※この作品はR-18です。

高望みしない彼は今日もゴミ女とセックスする   作:しゃしゃしゃ

34 / 41

凛関係は大体ファンタジーだと思って読んでください。

なにがあってもまぁエロのスパイスみたいなものなので、重く捉えなくていいです。


第二十七話 凛の中絶手術(すうじつまえ)

 

 

「……う……っ」

 

 

朝、いつものように私の部屋へやってきて、眉間にシワを寄せながら制服の袖に腕を通そうとしてくれていたお母さんの手が、ぴたりと止まった。

 

喉の奥から、急に酸っぱくて冷たいものがこみ上げてきたのだ。私はお母さんの腕を振り払うようにして、よろめく足で廊下へ飛び出し、トイレへ駆け込んだ。

 

固い便器に両手を押しつけ、胃の中にあるものを全部吐き出してしまう。涙で視界がぐしゃぐしゃになって、鼻の奥がツーンと痛い。

 

 

「凛!? どうしたの、大丈夫!?」

 

 

後ろでお母さんがパニックになったような声をあげて、私の背中をさすってくれる。でも、背中を撫でられるたびに胸の奥がムカムカして、うまく息が吸えない。

 

「あ……ぅ……っ、げほっ……!」

 

 

喉から出るのは、相変わらずへんてこな音ばかりだ。お母さんは私を抱きしめながら、「熱はないのに……どうして?」と青ざめた顔で私の額に手を当てていた。

 

その日を境に、私の世界は少しだけ形を変えてしまった。

 

 

病院に連れて行かれた日のことも、私はただぼんやりと覚えているだけだ。

 

白い壁の部屋で、消毒液の匂いがツンと鼻を刺していた。お医者さんが難しい顔をして、紙に書かれた文字を見ながらお母さんに何かを話していた。

 

 

「……お母さん、落ちついて聞いてくださいね」

 

 

お医者さんのその話を聞いた瞬間、お母さんの顔からサーッと血の気が引いていくのが見えた。

お母さんは自分の手で顔を覆うと、声を出さずに肩を激しく揺らして泣き始めた。病院の廊下では、一緒についてきたお父さんが壁を強く叩いて、今まで見たこともないくらい恐ろしい、顔を真っ赤にした怒り顔をしていた。

 

お母さんが泣きながら私の手首を握り締め、「どうして……誰にこんなこと……っ」と何度も何度も呟いていたけれど、私にはやっぱり、何がお母さんやお父さんをこんなに悲しませて、怒らせているのか全然分からなかった。

 

ただ、私のお腹の中に、何か知らないものができているらしいことだけが、ぼんやりと伝わってきた。

 

 

 

◇

 

 

 

病院から帰ってきた日の夜、家のリビングは、まるで深い泥の底に沈んでしまったみたいに暗くて静かだった。

 

 

お父さんとお母さんはソファーに並んで座り、会話もなく、ただ重苦しい空気が部屋中に満ちていた。お母さんの目は真っ赤に腫れ上がっていて、膝の上に置いたハンカチは涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。お父さんは腕を組んだまま、じっと床の木目を見つめて、歯を食いしばっている。

 

 

私は部屋の隅っこの小さな椅子に座り、ただ自分の足先をぼんやりと見つめていた。お腹の底のムカムカは相変わらずで、何かがつかえているみたいで気持ちが悪い。

 

 

その時、ピンポーン、と玄関のインターホンが鳴った。

 

 

その音を聞いた瞬間、私の胸の奥がほんの少しだけ跳ねた。お母さんがハッとしたように顔を上げ、重い足取りで玄関へと向かう。

 

 

 

「……卓郎くん、本当にごめんなさいね。こんな夜遅くに呼び出したりして……」

 

 

「いえ、お母さん。凛の体調が良くないと聞いて、心配で……。僕にできることがあればと思って」

 

 

玄関から聞こえてきたのは、聞き慣れた、低くてすごく聞きやすい卓郎の声だった。

 

卓郎がお母さんに促されてリビングに入ってくると、部屋の空気が少しだけ変わった。

卓郎の顔にはいつもの頼もしくて親切な近所の卓郎くんの仮面が張り付いていた。

 

 

「お父さん、こんばんは。凛……大丈夫か?」

 

 

卓郎が私の方を見て優しく声をかけてくれる。私は嬉しくなって、「あ……ぅ……っ」と声を漏らし、手をパタパタと振ろうとした。

 

卓郎が来てくれた。卓郎の手は温かくて、私をいつも気持ちよくしてくれるから大好きだ。

 

卓郎はソファーの前に静かに腰を下ろした。膝の上に置かれた卓郎の手はきれいに揃えられていて、悲しそうに少しだけ眉根を寄せている。

 

 

「お母さん、それで……病院に行ったとだけ聞いていましたけど? ……凛の具合はそんなに悪いんですか?」

 

 

卓郎の声はとても静かで、親身で、どこまでも優しい。私をお腹の底からキュンとさせるいつもの声だけど、お父さんとお母さんに向ける声は、やっぱりどこかすこしお行儀が良い。

 

お母さんは卓郎の顔を見ると、こらえていたものが決壊したように、またポロポロと大きな涙をこぼし始めた。

 

 

「それがね……卓郎くん……。凛が……凛が、妊娠しているって……お医者さんに言われたの……」

 

 

「……えっ」

 

 

卓郎は目を見開き、信じられないというように息を呑んだ。

 

 

「そんな……凛が……? 何かの間違いじゃないんですか!?」

 

 

卓郎の表情には、驚きとショックが混ざり合った色が浮かんでいた。

 

 

「私もそう思いたかったわ! でも、お医者さんは間違いないって……。あの子は……あの子は一人じゃ服も上下逆さに着ちゃうような子なのよ!? 外だって一人じゃ歩けない、何も分からない子なのよ!? それなのに……誰が、あの子にそんな酷いことを……っ!」

 

 

お母さんは両手で顔を覆い、声を押し殺して激しく泣きじゃくった。ソファーの隣でお父さんがお母さんの肩を強く抱き寄せ、絞り出すような低い声で卓郎に問いかけた。

 

 

「卓郎くん……君はいつも凛と一緒に学校に通ってくれていただろう。何か……何か心当たりはないか? 変な男がつきまとっていたとか、凛が一人でどこかへ行ってしまったとか……」

 

 

お父さんの目にも、静かな怒りと深い絶望の涙が浮かんでいた。

 

二人は、凛が何も知らない純粋な処女のままだと信じ切っていた。

そして、いつも献身的に凛の面倒を見て、朝も毎日のように迎えに来てくれる優等生の卓郎を、心の底から信頼していた。

 

 

――まさか自分たちの目の前にいる頼もしい卓郎が、自分たちの愛娘を日陰の路地裏に連れ込み、スカートを捲り上げてお腹に命を宿させた本人だなんて、夢にも思っていない。

 

卓郎はゆっくりと下を向き、深く思い悩むように眉間にシワを寄せた。

 

 

(……ったく、面倒なことになりやがって)

 

 

優等生の仮面の下で、卓郎は心の中で冷ややかに舌打ちをしていた。

 

自分の種で凛が妊娠したことなんて、卓郎にとっては正直どうでもいいことだった。

どうせ病院に連れて行かれて堕ろすことになるのだろうし、そうなったところで自分には何の関係もない。

凛のような頭の悪い女が自分との子どもを産めるわけもないし、責任を取る気など毛頭ない。罪悪感すら欠片も抱いていなかった。

 

ただ一つだけ、卓郎にとって非常に都合が悪いことがあった。

 

それは、凛の両親や周囲に『犯人が自分である』と勘づかれることだ。自分の立場と、これまで積み上げてきた評判が傷つくことだけは、絶対に避けなければならなかった。

 

 

(……よし、これでいこう)

 

 

卓郎の頭の中で、一瞬にして完璧な筋書きが組み上がった。

 

卓郎は静かに深い息を吸い込むと、さらに重々しい、厳かな声でお父さんとお母さんに向き直った。

 

 

「お父さん、お母さん……。実は、ひとつ思い当たることがあるんです」

 

 

その言葉に、お父さんがハッと顔を上げ、お母さんも涙を拭って卓郎を食い入るように見つめた。

 

 

「な、なんだって……!? 卓郎くん、何か知っているのか!?」

 

 

卓郎は痛痛そうに眉根を寄せ、言葉を選ぶように慎重に、ゆっくりと語り始めた。

 

 

「……僕が朝、凛を家に迎えに行って一緒に学校へ向かう途中のことです。登校ルートには、人通りの少ない古い路地や、大きな工事現場の脇を通る場所がありますよね」

 

 

「ええ、ええ……」

 

 

「僕もずっと凛から目を離さないように気をつけていました。でも……どうしても、僕が先に自分の教室へ向かわなければいけない時間や、部活の用事でほんの少しだけ凛と別行動になってしまう時間があったんです」

 

 

 

卓郎はそこで一度言葉を切り、悔しそうに拳を強く握りしめた。その手は、悔しさに耐えかねて震えているようにしか見えなかった。

 

 

「……僕が目を離したそのわずかな隙に、誰かが凛に近づいたのかもしれません。凛は……自分が何をされているのかもよく分からずに、声も上げられなかったんだと思います。誰か質の悪い人間が、喋れない凛を狙って……力ずくで、酷いことをしたんじゃないでしょうか」

 

 

『自分が目を離した隙に、凛が誰かに犯され、妊娠させられた』

 

 

 

卓郎が静かに語ったその最悪の推理は、あまりにも具体的で、恐ろしいリアリティを持っていた。

 

 

「そんな……そんなの、あんまりじゃない……っ!」

 

 

お母さんは悲鳴のような声を上げ、ソファーに崩れ落ちるようにして泣き叫んだ。

お父さんの顔からは血の気が完全に引き、唇を震わせながら卓郎の言葉に絶望していた。自分たちのあどけない娘が、どこかの見知らぬ悪意に晒され、声も上げられないまま汚されてしまったというストーリーは、両親にとってこれ以上ないほどの最悪の想像だった。

 

 

「……酷すぎる。そんな奴が……そんな奴がこの街にいるというのか……っ!」

 

 

お父さんは絞り出すような声で呟き、悔しさに震える手で膝を何度も強く叩いた。

 

 

「僕の不注意です……僕がもっと、片時も離れずに凛についていれば、こんなことにはならなかった……! 本当に、すみません……っ!」

 

 

卓郎はお父さんとお母さんに向かって、痛切な表情で深く深く頭を下げた。罪悪感に打ちひしがれる痛ましい少年の姿を完璧に演じ切りながら、心の中では(完璧だな)と冷ややかに笑っていた。

 

これで犯人は「どこかの見知らぬ不審者」になり、自分は「凛を守りきれなかったことを悔やむ悲劇の好青年」として扱われる。

両親の意識は完全に外部の犯人へと向けられ、自分に疑いの目が向くことは万に一つもなくなるはずだった。

 

 

私は部屋の隅っこに座って、そんな卓郎の姿をぼんやりと見つめていた。

 

お父さんもお母さんも泣いていて、お腹の中はムカムカして気持ち悪いけれど、卓郎の声を聞いていると少しだけ安心した。

卓郎の口から出ている難しい言葉の意味はやっぱりよく分からない。でも、卓郎が私のことを話してくれていて、私のために一生懸命な顔をしているのを見ていると、胸の奥がまたポカポカとしてくるような気がした。

 

 

頭を下げていた卓郎が、ほんの少しだけ顔を上げた。

 

お父さんとお母さんの視線が外れた一瞬、卓郎の黒い目がチラリと私の方を向いた。

 

そこに浮かんでいたのは、日陰の路地裏で私を抱きしめるときよりもずっと冷たくて、私を単なる「都合のいいおもちゃ」としてしか見ていない、冷淡な瞳だった。

 

でも、私にはその瞳の意味すら正しく理解できない。卓郎が私を見てくれた、ただそれだけで、私は上手く動かない唇を少しだけ緩めて、卓郎に向かって静かに微笑んでみせるのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。