スキル『マジックバッグ』で女性冒険者を悦ばせていたら伝説の男になった。 作:もすまっく
『銀色の風』⇒『銀閃』へと変更しました。
―――おかしい。
紫色のウェーブの掛かった長い髪を垂らしている女冒険者・ミゼーレは、ここ最近急に調子の良くなったエルダリアに疑念を抱くようになっていた。
かつては共に新時代の冒険者だと持て囃された事もあるエルダリアとミゼーレの二人は、自他共に認めるライバルでもあり、親しい友人でもあったからだ。
「……以前組んでいたパーティが解散してからはずっとソロだったはずよね?それからはあまり難度の高い依頼を受けずに細々とやっていたというのに、どうしてこんな突然……?」
ギルドが毎月発行している『冒険者ギルドからのお知らせ』のページを捲りながら一人呟いているミゼーレ。
そこには依頼の成功率の高い冒険者やパーティの名が記されており、また、各々がどういった依頼を得意としているのかまでを詳細に載せている。
そしてそんなお知らせについ最近まで久しく見る事の無かった冒険者、エルダリアの名前が載っているとなればミゼーレは目を止めない訳にはいかなかった。
過去には確かに『銀閃』とも呼ばれ、多くの冒険者達の注目の的であったエルダリアだが、思っていた以上に早く魔力限界が上がらなくなってしまってからは、少しずつ他の才能ある若者達の中に埋もれていってしまった。
そんな親友とも呼べるエルダリアの名前を、ミゼーレは様々な感情を内に抱え込みながら、無言のままそっと指でなぞった。
魔力限界という言葉は、一般的に個人がその身に一度に蓄えられる量の限界値の事を指している。
これは魔獣を倒したり、食事を摂取して体を成長させたりと、様々な方法で少しずつ上げる事が可能なものであり、限界というのはあくまでもその時点での限界という意味である。
純粋にどれだけ多くの魔力を身体能力を上げる事に使えるのか、そしてどれだけの時間それを維持出来るのか、ただそれだけを評価するのがギルドが定める魔力限界という言葉の本質だ。
当然そこには個人の戦闘に置ける技術や知識、そして才能といったものは一切考慮されてないない。
なぜそういった個々の能力を含まないのかと言えば、それは魔力を保持する量が多ければ多い程、技術や知識など何の意味も為さないまま、ただ魔力量に物を言わせた圧倒的な力で粉砕出来てしまうという現実があるからだ。
全力を出して車と同じ速度で走る事が出来る人間と、全力を出して戦闘機の速度で走る事が出来る人間、どちらのスピードが速いかと聞かれれば理解しやすいだろう。
そして先程からエルダリアの名を見つめているミゼーレもまた、己の魔力限界が上がらなくなって久しい冒険者であった。
◇◇◇
昼過ぎの食事処でお茶を嗜む二人の美女。
「それで私をここに呼んだ訳ね?」
「えぇそうよ?」
「……まさか貴女からそんな相談を受ける事になるなんてね」
最近またメキメキと力を付け、あっという間にお知らせに載る程にまで成長したエルダリアと、そのエルダリアから話を聞く為にこうして彼女を呼び出したミゼーレであった。
「それで?一体何がどうなっているのかしら?」
「……と言われてもね、正直覚えていないのよ私も」
「覚えて、ない?」
「えぇ。誰かに聞いた気がするのだけど、それが誰なのかも、何を聞いたのかも、そして何が起きたのかも、全く思い出せないのよ」
「……そう」
エルダリアから何かを聞く事が出来れば私も、そう考えていたミゼーレは落ち込んだ様子で視線を下げる。
「―――ただ」
ミゼーレは下げた視線を上げ、少しばかりの期待を込めた瞳でエルダリアを見つめた。
「……ただ?」
エルダリアは何処か遠くを見つめているような、それともまるで何かを探しているようなそんな目をしていた。
「あの日、いつもは泊まらないはずの宿で目を覚ました日。あの日から止まらないのよ……疼きが」
「疼き……?」
「えぇ、そう」
そう言ったエルダリアは、自分の下腹部をそっと撫でる。
「ちょっ!エル貴女っ!」
「……いないのよ」
「―――え?」
「……一度だけ私を抱いた彼以外に私を抱いた男はいないのよ、ミゼ」
「そんなっ、それなら何か変な魔法とか薬とかっ!?」
「それも無いと思うわ。魔力限界が上がるようになった事とここが疼く以外に、私の体は他のどこも変わっていないの」
「どう考えたってそれが原因じゃないっ!」
「ミゼ、声が大きいわ」
「えっあっ、ごめんなさい」
大きな声を上げながら立ち上がったミゼーレに周囲の視線が集まった事で、エルダリアは冷静になるよう声を掛けた。
「兎に角エル?貴女はこの間までは魔力限界が止まっていたのよね?」
「えぇ、それは間違い無いわ」
「そしてその疼きが感じられるようになった日からまた上がるようになった」
「そうよ」
「それならその疼きと魔力限界が無関係っていう可能性の方が低いわよね?」
「……そうね、そう思うわ」
「ならやる事は一つね」
「ミゼ、貴女本気で探し出すつもり?」
「当然」
「でも私は本当に何も覚えていないわよ?」
「いいえ?一つだけ覚えているじゃない?」
そう言ってミゼーレは不敵な笑みを浮かべた。
◇◇◇
少しだけ古びた木製の扉を開けた先で、かつては歴戦の冒険者だった事を思わせる逞しい腕と厚い胸板の肉体を持った男性が、手に持ったグラスを丁寧に磨いている。
「……いらっしゃい。酒か?泊まりか?」
体に響くような低く圧のある声が二人の体を震わせる。
「いいえ、そのどちらでも無いわ」
店主の眉が一瞬だけピクリと動く。
「貴方に聞きたい事があって来たの」
「……客じゃねぇなら帰《け》ぇんな」
「そういう訳にはいかないのよ。ほらエル」
ミゼーレに背を押される形で前へ押し出されたエルダリアへ一瞬視線を向けた店主はまたすぐに視線を戻し、止まっていた手を動かしグラスを磨き始める。
「店主、私はついこの前この宿で目が覚めた」
「…………」
「だけど私はこの宿に泊まった記憶は無いし、お金を払った記憶も無い。もし誰かがここに運んでくれた上にお金まで払ってくれていたのなら、私はその人にお礼を言いたいの」
「……その必要は無い」
「どうして?」
「…………」
エルダリアの問いに、店主は口を閉ざしたまま何も答えない。
どれだけ見つめてもこちらを見ようとすらせず、完全に沈黙してしまった店主に、ミゼーレが諦めかけたその時だった。
「……止まらないのよ」
俯いたエルダリアは、ポツリと震える言葉で呟いた。
その言葉を聞いた店主は、自身の下腹部を撫でるエルダリアの姿に目を細める。
「疼きが……止まらないのよ……食べている時も、寝ている時も、魔物と戦っている時も、ココの疼きが止まらないのよっ!!」
エルダリアの心からの叫びが室内に響き渡る。
三人しかいないこの宿のロビーでは、静かに時を刻む時計の音だけが止まる事無く鳴り続けている。
そんな中で、店主は愚痴のように小さく言葉を漏らした。
「……ちっ、やり過ぎたな小僧」
「―――え?」
「……何でもない、こっちの話だ」
そう言って話を切り上げようとした店主に、ミゼーレがテーブルを強く叩き問い詰める。
「ねぇ?知ってるなら教えて?」
「……………何も言う事は無い」
「そうかしら?彼女、エルはね?もうしばらく前から魔力限界が上がらなくなっていたの」
「…………」
「でもね?今のエルは魔力限界が上がるようになっているわ。本来はそんな事有り得ないはずなのにね?」
「…………」
「それでね?ここに来る前に少しだけ調べたのよ。そうしたら分かっただけで十人以上、ある日から突然大きく成長し始めた冒険者がいたわ」
「…………」
「そうしたら驚いたわよ?まさかその冒険者全員が女性だったなんて、ね?」
「…………」
「そんな事在り得る?冒険者の数は男性の方が圧倒的に多いのにも関わらず、止まっていた魔力限界が成長し始めた全員が女性だったのよ?」
「…………」
「そして再び成長し始めた彼女達と同じ様に、彼女もまた止まっていたはずの魔力限界が成長し始めた」
「…………」
「さっきのを聞いて分かる通り、そんな彼女が疼きが止まらないって言ってるのよ。子を孕む為のその場所の疼きがね?」
「…………何が言いたい?」
「いるんでしょう?男が?」
「…………」
「だから知っているなら会わせて。女性冒険者の魔力限界を引き上げるようなそんな能力を持った男に、私達を」
「…………」
店主は静かに、しかし深く息を吐くと手に持っていたグラスを置いた。
「……十日寄こせ」
「え?」
「……俺一人の判断では出来ない事だ。十日後にまたここに来い」
そう言ってからは、本当に何も反応してくれなくなった店主に頭を下げた二人は宿を後にした。
―――そして約束の十日後、二人は大いにその鳴き声を披露する事になる。