高望みしない彼は今日もゴミ女とセックスする 作:しゃしゃしゃ
指定された駅から少し離れた待ち合わせ場所に到着すると、そこにはすでに人混みの中で佇む卓郎くんの姿があった。
彼の姿を視界に捉えた瞬間、私の心臓は跳ね上がり、胸の奥からパッと花が咲いたような歓喜が溢れ出した。
「卓郎くん……!」
私は抑えきれない高揚感に背中を押されるようにして、パタパタと駆け寄った。
今日の私は、いつもの素っ気ない制服や部屋着とは違う。数少ない手持ちの服の中から、必死に試行錯誤して選んだとっておきのコーディネートだった。フリルのついた少し可愛らしいブラウスに、膝丈の綺麗なスカート。
「卓郎くん! あのね、これ……卓郎くんが好きそうな服、選んでみたの……っ。どう、かな……?」
私は両手でスカートの裾を少しだけ持ち上げ、上体をもじもじと揺らしながら、上目遣いで彼の顔を覗き込んだ。
不細工な私なりに、少しでも卓郎くんに『可愛い』と思われたくて、一生懸命に媚びを売ってみせる。
――だけど、目の前に立つ卓郎くんの装いは、私の期待していた「いつもの爽やかな卓郎くん」とはまるで違っていた。
頭には深々と帽子を被っている。目元には大きめの黒縁眼鏡。自然な装いでありながら明確に変装姿だった。
卓郎くんは上目遣いで媚びを売る私を冷ややかに見下ろすと、苛立ちを隠しもせずに低くぶっきらぼうな声で吐き捨てた。
「おい、名前呼ぶなよ。……誰が見てるかわかんねえだろ。少し考えろよ」
「あ……ご、ごめんなさい……っ」
舌打ち混じりの乱暴な態度。でも、私を叱るその冷たい声すらも心地よくて、胸がキュンと痛む。
今日の待ち合わせ場所は、二人の家や通っている学校があるエリアから電車で3駅も離れた、知り合いに見つかる可能性が限りなくゼロに近い場所だった。
二人が一緒にいるところを誰かに見られて「彼氏彼女」だと勘違いされないように。もし万が一見られたとしても、絶対に『彼氏=浅井卓郎』だと特定されないようにするための、卓郎くんの対策。
不細工な私と交際しているなんて噂が立つのは、完璧な優等生である卓郎くんにとって絶対に避けたいことだからだ。
卓郎くんは私の全身を上から下まで一度だけ視線で撫で回すと、心底興味なさそうに鼻で笑った。
「……で? なんだよその服装。わざわざそんなフリフリした服着てきて、何のアピールだ?」
「えっ……あ、あのね、卓郎くんに『可愛い』って思ってもらいたくて……」
「ハッ、くだらねえ。俺がお前にそんなもの求めてると思ってんのか?」
卓郎くんの冷淡な言葉が突き刺さる。
それはそうだ。私がどれだけ努力して服を可愛らしくまとめたところで、卓郎くんの興味を惹くことなんて絶対にできない。卓郎くんが私に求めているのは、一般的な女の子としての可愛らしさや清純な魅力なんかじゃない。
もしも私が本当に卓郎くんの気を惹きたかったのなら、可愛らしいフリルのブラウスではなく、自身の最大の長所である胸をこれでもかとアピールするような、胸元が大きく開いた服を選ぶべきだったのだから。
卓郎くんは溜め息をひとつ吐くと、私の返事も待たずに乱暴に歩き出した。
「ほら、さっさと歩け。ダラダラしてると置いてくぞ」
「あ……うん! 待って、卓郎くん……っ!」
冷たくあしらわれ、乱暴に扱われているのに、私の中の熱い感情は冷めるどころかどんどん激しくなっていく。私を隠された存在として扱い、冷たい言葉をぶつけてくれる卓郎くん。
私は恍惚とした笑みを浮かべながら、彼の少し後ろを必死に追いかけていく。
「おい、ぐずぐずするな。さっさとついてこい」
卓郎くんのどこか刺々しく、乱暴な声が前から降ってくる。
腕を引かれる強い力に引きずられるようにして、私は彼の少し後ろを必死の思いでついて行った。
連れてこられたのは、駅ビルの中層階に位置する、洗練された高級メイクサロンだった。
ガラス張りのエントランスからは、白を基調とした清潔感あふれる店内が見渡せる。キラキラとした照明の下で、綺麗な人たちがにこやかに立ち働き、甘く華やかな香水の匂いに満ちあふれていた。
私みたいな、不細工で垢抜けない、何の取り柄もない女が足を踏み入れていい場所じゃない。ここにいるだけで全身の毛穴が縮み上がるようなプレッシャーを感じてしまう。
「えっ……あの、卓郎くん……? ここって、私みたいなのが来るところじゃ……」
困惑と恐怖でオドオドと立ち尽くし、スカートの裾をギュッと握りしめる私を、卓郎くんは一瞥もせずに完全に無視した。
彼は迷いのない足取りで受付へと向かうと、店員さんに話しかけた。
「予約していた浅井です。この子のフルメイクをお願いします。彼女の骨格とパーツの配置を一番引き立てる、一番映えるメイクで」
「かしこまりました、浅井様。お連れ様ですね。どうぞ、こちらのドレッサーへご案内いたします」
「えっ、えっ!? ちょっと待って、卓郎くん!?」
事情も飲み込めないまま、私は洗練された笑顔の店員さんに促され、大きな三面鏡が備え付けられたふかふかのレザーチェアへと座らされた。
卓郎くんは遠くのウェイティングスペースのソファにドカリと腰掛け、スマホに目を落としたまま、低い声で「大人しくしてろ」と短く一言だけ吐き捨てた。
冷たい言葉。だけど、私に命令を下してくれるその声の響きだけで、私の胸の奥は甘く痺れてしまう。
そこから始まったのは、私にとってほとんど生まれて初めて体験する、プロの手による本格的なメイクだった。
「ではお力抜いてくださいね。まずは素肌を整えていきます」
優しく丁寧な手つきで、クレンジングオイルが顔全体になじませられていく。長年溜め込んでいたかのような肌の汚れやくすみが落ちていく感覚。続いて、氷のように冷たい化粧水と濃厚な乳液が肌に染み込んでいく。
(どうしよう……私なんかがこんな高級なコスメを使ってもらったって、素顔がこんなに不細工なんだから、余計に浮いちゃって惨めになるだけなんじゃ……)
不安と緊張で心臓がバクバクと激しく脈打ち、体全体が強張ってしまう。
だけど、施術を担当してくれているプロの店員さんは、私の顔をじっと観察しながら、感心したように小さく声を漏らした。
「お客様、すごくお肌のキメが細かくて綺麗ですね……! 化粧乗りがとっても良さそうです。眉の形も少し整えるだけで、ガラッと雰囲気が変わりそうですよ」
「え……? あ、は、はい……」
丁寧な眉カットが施され、肌のトーンを均一に整える繊細なベースメイクが重ねられていく。パフが頬をぽんぽんと優しく叩く音、筆先が瞼の上を滑る微かな感触。アイシャドウが重ねられ、目元に繊細なラインが引き直されていくたびに、鏡の中の「私」の輪郭が、少しずつ、けれど劇的に書き換えられていくのが分かった。
自分の顔がどう変化しているのか、直視するのが怖くて、私はほとんどの時間をじっと目を瞑って耐えていた。
ただひたすら、遠くでスマホを触っている卓郎くんの気配を感じながら、じっと時間をやり過ごす。
どれくらいの時間が経っただろうか。小一時間ほどが経過した頃、店員さんの誇らしげな声が静かに響いた。
「――お待たせいたしました。終了です。どうぞ、鏡をご覧になってみてください」
「……っ」
私は唾を呑み込み、恐る恐る瞼を持ち上げた。
視界に飛び込んできた大きな三面鏡。そこに映し出されていた「誰か」の姿を見た瞬間、私は呼吸を忘れて固まった。
「……え……? これ……私……?」
そこには、いつものどんくさくて、自分でも見たくなかった不細工な私なんて、どこにも存在していなかった。
プロの手によって引き出された私の肌は、透き通るような白さと透明感を放ち、印象的なアイメイクによって目元は驚くほど大きく、潤みを帯びて輝いている。パーツの配置が見事なまでに補正され、華やかなリップが唇にのせられたことで、顔全体のバランスが奇跡的な調和を果たしていた。
そこにいたのは、街を歩けば誰もが足を止め、百人中百人が「美少女」と口を揃えて断言するような、圧倒的に可憐で美しい女の子だった。
「……すごい……お客様、元々のパーツの配置と素肌が完璧だったんですよ。ここまで化けてくださると、メイク担当として本当に冥利に尽きます……!」
店員さんが自分の仕事に心底満足したように、目を輝かせて拍手を送ってくれる。
けれど、私にとってそんな店員さんの賞賛なんてどうでもよかった。
私が一番確かめたかったのは――卓郎くんの反応だ。
おずおずと首を巡らせ、遠くのソファへ視線を向ける。
ソファから立ち上がり、こちらへ歩み寄ろうとしていた卓郎くんは、私の姿を正面から視界に収めた瞬間、ピタリと足を止めていた。
いつも冷静沈着で、何事にも動じることのない卓郎くんが、あからさまに目を見開き、息を呑んで絶句している。
(卓郎くんが……私を見てる……っ)
ある程度は化粧で変わるだろうと計算していたのだろうけれど、まさかここまで劇的に、完膚なきまでに美少女へと変貌を遂げるとは思っていなかったらしく、彼は動揺を隠しきれない様子で私を凝視していた。
その視線が、彼の驚きが、たまらなく嬉しくて胸が熱くなる。
私は胸の前でキュッと両手を握りしめ、自分に自信がないいつもの癖で、オドオドと身体をもじもじと縮こませた。上目遣いで卓郎くんの顔を覗き込む。
「あ、あのね……卓郎くん……私……ヘン、かな……?」
プロの手でどれだけ外見を取り繕われ、完璧な美少女へと生まれ変わろうとも、私の根っこにある小心でどんくさい性根が変わるわけじゃない。
自信なさげに肩をすくめ、不安そうに眉を八の字にする気弱な所作。
けれど――今の「圧倒的な美少女の顔立ち」でそのオドオドとした仕草をやると、計算では決して出せない、可憐で庇護欲を激しく掻き立てる奇跡的な愛くるしさへと変換されてしまうのだ。
外見が与える印象の暴力的なまでの強さ。
卓郎くんはハッと我に返ると、自身の動揺を隠すように慌てて喉を鳴らし、少し引きつった表情のまま、低くぶっきらぼうに言葉を吐き捨てた。
「……ふん。まあ、マシにはなったんじゃないか。……行くぞ、時間がもったいない」
そう言って背中を向けた卓郎くんだったけれど、その耳たぶがほんのりと赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
(卓郎くん……私を、こんな風にしてくれてありがとう……♥)
鏡の中の美少女の顔で恍惚とした笑みを浮かべながら、私は彼の背中を追いかけて足早に歩き出すのだった。
★作者はメイクとか知らないので、本当にそんなに変わるのかは不明です。この作品内では別人のように変身できるとします。メイクってすごい。そういうことにしてください。