……んくっ……っはぁ、ふぅ……ここ、は……?」
「ここですか?ここは俺が住まわせてもらってる家で、この部屋は俺がいつも使ってる部屋です」
「貴方が住んでいる、家?」
「はい。ちょっと縁のあった人がいて、その人からの計らいで」
「そう、なんですわね……。それで、私はどうしてここに?」
「倒れていたんですよ」
「倒れて……?」
「はい。俺がいつもお世話になってるパンのお店から出て帰ろうとした時に、貴女が倒れるところが視界に入ったんです。それで一先ず寝かせる場所をと思ってここに……すいません勝手に家に連れて来てしまって」
「いえそんな事は……寧ろ倒れていた所を助けて頂き本当にありがとうございます。貴方は私の恩人ですわ」
「恩だなんてそんなっ、俺は別に何も」
「そんな事はありません。倒れた私に手を差し伸べてくれた上に、こうして休ませて頂いたではありませんか?私を助けてくれたのが貴方で良かった。本当に、本当にありがとうございます……えっと……?」
「あ、ユウマです。ユウマって言います」
「―――ふふ、ありがとうございます、ユウマさん」
そう言って微笑んだ彼女に、ユウマは照れながらも優しい笑みを浮かべた。
◇◇◇
ユウマはドアに取り付けらているベルを鳴らす。
すると少しの時間をおいてそのドアが開き、そこに立っているのがユウマだと分かると、その家の主である彼女は優し気な瞳を輝かせ、親しみを帯びた笑顔を浮かべて喜んだ。
「あっ♡ いらっしゃいユウマさん、どうぞ中に入って?」
「こんにちはレーナさん。あのこれ、パンを買って来たのでどうぞ」
「まぁ♡ いつもありがとうユウマさん♡ とても助かるわ♡」
ユウマが彼女を助けた日から少しずつ打ち解けていった二人は、今ではこうしてお互いの家を行き来する仲となっていた。
(レーナさんもだいぶ顔色が良くなったし、凄く元気になってるみたいで本当に良かった)
彼女が倒れる所を目撃し、それを助けた事に縁を感じたというのも確かに理由の一つではあったが、何よりユウマをこうして突き動かしている理由は、初めて見た時の彼女のあのやつれた姿だった。
あの時の彼女は余り眠れていなかったのか目の下に濃い隈を浮かべており、本来は綺麗だったであろうブロンドの髪はその艶も輝きも失っていた。
それ程までに何か精神的に追い詰められるような事があったのだろうと考えたユウマは、彼女を放って置けなかったのだ。
「……? どうしたのかしら?ユウマさん?」
その時の姿を思い出しながらじっと見つめていたからか、彼女は不思議そうな顔で自分を見つめたまま動かないユウマに声を掛けた。
「―――え?」
「その、じっと私を見つめていらっしゃったので……♡」
「あっ、いえそのっ、元気になって来たからか、レーナさんもだいぶ肌艶も良くなって、それに髪も凄くお綺麗になったなと思ってつい」
「まぁ♡」
包み込むような温かい雰囲気と腰まである長いブロンドの髪。そして見る人全てが思わず安心感を持ってしまうような優しく垂れた彼女の瞳は、まさに癒しそのものであった。
その可憐さから本来は男性に困る事は無かった筈の彼女だったが、なぜか体を重ねる所までは進まないまま別れてしまうという事から、三十近い年齢であっても未だ男を知らない生娘であった。
「あっ、そういえばユウマさん♡ 私チェリーパイを作っていたところだったの♡ もし良かったら食べて行って?」
「えっレーナさんが作ってくれたチェリーパイですか?是非頂きたいですっ」
「うふ♡ 良かった♡ それじゃあ早く中にいらして?もう少しで出来上がるから座って待っていてくれるかしら?」
「はいっ分かりましたっ、お邪魔しますっ」
彼女が今までお付き合いした男性達と最後まで進まないまま別れる事になった理由、それは彼女が余りにも優しくママ味が強過ぎた為に、抱く事に罪悪感を覚えた男達が他の女性に逃げ出したからであった。
しかしそんなママ味溢れる女性が大好きなユウマと、男性のお世話をする事に幸せを感じる彼女の相性は抜群だった。
それによって急速に二人の距離は縮まり、今現在の二人のような関係となっていたのだった。
◇◇◇
「はーい♡ 用意出来たわよユウマさん♡」
「うわぁ、もの凄く美味しそうですねっ」
「うふふ♡ いっぱい食べてね?」
彼女から言われた通り、椅子に座って大人しく待っていたユウマの目の前に置かれた大きなチェリーパイ。
良い焼き色のついたそのパイ生地は見るからにサクサクとしていて、それを見たユウマは腹から音を鳴らす。
「あら?もしかして結構お腹が空いていたのかしら?」
「あっ、えっと……はい、実は」
ユウマが少し照れながらも正直に話すと、それを聞いた彼女はその顔を綻ばせ、そのままユウマの隣の椅子に腰を下ろした。
「ユウマさん♡ はい、あーん♡」
「え?いや自分で」
「だーめ♡ はい♡ あーん♡」
「あ、あーん」
戸惑っていたユウマも流石に彼女のその勢いに押し切られ、ただされるがまま口へと近づけて来たパイにかぶり付く。
「――――――っ!!」
想像以上に気味の良いパイのサクサク感と僅かな甘み、そして少し強めのチェリーの酸味が口の中で見事に融合し、今まで食べた事の無いその美味しさにユウマは驚き目を見開いた。
そしてそんなユウマの様子を見ていた彼女は、心から嬉しそうに微笑んだのだった。
そんな優しさ溢れる母性の塊とも言える彼女こそが、エリカによってその命を救われた女冒険者、癒しの風・システィレーナその人である。
そしてそんな彼女には、裏で呼ばれているもう一つの呼び名が存在した。
―――それが、『男をダメにする女』。
そう呼ばれている彼女に、ユウマは見事捕まってしまっていたのだった。