高望みしない彼は今日もゴミ女とセックスする 作:しゃしゃしゃ
ここから数話は各ヒロインごとに、彼女たちの視点で物語が進みます。
朝、古びたアパートの建付けの悪い引き戸越しに、包丁がまな板を叩くトントンという規則的な音と、油が爆ぜる低い音が聞こえてきた。
目を開けると、いつもの薄暗い六畳間。天井の木目には、幼い頃から見慣れたシミが広がっている。相原彩綾は、重い体を起こして小さく息を吐いた。
相原家には余裕がない。片親で、古びた賃貸アパートの家賃を払い、日々の食費を賄うだけで母親の稼ぎは限界だった。
本当なら高校生になった自分がアルバイトをして家計を助けるべきなのだと、彩綾だって分かっていた。実際に何軒もの飲食店やコンビニの面接に足を運んだこともある。
けれど、結果はすべて不採用だった。
彩綾自身は「自分のこののっぺりとした不細工な顔のせいだ」と思い込んでいた。
けれど実際は、面接のたびに極度の緊張から目を泳がせ、相手の顔も見ずにボソボソと聞き取りづらい声で喋るおどおどした態度が原因だった。社会に適応できない自分への失望感は、日に日に募るばかりだった。
「あら、彩綾。起きたの? さぁ、顔洗って朝ご飯にしなさい」
居間に顔を出すと、自分と同じのっぺりとした顔を疲労でさらに老けさせた母親が、フライパンを握りながら振り返った。朝早くから仕事へ向かう準備で、狭い台所の中を忙しなく動き回っている。
「……うん。おはよう、お母さん」
年季の入った椅子に腰掛け、出された目玉焼きとお味噌汁に箸をつける。母親はエプロンを外しながら、急かすように、けれどどこか弾んだ声で話題を切り出してきた。
「そういえば彩綾、昨日は卓郎くんにしっかりお礼言ったんでしょうね? あんなに親切で、勉強まで教えてくれるいい男の子、今の時代どこ探したっていないわよ」
「……言ったよ。ちゃんと、お礼……言った」
箸を握る手が、かすかに震えた。
「本当にたくろーくんには感謝してもしきれないわ。あんな立派な子がうちみたいな家に付き合ってくれてるんだから。彩綾、絶対に嫌われたら大変よ? あなたみたいな子がたくろーくんに捨てられたら、もう後がないんだからね」
「うん……わかってる」
母親の言葉に、彩綾は深く頷いた。
(当然……分かってるよ、お母さん)
のっぺりとして可愛くもなく、頭も悪く、バイトの面接すら受からない自分。世間から何一つ価値を認められない自分が、唯一「必要とされる」場所。
それが、卓郎そばであり、自分を道具のように使ってくれるあの暴力的な快楽の時間だけなのだ。
卓郎に叱責され、罵倒され、冷たい目で見下ろされるたび、胸の奥がキュッと締め付けられる。
恐怖と屈辱と同じくらい、彼に「弄ばれている」という事実が、彩綾にとっては自分が生きている唯一の証拠だった。
(タクローくんに嫌われたら、私、本当に何もなくなる……)
お味噌汁を啜りながら、彩綾は制服のスカートの上から自分の太ももをギュッと握りしめた。そこにはまだ、昨日卓郎の手指が這い上がってきた熱い感触と、子宮の奥に残る重い痛みが、確かに刻み込まれている気がした。
アパートを出た彩綾は、重い足取りで一人、学校へ向かう通学路を歩いていた。
視線は常に斜め下を向き、背中は丸まり、足取りは引きずるように緩慢だ。
手入れの行き届いていないボサボサの黒髪が顔の両脇を覆い、彼女のどんよりとした印象をいっそう引き立てている。
すれ違う生徒たちが「うわ、あいつ……」「朝から暗すぎ」とヒソヒソ声を交わして通り過ぎていくが、彩綾は顔を上げようともしない。
この極端な猫背も、おどおどとした動きも、すべては卓郎の手によって作られたものだった。
幼い頃、卓郎は幼馴染として優しく語りかけるフリをしながら、彼女の行動を徹底的に縛り付けた。
『彩綾、そんなに急いで歩いたら転んじゃうよ』
『ハキハキ喋ろうとすると失敗するから、静かにぼくの後ろについてきなよ』
『彩綾はそのままでいいんだよ。怖いなら下を向いて大人しくしてればいいんだよ』
そうやって幼少期から刷り込まれた言葉は、成長するにつれて彩綾の行動様式そのものとなり、過剰なコンプレックスへと育っていった。
今では胸が異常にデカいこと以外、見どころも華もない「不美人な相原彩綾」という存在は、すべて卓郎が意図的に植え付け、歪ませた欠点によって形作られていたのだ。
本人はそれを「自分が愚かで不器用だからだ」と信じ疑うことなく思い込んでいる。
学校の校門が見えてきた頃、前方の人ごみの中に、すっきりと背筋を伸ばして歩く卓郎の姿を見つけた。
(あ……! タクローくん……!)
その瞬間、彩綾の濁っていた瞳が一筋の光を浴びたように輝いた。思わず駆け寄りたくなる衝動が胸を突く。しかし、次の瞬間には強烈な自虐と羞恥心が彼女の脚を縫い留めた。
(ダメ……! 私みたいなブサイクが人前で話しかけたら、タクローくんに迷惑がかかっちゃう……。浅井卓郎くんは親切で格好よくて、私なんかと一緒にいちゃいけない人なんだから……)
慌てて視線を逸らし、自ら影の中へと身を隠す。
だが、一度卓郎の姿を目にしてしまうと、脳裏には昨日の出来事が鮮烈に蘇ってきた。
薄い引き戸一枚隔てたすぐ向こうに母親がいるという極限の状況。制服の上から力任せに揉み潰された爆乳の痛気持ちいい快感。
太ももをなぞる冷たい指先。そして、引き戸越しに聞こえる母親の声に怯えながら、自分の手で口を塞ぎ、最奥まで凶暴な男根をねじ込まれたあの感触――。
(んあ……っ……!)
昨日の熱が、子宮の奥から急速に込み上げてくる。
股間がじわじわと熱を帯び、下着が湿っていくのが分かった。歩くたびに太ももの内側が擦れ、昨日注ぎ込まれた子種の熱と激しい交尾の記憶が、子宮をキュンキュンと甘く痺れさせる。
(あんなに恥ずかしいことされたのに……ひどいこと言われたのに……っ)
彩綾はボサボサの髪の隙間から、遠ざかっていく卓郎の後ろ姿を熱っぽい瞳で見つめながら、誰にも聞こえないような甘く湿った吐息を洩らした。
自分を道具として踏みにじる男への狂おしい依存と快楽に、彼女の心と体はすでに深く苛まれていた。
その後、後ろ姿を見つめることしかできない彩綾は、無味乾燥とした日常に埋没する。
そうして、四限目の数学の授業。黒板にぎっしりと並ぶ数式や幾何図形は、彩綾にとって記号の羅列にすら見えず、まるで呪文か異国の言語のようだった。
(どうしよう……全然分からない……っ。なにこれ、なんでこうなるの……?)
胸の奥が冷たく締め付けられ、激しいパニックが思考を麻痺させていく。
理解できない恐怖を誤魔化すように、彩綾はボサボサの髪を前に垂らし、ノートにがむしゃらに板書を書き写した。シャープペンの芯を何度も折りそうになりながら、ただ黒板の文字をそのまま紙の上に書き写していく。
だが、書いている内容は脳を素通りし、頭の中には何一つ残らない。焦れば焦るほど手元が狂い、ノートの文字は歪んでいった。
その時、教壇の上から声が飛んできた。
「――じゃあ、ここから先の展開だが。相原、この方程式の解を答えてみろ」
「……えっ……!?」
指名された瞬間、彩綾の心臓がドクンと大きく跳ね上がった。
視界が真っ白になり、クラス中の視線が自分に集まるのを感じて身体が固まる。
黒板に書かれた問題を見るが、何を聞かれているのか、問題文の意味すらまともに理解できない。喉がカラカラに乾き、額から冷や汗が滲み出る。
「どうした相原、答えは?」
「あ……う……あの……っ」
おどおどと視線を泳がせ、猫背をさらに丸めて身体を小さく縮こまらせる。助けを求めるように教科書をめくるが、手元が震えてページもうまくめくれない。
クラスメイトたちの「またあいつかよ」「早くしろよ」という無言の圧力が突き刺さる。
「……わかりません……っ」
消え入るような小さな声で呟くのが精一杯だった。毎日必死に授業を聞いて、ノートも真面目にとっているのに、自分の頭には何ひとつ身につかない。自分の愚かさと惨めさに、涙が込み上げてきそうになった。
「はぁ……じゃあ浅井。お前が代わりに答えてやれ」
教師が呆れたように溜息をつき、卓郎に水を向けた。
「はい。ここは……――」
卓郎が立ち上がり、淀みない爽やかな声で完璧な解答を即座に述べていく。その背中は、彩綾の目には眩しすぎるほど凛々しく、誇らしく映った。
(かっこいい……っ。やっぱりタクローくんはすごい……!)
彩綾にとって、卓郎は完璧なヒーローだった。容姿端麗で頭が良く、クラスの人気者(彩綾目線)。
そして何より、こんな頭が悪くて、不細工で、何をやらせてもダメな自分を見捨てず、必要とし、優しく(と彩綾は信じている)抱いて“使って”くれる唯一の男の子。
卓郎が席に座ると、彩綾はノートを取るフリをしながら、ボサボサの髪の隙間から彼の横顔をチラチラと盗み見続けた。
先ほどまでのパニックはどこへやら、胸の奥が甘く疼き、昨日教え込まれた肉体の熱が再び子宮の奥でキュンと跳ねるのを感じていた。