頬に、手の感触があった。夢の中かと思った。でもその手のひらは確かに温かくて、私の輪郭をなぞるように動いていた。ゆっくりと目を開ける。まぶたの裏側に、朝の光が滲んでいた。障子の向こうが白み始めている。鳥の声が遠くで聞こえる。蝉とは違う、もっと小さくて柔らかい声。
私はうつ伏せのままだった。昨夜のままの姿勢で眠ってしまったらしい。頬は布団に半分埋もれていて、首は少しだけ変な方向に曲がっている。彼の手が、その頬に触れていた。指の腹で頬の柔らかいところを撫でている。その感触が心地よくて、私はしばらく目を閉じたままその手の動きを追っていた。
彼がそこにいる。私のすぐ後ろに。気配だけでわかる。彼の体温が、背中に伝わってくる。布団を共有していたわけではないのに、いつのまにか私たちは同じ布団の中にいた。昨夜の終わりに、どちらともなくそうなったのだろう。記憶は定かではない。でも、その事実が朝の光の中でゆっくりと輪郭を持ち始める。
彼の手が、頬から首筋へと移動する。うつ伏せのままの私の背中を、指先がゆっくりと下っていく。その軌跡がまだ眠っている私の皮膚を少しずつ目覚めさせていく。私は息を浅くした。まだ完全に目覚めていない体の内側で、昨夜の熱がまだ燻っているのを感じた。眠っている間も、消えていなかったのだ。彼の温かさも私の欲も。
彼の体が、私の背中に寄り添う。うつ伏せのままの私の上に、彼が覆いかぶさる形になる。彼の体重が背中にかかる。重い。でも、その重さが今はちょうどよかった。逃げ場がないということが、こんなにも安心するなんて知らなかった。彼の腕が私の両側について、体を支えている。その腕の内側に私はすっぽりと収まっていた。
彼が、私の脚の間にゆっくりと入ってくる。脚を閉じたままだった。昨夜のままの姿勢で、閉じたまま。彼は私の脚を開かせなかった。そのまま、閉じた脚の間の狭い隙間を縫うようにして彼が入ってくる。今までにない圧迫感。脚を閉じているから、内側がぎゅっと締まっている。彼の形がいつもよりずっと強く私に伝わってくる。私は息を呑んだ。声にならない声が、喉の奥で詰まる。
「っ」
彼も小さく息を漏らす。その声が私の耳元すぐ後ろで聞こえる。彼の吐息が、私の首筋にかかる。温かくて少し湿っている。私は布団を握った。指の先で、シーツの冷たい感触を確かめる。それが私がまだ現実にいることを教えてくれる。
彼がゆっくりと動き始める。脚を閉じたままの挿入は、今までにない感覚だった。内側の壁がいつもよりずっと密着している。彼が動くたびに、そのすべてが擦れる。敏感な場所がいつもよりずっと多く刺激される。私は声を抑えられなかった。うつ伏せのまま、布団に顔を半分埋めて喘いだ。その声は、布団に吸い込まれていく。でも彼には届いている。彼の動きが、その声に応えるように少しずつ速くなる。
彼の手が、私の手を探す。布団の上で指と指が絡み合う。昨夜と同じだ。でも、昨夜よりずっと自然でずっと静かだった。朝の光の中で、私たちは繋がっていた。彼の腰が私に触れるたびに、布団が少しずつずれていく。畳の目が見える。その目を数える余裕は、もう私にはなかった。
最初の波が来た。脚を閉じたままの挿入で、その波は内側からせり上がってきた。昨夜のどの波とも違う。もっと深くて、もっと静かででも確実に私を攫っていく。私は指に力を込めた。彼の手を握りしめる。彼も握り返す。その力が、私の波をさらに大きくした。声を上げる。彼の名前を。朝の空気の中に、私の声が溶けていく。
波が引く間もなく、二度目が来た。今度はさっきよりも早くずっと深く。脚を閉じたままの体勢が、その波を逃がさない。すべてを内側に留めようとする。私は体を震わせた。布団の上で、小さく何度も。彼の動きがその波をさらに長く引き延ばす。もう声も出なかった。ただ、震えていた。
彼が、私の中で果てる。その瞬間の彼の吐息が耳元で深く刻まれる。お腹の奥に、昨夜と同じ温かさが広がる。でも今度は朝の光の中で感じるその温かさだった。清々しくて、それでいてどこか名残惜しい。彼はしばらく私の上にいた。体重をかけないように、腕で体を支えながら。その腕が少しだけ震えているのがわかった。私もまだ震えていた。
やがて、彼がゆっくりと私から離れる。その瞬間の感覚に、私は小さく息を漏らした。彼が私の隣に横たわる。うつ伏せのままの私の顔を、彼がそっと覗き込む。朝の光が彼の輪郭を柔らかく縁取っている。私は重いまぶたを上げて、彼を見た。彼が、少しだけ笑った。その笑顔が昨夜見たどの笑顔よりも、ずっと近くにあった。
「おはよう」
彼が言う。声は少し掠れていた。私は頷こうとして、うつ伏せのままでは上手くできなくて代わりに小さく息を吐いた。それも、返事のつもりだった。彼の手が私の髪を梳く。その手つきが、昨夜と変わらず優しかった。外では鳥の声がさっきより増えている。朝が、本当に始まろうとしていた。私はまだ布団の中にいた。彼の隣で。その事実が、今の私のすべてだった。