※この作品はR-18です。

温泉旅行   作:姫宮 伽那

9 / 15
Scene 8: 最後は

 彼が私の体をそっと仰向けに戻す。畳の上で冷えた背中に、布団の柔らかさが触れる。彼はその上にゆっくりと覆いかぶさってきた。さっきまでとは違う、静かな動きだった。彼の額が私の額に触れる。汗ばんだ肌と肌が、吸いつくように重なる。彼の呼吸が私の唇のすぐ上にある。その温かさだけで、私の体の内側がまた疼き始めるのを感じた。

 

 もう何度目だろう。彼は私の中に入ってくる。今度はさっきまでよりずっとゆっくりと、確かめるように。私は彼の背中に腕を回した。汗で濡れた肌が、手のひらに吸いつく。彼の肩甲骨の動きが指の下で感じられる。生きている。彼がここにいる。その事実が、今の私には何よりも愛しかった。

 

 彼が動き始める。そのリズムは、今までで一番ゆっくりだった。急がず焦らず、ただ深く。彼の腰が私に触れるたびに彼の体重が私の体のすべてを布団へと沈めていく。逃げ場のない、完全な密着。彼の胸と私の胸。彼の腹と私の腹。彼の腿と私の腿。皮膚と皮膚の境界が、少しずつ曖昧になっていく。どこからが私でどこからが彼なのか、わからなくなりそうだった。

 

 彼が私の名前を呼ぶ。耳元で、何度も。そのたびに私は応える。彼の名前を。もう照れも迷いもなかった。ただ、彼の声に自分の声を重ねる。それだけが今の私のすべてだった。彼の動きが少しずつ深くなる。さっきまでのどの角度とも違う、一番深い場所。彼がそこに触れるたびに私の体の芯が小さく震える。その震えが、だんだんと大きくなっていく。

 

 彼の手が、私の手を探す。布団の上で指と指が絡み合う。ぎゅっと握られる。その力が、彼の限界を教えていた。彼も同じ場所にいる。私と同じ速さで、同じ深さで。その共鳴が私の体の内側で大きな波になっていく。今までにない感覚だった。体だけではない。心も、一緒に持っていかれそうな。そんな快感。

 

 波が来る。今度は、私からではなくふたり同時に。彼の呼吸が止まる。私も息を止める。その一瞬の静寂のあと、世界が弾けた。私は彼の名前を呼びながら体を大きく反らせた。彼が私を強く抱きしめる。その腕の中で、私は何度も何度も波に攫われていく。彼も同じ波の中にいた。彼の体が震えているのがわかる。ふたりで、同じ場所に落ちていく。

 

 彼が私の中で果てる。その瞬間、お腹の奥に温かさが広がるのを感じた。今までにない、確かな熱。彼の一部が私の中に残っていく。その感覚が、私の体の芯をゆっくりと満たしていく。私はその温かさを、ただ静かに受け入れた。逃がさないように。零さないように。体の一番深いところで、彼を感じていたかった。

 

 彼はしばらく私の上にいた。体重をかけないように、肘をついて。でもその腕ももう限界だったのだろう。やがてゆっくりと私の横に崩れるように横たわった。それでも、私たちの指はまだ絡み合ったままだった。離したくなかった。この繋がりが、まだここにあった。

 

 お腹の中の温かさが、少しずつ広がっていく。体の外へではなく内側へ。全身の隅々まで、ゆっくりと染み渡っていく。まぶたが重い。彼の呼吸が、隣で聞こえる。もうさっきほど荒くはない。穏やかで、静かで子守唄みたいだった。外の虫の音も、遠くなっていく。行灯の光もぼやけていく。天井の木目も、もう見えない。

 

 私は彼の手を握ったまま、ゆっくりと意識を手放した。最後に見たのは、彼の横顔だった。少しだけ笑っているように見えた。それは、私の願望だったかもしれない。でもそれでよかった。この夜の終わりが、こんなにも穏やかでこんなにも満たされている。それだけで、十分だった。

お腹の中の温かさを感じながら、私は深い眠りへと沈んでいく。夢の中でもきっと彼の隣にいる。そう、思えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。