高望みしない彼は今日もゴミ女とセックスする 作:しゃしゃしゃ
昨日の重苦しい事態から一夜が明け、街にはいつもと変わらない平日の朝が訪れていた。
元々、凛の登下校の送り迎えは両親が担当しており、卓郎が付き添うのは仕事や用事で両親の都合がつかない時に限られていた。さらに今日からは、病院への送迎やケアも含めて両親が完全に付き添うことになっている。
面倒な幼馴染の役回りから解放された卓郎は、久しぶりにアラームもかけず、心ゆくまで朝の寝坊を満喫できるはずだった。
「んもおー、兄貴ったらまだ寝てんのー?」
ガチャリと部屋のドアが開けられ、呆れたような、どこか小生意気な声が卓郎の鼓膜を叩いた。
「ん……っ……」
重い瞼を開けると、そこには腕を組み、腰を少し落として覗き込んでくる妹――中学一年生になり、知識だけは一人前に蓄えつつある耳年増な結衣の姿があった。
「……あ? なんだよ、まだいいだろ……」
まどろみの中で不機嫌そうに身を翻そうとした卓郎だったが、ふと下半身に特有の圧迫感と熱量を覚えた。
男としての生理現象(朝勃ち)だ。
薄手の夏用掛け布団が不自然にぽっかりと持ち上がっており、その形状は誰が見ても一目瞭然。妹の視線も、吸い寄せられるように卓郎の股間付近へと注がれている。
だが、卓郎は慌てて布団を被せ直すことも、顔を赤らめることもなかった。
取り乱す価値すらないとばかりに、卓郎は至って平然とした顔で妹を薄目で見つめ返した。
隠す様子もなく悠然と寝返りを打つその堂々とした態度に、逆に追い詰められたのは結衣の方だった。
さっきまで上から目線でニヤついていた妹の表情がピキッと固まる。
知識として「そういうもの」があるとは知っていても、実際に目の前で突きつけられた生々しい現実に、中学一年生の彼女の甘い余裕は一瞬で吹き飛んだらしい。
吸い寄せられていた視線は泳ぎまくり、みるみるうちに耳の先まで真っ赤に染まっていく。
「な、なに堂々としてんのよ……変態兄貴……っ!」
「あ? 朝なんだから仕方ないだろ。てか勝手に入ってきたの誰だよ」
言い返す卓郎の揺るぎなさに、妹は完全に気まずくなり、強がりを維持できなくなった。
「っ……! お、お母さんが朝ごはん出来たから降りてきてって言いに来ただけだし! 変なことしないで、さっさと着替えて降りてきなよ……っ!」
妹は真っ赤になった顔を隠すように叫ぶと、逃げるように部屋を飛び出し、パタンと勢いよくドアを閉めて去っていった。
嵐のように去っていった妹の足音を聞きながら、卓郎は呆れたように鼻で笑った。
「……生意気な口叩く割に、雑魚いな」
凛をめぐる裏の顔でも、日常の自室でも、そう簡単に主導権を握らせる卓郎ではなかった。舌を打ちつつも、卓郎はゆっくりと体を起こす。
朝食を済ませ、通学路を抜けて学校へ到着した卓郎は、いつも通り教室内へと足を踏み入れた。
「うすー」
適当にガラガラと引き戸を開けて挨拶を投げかけたが、返ってきたのはいつもの気怠げな挨拶ではなく、妙に静まり返った異質な空気だった。
クラスメイトたちの視線が一斉に自分へ突き刺さるのを感じ、卓郎は怪訝そうに眉をひそめる。
(なんだ……? なにかあったのか……?)
訝しんでいる間もなく、クラスでも一番騒がしい男子生徒が、ハイテンションで卓郎の元へと駆け寄ってきた。
「浅井ィイ! お前、彼女いたのかよっ!?」
「……は?」
開口一番の爆弾発言に、卓郎は本気で困惑の声を漏らした。
詳しく問い詰めてみると、事の顛末はこうだった。
先日、完璧なメイクで劇的な変身を遂げた彩綾を連れて街を歩いていた際、偶然出くわした野球部の男子生徒と会話を交わしていた。
その際、横にいる美少女がクラスの地味で不細工な彩綾だと言わず、見栄と全能感も手伝って、卓郎は自ら「俺の彼女だ」と紹介してしまっていたのだ。
その野球部員が「浅井がマジでモデル級の超絶美少女と付き合ってた!」と SNS で大騒ぎし、それが同級生たちの間で瞬く間に拡散。
今や「浅井卓郎には超絶美少女の彼女がいる」という噂として完全に一人歩きしてしまっているらしい。
(……くそっ、あの時の見栄がここで跳ね返ってくるとは……!)
表向きは「え、何のこと? 冗談だよ冗談、ただの知り合いだって」と苦笑いを作ってみせている卓郎だったが、内心では冷や汗が止まらなかった。
まさか、あの時自慢げに「彼女」だと紹介した連れが、学校ではパッとしないあの相原彩綾だとは、この場にいる誰一人として思いもしないだろう。正体がバレる心配自体はない。
しかし、問題は自分自身の手で彫り込んでしまった「彼女持ち」という墓穴だ。
周囲から「美少女の彼女持ち」という余計な注目を集め、レッテルを貼られかけているこの状況は、平凡な高校生の卓郎にとって完全に裏目。不必要なスポットライトを浴びることは落ち着かない。
(チッ……完全に自分の墓穴じゃねぇか。めんどくせぇことになりやがった……!)
クラスメイトたちからの猛烈な追及をいなしながら、卓郎は周囲に悟られないよう、さりげなく視線を泳がせて彩綾の様子を伺った。
(……やっぱりかよ)
卓郎の懸念通り、彩綾は自分の席でわかりやすく動揺していた。前髪を垂らし、肩を小さくすぼめて俯いているものの、手元は落ち着きなくワタワタと動かし、挙動不審そのものだ。
幸い、このクラスにおいての彩綾は不細工で地味な日陰者として完全に背景と同化している。
そのため、現時点で誰一人として彼女の異常な反応に注目してはいない。
だが、あの全身から漂う焦り方は、「私、その噂に思い当たる節があります!」と大声で叫んでいるようなものだった。
卓郎は顔に苦笑いを貼り付けたまま、ポケットの中で手早くスマホを操作し、彩綾へメッセージを送りつけた。
『大人しくしてろバカ。お前のことだとバレるはずないだろ。余計な疑いかけられるような動きすんな。面倒かけるな』
ポケットの中でブッとスマホが震えたのを感じた彩綾が、おそるおそる画面を確認し、一瞬で顔を真っ赤にしてさらに小さく縮こまるのを、卓郎は視界の端で冷ややかに確認する。
(これで少しは大人しくなりそうだが……問題はこの無駄に盛り上がってるバカどもだな)
胸を撫で下ろしたのも束の間、「おいタクロー! どこで知り合ったんだよ!」「写真! スマホにあるんだろ、見せろよー!」と群がり続ける男子どもへの言い訳を巡らせていた、その時だった。
――バコンッ!!
教室の後ろの引き戸が、壊れて外れるのではないかという猛烈な衝撃音とともに激しく開け放たれた。
「……ハァ……ハァ……っ!」
重い足音とともに、ドスンドスンと床を削るような揺れを伴って教室内に突き進んできたのは、規格外の巨体を誇る紗羽だった。
――彼女の異常なまでに肥大化した自尊心と自意識、そして破綻した認知の中では、自分こそが誰もが羨む可愛くてエッチな魅力にあふれた「お姫様」であり、卓郎はその自分を愛してやまない「王子様」だった。
――もちろん事実は全く異なり、卓郎にとって紗羽は扱いやすく、適当におだてておけば思い通りになる都合のいいセフレの一人に過ぎないのだが、本人は心底から相思相愛だと信じ込んでいるのだ。
だからこそ今朝、「タクローに隠された美少女の彼女がいる」という噂が校内を駆け巡った時、彼女の頭の中で導き出された答えはただ一つだった。
(ついに私とタクローの運命の関係が、みんなにバレちゃったのね……! タクローったら、私の魅力を隠しきれなくなっちゃったんだわ!)
自分の醜悪で巨大な外見も、破綻した性格も何一つ省みることなく、真っ赤な顔で荒い鼻息を吹き出しながら、凄まじい圧迫感で卓郎のもとへ突き進んでくる紗羽。
「ちょっとタクロー!! 朝から変な噂が聞こえてきたんだけど、どういうことかしら!?」
地鳴りのような大音量が教室中に響き渡り、さっきまで卓郎を揶揄っていた男子たちも、その異様な威圧感に一気に言葉を失って引き下がる。
クラスの全員の思考が一つになる。
――「いや、お前がどういうことだよ」
静まり返った教室で、紗羽だけが荒ぶっている。
「ちょっと、聞いてるの!? どういうことって言ってるのよ?! 」
地鳴りのような大声とともに、鼻息を荒くして巨体を揺らしながら詰め寄ってくる紗羽。
その怒気を含みつつも、どこか浮ついた独特の異彩を放つ姿を見た瞬間、幼馴染として長年付き合ってきた卓郎の脳内には、あまりにも恐ろしい考えが駆け巡った。
(……は? まて、嘘だろ……? こいつ……噂の『美少女の彼女』ってのが、自分のことだと本気で思ってやがるのか……!?)
顔から一気に血の気が引き、次の瞬間には胸の底から黒々とした激怒と狂気じみた罵倒が猛烈な勢いで吹き出した。
(正気かよこのデブ女……っ! んなわけねぇだろうが! どこをどう読み間違えたらお前が美少女になんだよ! 今すぐ鏡見て出直してこいクソデブが!!)
脳内で繰り広げられる、留まることを知らない過激な罵倒。
もっとも、紗羽の認知をここまで致命的に歪め、自分を愛されるお姫様だと錯覚させたのは、他ならぬ卓郎自身の甘い言葉と巧みなコントロールの成果なのだから、客観的に見れば完全に自業自得である。
だが、今の卓郎にそんな自省をする余裕など微塵もなかった。
マズい。あまりにもマズすぎる。
この狂った思考回路のまま教室の真ん中で暴走されれば、日頃の「密会」や「肉体関係」といった決定的な暴露をクラス全員の前で口走られかねない。
そうなれば、卓郎が築き上げてきた「爽やかで誠実な好青年」という立ち位置は一瞬で崩壊する。
「おい、ちょっと落ち着けって、紗羽! 教室でそんな大声出すなよ――」
卓郎は慌てて困惑しつつも幼馴染を優しく宥める良心的な男の顔を作り、紗羽の口を塞ぐべく必死に嗜めようと間に入った。
しかし、今日の紗羽にその制止は一切届かなかった。むしろ、卓郎が焦って近付いてきたことすら、彼女の都合のいい脳内変換フィルターによって改変されていた。
(ふふっ、タクローったらみんなの前だからって照れちゃって……! でも、もう隠さなくてもいいのよ?)
これまで紗羽は、「二人の関係は秘密にしておいた方が燃えるだろ?」「二人だけの秘密の恋だ」という卓郎の巧みな言いくるめによって、彼との肉体関係や恋人気取りの態度を学校では必死に抑え込んでいたのだ。
しかし、今朝の「美少女の彼女」という噂によって、「もうみんなにバレてしまったのなら仕方がない」「タクローが私との関係を匂わせちゃったんだわ」という都合の良すぎる大義名分を得てしまった。
長年抑圧されていた自己主張と、肥大化した露出狂的な承認欲求が一気に弾け飛び、今の紗羽は完全に制御不能の無敵状態に陥っていたのだ。
「隠さなくてもいいじゃない、タクロー! 噂になってるなら、堂々とみんなに言えばいいでしょ!? 私たちの本当の関係を……っ! 私がどれだけタクローに愛されてるか、教えてあげたらいいじゃない!」
うっとりと頬を染め、突き出た腹部と巨体を揺らしながら、狂気的なまでのドヤ顔で迫ってくる紗羽。
「……うわぁ」
「また加賀原が浅井にウザ絡みしてるよ……」
「朝から激しいな……浅井も大変だよな、幼馴染だからってあんなのに付き合わされて……」
そのあまりにも常軌を逸した威圧感と痛々しい言動に、さっきまで卓郎を揶揄っていた男子生徒たちをはじめ、周囲のクラスメイトたちは一斉にドン引きし、サッと距離を取った。
幸いにも、紗羽の日頃の人望の無さと、自己中心的で終わっている性格はすでにクラス中に周知の事実だった。
そのため、周りは「痛い巨体女がまた浅井に勝手な勘違いでウザ絡みしている」「妄想乙、浅井苦労してるな」としか受け止めていなかった。
周囲が勝手に呆れて引いてくれていることだけが唯一の救いだったが、当の卓郎にとっては生きた心地がしない。このモンスターは、周りの冷ややかな視線すら「私たちの愛に対する嫉妬」と変換しかねないのだ。
(やめろ! それ以上喋るな紗羽! これ以上変な口滑らせたら本当に殺すぞ……!!)
貼り付けた苦笑いの裏で、卓郎は背中に冷や汗をダラダラと流しながら、自分の撒いた種によって引き起こされた過去最大の危機に直面していた。
キーンコーンカーンコーン――
緊張で張りつめていた教室に、奇跡の救世主のごとく予鈴のチャイムが鳴り響いた。
「あっ、やべっ、ホームルーム始まるじゃん!」「浅井、この続きはまた後でな!」と、周囲の男子たちが一斉に自分の席へと散っていく。
卓郎は「まったく、変な噂のせいで酷い目に遭ったよ」と苦笑いを浮かべながら、うやむやのままその場を収めることに成功した。
しかし、胸の動悸は収まらない。当の紗羽はといえば、「フフッ、照れちゃって……」と言わんばかりの満足げな笑みを浮かべ、テンションの高過ぎる様子で自席に戻っていったのだ。
いつまた暴走して決定的な余計な口を滑らせるか分からない綱渡りの状態であり、何より「彼女ヅラ」が、卓郎の神経を極限まで逆撫でした。
(クソが……マジでぶん殴りてぇ……っ! なにが『私たちの本当の関係』だ、ふざけやがって……!!)
表向きは穏やかな表情を保ちつつも、卓郎の腹の中は苛立ちと憎悪で煮えくり返っていた。