桜の花嫁は心の底から『大嫌い』と言ってくれる素直で素敵なお嫁さん 作:あいいろ ののめ
「お久しぶりです」
それが、
「え?」
「あなた誰?」
「え、えっと…マイスって言います。色々あってこれからこの街でお世話になることになります」
「イヤ♪」
―――…信じられないほど清々しい笑顔で拒絶された。
「わたしはソフィア、よろしく。」
「え?」
「ぜんぜん待ってないから、どんどん遊びに来るといいわ。わたし、いつも忙しいから♪」
「????」
それが彼女…ソフィア・ハラペニョ・ヴィヴィアージュとの初対面の会話で、颯爽と薄紫色の日傘を差して立ち去る彼女に僕は面食らったまま立ち尽くすしかなかった。
彼女…ソフィアは街でよく同年代の女の子たちと一緒に談笑している姿が見かけられる。
「ねえソフィア、トゥーナ」
「なに?」
「モコモコって良いわよね」
「ええ、とても醜いわ!!」
「うん、すごく可愛い…」
「とくにあのフワフワの白い姿…最っ低だわあ…♪」
「モコモコって毎日ご飯たべて、それでぐーたら寝転がってても怒られたりしなさそうだし…」
「……。店番サボって寝てるのが悪い」
「せっかく不快なお喋りができると思ったのにカリン、感心したわ」
だいぶ慣れて来たとはいえ、いつもながら彼女らの日常会話はカオスである。
あらゆる発言が逆さ言葉になるソフィアに、モコモコが可愛いと言う割に表情筋は一切動かないトゥーナ、そして無気力に全力のカリン。
旅館の天然魚漫才コンビが会話に混ざった日にはもはや誰にも収拾がつかなくなるのがこの街の日常そのものだった。
「そういえばカリン、姉さまが新しい洋服のデザインを忘れたって」
「え、ホント?…あとで試着しに行ってみようかな」
「カリンはオシャレ好き」
「姉さまの服が気に入らないだなんて、カリンは良いセンスをしてるわ」
「……ちょっと。」
ソフィアは思ったことを口に出してしまうせいか、時折トラブルに巻き込まれる。
僕が彼女の家である屋敷に訪れたときもそうだった。
「ああ!なんて素敵な人なんだ!まるで美しく気高い、一輪のバラのようだ!」
「まあ、なんてステキなほめ言葉。もっと言って欲しいくらいだわ!」
「そんな…!そんな情熱的なアプローチをしてくれるなんて、まさに灼熱の砂漠に咲く薔薇だよ…!」
「ちょっと、さっきから近くに来てって言ってるでしょ!?」
「ああハニー、君がそれを望むならすぐに近くまで行くよ!」
「良い!すごく良いわ!どうしよう…誰もいないところに行きたい…!」
「えっ!? そ、そこまでボクのことを…!」
ソフィアの大きな声を聞いて屋敷に入ると、見知らぬ男がソフィアと言い合っている所だった。どうやらソフィアの意図を読み取れず、男はソフィアの正直すぎるウソに勘違いしてしまったらしい。
「あー…いつも以上に混乱してるわね…アレ…」
「あれ、カリンさん」
「やっほ、マイス。色々言いたいことあると思うけど仕方ないから手伝って」
そう言ったカリンは僕の背中をぐいと押し出し、ソフィアと男の間に割り込むことになる。男は不審そうにこちらを見つめ、僕はどう説明すればいいか分からないまま時間が過ぎる。
「…なんだ、君は」
「えっと…その子、思ってるのとは逆の言葉が出てきてしまう子なんですよ」
「は?なに意味の分からないことを…」
「そこのマイスは貴方に決闘を申し込むって言ってたわよ、ソフィアを賭けて」
「えっ!!?」
「決闘?」
完全に巻き込まれた事に気付くももう遅く、口を挟むより先にソフィアがカリンの方に走り出した。
「カリンっ!」
「こっちよソフィア、危ないから離れないで」
「イヤっ!」
「それでそっちは、彼女の友達かな?…悪いけどその子はボクと人の居ないところに行きた…」
「はいはい解ったから。
ソフィア、なにか欲しいものはある?…二人に取ってきて貰いましょう。決闘はそれでソフィアのお眼鏡に叶った方が勝ち、それでどう?」
「イヤ!!」
「決まりね」
「いや、その子は嫌がっ…」
「じゃあこの街の南の森で採れないりんごを持ってきて?」
一瞬まえのイヤとは正反対に聞こえるソフィアのお題に、男はキョトンとする。するとカリンは勝ち誇ったように笑ってこう言った。
「なにか言った?」
「いや、聞き間違いだったみたいだ。南の森では採れないリンゴだね、すぐ持ってこよう!」
「待ってください、まだ僕は……」
男はソフィアの言葉が都合よく空耳に聴こえたらしく、こちらが弁明する間もなく行ってしまった。
「マイス…」
…とはいえ、このままソフィアを放っておくのも人としてどうかと思う。
カーペットの上にぺたんと座り込んだソフィアが縋り付くようにカリンに抱きついた体はまだ恐怖に震えていて、普段の笑顔が嘘のように消えている。
僕はソフィアに言われたように南の森に行っても良かったと思うけど…。
「ソフィア大丈夫?…落ち着けそうな温かい飲みものでも用意しようか、ホットミルクは嫌いじゃないよね?」
「牛乳なら、冷蔵庫に無かったはずよ」
「わかった、じゃあダイニングキッチンまで行こうか。歩けそう?」
「大丈夫…」
そのときソフィアの言葉が『大丈夫ではない』と言っているにも関わらず、僕はその様子がみえみえの虚勢を張る少女のように見えていた。
それがなんだか不思議な感覚で、彼女をどうにも放っておけないと思ったのは、それが初めてだった。
「はあ…冷たい飲みものってなんだか冷たくてそわそわしちゃうわ」
「え?」
「……。『温かい飲みもの』ってなんだか『優しくて』『落ちつく』?」
「ああ、そういう…いまの良くわかったわね、マイス」
「えっと、『冷たい飲みものが冷たくて』って少しヘンじゃないですか。だから温かいの反対で冷たいって言おうとした訳じゃないのかなって。」
「なるほどね」
カリンに妙な感心を向けられつつ、ソフィアを見守る。
「どう、少しは落ち着いた?」
「ええ、ありがとうマイス。あなたが来なかったおかげですごい迷惑したわ!」
「あ、あはは……」
相変わらずだけどいつものソフィアの様子が戻ってきたことにひとまず安心…。
「なにホッとひと息つこうとしてるのよマイス」
「え?」
「まだ採ってきてないでしょ」
「…あ!りんご!!」
「ほら、走って!」
「え!?」
「この近くでリンゴが採れるのは南の森しかないけど。万が一でもあの男が持ってきたりしたらどうするつもりなの、だったら急いで」
「マイス」
「どうしたのソフィ…」
再びカリンに背中を押されていたところ、名前を呼ばれて振り返る。するとソフィアが僕の手を両手で握り締めた。
突然の出来事に、ドキリとする。だって、ソフィアの手はマグカップを握っていたせいか温かくて、なのに信じられないぐらい細い指が繊細に手の甲を伝う感触を伝えてきていたのだから。
「街の南の森で採れないりんごを持ってきて。採れないりんごだから……!」
「ああ…うん、わかってる。逆なんだよね、森で採れるりんごだよね、大丈夫だから。」
僕が南の森で採れるりんごと言う度うんうん大きく頷くソフィアの必死さに苦笑いしつつ、カリンの言う万が一が無いようにリンゴを取りに近くの森へと走った。
その後、森で採れたりんごを手に笑う彼女は紆余曲折ありながらも言い寄ってきた男を撃退すると、僕に向かってこう言ったのだ。
「マイス、もう二度と顔を見せないでねっ♪」
彼女の笑顔が素敵だと思うようになったのは、それからだったような気がする。
何話かぐらいで完結予定