高望みしない彼は今日もゴミ女とセックスする 作:しゃしゃしゃ
朝の慌ただしい空気が充満する校舎の中、凛を無事に送り届けた卓郎は、そのままグラウンドへと向かい、汗だくになりながら野球部の朝練をこなした。
泥と汗をぬぐい、制服に着替えて教室のドアを開けると、朝のホームルーム前の喧騒が部屋いっぱいに広がっていた。
自分の席に着き、通学バッグを机のフックに掛けたその瞬間、斜め前の席からじっと刺さるような視線を感じた。
見なくてもわかる。彩綾だ。
ボサボサの髪の間から、分厚い眼鏡の奥にある小さな目が、じっと卓郎の動きを追っている。猫背をさらに丸め、穴が開くほどの熱視線を向けてくる姿は、卓郎にとって不快以外の何物でもなかった。
朝からその鬱陶しさに頭が痛くなった卓郎は、表情一つ変えずにポケットからスマートフォンを取り出した。
画面を素早く操作し、アプリで一行だけ打ち込む。
『こっち見るなバカが』
送信ボタンをタップし、スマホを机の上に置く。
数秒後、彩綾の机の上でスマホが静かに震えた。
画面を覗き込んだ彩綾は、弾かれたように肩を跳ね上がらせた。分厚い眼鏡の奥の目をパチクリとさせ、顔を真っ赤にしながら、大慌てで首を捻るようにして視線を明後日の方向へと逸らした。
その慌てぶりで机の上の筆箱を落しかけ、オロオロしながら拾い上げる様は、相変わらずノロマでドジそのものだった。
(……本当にとろいやつ)
卓郎が心の中で冷ややかに吐き捨てたのも束の間、今度は廊下の方から床を小刻みに震わせるような、独特の重苦しい足音が近づいてきた。
ドシン、ドシン、ドシン。
肉の塊が重力に従って揺れる足音とともに、卓郎の机の前に立ちふさがったのは紗羽だった。パンパンに膨らんだ顔をトロンと緩ませ、うっとりとした表情で卓郎を見つめている。
「卓郎ぉ〜! おはよう、私の王子様♥ 今日もすごくカッコいいね……!」
語尾にハートマークが見えるような甘くデレデレとした声を張り上げると、紗羽は太い腕で自分の頬を包み込むようにして身をくねらせた。
しかし、次の瞬間には顔の肉を急に歪ませ、甘え声のまま不満を吐き出し始めた。
「ねえねえ、ちょっと聞いてよぉ〜。今日ね、学校来る途中のバス停で変なオヤジにずっと視姦されちゃったの! マジでキモくて最悪〜! 私が、脚がちょっとセクシーに見えるスカート履いてるからって、ジロジロ見すぎなのよね! 卓郎っていう最高の王子様がいる私に、有象無象の男たちが欲情して視線を送ってくるなんて、本当困っちゃう……♥」
パンパンに肉の詰まった脚と、丸々と肥え太った体躯を揺らしながら、紗羽は妄想と現実の区別がつかない被害妄想を撒き散らす。幼少期から卓郎が「可愛い」「お姫様だ」と持ち上げ続け、甘やかし倒した結果完成した、モンスターのような歪んだ自尊心。
周囲からの嫌悪の視線をすべて「魅力への性的な関心」と脳内変換し、その上で卓郎だけを「自分に相応しい特別な男」として崇拝しているのだ。
「それだけじゃないのよぉ? 靴箱のところでさ、2組の女子グループがこっち見てヒソヒソ笑ってたの! 絶対私の可愛さに嫉妬して陰口叩いてたんだわ〜。『あの子、卓郎くんにあんなに愛されててずるい』とか言ってたに決まってる! 本当、ブスたちの嫉妬って見苦しくて嫌になっちゃう♥ でもね、こうやって卓郎が優しくお話を聞いてくれるだけで、私すっごく幸せ……! 周りのバカな奴らと違って、卓郎は私の魅力も大変さもぜーんぶ理解してくれる、世界で一番優しくて素敵な男の子だもんね♥」
うっとりと頬を赤らめ、デレデレとした表情で体をすり寄せてくる紗羽。
内容のあまりの荒唐無稽さと、気持ちの悪い甘えぶりに、卓郎の脳内では不快感がピークに達していた。
自分の手で教育し、歪ませた成果とはいえ、朝の貴重な時間にこんな質の低い妄言を一方的に聞かされるのは苦痛以外の何物でもない。
(よくもまあ、その豚みたいな面と体型でそこまでの妄想ができるもんだ……)
心の中で冷ややかに嘲笑しながらも、卓郎の表面上の皮膚はピクリとも動かない。
瞬時に親しみやすく優しいの優等生な仮面を被り直し、眉を少し下げて困ったような、それでいて親身な笑顔を作り上げる。
「そっか、それは災難だったな、紗羽。まあ……紗羽は存在感があるし目立つからさ、どうしても周りの目が集まっちゃうんだろうけど……あまり気にしない方がいいよ。俺に話して少しはスッキリしたか?」
「うんっ! 卓郎がこうやって優しく聞いてくれたから、もうすっかり元気になっちゃった♥ 卓郎ってば、本当に私のお姫様扱いが上手なんだからぁ……!」
甲高い甘え声で卓郎を称える紗羽に対し、卓郎は嫌な顔一つせず、「よかったよ。紗羽が笑ってくれてるのが一番だからな」となだめる姿勢を崩さない。
そんな二人のやり取りを、周りのクラスメイトたちは遠巻きに見ていた。
「……また卓郎、加賀原の相手させられてるよ」
「マジで可哀想……あんなデブの頭おめでたい勘違いとデレデレ攻撃に毎日付き合わされてさ」
「卓郎って本当性格良いよな。俺なら絶対一秒で『キモいんだよ豚』ってキレてるわ」
「幼馴染だからって見捨てないの、人間できすぎだろ……」
教室中に漂うのは、卓郎に対する深い同情と感嘆、そして紗羽に対する冷ややかな哀れみの視線だった。
卓郎はその周囲の反応を肌で感じ取りながら、胸の奥でドロリとした暗い悦びに浸っていた。
自分の自尊心と好青年という評価は、こうして見苦しい人間たちを優しく受け止める良い人を演じることで、補強されていくのだ。
ガタッと教室の前扉が開き、担任の教諭が入ってきた。
「はい、全員席に着けー。朝のホームルーム始めるぞー」
「もうっ!担任来ちゃった。卓郎、また昼休みにたっぷりお話ししようね♥ 放っておいたら寂しくて死んじゃうんだから!」
紗羽は名残惜しそうに笑うと、床を揺らすような重い足音を響かせて自分の席へと戻っていった。
卓郎は小さく息を吐き出し、胸の中で胸を撫で下ろした。優等生の爽やかな微笑みを張り付けたまま、ようやく訪れた短い解放の時間を静かに噛み締めるのだった。
独特の匂いが充満する男子更衣室。運動後の火照った空気と、体育の授業を控えた男子生徒たちの雑多な熱気が、狭い室内に重く立ち込めていた。卓郎はパイプ椅子の上に置いた鞄から紺色の体操服を取り出し、無駄のない動きで制服のボタンを外していく。
周りでは、男子特有のくだらない、だが彼らにとっては重大な会話が繰り広げられていた。
「なあ、ぶっちゃけさ。うちのクラスで誰が一番アリ?」
服を着替えながら隣のやつが口火を切る。それを合図に、周囲で着替えていた何人かの男子が一斉に反応した。
「出たよ、またその話か! でもさ、やっぱバスケ部のあいつだろ。体操服の上からでもはっきり分かるレベルでデカいしな」
「うわ、出たスケベ! まあ否定はしねえけどさ。あの揺れ方は男として視線が誘導されるのは不可抗力だろ」
「お前ら最低だな! ……まあ、俺も一年の頃からちょっと気になってたけど」
「なんだよそれ! 結局全員見てんじゃねえか!」
くだらない下ネタと馬鹿話。卓郎はアンダーシャツを脱ぎ捨て、体操服のTシャツに腕を通しながら、いつもの「ノリの良い優等生」の苦笑いを浮かべていた。
「おいおい、声がデカいって。女子に聞こえたらまた不審者扱いされるぞ」
卓郎が軽く茶化すように言うと、中心になって話していた男子がニヤニヤしながら卓郎の肩を肘で小突いてきた。
「なんだよ卓郎、お前は冷めてんなあ! 健全な男子高校生の会話だぞ? ていうかさ、卓郎ってそういう話に全然入ってこねえよな。ぶっちゃけ誰がタイプなんだよ?実は隠れスケベだろ?」
「そんなわけないだろ。俺は至って普通だよ」
「嘘つけー! お前良い奴なのに、浮いた話が一つもないのが怪しいんだよな。なぁ、お前らもそう思うだろ?」
周りの男子たちが「そうだそうだ」と調子を合わせ、一斉に卓郎を取り囲むような空気になった。着替えの手を止め、ニヤニヤとした冷やかしの視線が卓郎に集まる。
「そういえばさ、卓郎っていつもあの二人と一緒にいるよな」
「ああ、相原と加賀原か!」
「加賀原とか、マジでヤバいじゃん。朝のホームルーム前もさ、卓郎にだけめちゃくちゃ甘い声出してすり寄ってたろ。『私の王子様ぁ~♥』とか言っちゃってさ。横で聞いてて鳥肌立ったわ」
「相原も相原で、ボサボサの頭で分厚い眼鏡の奥から、ずっと卓郎のこと穴が開くほど見つめてるしな。お前、実はあのどっちかと付き合ってたりしないの?」
冷やかしのトーンが高まり、更衣室内に下衆な好奇心が渦巻く。
(……チッ、うぜぇな)
卓郎は胸の奥底で、激しく舌打ちをした。
事実として、二人とも自分の都合のいいセフレであり、自分の手の中で完璧に支配している存在だ。
だが、それをこの有象無象のバカどもに明かすメリットなど一つもない。
世間一般から見れば「見苦しい不細工とデブ」でしかない二人と性的関係を持っているなどと知られれば、これまで築き上げてきた「爽やかで親しみやすい好青年」という表向きの評価は一瞬で崩壊する。
下衆な詮索をされること自体、卓郎にとっては不快以外の何物でもなかった。
しかし、卓郎の表情には微塵もイライラが出ない。瞬時に困り果てたような、困惑と苦笑いが混ざり合った表情を作り上げた。
「おいおい、勘弁してくれよ……あいつらとはただの昔馴染みというか、幼馴染というか……腐れ縁なだけだって」
卓郎は困ったように頭をかき、頭の後ろで手を組んだ。
「でもさあ、加賀原のあのデレデレ感は普通じゃないぜ? お前に気がありまくりだろ。あれで『ただの幼馴染』は無理があるって!」
「まあ、小さい頃から近所だったからさ。昔、親同士の付き合いで少し甘やかして接しちゃった時期があって……そのせいか、今でもあんな感じで頼られちゃうんだよね。放っておくとヒステリー起こして余計に面倒なことになるから、適当に話を聞いてあげてるだけだよ」
卓郎は絶妙なトーンで、「手のかかる幼馴染に昔から振り回されている苦労人」を演じてみせた。言葉の端々にほのかな困惑と優しさを滲ませることで、周囲の納得感を誘う。
「相原にしたってさ、昔から極度に人見知りでオドオドしてるから、知ってる顔の俺の近くにいただけだよ。恋愛感情とか、そういうのは本当に一切ないからさ。みんなが思ってるような甘いイベントなんて何一つないよ」
卓郎の巧みな演技と弁明を聞き、周囲の男子たちは同情混じりの爆笑に包まれた。
「うわぁ……ハハハ! 確かに加賀原を彼女にするのは、いろんな意味で重すぎるわ!」
「朝からあのデブの被害妄想に付き合わされてると思ったら、そんな昔からの縛りがあったのかよ……卓郎、マジで合掌だわ」
「相原もなんか不気味だしな。卓郎もお人好しすぎるぞ、もっと普通の、可愛い女子狙えって!」
「本当だよ! 桒原とか、卓郎がアタックしたらワンチャンあるんじゃないの?」
くだらない冷やかしの対象が気になる女子の話題へと移り、更衣室の会話は再び大雑把な下ネタと雑談へと戻っていった。
上手く話の矛先を逸らし、いつもの「苦労して周りの面倒を見る良い奴」というポジションを守り切った卓郎は、体操服の裾を整えながら内心で冷ややかに鼻で笑った。
(何も知らないバカどもが。呑気に笑っていやがれ)
周囲からは同情され、哀れみの視線を向けられながらも、裏ではその二人の身体も精神も完全に掌握し、自分なしでは生きていけない体に仕込んである――更衣室を包むくだらない熱気の中で、卓郎はその歪んだ優越感を胸の奥底に静かに隠し、体育館へ向かうためにドアノブへと手をかけた。
体育館の重く湿った空気が、肌にへばりついて離れない。
運動後の熱気と汗の匂い、そして古びた床のワックス臭が入り混じる中、卓郎は心の中で激しく舌打ちを繰り出していた。
早くシャワーを浴び、汗で濡れた体操服を脱ぎ捨ててさっぱりした制服に着替えたい。そう願っていたにもかかわらず、運悪く体育教師の目にとまってしまったのが運の尽きだった。
「おい卓郎、ついでにそっちの重マットとボールカゴも体育倉庫に戻しておけ」
「はい! 了解しました、先生!」
一瞬の躊躇も見せず、爽やかで爽快な返事とハキハキとした笑顔を返した卓郎だったが、背中を向けた瞬間にその表情は冷酷な無表情へと一変していた。
重い用具台車を押しながら、体育館裏の薄暗い通路を進む。角を曲がった突き当たりにあるのが、重厚なスライド式の扉を備えた体育倉庫だった。
ゴリゴリと軋む音を立てて扉を引くと、埃っぽい特有の匂いとともに、倉庫の奥でガサゴソと蠢く影があった。
「っ……あ……」
押し入れの奥、大きな跳び箱の段をノロノロと片付けていたのは、彩綾だった。
女子側でも面倒な片付け役を押し付けられたのだろう。ボサボサの髪をさらに乱し、分厚い眼鏡を指で押し上げながら、ドジでノロマな動作で作業を進めていた。
自分がクラスの女子たちから雑用係として扱われていることにも気づかず、ただオドオドと一人で作業をしていたのだ。
周囲に他人の目がないことを確認すると、卓郎は優等生の表情をスッと消し、低く冷ややかな声を投げかけた。
「おい、彩綾。まだ終わってねぇのかよ」
「ひっ……!? た、卓郎くん……っ!?」
不意に背後から声をかけられた彩綾は、跳び上がるように全身を痙攣させた。目の前の平均台の脚にそのまま自分の足を引っかけて派手に転びそうになり、慌てて体勢を立て直そうとするも、分厚い眼鏡がズレ落ちて小さな目をパチクリと泳がせる。
「あ、あ、あの……っ! す、すごく……び、びっくりした……っ」
「相変わらずドジだな。足元くらい見ろよ。さっさと片付けろ、俺も早く着替えたいんだからさ」
卓郎は冷たい視線で彩綾を見下ろし、持ってきた重いマットをドスンと床に投げ落とした。
彩綾は慌てて眼鏡の位置を直すと、卓郎の機嫌を損ねないよう、引きつった笑みを浮かべながら小さく何度も頷いた。
「ご、ごめんなさい……っ! す、すぐ……片付けるから……っ」
薄暗い倉庫の中、埃と古びたマットのゴムの匂いが充満する空間で、二人だけの片付け作業が始まった。卓郎が黙々とボールカゴを棚の奧へ押し込んでいると、彩綾がチラチラと卓郎の横顔を伺いながら、おそるおそる声をひそめて話題を振り始めてきた。
「ね、ねえ……卓郎くん……」
「なんだよ」
「ここ……体育倉庫にくると……色々と、思い出さない……?」
彩綾の顔がぽっと赤くなり、分厚い眼鏡の奥の小さな目がうっとりと歪む。自分の猫背をさらに丸め、もじもじと指先を絡め合わせながら言葉を続けた。
「私ね……ここ、大好きなんだ……。昔、卓郎くんと……体育倉庫で、二人きりになったときのこと……今でもすごく、覚えてて……」
それは、以前体育倉庫で起きた出来事の思い出だった。
中学時代、周りの女子から相手にされず、男子からは陰で嘲笑され、教室に居場所がなかった彩綾。そんな彼女にとって、この静かで薄暗い倉庫の中で卓郎に見つけられ、犯され、自分だけのものとして支配された記憶は、歪んだ特別な執着となって心に深く刻み込まれていたのだった。
「あの時もさ……私が女子から片付け押し付けられてて……泣きそうになってたら、卓郎くんが来てくれて……」
「くだらねぇこと覚えてんなよ」
卓郎は作業の手を止めず、鼻でフンと小さく笑った。
「くだらく、ないよ……っ! 私にとっては……卓郎くんが私を特別にしてくれた……大切な思い出だもん……っ」
彩綾は必死に食い下がり、自分の存在を卓郎に承認してもらいたいかのように、うっとりとした熱い視線を送ってくる。不揃いな顔立ちを歪ませて、卓郎の顔を必死に覗き込もうとする姿は、卓郎にとって哀れで、そしてどこまでも扱いやすいものだった。
(本当にキモい奴……だが、こういう扱いやすいバカがいるから俺は助かるんだ)
卓郎は冷酷な優越感を胸の底で深く噛み締めながら、一瞬だけ彩綾の方を振り返り、冷ややかな笑みを浮かべて見せた。
「さっさと片付けろ。誰かに見られたら面倒だろ」
「う、うん……っ! 卓郎くん……!」
卓郎の一言で一喜一憂し、嬉しそうに作業に戻る彩綾の姿を見下ろし、卓郎は静かに体育倉庫の埃っぽい空気を吐き出した。
外からは、グラウンドで部活動を始める運動部員たちの威勢の良い声が遠く聞こえていた。
彩綾はボサボサの髪の隙間から、分厚い眼鏡の奥にある小さな目を濡らし、熱を孕んだ視線で卓郎を見つめていた。猫背をさらに丸め、汗ばんだ手で制服の裾をぎゅっと握りしめている。呼吸は荒く、小さく肩を上下させながら、じわりじわりと卓郎との距離を詰めてきた。
「ねえ、卓郎くん……っ。誰も来ないよ、ここ……。私……卓郎くんなら、何されてもいいのに……っ」
不揃いなパーツの顔を真っ赤に染め、懇願するように上目遣いで訴えかけてくる。教室での卑屈な態度とは打って変わり、卓郎の存在そのものに依存しきった、生々しく歪んだ執着心を全身から発散させていた。
しかし、卓郎の瞳には一切の情動も浮かんでいなかった。
(……チッ、キモいんだよ)
卓郎は心の底から冷め切っていた。部活の疲労、朝からの周囲の雑音、そしてこの蒸し風呂のような倉庫の不快感。ただでさえイライラが募っている中で、彩綾のこんな身勝手な欲望に付き合う気など微塵も起きなかった。
「おい、離れろ」
卓郎は低い声で言い捨てると、すり寄ってきた彩綾の肩を力任せに押し戻した。
「ひっ……! 卓、卓郎くん……?」
突っぱねられた彩綾は、床に尻餅をつきそうになりながら目を丸くした。自分が拒絶されるなど思ってもいなかったのか、ポカンと口を開け、オドオドと視線を泳がせる。
「勘違いすんなよ。俺は今、そんな気分じゃねぇんだよ」
卓郎はポケットからハンカチを取り出し、汗の浮いた首元を雑に拭った。見下ろす視線はどこまでも冷たく、まるで足元に転がる不快なゴミでも見るかのような光景だった。
「あ……ご、ごめんなさい……っ! 私、卓郎くんが……喜んでくれると思って……っ」
「喜ぶ? お前みたいな不細工にすり寄られて、俺が喜ぶとでも思ってんのか?」
直球すぎる暴言に、彩綾は身体を固まらせた。しかし、その冷酷な言葉すらも、彼女にとっては「卓郎に本音をぶつけられている」という歪んだ歓喜へと変換されていく。彩綾は震える手で眼鏡の位置を直し、床に膝をついたまま、必死に卓郎の機嫌を取ろうと擦り寄った。
「う、うん……ごめんなさい……っ。でも、私……卓郎くんの言われる通りにするから……っ! 怒らないで……っ」
「……うぜぇんだよ。さっさと立ち上がって片付けろ」
卓郎は彩綾にそれ以上の視線を向けることもなく、用具箱の蓋をバタンと大きな音を立てて閉めた。
彩綾がどれほど熱を帯びた視線を送ってこようと、どれほど従順な態度を見せようと、扱う側の気分が乗らなければただの邪魔物に過ぎない。彩綾の精神も身体も完全に自分の支配下にあるという優越感だけを噛み締め、卓郎は一切の慈悲を見せずに背を向けた。
「お前が残りの道具、全部戻しておけよ。俺は先に着替える」
「あ……た、卓郎くん! 待って……っ!」
縋りつくような彩綾の声を完全に無視し、卓郎は体育倉庫のスライド扉をガラガラと開けた。外の光が差し込み、影に包まれた彩綾の姿を無残に照らし出す。
卓郎は一度も振り返ることなく、冷ややかな足取りで更衣室へと向かって歩き出した。
はい。実はラストの体育倉庫で抱かせようとしたんですが、言うこと聞かなくなったのでカットしました。ここから数話そんな感じが続きます。